95.成功/失敗
この律法の書を、あなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちに記されていることをことごとく守って、行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは大いなる成功を収めるであろう。(ヨシュア1:8)
1.あなたがどういうわけか、御言葉のうちに住んでおらず、御言葉を守り、あなたの子供たちに御言葉を教え、彼らを御言葉の模範としてこなかったのであれば、あなたは失敗しているのである!
2.あなたは主のために、また他の人々に対して成功を収めたいか?−−愛しなさい。そうすれば敗れることはあり得ない−−何故なら、愛は決して敗れないからである! すべての心に通じる鍵がほしいか?−−愛を試してみなさい!−−それは決して失敗しない。何故なら、神は愛であり、神が失敗することは不可能だからである!
3.英語の中で、最も悲しい言葉の幾つかは、 「If I only had (ただこうしていたなら)!」 である。
4.決して多くのことをなすことのできない人間には二種類ある。すなわち、言われたことをすることのできない者たちと、また、言われた以外のことは何ひとつできない者たちである。
5.バイロン卿は言った、 「私はすべての快楽の泉を飲み、すべての名声の杯を飲み干した。しかしそれでもなお、私は乾きのために死ぬ!」
6.あなたの仕事において、成功を収めるには、信仰を持ち、大胆な者となり、最初の者、異なった者となることである。
7.間違いを犯しながら過ごした人生は、 何もせずに過ごした人生よりも、より多くの名誉に値するばかりではなく、より有益なものである。
8.もし、成功と失敗とに出会い、この二人の詐欺師を共に同じように扱うことができるなら、息子よ、その時、お前は一人前の男になる!
9. 勝利とは、裏返しにされた失敗であり、
疑いの雲の銀色の色合である。
だから、最も激しい一撃を加えられたなら、
戦いに固執しなさい。
事態が最悪に思われる時、
それは決して止めてはならない時である。
10.Triumph (勝利) とは、10%の try (試み) と90%の umph (ふんばり) である!
11.失敗への道は、すべての人を喜ばせようと努めることである。
12.勝利とは、敗北のすべての小さなおぼろげな斑点を見えなくし、また滑稽なほどに重要でないものとしてしまう明るい太陽である。
13.改善するに十分なだけの不満足感を残し、かつ幸せであるに十分なほどの満足感を覚えよ。
14.あやまちは起こるが、あやまちが起こるのをそんなにも沢山助けなくてもよいではないか?
15.もし最初に成功するなら、何かもっと困難なことを試みなさい。
16.一度も登ったことのない者は、一度も落ちたことはない。
17.話に出されること以上に、悪いことがただ一つだけある、それは話に出されないということである。
18. 舌が語り、ペンが綴るすべての悲しい言葉の内、
最も悲しい言葉は 「こうなっていたかもしれないのに!」 である。
19.成功は、多くの人を失敗者としてきた。
20.成功の秘訣とは、もしレモン (不良品) を持っていると思うなら、それを使ってレモネードを作る事、重荷を祝福とすることである。
21.それが誰かを喜ばせるか、怒らせるか、あるいは悲しませるかしないなら、それは失敗である!
22.勝利する者とは、主の御言葉を待ち望む者であり、失敗する者とは、主の御言葉なしにかまわず先に進む者である!
23.失敗の数によって成功を計ることはできない。もしひとつでも成功があるなら、あなたのすべての失敗は、数に入らない!
24.決して失敗したことのない者とは、一度も試みたことのない者だけである。
25.決して過ちを犯さない者は、決して何も行わない人である。
26.私は仕事に失敗したので家に帰るよりは、仕事が終わったので家に帰ることの方をはるかに好む。
27.神の方向に向かっていないすべての成長は、衰退するようになる。
28.エレミヤの勝敗を、イスラエルに悔い改めさせるということで判断するとしたら、彼は全くの敗北者であった、しかし彼は忠実であり、その責任を果たしたのである!
29.神は一見して敗北のように見えるものから、最大の勝利を収められる。そして人間の怒りを、神への賛美とされる!
30.一人が十字架を捨てると、他の人がそれを取り上げる! 一人が冠を捨てると他の者がそれを大事にする! 一人がその長子の権を捨て去ると、他の者がそれを受け継ぐ!
31.神は敗北しない、彼の計画は失敗に終わることがない!
32.私は常に、数字で私たちの成功を数えることはできない。それは一つの目安ではあるが、神にとっては、ただ一つの魂でも、そのすべてが価値あるものとなる。
33.あなたの間違いでさえ、あなたの訓練の一部である!
34.間違いを犯すこと、それはあなたを謙遜に保つために、神が持っておられる一つの方法である!
35.成功も、それがこの世における成功であり、あなたを神の御仕事から取り去ってしまうなら、それは大きな敗北である!
36.神は失敗されないが、あなたが失敗する時には、もしあなたが従ったなら、神があなたに与えられただろう、数々の祝福の益をあなたは刈り取らないのである。
37.聖書の中の最大の失敗者たちとは、自分達で何をすべきか知っていると考えて、外に出て、おもむろにうつぶせに倒れ伏した大物たちであった!
38.物事があまり正しく進んでいない場合、それが神の失敗ではないことを私たちははっきりと知っている。しかしそれは、どういうわけか、私たちがシグナルを正しく受け取っていないか、あるいは私たちのワイヤーが何かの理由で不適切に、または主の機嫌をそこねるような方法で、どこかで混線しているに違いないのである。
39.自尊心は、失敗への恐れを引き起こし、それ故に失敗を引き起こす。
40.あなたが主と主の御言葉と、主の預言者の言葉とをおろそかにするその瞬間、あなたは自滅するようにプログラムされる!
41.成功ほど成功するものはなく−−そして人々は、それを援助することを好む!
42.一つの過ちは、誰かが何かをしようと試みたことの証拠である。
43.賢い者は他の人の過ちを見て、 自分自身の過ちを正す。
44.愛は決して敗れず! たとえ私たちが敗れているように見える時でも、私たちはやはり勝利する!
45.失敗は、成功の教師である。
46.もし始めてみて成功しないなら、あなたが捨ててしまった説明書を見つけるために、くずかごの中を捜してみなさい。
47.勝利の秘訣の一つとは、不変の目的を持つこと。
48.SUCCESS (成功) が、WORK (仕事) の前に来るただひとつのところは、 辞書の中だけである。
49.失望は常に、刺激剤として受け取られるべきであって、決して落胆として見なされるべきではない。
50.完成のはしごの段は、ひとつずつ克服された困難によって成り立っている。
51.この世で犯し得る最大の過ちの一つとは、過ちを犯してしまうのではないかと、絶えず恐れることである。
52.はしごの段は、決してその上で休むのが目的ではなく、人間がもう一方の足をより高いところに置くのを可能にするに十分な間だけ、もう一方の足を支える目的のためにあるにすぎない。
53.天才とは、およそ2%のインスピレーションと98%の汗である。
54.過ちを犯すのは人間の常であるが、消しゴムの方が鉛筆よりも、ずっと先に磨り減ってしまうなら、あなたは間違いを犯しすぎているとは思わないか?
55.好機の扉には、 「押す」 というサインが書いてある!
56.成功はカン (CAN/できる) 入りでやってくる。失敗は CAN'T (できない) 入りでやってくる。
57.成功は倒れる数よりも、もう一回多く起き上がること。 (箴言24:16)
58.成功は偉大な人を謙遜にし、普通の人を仰天させ、小さな者をのぼせ上がらせる。
59.そのすべてのことによって、一つの魂だけが救われたとしても、それだけの価値はあったのである!
60.敗北はあなたに沢山の事を教える。
61.聖書の中の最も偉大な人々とは、ひどい間違いを犯し、自分たちには神が必要であると悟った者たちである。
62.神は、一見して敗北と思われるものから、最大の勝利のいくつかを収められる。
63.もし成功したいなら、それはこんなにも簡単なことである! 自分のしていることを知り、自分のしていることを愛し、そして自分のしていることを信じるのである。
64.失敗してしまうことを恐れているというその事実が、確実にあなたに失敗をもたらす。何故なら、ただ信仰だけが成功するからである。
65.成功ほど素早く成功するものはなく、失敗ほど速く失敗するものはない!
66.成功の秘訣とは、ありふれた任務を並外れてよく行なうことである。
67.世界は結果を期待している。他の人々に、陣痛のことを告げてはいけない−−彼らに赤ん坊を見せてやれ!
68.私はいつか失敗してしまう大義において勝利を収めるよりは、むしろ、いつか勝利を収める大義において失敗する方を好む。
69.完成に通じる道には、多くの誘惑を与える駐車場が点在している。
70.人間は失敗しない−−試みるのをあきらめるのである。
71.間違いを犯さない人は、普通、何も行なわない。
72.神は、あなたが行なっているすべての善を覚えておられるだけではなく−−あなたの失敗をも忘れられる!(イザヤ43:25; ヘブル8:12)
73.経験とは、素晴しいものである−−同じ間違いをまた犯すたびに、それが間違いであると、認知するのを助けてくれる。
74.あなたが頂上に立っている時、そこは最も勝利に満ちている場所であるだけではなく、最も危険な場所でもある!
75.あなたはただ単に、エンジンを作動しているからと言うだけではなく、ものを通過している時初めて、あなたのクリスチャンとしての人生において進歩を遂げているということがわかる。
76.災難はしばしば、私たちの利益に変わる−−そして大いなる荒廃は、より大きな栄光に通じる道となる。
77.私たちは永遠に主の名声の炎である!
78.練習は、完全に至らせる。
79.時として最大の利は失うことである。
80.あなたが犯す間違いで決して訂正され得ないものがいくつかあるが、それは、手遅れだからである。
81.否定的な考えは、達成することを破壊する勢力の一つである。
82.私たちは避けることができる間違いを犯さないでも、避けられない間違いを十分に犯す!
83.世界は階段である。ある人々は上り、ある人々は下る。
84.あなたは気楽に遊び暮らすことができるかもしれないが、その後の生活でそれを埋め合わせることはできないかもしれない。
85.新年があなたに携えてくるものは、あなたが新年に何を携えて行くかに大いに依存するようになる。
86.人前で雄弁に話すことのできる人が、ごくわずかしかいないのは、人のいないところで、ものをよく考える人が、ごくわずかしかいないからである。
87.主には失敗することがあり得ず、また主は、あなたが失敗することも望まれない。しかしたとえ、あなたが失敗したとしても、そのことには何かの善があるに違いない。あなたが教訓を学ぶ必要があるか、あるいは他の誰かが、あなたも失敗し得るのだということを学ぶ必要があり、それによって、彼らの目を主に留めるようになるためか、そのいずれかである。あるいはもしかしたら、それは主があなたにするようにと望んでおられることではないので、その特定の事柄において失敗する必要があるのかもしれない。失敗のためにも多くの良い理由がある。だから、失敗のことで常に悲嘆に暮れてはならない。あなたは、それが神の御心ではなかった時に、幾つかの事柄において自分が成功を収めていたとしたら、一体どんなことが起こり得たかを知る時、自分が失敗したことを感謝するかもしれない。
88.あなたは水溜まりの中に落っこちてしまうことがあるかもしれないが、そこに寝そべっている必要はない!
89. 神のまたとない機会のバスは、
まだ、あなたの霊を引き上げてくれる。
それに乗り損なって、後悔し、
神の御心を見つけたいと望んでいるなら。
90.それを用いよ、そうでないと失ってしまう。
91.「良い忠実な僕よ、良くやった! 主の喜びの内に入りなさい!」あなたは必ずしも常に、成功者であったとは限らないかもしれないが、あなたは忠実であった。あなたは必ずしも常に大物、あるいは誰か、重要な者ではなかったかもしれないが、あなたは良い忠実な僕だったのであり、主に良く仕え、良い仕事を忠実に行なったのである。
92.聖書の中に出てくる最も悲しい話とは、 神にとって失望となった人々、すなわち、成功するためのあらゆるチャンスや機会を神が与えてくださったのに、それにしくじり、それに不忠実となり、主を捨てたか、あるいは自分たちの仕事を捨てて、何か別のものを−−彼らの妻、彼らの家族、 彼らの家庭、彼らの富、彼らの自尊心、あるいは彼らの 「自由」 を−−喜んで捨てる気持ちがなかったために、仕事を捨て去った者たちに関する話である!
93.神が多くのものをあなたに与えられても、もしあなたがそれに対して不忠実であるなら、その後、神は、少ないものであっても、あなたにそれを信頼して任せることがほとんどできない。
94.聖書の中の人々が、主なしに主の御仕事を行なおうと努めた時に、彼らがしでかしたへまの例は、沢山ある!
95.もしあなたが、あなたの目を主に留め、またあなたの思いを主の御言葉に留めていないなら、あなたは敗北と疑いと幻滅と、最終的な失敗とに運命づけられている!
96.あなたは彼らに、祈りと愛と御言葉とイエスとフェローシップとを与えているだろうか? もし与えていないなら、あなたは神を失望させているのであり、親も家庭もない哀れな、飢えた孤児を産んでいるのである。
97.常に学んではいるが、決して知識に到達することなく、自分たちの習得した教訓から決して益を受けることもなく、決して合格することもなく、終業のベルが鳴るまで決して神の学校にとどまることのない人々は、めったに主のために多くのことを成し遂げない。主は、どうしても彼らを信用できないのであり−−また私たちとしてもそれは同じである!
98.自尊心は、失敗の恐れを引き起こす。そしてそれから、その恐れは、あなたを弱く、あるいは不能にするので、結局失敗するのである。あなたには十分な力がないからである。
99.柔和さと平穏さ、すなわち、謙虚さに表れる柔和さ、神を信じること、および、主に対する忠実な従順の平穏さが戦いにあって勝利するものである。−−あなたの持っているものが如何に少ないか、また、あなたが如何に弱いように思われるか、そしてあなたが如何にわずかなものしか持っていないか、それは関係ない! あなたの信仰、柔和さ、平穏さ、それに戦いに勝利するための従順に栄誉を与えられるのは、それは神である。
100.誰かが行なうことのできる、最も賢い事柄のひとつとは、私たち自身の長所と短所を判断すること、あるいは、私たちに代わって誰かにそれらを判断させること、あるいは共に集まってそれらを判断することである。私には、一体何をすることができて、何をすることができないのかということを。
101.もしあなたが、腰を下ろして、 「さて主よ、あなたは私が何をすることをお望みなのですか?」 と言わないで、肉のエネルギーのうちに、すべてをあなた自身だけで行なおうとし続けるなら、あなたは決して多くのものをなし遂げることはないであろう。
102.あなたはあらゆる教訓の中でも、最高の教訓の幾つかを困難な方法によって、つまり、あなたの間違いによって学ぶ。
103.あなたが一体、どんなものに最高に適しているか、また主が何のためにあなたを使いたいと思っておられるか、 またあなたがどんな類いの道具であるのかを、神は御存知である。だからあなたは、あなたに最も良く行なうことができると主が知っておられることをした方が良いであろう。そうではなく、もし他の事柄を行なおうとするなら、あなたはばったりとうつ伏せに倒れ伏し、失敗してしまうことがある。
(No.9,12,25,31,35,211,238,242,263,312,
313C,328,334A,383,551,599,639,703,727,952-1,954-8,957,958,962,991,1002,1028,1032,1089,1090,
1111,1141,1232,1330,1385,1420,1425,1485も参照。)