エンドタイム・バイブル DFO
ダニエル8章
未来に関する幻!
本当に主を知っていて、しかも御言葉を理解している聖書学者や聖書の預言の教師のほとんど全員が意見を一致させていることが、聖書の預言の中に何かあるとするなら、それは、ダニエルの三つの幻、つまり、ダニエル2章の像、そして、ダニエル7章および8章の国々の順序である。というのもそのほとんどが既に成就されているからである!
これら特定の章句−−ダニエル2章、7章、および8章1-8, 15−22節−−に関して私が読んだり耳にした書物や説教は、ほとんど例外なく同じ解釈をしていた。だから、このクラスは単に私達独自の教義、私達独自の解釈ではなく、事実上すべての聖書学者や聖書研究者の一致した解釈に基づいている! 何故なら、主御自身がそれぞれの章の中で説明しておられるし、歴史書の中でその預言の成就を読むことができるからである!
これら特定の預言に関して驚異的なのは、その大部分がすでに成就され、諸帝国がすでに興っては滅びたことである! そして、成就された預言こそ、聖書が神の霊感によって書かれたという最大の証明の一つである! それが実際に起こる何百年も前に、また、幾つかの場合では何千年も前に未来を予知できる方が神をほかにして誰かいるだろうか?未来の出来事を、それが実際に起こるずっと以前に詳細に渡って予見し予告できる方が神をほかにして誰かいるだろうか? だから、ダニエルが描写し予告している最後の帝国、すなわち、アンチキリストの世界帝国もまた、ちょうど聖書が語っているように、頭角を現し、世界を征服しようとしているのが、私達にはわかるわけである!
まだ成就されていない預言は、もうすでに成就された預言と全く同じ確実さで起こるようになる!そして、数多くの予告や「時のしるし」 (「マタイ24章」のクラス参照)によれば、それらはごく近い内に起こるだろう!
ダニエル第8章:
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1.われダニエルは先に幻を見たが、後またベルシャザル王の治世の第三年に、一つの幻がわたしに示された。
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この時、ダニエルは、ネブカデネザルの孫息子であるベルシャザルの治世に生きていた。この治世の第三年とは、紀元前のおよそ552年だった。 ベルシャザルはネブカデネザルの「子」と呼ばれていた (ダニエル5:18,22)。 確かにそのとおりだが、正確に言えば、孫息子だったのである。そして、エレミヤがその50年ほど前に、ネブカデネザルの孫息子が国を失うと預言していた通り、ベルシャザルはまもなく国を失ったのだった! (エレミヤ27:7) (「ダニエル2章」のクラスの最後のページにある図表も参照)
「先に幻を見た」: ダニエルはそれ以前にも幻を見ていたのだろうか? そう、ダニエルはその2年前、つまり、ベルシャザルの元年に預言的な幻を見たが、それは、四つの世界大帝国を現す、四つの大いなる獣に関する幻だった。 (ダニエル7章参照) そして、今、ダニエルはこれらの帝国の内の二つに関する、驚くほど詳細に渡る預言的な幻を見ようとしている! この章では、歴史にまつわる詳細、そして、歴史上で成就された預言の驚異を扱っていくつもりである!
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2.その幻を見たのは、エラム州の首都スサにいた時であって、ウライ川のほとりにおいてであった。
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ダニエルは、エラム州のスサにあるベルシャザルの宮殿のひとつで、王の事務(27節参照)を執っていた。ユダヤ人はそこをシューシャンと呼んでいたが、歴史的には一般にスサとして知られていて、ウライ川 (今日ではカルケーと呼ばれている)のほとりに建てられていた。スサから首都バビロンまでは、わずか360キロしか離れていなかった。バビロニヤ帝国は中東を治め、その当時の世界を支配する大国だったが、東方のメデア・ペルシヤ帝国が目覚ましい勢いで権力を増大させてきていた。もし、こういったことの背景がわかるなら、これらの預言がいかに驚くべきほどに成就されたかがわかるだろう!
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3.わたしが目をあげて見ると、川の岸に一匹の雄羊が立っていた。これに二つの角があって、その角は共に長かったが、一つの角は他の角よりも長かった。その長いのは後に伸びたのである。
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第20節ではっきりと説明されているように、この幻の雄羊はメデア・ペルシヤ帝国を象徴している。この角の大きな雄羊は、本当に巨大で、実に堂々たる生き物である! また、頭上でくるりと丸まっている、とても大きくて、力強い角を二本持っていた! 神は、もうじき台頭するメデア・ペルシヤ帝国を象徴的にダニエルに示しておられたのである! それは、メデア人とペルシヤ人との統一帝国であって、歴史上は、メデア・ペルシヤとして知られている。
「その角は共に長かった」:一方の角はメデア人の王 (ダリヨス)を、もう一方の角はペルシヤの王 (クロス)を象徴していた。メデア人の王ダリヨスはバビロンを征服し、捕囚されていたイスラエルの民もダリヨスの支配下におかれた。けれども、この内のどちらの王が上に立ったのだろうか? クロスである。「その長いのは後に伸びた」:メデアの王ダリヨスは偉大な征服者であって、いわゆる「難攻不落の都」と呼ばれていたバビロンを征服したが、最終的に最高統治者となったのは、ペルシヤ人クロスとそのペルシヤ帝国だった。北と西の征伐からおよそ2年後に戻って来たクロスに対し、ダリヨスは王座を譲り渡したのであった!
これに関するもう一つの成就は、紀元前559年にクロスがペルシヤの王位についた時、ペルシヤはまだメデア帝国に従属する小さな州に過ぎなかったことである。しかし、紀元前550年、ダニエルによるこの預言のわずか2年後にクロスはメデア全土を自分のものとしてしまった。クロスはその時、メデア・ペルシヤ帝国を創建し、やがては、最初のメデアの王たちが支配していた時よりもはるかに偉大なる帝国を治めたのであった。「その長いの (ペルシヤの王)は後に伸びたのである。」
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4.わたしが見ていると、その雄羊は、西、北、南にむかって突撃したが、これに当たることのできる獣は一匹もなく、またその手から救い出すことのできるものもなかった。これはその心のままにふるまい、大いなる者となった!
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メデア人とペルシヤ人とは東から来た人たちであったが、彼らが今後進んで行く方角に関する直接の預言がこれである。ダニエルがこの預言的な幻を見てからほんの5年後に、クロスに率いられたメデア・ペルシヤの雄羊が一連の目覚ましい征服をしたのだった:「わたしが見ていると、その雄羊は‥‥北にむかって突撃した」:紀元前547年、クロスは北西に位置するトルコを征服した。翌年の546年には、メデア・ペルシヤの南に位置するエラムの州がクロスに屈し、539年10月には、メデア・ペルシヤの雄羊が直接「西にむかって」突撃し、バビロニヤ帝国の首都であるバビロンを分捕った。 (『歴史:メデア・ペルシヤ』参照)
「南にむかって」:バビロンを分捕ったことによって、それ以前にすでにバビロニヤに治められていたシリヤやパレスチナはもちろんのこと、メソポタミヤ地方全部がクロスの手中に落ちた。そして、紀元前525年には、ペルシヤ人はエジプトをも征服して、かくして雄羊の征服に関する幻を完遂したわけである。
神はまさに起こらんとしていたことをダニエルに預言しておられ、ダリヨスおよびクロスという二人の王に率いられたメデア人とペルシヤ人は、東からやって来て、バビロンとバビロニヤ帝国を征服し、完全にそこを奪い取ってしまうことになっていたが、これはまだ実際に起こってはいなかった。
「これに当たることのできる獣は一匹もなく」覚えているだろうか、神の御言葉の中で獣という時、それは普通、世界帝国か国民の政府を象徴している。 (ダニエル7:3,12,17参照) そして、メデア・ペルシヤの雄羊に立ち向かうことのできた国は一つもなかったのである! この章句にある「これ」というのは、象徴的な雄羊を指しているが、その最大の王であるクロス自身を指しているとも考えられる!
「これはその心のままにふるまい、大いなる者となった!」 クロスは非常に偉大な者となっただろうか?−−確かに! 事実、彼は「クロス大王」と呼ばれており、歴史によれば、あらゆる時代の中の最大の統治者の一人と見なされている! また、この「これ」というのを雄羊と呼びたいとしても、それは確かに大いなるものとなった! この帝国は、中東全土、すなわち、この極めて重要な地域の、それまでの王国や帝国をすべて征服したからである。
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5.わたしがこれを考え、見ていると、一匹の雄やぎが、全地のおもてを飛びわたって西から来たが、その足は土を踏まなかった。このやぎには、目の間に著しい一つの角があった。
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聖書にユニコーンが出てくる一例がここにある! つまり、角が一つしかない動物のことである! そして、この非常に顕著な角とは、いったい誰のことだったのか? 第21節で説明されているように、「雄やぎ」とは、その「著しい (偉大な)角」、すなわち、アレキサンダー大王を頭に持つギリシヤ帝国であって、西(ギリシヤ)から全地を飛びまわってきたのである。言いかえれば、その行く手にあるすべてのものを、地上全域を征服しており、メデア・ペルシヤの雄羊を滅ぼすために東に向かって突撃してきたわけである!
ダニエル2章では、メデア・ペルシヤはその像の中の、銀で出来た両腕と胸とで象徴されており、ギリシヤは銅の腹だった。ダニエル7章では、メデア・ペルシヤは熊として、またギリシヤは翼を持ったひょうとして描かれていた。しかし、ダニエル8章では、メデア・ペルシヤは雄羊、ギリシヤは雄やぎである! それぞれの章で、同じ話が違った角度から繰り返して告げられている。つまり、歴史は同じなのだが、それぞれの例えを使って、異なる局面を明らかにしている。そして、この章のほとんどは専らこの二つの帝国のことに重点をおいている。
「その足は土を踏まなかった」:歴史によれば、紀元前333年から330年までの間に、アレキサンダーは、ギリシヤからペルシヤ全土、さらにはロシヤ南部からアフリカ北部に至るまでの文明世界全部を征服してしまったそうである! それもわずか3年間で! この迅速な征服のゆえに、主がダニエル7章の中で、彼の帝国を翼を持ったひょうとして描かれたことは疑いもない。また、この章では、足が土を踏まないほど速く動いていた雄やぎとして描かれている! (アレキサンダーはその後の7年間を、中央アジアの征服に費やしている。これは現代のパキスタン、アフガニスタンであり、さらにはインドにまで及んだ!)
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6.この者は、さきにわたしが川の岸に立っているのを見た、あの二つの角のある雄羊にむかってきて、激しく怒ってこれに走り寄った!
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メデア・ペルシヤもギリシヤ帝国もまだ世界を治めてもいなかった、紀元前552年、預言者ダニエルは、この二つの世界帝国の間で戦われる戦争を予告し、その結果を預言したのである! この預言は、およそ220年後の紀元前333年にダニエルが予告したとおり、正確に成就した! 神がここでダニエルに啓示しておられたことが、まさにそうなると予告された通りに起こり、詳細に至るまでことごとく成就したのである!
「この者は、激しく怒ってこれに走り寄った」:これら二つの大いなる獣の最初の衝突は、 紀元前333年、 トルコ南部のイッススという村の近くであった。その時アレキサンダーの騎兵隊が、ピナラス川の谷間で、ペルシヤ軍に猛然と突撃した。メデア・ペルシヤ帝国の最後の王であるダリヨス3世は軍を率いて戦場に出てきたが、その戦車に乗って逃げ去ってしまった。事実、全軍がギリシヤ軍の突撃にひどく怖じけづき、一人残らず逃げてしまった!
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7.わたしが見ていると、それが雄羊に近寄るや、これにむかって怒りを発し、雄羊を撃って、その二つの角を砕いた。雄羊には、これに当たる力がなかったので、やぎは雄羊を地に打ち倒して踏み付けた。また、その雄羊をやぎの力から救いうる者がなかった。
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イッススの戦いの後、アレキサンダーは南に下って、エジプトを征服した。それから東方に向かって軍を進め、ユーフラテス川を渡り、紀元前331年の7月、ガウガメラ平野でペルシヤ軍と対決した。ペルシヤ軍は、歴史上の最も決定的な戦いの一つとなるべきこの戦いのために、巨大な軍隊を結集した! しかし、アレキサンダーは「これにむかって怒りを発し、雄羊を撃った。」 自ら部隊を率いて、ペルシヤ軍を撃ち破り、これがペルシヤ軍の最後となった!
ダリヨス3世はその戦いのために25万近くの兵を集めたが、それは、歴史上最大の軍隊の一つだった! しかしそれでも、アレキサンダーは、わずか50,000の兵をもって、自分達の5倍の兵士からなる軍勢を完全に打ち負かしてしまった。文字通り、不可能を成し遂げたわけである!
「その二つの角を砕いた」:この頃には、この二つの角はもはやダリヨスとクロスではなかった。神は彼ら二人が王国の滅亡の日を見なくてすむようにされたのだ。帝国を失ったのは、クロスの子孫の一人であったダリヨス3世だった。だから、このすべてが、ちょうど主がここでダニエルに語っておられるままに、正確に成就されたのである! 「そして彼を踏み付けた」:彼は彼の至るところを踏み付けた。これは、雄やぎが雄羊を征服し、その帝国を治めたという意味である。
ひょっとしたらあなたは、「なぜこんな古い歴史をおさらいしなければならないのか?」と尋ねるかもしれない。それは、これらのことは、神がすべてこうなると予告された事柄の正確な詳細であって、今や歴史になっているもの、すなわち、成就された預言だからである! そのことを考えてもみなさい! 事実、紀元前332年、その征服の途上にアレキサンダーがエルサレムにやって来た時に、イスラエルを救ってくれたのが、外ならぬこの預言だったのである。ユダヤ人はこの預言の巻物をアレキサンダーに見せて、彼の帝国の名まで挙げられていることを示し、彼(一つの、著しい角)がメデア・ペルシヤ人らを征服すると告げたので、喜んだアレキサンダーは、イスラエルには手をかけず、他の諸国に対してしたような猛烈な破壊をしなかった!
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8.こうして、その雄やぎは、はなはだしく高ぶったが、その盛んになった時、あの大きな角が折れて、その代わりに四つの著しい角が生じ、天の四方に向かった。
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アレキサンダーは、その権力の極みにあった時、つまり、「その盛んになった時」、わずか33歳の若さで「折られた」のであった。アレキサンダーは長く続いた酒宴の後でマラリヤの熱病にかかり、その10日後の紀元前323年6月13日に亡くなった。彼は、インドにまで及ぶ中東全土を紀元前333年から323年までのわずか10年間で征服してしまったが、最後には、酔っ払って、「もはや征服すべき世界がない」と泣きじゃくりながら死んだと言われている!
「その代わりに四つの著しい角が生じ、天の四方に向かった」:アレキサンダー大王が死んで、その帝国は四人の将軍の手に渡った。そして、紀元前321年から301年までの20年間、アレキサンダー大王時代の最強の将軍だったアンティゴノスは他の将軍達と戦い、彼自身の下に帝国を統一させようと企てた。しかしながら、紀元前301年に、四人の将軍、プトレマイオス、リュシマコス、カッサンドロス、セレウコスが結束して、イプソス(中央トルコにある)の町における戦いで彼を撃ち破り、帝国を統一する望みは完全に断たれた。四人の将軍たちは平和的にその帝国を自分たちの間で、「四方に向かって」分割することに決定したのである。
プトレマイオスは、パレスチナのダマスカスから、北アフリカのエジプト、リビヤに至るまで自分の支配下に置き、リュシマコスは、小アジア (現在のトルコ) の大部分を取った。そして、カッサンドロスは、ギリシヤ及びマケドニヤのヨーロッパを自分のものとし、セレウコスは、シリヤを自分のものとし、実際にはメソポタミヤ、バビロニヤ、イラン、バクトリヤ(アフガニスタン)から、インド国境まで治めたのだった。それは、帝国のかなり大きな断片であり、歴史上ではセレウコス王朝として知られ、プトレマイオスの下でのエジプトもプトレマイオス王朝として知られている。だから、そのすべてが起こるまでには何年もかかったものの、まさに神が預言者ダニエルに示されたままに、一部始終が実現したのである。
これら四人の将軍たちは、帝国を四つの帝国に分割した。そして、しばらくは、みんな幸せで満足していたようだったが、金持ちや有力者というものは、決して完全に満足することがないので、彼らが互いに挑戦し始め、絶え間なき戦争によって、互いの帝国の一部を奪い合うようになった。その後のギリシャの世界統治は、お互いの領土を併合するための絶え間ない策略、協定、陰謀といった複雑な歴史が何百年も続いていく。
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9.その角の一つから、一つの小さい角が出て、南に向かい、東に向かい、麗しい地に向かって、はなはだしく大きくなった。
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第17節、23節が後で説明しているように、「終わりの時」、「後の世」には、アレキサンダーの帝国の四つの区分の「一つから」、「一つの小さい角」、または、「猛悪な顔の王」が「起こる」であろう。
この幻の中で、ギリシヤ帝国が分割されたが、主は全く突然に、幾世代も、事実、幾千年も飛び越えて、突然、ほとんど2,300年も後のこの終わりの時に、この小さな角が生じてきたことを示された!主はこの章の中では、ギリシヤの後に続いて起きたローマ帝国のことは少しも言及されていないが、それは、先の章、ダニエル7章の中で、もうすでにローマ帝国のことを詳細に渡って扱っておられるからである。だから、この章では、紀元前300年代から、あなたや私が今生きているこの20世紀までのおよそ2千年間を、一気に飛び越えてしまっている!
主が特に関心を持っておられるのは、「小さな角」として、ここでまた描写されている最終の世界独裁者アンチキリストのことである。 (ダニエル7章8節および24節も参照) この男の治める期間が非常に短く、わずか7年間であるにもかかわらず、主は多くの時間を割いて、彼とその統治のことを描写されている! それは、なぜか? アンチキリストの治世が非常に重要だからである! だから、彼のことを私達に告げるために、 主は歴史の2,300年もの大きなギャップを一気に飛び越えておられるのである。
「その角の一つから、一つの小さい角が出て」:これらの四つの角、つまり、ギリシヤ帝国の四つの区分から、一つの小さい角が出た。主は、第7章で語っておられたのと同じ角のことである。これが重要なのは、ここにはアンチキリストの出現の時だけではなく、アンチキリストが最初に現れるその地理的な位置のことも語られているからであり、それは、アンチキリストを知るもう一つの手がかりである。アンチキリストがどこの国から出現するかを知るのも、アンチキリストを見分ける方法の一つとなる。聖句は非常に明白に、彼がアレキサンダーの帝国の四つの区分の一つから現れると言っているが、謎なのは、彼がその四つの内のどれから出現するかである。
私達にはまだ正確にはわからないが、次のようなことを示すしるしが沢山ある:(A)彼はまずエジプトから、つまり、アレキサンダーの帝国の南の区分から現れる。彼がギリシャあるいはトルコから現れる可能性はほとんどない。中には、彼がシリヤから現れると理論づける人々もいて、彼がシリヤ、あるいはイスラエル、または、トルコかギリシヤから現れると思いたければそう思ってもいいが、彼がエジプトから現れると私達が信じているのには、もっともな理由がある!
ここの聖句では明確にされていないが、主は、彼がエジプトから現れること、また、実際にエジプトのパロの長い家系に属する者であるという幾つかの預言を、私だけでなく、私の母や、女預言ジーン・ディキソンなど他の人々にも与えたり、示唆してこられた。主は一度、アンチキリストはエジプトから台頭してくるということを暗示する聖句を与えて下さったこともある。−−ホセア9:6!
1965年、私の母は、現在有名な「警告の預言」を受け取った。それには、「大いなる混乱」が「メンフィス(エジプト)から」端を発するということが予告されている。そして、この預言はそれからほぼ一年後、ジーン・ディクソンの著書、「預言の賜物」によって裏づけられた。その著書の中でジーン・ディクソンは彼女が見たある幻のことを語っているが、それは、エジプトから出る一人の若者が世界を治めることになっている、というものだった! 彼女は、その後出版した「わが人生と預言」という本の中で、この若者は、聖書の中でアンチキリストとして知られている、来たるべき世界独裁者であると解釈している。だから、アンチキリストは初めにエジプトから姿を現してくるか、あるいは、何かエジプトと強いつながりを持っているか、そのいずれかであろう。
「警告の預言」の最初の部分はこう言っている、「メンフィス(エジプト)に向かって、目を上げよ。そこから大いなる混乱が起こるからである! 混乱の張本人は今この時にも、大いなる混乱のためにその軍勢を結集している。彼は大いなる国と東方の国々、すなわち、彼に加勢する友人たちから、その勢力を集めている。」
エジプトは、兵40万という、中東では最大規模の軍隊の一つを有しているが、それにもかかわらず、世界的には弱小国の一つである。では、次の世界政府やスーパーマンの世界独裁者がいったいどうして、エジプトのような全くの弱小国から出現するといったようなことが可能なのか? 彼の出生地はそこかもしれないが、その大いなる権力を得る場所はそこではないのである。
その預言は、「彼は大いなる国」−−それは、疑いもなくソビエトである−−「と東方の国々、すなわち、彼に加勢する友人たちから、その勢力を集めている」と言っている。彼はその勢力を得るのは、エジプトからではなく、「大いなる国」と呼ばれるに十分なほど強力な一つの国家、すなわち、ソビエトからである! また、東方の諸国や王たちから助力を乞う。その東方の国々とはどこだろうか?ヨーロッパの半分は「東欧」であり、中東のアラブ諸国は東方の国々であり、近東および極東の諸国の多くも同様である。アンチキリストはその征服戦争において、ソビエトと、アラブ諸国を含めた多くの東方の国々とを率いるようになる!
「でも、他の聖句によれば、彼は北から来るということになっているのに、どうしてエジプト出身であり得るのか?」と言う人達もいるかもしれない。その出身地はエジプトであるかもしれないが、もし彼が北から来るのであれば、彼は北に行って、ソビエトで、北の王となるに十分なだけの権力を握ることになるのだろう。それから、出身地である南を侵略するのである。彼はエジプトから出て、モスクワに行き、訓練を受けるのかもしれない。ソビエト人が、色々な国々の、世界でも屈指の共産主義リーダーを訓練するのは、そこなのである。考えられるのは、まずアンチキリストは、世界的権力の座につくために、共産主義者たちの助力を嘆願するということだ。共産主義者たちは彼を利用しようと考えるだろうが、彼の方が彼らを支配してしまうようになる! そして、「北の王」になるわけである!
もしエジプトが、アンチキリストの出現するその国だと仮定するなら、彼の進展して行く (はなはだしく大きくなって行く) 三つの方角にうまく当てはまるかどうか調べてみよう:「南に向かい、」:−−アフリカに向かって南に。共産主義者たちはもうすでにアフリカのほとんどをかなり自分達の支配下においている。アフリカには共産主義国、または、共産主義に傾いた国々が山ほどある。「東に向かって、」:−− (中東)ソビエトはすでにシリヤとイラクを援助しており、イランや多くの地中海沿岸諸国を部分的に援助している。「麗しい地に向かって、」:−−ユダヤ人の預言者たちにとっては、イスラエルは最も麗しい地 (詩篇106:24とエレミヤ3:19参照)、「乳と蜜の流れる地」、気候の快適な美しい国である。そして、アンチキリストが結局最後にはイスラエルを侵略するようになると、聖書には明確に書いてある! (エゼキエル38章およびダニエル11章参照) (B) その他の解釈:この節は、アンチキリストが、アレキサンダーの帝国の四つの区分の一つであった国で生まれ、最初にそこから出てくることを示唆しているものの、それは、アンチキリストが後で「南に向かい、東に向かい、麗しい地 (イスラエル) に向かってはなはだしく大きくなる」時に、エジプトから侵略してくるという意味だとは限らない。
アンチキリストは、聖書の至る箇所で、「北の王」(エゼキエル38:14,15; ダニエル11:40参照)と呼ばれているので、この侵略は実際にソ連からの侵略だということが考えられる! 聖書は、終末におけるソビエトの数回に渡る中東侵略を描写している。だから、この「はなはだしく大きくなる」というのは、アンチキリストがイスラエルやエジプトや他の中東諸国を侵略する、ダニエル11:40-43の戦争のような、南の王に対する戦争の一つを描写しているということも考えられる。
この小さな角は初めはたいして重要には見えなかったが、やがて「はなはだしく大きくなっていった」(ダニエル7:20) ダニエル7章は、この小さな角が10のヨーロッパ諸国(西側諸国)の間から生じて、その内の三つを倒し、その他はその角に自分達の支配権を譲ったことを描写している。しかし、主はこの節の中で、アンチキリストが「大きくなって行く」方向を西向きだとは語られていないことがわかる。なぜなら、この特定の侵略または中東猛攻撃の時に、アンチキリストは西向きには進んでいないからである。彼は、南と東において、また麗しい地(イスラエル)に向かって、より大きな成功を収めるようになる。
(C) あるいは、「警告の預言」やホセア9:6 を霊的に解釈して、彼はエジプト出身だということを示唆しているようだが、必ずしも文字通りの意味とは限らず、神はエジプトを世界体制、つまり、アンチキリストの世界政府の象徴として語っておられるのだと言うこともできるだろう。すなわち、世界的な体制はすべて「エジプト」なのだと。霊的な意味で考えれば、その通りである。
ちょうど、過去に、神の民だったイスラエルが世界帝国エジプトの支配下にあったように、現代の神の民であるクリスチャンも、まもなくアンチキリスト世界政府の「エジプト」の中で生きなければならなくなる。またエルサレムはアンチキリストの世界大の帝国の首都になり、黙示録11:8では、「エジプトとたとえられている、大いなる都」と書かれている。だから、このすべてを霊的に解釈する方を選び、すべては霊的に成就されており、必ずしもエジプトの地のことを意味しているのではないと考えるほうを好む人達もいるかもしれない。しかしながら、この預言の続きを読むと、世界中の実際の国々のことをかなり具体的に、文字通りに記述しているように思える。
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10.その小さな角は、天の衆群に及ぶまでに大きくなり、衆群と星のうちのあるものを地に投げ下して、これを踏みつけた。
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聖書に出てくる星は普通、御使いを象徴している。(黙示録1:20; 9:1,11参照) だから、ある人々は、アンチキリストは患難期に悪魔によって取りつかれるので、この節は、サタン自身が神に敵対して戦争を戦い、御使いの三分の一を自分と一緒に天から堕落させたことを描写していると言う。 (黙示録12:4参照)しかし、悪魔が自分の使いを踏みつけるだろうか? もちろん、そんなことはしない! 私としては、「天の衆群」と「星」は、悪魔の使いのことを語っているのではないと信じたい。と言うのも、イエスは、悪魔の使い達の「衆群の君」ではなく、イエスは天の衆群の君、地上の聖徒たちの君だからである! (11節参照) しかし、天の良い御使い達の衆群を地に投げ下して、これを踏みつけることなどは、並たいていの人にはできないし、悪魔に取りつかれたアンチキリストにもできない! 天の御使いたちは決してアンチキリストによって征服されたりはしないからである!
この聖句の前後の節と、他の多くの聖句から、私がもっと確信を抱いているのは、この聖句が語っているのは、天の最大の衆群、すなわち、主の聖徒たち、教会、患難期における地上のクリスチャンたちのことだということである。すなわち、24節で、物凄い迫害に遭う聖なる民なのである。今こうして、アンチキリストによって打ち負かされ、滅ぼされたりすることもある、人間の虚弱な肉体を持っているのは、私達だけである。神は、常に許してこられたように、何人かの聖徒たちが殉教死を遂げ、何人かが踏みつけられるのを許されるだろう。 (24節、黙示録12:11, 20:4参照) この節が語っている「天の衆群」とは、あらゆる教会宗派の何千万にも及ぶ救われたクリスチャンのことであり、星とは、ひときわ優れた聖徒たち、つまり、証しして、魂を勝ち取る真の弟子たちのことである! (ダニエル12:3)
「ええっ? 私達が御使いよりも大いなる者だって?」と思うかもしれない。−−その通りなのである! 聖徒たちこそ、最も偉大な天の衆群なのである! 今現在は、御使いの方が人間よりも大きな力を持っている(詩篇8:4,5)が、私達の方が御使よりも偉大な存在となる時がやって来るのである! (ヘブル1:4; 第一ヨハネ3:2; ローマ8:17) 第一コリント6:3 には、「あなたがたは知らないのか?私達は御使いをさえさばく者である」と書いてある。また、ダニエル7:22,26-27に書かれているように、神の御国は、御使たちにではなく、神の聖徒たちに与えられるのである! 神の目には、私達こそ、最も偉大な天の衆群である! 私達こそスターだ!
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11.またみずから高ぶって、その衆群の君に敵し、その常供の燔祭を取り除き、かつその聖所を倒した。
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英語では、その「君」という言葉が大文字になっているが、それは、「(天の)衆群の君」、または、「君たちの君」というのは、言うまでもなく、イエス・キリストのことだからである! (25節参照)「彼 (アンチキリスト)はみずから高ぶって、その衆群の君に敵した!」(ダニエル11:36参照)それはどの衆群だろうか? 私達、聖徒たちのことである! では、私達の衆群の君とは誰のことか?イエスである! アンチキリストは、教会と戦うことによって、キリストと戦うことになる! イエスが、改宗する前に初代教会を迫害していたサウロに、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか?」と語ったように。(使徒行伝9:4,5)
「その常供の燔祭を取り除き」 ここでダニエルは初めて「常供の燔祭」のことを言っているが、これは、毎日動物のいけにえを捧げるユダヤ人の宗教儀式のことである。言いかえるなら、アンチキリストは、ユダヤ人らが動物のいけにえを捧げるのに用いてきた祭壇を冒涜するか破壊するかして、ユダヤ人の宗教の礼拝と日々の燔祭とを「取り除く」(廃止する)よう命じるようになる、ということである。 (ダニエル9:27と11:31、それに、13節と14節の解釈の4番目と5番目のパラグラフ参照)
「かつその聖所 (神殿)を倒した」:これが、神殿、つまりユダヤ人の宮が実際に破壊されていることを意味しているかどうかは疑わしい。聖書には、彼みずから宮を占拠するとあるからである。「みずから神の宮に座して、自分は神だと宣言する。」(第二テサロニケ2:4) 「倒した」とは、ダニエル11:31にはっきり書かれているように、ただ、アンチキリストの偶像、つまり、荒らす憎むべきものを設立することによって、もはやそこを神聖なものではなくし、忌まわしいものにし、冒涜してしまった、汚したという意味にすぎない。マタイ24:15の中でイエスが言われたように、これは、大いなる患難の始まりである!
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12 そして彼に衆群が与えられ、罪のゆえに常供の燔祭に敵した。それは真理を地に投げ打ち、ほしいままにふるまって、みずから栄えた。(注:日本語の聖書と違います)
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「そして、彼に衆群が与えられ」:この「衆群」というのは、アンチキリストに従う者たち、彼の軍隊、世界政府警察などである。 (神を敬わない大いなる衆群は、今日でも、アンチキリストの政策に従っている!) 神は、ユダヤ人の「罪のゆえに」、アンチキリストが、ユダヤ人に敵して戦い、その常供の燔祭を止めさせる権威を持つのを許される。主は、悪魔がアンチキリストに、悪鬼どもと邪悪な人間どもからなる衆群を送って、「常供の燔祭に敵し」、すべての宗教礼拝に敵するのを助けさせるのを許される。 (ダニエル11:30,31参照。また第二テサロニケ2:6,7の解釈参照)
「それ (アンチキリストの衆群)は、真理を地に投げうち」:これは、アンチキリストが神のように崇拝されることを要求する時に、確かに起こることだが、アンチキリスト政府はすでに存在しており、一般の人の目に見えない所で秘密に活動している。しかし、その仕業、その反神的で反キリスト的なプロパガンダは、毎日マスコミを満たしており、ラジオやテレビ、映画、本、新聞で、また、教育制度、さらには教会体制の幾つかにおいて、「真理を地に投げうっている」!−−今この時にも!
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13.それから、わたしは一人の聖徒の語っているのを聞いた。また一人の聖徒があって、その語っている聖徒にむかって言った、「常供の燔祭と、荒らすことをなす罪と、聖所とその衆群が足の下に踏みつけられることについて、幻にあらわれたことは、いつまでだろうか?」と。
14, 彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして、聖所は清められる。」
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この幻の中で、預言者ダニエルは、「御霊の内に捕らえられて」、聖徒たちや御使いたちの次元に上げられた。そして、ここでは、ひとりの聖徒 (この世を去った人間)が、また別の聖徒にむかって質問していた。質問をしていたのはダニエルだけではなかった。すべての良い霊たち、つまり、ダニエルの幻を見ながらその回りに立っていた人々も、起こっていることに興味を抱いていたようである。人が天国に行って、復活した奇跡の体を得ても、全く突然にすべてのことを知るのではないことの、証拠がここにある。人はやはり学ばなければならないのである!
「彼(聖徒)は私(ダニエル)に言った」:イエス以外には私達と神との間に私達に語りかけるような人がいるべきではないと言う人々がいる。さて、神と人との間には、私達の罪を許すことのできる仲保者がただ一人だけいるというのは、確かに本当である。そしてそれは、イエスである! けれども、御使いを始め、天国からのメッセージを伝える者は大勢いる。御使いたちはしばしば聖書の中で、神からのメッセージを携えて現れた! 事実、ヘブル語で「御使い」を表す言葉 (マラク)は、メッセンジャーという意味である。そして、神は聖徒たちを、すなわち、この世を去った救われた者たちを通して、私達に啓示を与えられることもよくある。 (黙示録19:10; 22:8,9)
13節と14節には、二つの事柄、すなわち「常供の燔祭」と「荒らすことをなす罪」に関する日数が書かれていることに目を留めてほしい。
字句通りの解釈では、「常供の燔祭」は、ユダヤ人の神殿の祭壇の上で動物をいけにえにする宗教上の儀式のことを指している。旧約時代には毎日行われていた燔祭に完全に終始符が打たれたのは、エルサレムにあるユダヤ教神殿が、西暦70年にローマ人によって破壊された時だった。
聖なる契約は宗教上の条約なので、それにはその他の二大宗教、すなわちイスラム教とキリスト教もかかわってくる。アンチキリストがこの時にも、彼らに対して礼拝の自由を許可するようになることは非常に考えられることだ。だから、最後の7年間の半ばに(ダニエル9:27参照)、アンチキリストがユダヤ人の「常供の燔祭」を止めさせる時、もしかしたら、その時に、すべての宗教礼拝も止めさせてしまうかもしれない! しかしながら、聖書には、その時にユダヤ人の礼拝を止めさせるということしか示されていないので、もっと後になるまで、イスラム教徒やキリスト教徒の迫害は始まらないかもしれない!(マタイ24:21の解釈参照)
「荒らすことをなす罪」:この「荒らすこと」の期間とは、大いなる患難と、神の激しい怒りの期間である! 「荒らすこと」は、アンチキリストが神殿に彼の像を、すなわち、「(神殿を)荒らす憎むべきもの」を立てる時に始まる。 (ダニエル9:27; 11:31; マタイ24:15,21参照) そして、このクラスの14節で説明したように、この忌まわしい像は、荒らすことの期間が終わって、「聖所が清められる」時までは、神殿から取り除かれない。
「聖所とその衆群が、足の下に踏みつけられる」:ここに挙げられている「聖所」とは、第二テサロニケ2:4の宮と同一である。(この「宮」がいったい何であるかに関する様々な説き明かしについては、マタイ24:15を参照のこと。) たとえこれが実際に神殿を指しているとしても、「足の下に踏みつけられる」というのは、それが破壊されてしまうという意味ではなく、アンチキリスト軍がそこを征服し、治めるということである。アンチキリスト軍は神殿だけではなく、エルサレムの都全体を支配するようになる。他の聖句で示されているように、アンチキリストはエルサレムを自分の世界首都にさえするようになるのである! (「足の下に踏みつけられる」に関しては、 ルカ21:24と黙示録11:2も参照)
では、足の下に踏みつけられる「衆群」とは誰なのか? この場合の「衆群」とは、世界を支配するために、アンチキリストが戦争によって服従させようとするすべての者たちを指している可能性が高い。それは主として、クリスチャンやユダヤ人やイスラム教徒など、彼の宗教上の敵である! アンチキリストは、ハルマゲドンの戦いで、キリストとその軍勢(私達)によってついに撃ち破られるその時まで、自分の反アンチキリストの敵を「足の下に踏みつけ」続けるであろう!
「幻にあらわれたことは、いつまでだろうか?」:言いかえるなら、上記のこの二つの事柄は、いったい何日間続くのか、ということである。14節は、この二つの出来事は、全部で「二千三百日」続くと言っている。
「そして、聖所(神殿)は清められる」:聖書を研究している人たちの中には、 その2,300日が終わり、「聖所が清められる」のは、大いなる患難期の最後に、イエスが戻って来て、すべてのクリスチャンを捕らえて天に引き上げられる時だと信じている人達がいる。しかし本当にその時に「清められる」のだろうか? それは、ちょっと考えられないことだ。なぜなら、アンチキリストはハルマゲドンの戦いの終わりまで、75日間に渡って戦争を続行するからである! (ダニエル12:11,12の解釈参照)
ラプチャーの時に、イエス・キリストが戻って来られるのを見て、彼が悔い改め、聖所を清めてその像を取り除き、「すまなかった。結局、私は神などではなかった! 私の像を拝む必要はない!」と言うとあなたは思うだろうか? そんなことはない! 覚えているだろうか、アンチキリストとは、サタンの化身である! 彼は、自分の時が短いのを知って、ますますその怒りを大きくし、もっと極悪非道で冷酷無情になって、さらに激しく戦ってくるだろう! というわけで、「荒らすこと」の期間は明らかに、その75日後にハルマゲドンの戦いが終結するまでは終わらない! 荒らすこととは、まさにこのことである! イスラエルだけでも、実に大勢の死者が出るので、全部埋葬するのに7ケ月かかるようになる! (エゼキエル39:12)
ハルマゲドンの戦いの終わりに、エルサレムで、アンチキリストとその軍隊が、獣に抵抗しているユダヤ人や反アンチキリスト者たちを包囲している時に、私達は天から突撃して来て、アンチキリスト軍を滅ぼすであろう! (黙示録19:19-21と「ハルマゲドンの戦い」参照) そして、この時こそ、神殿からアンチキリストの像を取り除き、破壊することによって、私達が「聖所を清める」時なのは明白である。
(この節の日数についての預言にかかわる数学的計算を、もっと詳しく、深く学びたいならば、このクラスの最後のページの下にあるセクションを見て下さい)
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15.われダニエルがこの幻を見て、その意味を知ろうと求めていた時、見よ、人のように見える者が、わたしの前に立った。
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ダニエルが、混乱して、今見聞きしたばかりの幻を理解できずにいると、人の姿をした天国からの存在が、少し離れた所に現れた。
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16.わたしはウライ川の両岸の間から人の声が出て、呼ばわるのを聞いた、「ガブリエルよ、この幻をその人に悟らせよ。」
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もしこの語った人がウライ川の両岸の間に立っているのであれば、彼は明らかに川の真ん中に立っているわけだ! そして、彼には大天使ガブリエルに命令して、ダニエルにその幻の意味を告げさせるだけの権威があり、ガブリエルのボスであるのは明らかである。その方はもちろん人であり、人の姿、人の声をしているので、人の子、すなわち、私達の主イエス・キリスト御自身がその時その場におられたに外ならない! イエスは天地創造の前から存在しておられ(ヨハネ1:1-3; 17:5)、旧約時代にもしばしば姿を現わされた。 (ダニエル3:25; 創世記18章など)
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17.すると彼(ガブリエル)はわたしの立っている所にきた。彼が来た時、わたしは恐れて、ひれ伏した。しかし、彼はわたしに言った、「人の子よ、悟りなさい。この幻は終わりの時にかかわるものです!」
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これ以上明確なことがあるだろうか! これは、「終わりの時に」に起こることになっている!だから、メデア・ペルシヤの雄羊とギリシヤの雄やぎに関するこの幻の一部が、今では過去に成就された歴史であり、成就された預言であるとしても、「小さな角」、すなわち、アンチキリストに関する幻は、時の一番最後、つまり、終わりの時に至るまでは起こらないのである! (23節参照)
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18.彼がわたしに語っていた時、わたしは地にひれ伏して、深い眠りに陥ったが、彼はわたしに手を触れ、わたしを立たせて、
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主によって名指しで呼ばれた天使ガブリエルと向かい合って立ったダニエルは、ひどく恐れ、全く死ぬ思いを味わった! 彼は気を失って倒れ、その場に横たわって深い眠りに陥っていた。
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19.言った、「見よ、わたしは憤りの終わりの時に起こるべきことを、あなたに知らせよう。それは、それは定められた終わりの時にかかわるものであるから。
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「憤り」の別の言葉は「激しい怒り」である。だから、この「憤りの終わりの時」とは、神の激しい怒りの一番最後(「最後の最後」)という意味である! 患難期の後に続く期間は、「憤り」、つまり神の激しい怒りと呼ばれている! それが本当の最後である! 神の激しい怒りの75日間の終わりに起こるハルマゲドンの戦いの終わりは、「憤りの終わりの時」となる。その時点で、人間の諸政府はその最後を迎える! (「ハルマゲドン」参照)
「それは定められた終わりの時にかかわるものであるから」:さて、二つの節の中で、三回、終わりと述べられている! これらの事柄は、私達が終わりの時と呼び、私達が今生きているこの最後の日々、つまり、時の一番最後までは起こらない!
「定められた時に」:神の大いなる計画、または、終末のための時間表の内、どれひとつとして偶然に任されているものはない! それは、神が定められた日に、正確に起こるであろう。神は定まった時とスケジュールを持っておられる。そしてあなたは、神がその計画を変えられるようなことは絶対にないと確信できる!
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20.あなたが見た、あの二つの角のある雄羊は、メデアとペルシヤの王です。
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今、天使長ガブリエルはダニエルに、彼が幻の最初の部分で見た二つの獣の意味を説明している。(3節参照) その「二つの角」は文字通り、メデアの王とペルシヤの王とである。
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21.また、かの雄やぎはギリシヤの王です。その目の間の大きな角は、その第一の王です。
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「雄やぎはギリシヤの王です」:ここの「王」という言葉の文字通りの意味は、「王国」である。ギリシャの雄やぎ自体(王国)は、「大きな角」であるアレキサンダーが「折られた」後も、何百年もの間存続したからである。 (22節参照) 角は常に強力な王を象徴している。そして、獣の体は普通、王国か帝国を表している。
「大きな角‥‥は、その第一の王です」:アレキサンダー大王は「その大きな角」だった。彼は、ギリシャ帝国の王たちの中でも最も重要で、最も偉大な王だった。彼はまた第一の王でもあった。彼がマケドニアで権力の座につく前は、ギリシャは弱小国で、一つの国として統一されてもいなかったからである。彼は紀元前335年までに、 すべての反対勢力を壊滅し、 334年には、メデア・ペルシヤに対する軍事行動を開始した。そして、10年の内に、彼は、ギリシヤからインド、さらにはエジプトからロシアにまで及ぶ広大なギリシヤ帝国の「第一の王」となったのである! 彼は、世界にかつて現れた内で最大の世界征服者の一人だった!
人間による利己的で、邪悪な戦争のほとんどは、権力、富、および支配力を切に求める貪欲さから戦われたが、中には、御心がなされるために、神がある特定の軍隊や戦いに味方された場合もあった。そして、神はこれらの戦いにあって、ギリシャ人を助けておられたが、それは、世界にギリシャ語という共通語を与えることによって、キリストの来臨のために世界を備えるためだった。つまり、ギリシャ語によって、使徒たちや初代のクリスチャンたちは、容易に「すべての造られたものに福音を宣べ伝える」ことが可能になったのである。 (マルコ16:15) ギリシャ文化はまた、哲学や宗教に対して大きな興味を呼び起こしたので、アレキサンダーはその時、知らず知らずの内に、主のために働いていたのである! 彼は、ギリシャ語とギリシャ文化とを、ヨーロッパからインドまで広めた。そして、それがイエス・キリストの来臨のための準備を果たすのに見事な役割を果たしたのであった。イエス・キリストは、宗教や哲学に関する人々のあらゆる質問に対する答えを与える方となったからである。
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22.またその角が折れて、その代わりに四つの角が生じたのは、その国家から四つの国が起こるのです。しかし、第一の王のような勢力はない。
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「その角が折れて」:その大きな角が折れたというのは、 アレキサンダーが紀元前323年に死んだ時成就された。 (8節の解釈参照)
「その国家から四つの国が起こる」:どの「国家」か? アレキサンダー大王の帝国のことである。そして、アレキサンダーの死後、この統一ギリシヤ帝国、つまり、「国家」が分割されて、四つの別々の国となった。神は、アレキサンダーの帝国から四つの国が起こると言われたが、まさにそうなったわけである! (8節の解釈参照)
「‥‥しかし、第一の王のような勢力はない」:これは起こっただろうか? その通り! アレキサンダーの下にいた将軍は、誰一人として、アレキサンダーのように帝国を再び完全に統一するほどの力を持っていなかった。もっとも、アンティゴノスのような将軍によって、二、三の企てがなされたことはなされたのだが。 (8節参照) (また、ダニエル11:4の解釈も参照)
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23.彼らの国の終わりの時になり、罪びとの罪が満ちるに及んで、ひとりの王が起こるでしょう。その顔は猛悪で、彼はなぞを解き、
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ここでまた再び 、聖書は突然2,300年の歳月を飛び越えて、主は一番最後に起こらんとしていることを、語り始められる! 全世界に及ぶアンチキリストの統治の時に関する明確な詳細を! ダニエル書のほとんどは、アンチキリストの歴史的な背景を与えることにかかわっている! 主は、この特定の人物を明かし、アンチキリストとその行動について、事細かな部分に至るまで徐々に述べておられるのである。
神はおよそ2,300年を飛び越え、 終わりの時の最後についてこう言われる、「彼らの国の終わりの時になり」:主が語っておられるのは、その当時のアレキサンダー王国の分割のことではなく、終わりの時に存在するその王国の末えいのことである。この預言は、一部の聖書研究者が主張するように、ギリシャ人でシリヤの王、アンテオケ・エピファネスによって成就されたのではなく、第7章で学んだように、この「小さな角」とは、全世界の最後のどう猛な恐るべき独裁者、アンチキリスト自身以外の誰のことでもない!
「罪人の罪が満ちるに及んで」:これは、今日、たった今確実に成就されつつある明確なる預言である! (マタイ24:12の解釈参照) 私達は終末に、つまり、不義の盃が満ち、主がまもなく世界を裁こうとしておられる罪びとの時代に、生きている! 「猛悪な顔の王が起こる」:ここで私達は初めて、アンチキリストの容貌に関する実際の描写を扱おうとしている! 彼は動物や獣のように振る舞う、非情な人間となるだろう! 事実アンチキリストは、黙示録では一貫して、「獣」と呼ばれている!
「なぞを解く」:アンチキリストには悪魔自身が取りつくので、超自然的な知恵を持つようになるだろう! そのほとんどは、闇の邪悪な知恵である! そして、大物の銀行家や実業家や世界指導者が彼を支えており、彼らは今この時にも、彼を世界の支配者にするために働いている。また、妖術、悪鬼術、悪霊による力、呪い、オカルトに携わっている! アンチキリストは、悪魔自身の人、偽メシヤ、悪魔の化身である! そして、彼の短期間の恐怖の統治は、地上における悪魔の権威のクライマックスとなるであろう! (25節も参照)
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24.その勢力は盛んであるが、彼自身の勢力によるものではない。彼は (超自然的な力によって) 恐ろしい破壊をなし、そのなすところ成功して、有力な人々と聖なる民とを滅ぼすでしょう。
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「その勢力は盛んであるが、」:アンチキリストは、それまでのどんな独裁者よりも大きな世界帝
国を治め、強力な鉄の手をもって治めるであろう! (黙示録13:4,7)「彼自身の勢力によるものではない」:では、誰の勢力によって盛んになるのか? 悪魔の勢力によってである! 「龍(悪魔!)は自分の力と位(王座)と大いなる権威とを、この獣に与えた。」 (黙示録13:2後半)
「有力な人々と聖なる民」:主がこれをダニエルに説明しておられ、ダニエルがユダヤ人であったがゆえに、ユダヤ人や、親イスラエルの福音伝道主義クリスチャンの多くは、ユダヤ人こそ「有力で聖なる民」であると解釈する。今日、彼らは確かに政治、マスメディア、銀行業において有力だが、聖なる民という話になると、全くそれにはほど遠いし、純粋でもない。もっとも、彼らがイエスを自分の救い主として受け入れ、他のすべてのクリスチャンのように救われているのなら、話は別だ! もし神の御子を、彼ら自身のメシヤを拒んでいるのであれば、どんなユダヤ人であれ、「聖なる民」などではない! ( 『ユダヤ人: 選民』参照)
それならば、神がここで語っておられる唯一の「有力で聖なる民」になれるのは一体誰なのか? それは神の教会、キリストの花嫁、真のクリスチャンに違いない! 彼らこそ、主の御霊によって強められた民であり、イエス・キリストの血によって聖なる者とされている! 「自分の神を知る民は、堅く立って、目覚ましいわざを行います。」 (ダニエル11:32) 「そして彼らは小羊の血によって彼(悪魔)に打ち勝った。」 (黙示録12:11) (また、黙示録5:9, 7:14 そして 『終末の教会』参照)
「彼は‥‥有力な人々と、聖徒である民を滅ぼすでしょう」:では、クリスチャンの内、最初に攻撃をかけられ、征服され、迫害され、また投げ倒されて踏みつけられるのは、一体誰だろうか? (10節参照) アンチキリスト軍が簡単に見つけられる者たち、教会である! 世界には何千万ものクリスチャンがいる。そして、彼らの大部分は、この世の、組織化された有力な教会に属している。患難期におけるアンチキリストの迫害の最中、教会の権威と、一時的な地上の権力や機構、不動産は、アンチキリストによって統治されている国々では、完全に破壊されるか、奪い取られる。
アンチキリストは私達を滅ぼそうとするが、この聖句を誤解してはならない。彼は私達を滅ぼそうと企て、実際、私達の多くを滅ぼすが、完全な成功は収めない! もし私達全員を滅ぼすことが可能であるならば、イエスが戻って来られる時、イエスにラプチャーされる者たちが一人も残らなくなってしまうだろう! キリストの再臨の時にもなお生き残っているクリスチャンが大勢いるのである! 「生き残っている私達が、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう!」 (第一テサロニケ4:17)
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25.彼は悪知恵をもって、偽りをその手におこない遂げ、みずから心に高ぶり、平和をもって、多くの人を打ち滅ぼし、また君の君たる者に敵するでしょう。しかし、ついに彼は人手によらずに滅ぼされるでしょう!
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「彼は悪知恵をもって、偽りをその手におこない遂げ」 どんな悪知恵だろうか? 妖術である!彼はあらゆる種類のオカルトを栄えさせる。それはもうすでに栄えているが、ただその時には、彼が全面的に後援して、彼の宗教の一部として、奨励するようになるのである。
「みずから心に高ぶり」:彼は非常に賢く、全人類の内で最も頭のきれる人間であろう。それは悪魔の化身だからである! そして、彼はプライドに満たされて、他のあらゆる人や神、またはかつていたどの世界指導者よりも自らを高くし、ついには、神と自称するようになる! 彼は、真理を拒んで、自分が神自身となるのは可能かもしれないという嘘を信じた時から、ずっと妄想にかられているのである。 (イザヤ14:13-15; エゼキエル28:14-17参照)
「平和をもって多くの人を打ち滅ぼし」:今日の平和の預言者たちはこぞって、「平和、平和」と説いている。しかし、聖書は、「人々が平和だ、無事だと言っているその矢先に、突如として滅びが彼らを襲って来る!」と言っている。 (第一テサロニケ5:3) だから、彼らが平和を説けば説くほど、また、こういった諸国のかしらや指導者たちが平和を求めると言えば言うほど、そして、彼らが平和を説き、アンチキリストが平和を求めると言えば言うほど、その突然の滅びも近いのである!
だから、アンチキリストの欺まんに満ちた嘘や、平和協定や、契約に気をつけなさい。ダニエル書の11:28や23 で説明しているように、その心は背いているのであり、「偽りのおこないをなすであろう。」 詩篇55:20,21にはこう書かれている。「彼は自分と平和を結ぶ者に敵して手を伸ばし、その契約を破った。その口の言葉は、牛酪(バター)よりもなめらかだが、その心には戦いがある。その言葉は油よりもやわらかだが、それは抜いたつるぎである!」 (ダニエル11:24の解釈も参照)
「また、君の君たる者に敵する」:この「君」という言葉は、これがイエスのことだとわかるように、英語では大文字になっている。アンチキリストとその軍隊は、イエス・キリスト、さらには、天のすべての軍勢とも戦おうとするだろう!(黙示録17:12-14参照) 悪魔は愚かだと思わないか? 気違いではないか? 馬鹿ではないか? どうにかして、キリストを征服し、また新しい超自然的な力をもって天から彼と戦うために戻って来る私達を阻止することができるなどと考えているのだから!
「彼は人手によらずに滅ぼされる」:彼の全軍が、ハルマゲドンの戦いにおいて、「人手によらずに」、「その口からつるぎの出ている方(イエス)のつるぎによって」(黙示録19:21)、 殺りくされ滅ぼされるのである。アンチキリストに敵して戦っている反アンチキリストの軍隊 (『反アンチキリスト者たち』参照)は、アンチキリストを撃ち破ることができなかった。人間は誰も彼を倒すことはできないからである。ただ、イエス・キリスト御自身の手による以外には! そして、私達は、後で黙示録19章を学ぶ際に、それがどのようにして起こるのかを詳しく学ぶようになる。(ダニエル11:45も参照)
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26, 先に示された朝夕の幻は真実です。しかし、あなたはその幻を秘密にしておかなければならない。これは多くの日の後にかかわる事だから。
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「朝夕の幻」:これらすべてのことを幻で見、天使ガブリエルによってそれらを説明してもらうためには、一晩中、つまり、夕方から翌朝までかかったようである。ダニエルが疲れ果ててしまったのも不思議ではない!(27節参照)
「幻は真実です」:この預言的な幻は、バビロニヤ帝国がメデア・ペルシヤに倒れるということを予告したが、13年以内にそれが起こった!(4節参照) また、メデア・ペルシヤもギリシャによって征服されるという預言も、 220年以内に文字通り成就された!(5-7節参照) けれども、この幻の最も驚嘆すべき部分である、小さな角」、すなわち、アンチキリストにまつわる部分は、「多くの日」の間、つまり、約2,500年後のこの終わりの時まで成就されていない! しかし、他のすべてと同じ確かさで、それもまた成就されるであろう!
ガブリエルはダニエルに告げた、「その幻を秘密にしておかなければならない。これは多くの日の後にかかわる事だから」:ダニエルには、それ以上の詳細は必要ではなかった。幻のこの部分は、彼の時代、または、彼の孫たちの時代にも起こらないからである。つまり、最後の最後、この終末に至るまでは起こらなかったのである! 神は彼に「巻物を閉じよ」と告げられた。誰かがそれを理解するようになるには、まだ多くの年月がかかり、神がその意味を隠されたのである。(イザヤ29:11とダニエル12:4,9参照) 人々は、2,500年に渡って、ダニエルが何を語っていたのか理解できなかった。何世紀もの間、この書を理解しようとした者さえ一人としてなかった! しかし、今、ダニエル書は私達に対して開かれている。今がそのための時だからである! 今この時こそ、その終わりの時、その終末なのである!
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27.われダニエルは気を失って、数日の間病みわずらったが、後起きて、王の事務を執った。しかし、わたしはこの幻の事を思って驚いた。また、誰もこれを悟れなかった。
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「われダニエルは気を失って、数日の間病みわずらった」:この一回の出来事で、ダニエルは二回気を失った! ダニエルは初めに天使ガブリエルが目の前に立っているのを見て、恐れのあまり気を失ってしまった。(17節参照) 死ぬほどの思いをしたのである! そして、この最後でも再び気を失ってしまった! 耐えられないほどのものだったからである。私達の弱い、虚弱で、肉的な器はあまりにも弱すぎて、そのような緊迫した霊的な体験には、時として耐えられないことがある!
「わたしはこの幻の事を思って驚いた。また、誰もこれを悟れなかった」:それはあまりにも理解しがたいものだったし、ダニエル自身にも悟れなかった。彼はきっと他の二、三の人たちに相談しただろうし、他の数人の預言者や族長などバビロンで彼と一緒に捕らわれていたイスラエルの指導的な人たちにもその幻を話しただろうが、彼らもまたそれを悟ることはできなかった。それは、彼らが理解すべきことではなかったからである! ダニエルは、主が何を意味されたのかわからなかった。バビロンのまもない没落を別にすれば、彼の生きている内にそれらのことは決して起こらなかったからである。そして、ダニエルが耳にしていたその最大の事件は、 2,500年後の今になるまで、つまり、あなたたちの時代、すなわち、ダニエルがいったい何を語っていたのかを実際にあなたたちが見たり、聞いたり、知るようになる、この終末に至るまでは、起こらないことになっていたからである!
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ダニエル8:14において、聖徒は二つの期間(「常供の燔祭」と「荒らすことをなす罪」)は合計して2300日になると言っている。「荒らすこと」の期間は1335日間なので、2300から1335を引くと965日になり、 これが「常供の燔祭」の期間である。だから、ユダヤ人の燔祭は 965日間続けられた後で廃止されて、アンチキリストの像が立てられ、2300日に及ぶ荒らすことの期間が始まるようだ。これで合計2300日になる。
私達は黙示録11:2,3と12:6,14から、患難期が3年半、または1260日続き、後半の3年半は最後の7年間の半ばに始まると知っている。(ダニエル9:27) だから論理的に見れば、最初の3年半も1260日続く。だから、最後の7年間全体は2520日間ということになる。
そしてこれに神の怒りの期間である75日を足すと、合計は2595日になる。しかし、この「常供の燔祭」と「荒らすこと」の2300日という期間は、これよりも295日、つまり10か月近く足りないことになる。だから、ユダヤ人が「常供の燔祭」を始める前の10か月間には何が起こるのだろうか?
一つの可能性は以下の通りである。(A)ローマ人が西暦70年に最後のユダヤ人の神殿を破壊したので、ユダヤ人が「常供の燔祭」を自分達の神殿で行おうとするなら、燔祭を再開するために神殿を再建しなくてはいけない。10か月というのは、ユダヤ人が神殿を建てるのに十分な期間ではないだろうか? そうだ! 実際のニュースによれば、ユダヤ教神殿の資材を組み立てたものが、神殿の再建の日に備えて保管されているという! 現代の起重機や建築技術があれば、それらを組み合わせるのに10か月で十分だろう!
(B)しかしながら、聖句には「聖所」というのが必ずしもユダヤ人の神殿を指すとは書かれていないので、マタイ24:15-(D)の私達の解釈の例のように、それはイスラム教の寺院である可能性もある。それは実際に、以前ユダヤ人の古代神殿でいけにえを捧げていた祭壇の上に建っている。だから、10か月というのは、アラブ人を説得して、ユダヤ人にも彼らの古い祭壇であるイスラム教の寺院で燔祭を始めることを許可させるための外交交渉や、その設備を作ることに費やされるのかもしれない!
または、(C)もしこの「聖所」か「神殿」が霊的に解釈されるのであれば(マタイ24:15の(F)の解釈を参照)、これは、ハルマゲドンの戦いの終わりに像が破壊され、アンチキリストと悪魔とすべての悪鬼どもが始末されたので、アンチキリストから毒され、荒らされていた人々の心が「清められ」、至福千年中にもはやそれらのものは、人の心を汚すことがなくなったことを意味しているとも考えることができる!
1989, World Services, PF241, 8021 Zurich, Switzerland.
ファーザー・フォンテインによる預言のクラスより。編集:ウォルター・ヨーク