天の楽園
第2部
「地上でこうしていたなら」
1年間、昔の人生に戻って、昔の友達の所に行けたらいいのに。それに、世界中の日曜学校に行けたらなあ。そうしたら、子供達に、そこで教えられていることをしっかり学んで役立てなさいと告げられるのに。子供の頃によく日曜学校に行って、賛美歌を一緒に歌ったり、ためになる話を読んだり、熱心に話に耳を傾けたりしたものだ。何もかもがとても楽しかった。時々、もっと良い世界にあこがれたものだけれど、誰も私を導いてくれたり、助けてくれるような人はいなかった。せっかく学んだ事もすぐに忘れてしまった。どうして日曜学校の先生は、生徒の毎日の生活に関心を払わないのだろう? ああ、あの頃に戻って、この事を教えてあげられたなら!」
キャロルが並々ならぬ熱意をこめてそう話すのを聞いて、私も彼の願いがかなったなら、と望んだ。しかし、死人の中からよみがえる者があっても、彼らは信じはしないだろう!
「祖父の所に行かなれば。家まで送りますから、道すがらいろいろ話しましょうか。これからもちょくちょく会えますよね。」
「もちろんよ。」 そして、私達は歩き始めた。
歩きながらも、積もる話に花が咲いた。ついに私の家の戸口に着いたところで、また会う約束をして別れた。
驚きの連続
天国での暮らしに慣れてくると、まるで稀有(けう)の花がゆっくりと花びらを開くかのように、この世界の素晴らしさがますますわかってきた。毎日が喜びと驚きの連続だった。ずっと前に死別した親しい友達が、挨拶をしに、ひょっこりと訪問したりもする。また、地上では尊敬していたものの、迷惑がられるのではと思って距離をおいていた人が、ここでは優しそうに、気さくに話しかけてくると、生前、どうしてもっと親しくしなかったのかと後悔の念で心が痛んだ。その時に、生前は一部しか理解できなかったものの、知りたくてたまらなかった真理のかけらが、鮮明かつ強烈に、圧倒するほどの輝きをもって現れてくる。そして、地上と天がいかに深く結びついているかがわかるのだ。それにしても、いつか天国で会いたいと思っていた人々に会う機会が時折あるのは、何よりも嬉しかった。その人たちが、心のこもった握手をしながら、目を潤ませ、心から感謝の言葉を言ってくれるのだ。
私の助言や真面目な忠告、さらには厳しい叱責までもが、罪の道から永遠の命へと通じる道に改心させたと。生きている時には、思いもよらなかったけれど、ああ、今そのことを知るのは何という喜びでしょう! ああ、私の地上の人生が、このような永遠のためのわざでもっと満ちていたならば、と悔やめてならない。
一日一回、私は義兄(あに)から、うっとりするような講義を受けて、いろいろ教わっていた。ある日、川に行く途中、素晴らしい賛美歌が至る所からこだましながら響いてくるので、一緒になって口ずさむと、かわいい少女が両腕を広げてかけ寄ってくるのが見えた。
「レベッカ叔母様! 私のことを覚えてる?」
姪との再会
「マエちゃんじゃない!」
私は、このきゃしゃな少女を腕に抱いた。
「いったいどこから飛び出て来たの? まあ、見違えたわ。」 私はちょっと体を放してマエをじっと見た。
「とてもきれいになったこと。本当よ。前から可愛らしかったけれど、一段と輝きを増して…。この天国の生活のせいなの。」
「そうよ。」 彼女は素直に答えた。
「でも、何よりも、救い主のすぐおそばにいるからなの。」
「ああ、だからなのね。主のおそばにいるからなの! それならば輝きを増して美しくなるはずだわ。」
「主はとても良くして下さるのよ。とても親切で、お優しいの! 主の思いやりに値するようなことはほとんど何もしていないというのに。」
「主は、あなたが主を愛していることをご存じなのよ。それが主には一番大事なことなんだわ。」
「愛しているわ! ああ、主を愛することが報いに値するのだったら、私の願いはことごとくかなうはずだわ。天でも地でも、どんなものよりも、主を千倍、愛しているんですもの。主のためなら、死ぬこともいとわない!」
愛らしい顔が、驚くほどまばゆく輝いて、私は天であがなわれた者達の中に現れる、キリストの素晴らしい力がぼんやりながらもわかってきた。以前も、この子はどこから見てもとても愛らしく、その短い一生は、地上のはつらつとした喜びに満ちあふれていた。地上の善を基準にすれば純真で善い娘だったが、世の楽しさに気を取られて、心の奥底ではあがめ尊んでいたことも、あまり深く考えることはしないようだった。しかし今、この祝福に満ちた人生では、キリストを愛すること、主の近くにいるということが、他のどんな喜びにもまさる特権なのだ。そして今、その愛が彼女を清く、純粋にしていた。
話している内に、マエはふと尋ねた。
「ウィルおじさんはいついらっしゃるの?」
私は、マエの手をぎゅっと握ると、涙をぐっとこらえながら、努めて冷静に答えた。
「神だけがご存じよ。神にお任せしましょう。」
「そうね。神の御心はいつも正しいわ。でも私、ウィルおじさんにまた会いたくてたまらないの。」
湖へ
マエはまだ少女だが、最後に会って以来、ぐんとしとやかで賢くなっており、彼女と話していて楽しかった。そして私に、湖を見たことがあるかと尋ねた。
「ここに、湖があるの?」
「もちろんよ。」
マエが、自分の方が私よりもこの天国のことに詳しいんだ、とでもいうように自慢げに言ったのは、かえってかわいらしかった。それで私達は、様々な景色を通り過ぎながら、湖に向かった。
湖に着くと、私は息をのんだ。その荘厳な美しさに思わず立ち止まって、手で目を覆ったほどだった。それから、うっとりする思いで湖を眺めた。目前にはガラスのように滑らかな湖面が広がっている。空が反射して黄金の輝きに満ちあふれ、まるで金が溶けてできた海のようだ。水際には花と実をつけた木々が繁っている。
はるか彼方の対岸には、巨大都市らしきものが見え、ドームや尖塔の建物が並んでいた。花の咲き乱れる岸辺では、沢山の人が憩いのひとときを過ごしていた。湖では、人々が楽しそうにボート遊びをしていた。その見事な造りのボートの動力が一体何なのかは、知るすべもない。
見上げると、空に小さな天使の合唱団が浮かんでいる。
「ほまれと栄光! 統治と力!」
子供の声が響くと、下にいる群衆がそれに応えて歌う。
「御座にいます主、小羊、永久(とわ)にあらん!」
私達は湖畔に立っていた。私の頬は涙で濡れ、目は感動のあまりかすんでいる。自分がまるで幼子のようにか弱く感じられたが、同時に、この上もない歓喜、言葉に言い尽くせぬ喜びがどっと押し寄せ、私を圧倒した! 夢を見ているのだろうか? それともこれが現実で、この不死の人生の一部なのだろうか?
まわりでは、子供達が楽しそうにはしゃぎ回り、笑い声が湖の上をこだました。危険な目にあう恐れもなければ、病気になったり災難がふりかかる心配もない。ただ安心感と、喜びと、安らぎがあるのみだ!
「何て祝福された人生。」
私は、無邪気な子供達が陽気に遊び戯れるのを見ながら、そう言った。
「私、よく思うの。天国って、金の冠をかぶっていつも竪琴を奏でているものだと教えられていたけれど、ここの金の冠は、さいわいなる主が私達の頭に掛けて下さった光輪だし、賛美の歌には竪琴の伴奏もいらないわ。神の思し召しならば冠も見えるし、天使の竪琴も聞こえるけれど、一番の礼拝は、神の御心を行うことよ。」
帰ろうとする時に、マエが言った。
道すがら、マエは、これまでの天国での生活について話してくれた。彼女の任務、喜び、友達、家など。マエの家は私達の家からかなり離れたところにあった。湖の対岸にある、尖塔の建物よりもずっと遠い。しかし、マエはこう言った。
「天国では距離なんて、何の意味もないわ。いつでも行ったり来たりできるの。疲れないし、あくせくすることもない。遅れることもないのよ。何から何まで、恵まれているの。」
家からそう遠くない所まで来ると、子供達が数人、芝生で遊んでいるのが見えた。そこには立派な大型犬がいて、子供達はその犬の体の上を転げ回ったりして、思いっきり遊んでいた。近づくと、犬は私達の方へ一目散にやって来て、私の足元にうずくまって、愛想の限りを尽くした。
「叔母様、この犬、覚えていないの?」
マエが嬉しそうに尋ねた。
「まあ、スポートじゃない!」
私は身をかがめ、スポートをぎゅっと抱きしめると、その柔らかな毛にほおずりした。
スポートは、嬉しくてたまらなさそうに、全身でその喜びを表した。マエも、一緒に笑っていた。
「いつか天国でスポートに会えるのかしら、とよく思っていたのよ。忠誠心が強くて献身的な犬だったもの。この幸せな暮らしを送るのに値するわ。賢さと忠誠心にかけては、地上で聖人と思われていた人たちだってスポートに負けるわよ。」
「スポートは、ウィル坊やのために、自分の命を犠牲にしたんでしょう?」[訳注:このウィルは、夫のウィルではなく、息子のウィルのこと。]
「そうよ。スポートは、走って来る列車の前に飛び出したの。ウィルがひかれると思ったから、自分の命を犠牲にしたのよ。スポートはいつも、私達をどんな危険からも守ろうとしていたけど、とりわけウィルを守るのは自分の使命だと信じていたようね。スポートは勇敢な犬だった。天国に来たのは当然の報酬だわ。ああ、なつかしいスポート。もう私から離れないでね!」
私は優しくスポートを撫でた。すると、スポートは嬉しそうにほえながら飛び跳ねた。そして、歩きながらも私達のまわりを飛んだり跳ねたり、陽気にじゃれ回った。家に着くと、玄関の階段に体を横たえ、私達を上目づかいに見ながら、「ほら、離れないで、と言ったでしょう!」とでも言いたげに、尻尾を忙しく振った。
「私達が言うこと、みんなわかるのよ。」マエが言った。
「何てつやがあって、きれいな毛なのかしら!」
「毎日、川で水浴びするから、そのせいよ。それにしても、下界で私達にとって喜びだったものに、この人生でも会えるなんて、父なる神の深い思いやりを感じずにいられないわ。思いがけないことであればあるほど、喜びもひとしおね。一度、かわいい女の子が天国に入ってきたのを見たことがあるわ。愛情いっぱいの大家族の中で初めて死んだ子だったの。後でわかったのだけれど、『ああ、天国でこの娘を迎えて、面倒を見てくれる人さえいたなら!』というのが、その女の子のお母さんの涙ながらの悲しい願いだったの。
その女の子は、主の腕に抱かれて来たの。間もなく、主が優しく言葉をかけ、頭をなでてあげながら、お座りになると、とっても見事なアンゴラの子猫が、芝生を駆け抜けて、まっすぐその女の子の腕に飛んで行ったわ。その子猫は、女の子がとてもかわいがっていたけれど、何週間か前に病気で死んだ猫だったの。だから、大好きだった子猫にまた会えたとわかって、女の子は喜びの涙を流したわ。そして、ぎゅっと抱きしめてキスした時には、この幸せな天国でさえ、みんな喜んだわ。そんな風に小さな子供を慰めるなんて、愛にあふれる父なる神だからできることね!
見るからに内気そうな子だったけれど、他の子供達が周りに集まって来て、主の御前で無邪気にふるまっているのを見て、彼女も、自分を見おろしている主の優しいまなざしを見上げたの。そして、その子猫がどんなに賢いかを恥ずかしそうに主に話し始めたのよ。主は、花の中で子供達と、楽しそうに遊び始めるまで、ずっとそばにいてそれを聞いておられたわ。私達の父は決して私達のことを忘れないの。そして、一人一人の必要に応じて、喜びや慰めを与えて下さるのよ。」
その後、おのおの用事があったので私達は別れた。
主との出会い
翌朝、とても興味深い一時間の講義の後で、義兄が私に言った。
「ウィックハム夫人の所に行く約束だったね。今日行ったらどうだろうか?」
「ええ、もちろん!」 というわけで、私達はウィックハム夫人の家に出かけた。
夫人の美しい家に着くと、私達が来るのを知っていたかのように、彼女が玄関先で待っていた。心のこもった挨拶を交わした後、義兄が言った。
「二人とも積もる話があるだろう。私は他の仕事に行くとするよ。後で家で会おう。」
義兄が去った後、私の友人はその美しい家へと私を招き入れて、将来、ここに来る家族のために用意してある部屋を、嬉しそうに見せてくれた。それから広い階段を下りて階下に戻り、とても広々とした音楽の間に入った。大理石の柱で支えられている広い桟敷(さじき)状の通路があって、二階と同じ高さで音楽室の三面を囲んでおり、そこには幾つもの楽器が並んでいた。ハープ、ヴィオル(ヴァイオリンの前身)、そして私が今まで見たこともないような楽器が。
夫人が説明してくれた。
「まだ幼くして天に召された私の娘が、ここで素晴らしい音楽教育を受けましてね。それで、友達を集めては私達に演奏を披露するのが大好きですの。」
私達は音楽の間を出て、ポーチにそのままつながっている入り口の間に戻った。するとウィックハム夫人は、自分の隣の椅子へ私を招いて、こう言った。
「さあ、なつかしい家や、友達のことを何もかも話してちょうだい。」
お互いの手を握りながら、私達は語り合った。夫人が質問し、私が答えて。ここで説明できないような立ち入った事も含めて、何時間も話し続けた。
すると、夫人がそそくさと立ち上がったかと思うと、こう言った。
「ちょっと失礼しなくては。」
私も立ち上がろうとするのを見て、夫人はこう付け足した。
「あら、でもここにいらしてね。まだお話ししたいことが山ほどあるのよ。戻るまで待っていらして。」
私はすでに、より知恵にたけた友人達の判断には質問をさしはさむべきではない、ということを学んでいた。夫人が戸口をくぐって奥に入ると、正面玄関に見知らぬ人の姿が見えたので、私はその人を出迎えようと立ち上がった。
客人は背が高く、堂々としたなりで、顔には、たとえようのない優しさと美しさがあふれていた。以前、どこかでこの人に会っただろうか? ここに来てからではないのは確かだ。
「ああ、主の愛弟子、聖ヨハネだわ。」
ある朝、川岸で彼を見かけて、誰かが教えてくれたことがあった。
「この家に平安あれ!」
客は入り際にこう挨拶した。ああ、その声に、どんなに心打ちふるえ、胸おどったことか! この声と表情を見れば、主が彼を愛されたのも当然だ。
「どうぞお入り下さい。ここの人を呼んでまいりますわ。」
私は近寄り、歓迎の意を示した。
「いや、呼ぶには及ばない。私がここにいることは知っているから、また戻ってくるだろう。」
そして、椅子にかけた後で、私が立ったままなのを見て、 「あなたも隣りにお座りなさい。」と言いながら、わざわざ立ち上がると、私をそばの椅子まで導いてくれた。
命ぜられるまま、私は小さな子供のようにそれに従った。客人の素晴らしい顔にじっと見入ったまま。
「最近来たばかりかな?」
「ええ、そうです。あまりに間もないので、ここでの時間の数え方すらまだ存じません。」
「ああ、そんな事は気にしなくてもいい。」
優しい微笑みが浮かんだ。
「昔の数え方や、前世の言葉が染みついている人が大勢いるから。ここに来てどんな印象を受けたかな? ここでの生活はどうかな?」
「ああ、地上の人も、ここのことをわかっていればいいのに! 『目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた』という聖書の節の意味が、ここに来て初めて理解できましたわ。」
私は感慨深げに言った。
「主を愛する者のために、とは? クリスチャンが皆、主を心から愛していると思うかな? 父が御子を賜ったゆえに、彼らは父を愛していると思うかな? そして、父の愛と憐れみのゆえに御子を愛していると? それとも、彼らの礼拝はしばしば愛からというよりは、義務になってしまっているのだろうか?」
彼は、優しく、しかも思慮深く語った。
「ああ、愛する主をそんなにもご存じで、主にそれほども愛されたあなたが、主を求める者すべての心に主が植えられた愛をお疑いになるなんて!」
すると、彼の顔がまばゆいばかりの輝きを放ったかと思うと、私をまっすぐに見つめた。その時、私の目からかすみが消え去った。ああ、この方だったのだ!
私の口から敬愛のため息がもれ、思わずその方の足元にひれ伏して、その足を涙で濡らした。彼は、うつむいたまま私の頭を優しく撫でると、私をご自分のそばに立ち上がらせた。
「救い主、私の王!」
主にしっかりとしがみつきながら、私はささやいた。
「そう、そして、兄であり、友でもある。」
主はそう付け加えて、閉じた私の瞼から流れる涙を優しく拭って下さった。
「ええ、ええ、そしてもろびとのかしら、素晴らしき方。」
と私は再びささやいた。
「ああ、この新しい人生の条件を満たし始めたようだね! あなたは、他の大勢の人と同様、信仰だけで見ていたものが、実際に目の前に現れたので、少々尻込みしてしまったようだ。それは間違っているよ。『わたしはあなたがたのために場所を用意しに行く、そしてわたしのおるところにあなたもおらせる』という約束を忘れたかい? 信仰による以外にはわたしのことが見えなかった時にわたしを愛していたならば、わたしと共に、父の真の共同相続人となった今では、もっとわたしを愛さなければ。当惑も喜びもすべて携えてわたしのところにおいで。いつでもあなたを受け入れようと待っている兄のもとへ。」
そして主は私をそばの椅子に座らせ、長いこと、熱心に私と会話を交わし、天の生活の秘密を幾つも明かしてくれた。
私は主の一言一言、その声の調子一つ一つにまで聞き入り、御顔のすみずみまでつぶさに見つめた。私は、言葉で言い表せないほどの幸福感を味わい、高揚され、生き返った思いだった。やがて、主は栄光にあふれた微笑みをたたえながら立ち上がった。
「また、しばしば会えるよ。」
まだ自分の手を握っている主の手にうやうやしく口づけをすると、主はたれた私の頭に手を置いて祝福を授け、静かに家を出られた。
花咲く木の下を素早く遠ざかっていく救い主の姿をぼう然と見ていると、美しい二人の少女が腕を組みながら、主の進んで行かれる方に歩いて来るのが見えた。メアリー・ベイツとマエ・キャンデンだった。
二人は主に気づくと、喜々として駆け寄った。主もまた嬉しそうに二人に手を伸ばすと、二人はくるりと向きを変えて、それぞれ両側から主の手をしっかりと握りしめて、主と共に歩いていった。自分達に語りかける主の御顔を信頼に満ちたまなざしで見つめ、気楽に言葉を交わしながら。主が愛情深いまなざしで二人の顔を代わる代わる見下ろす時にその横顔が何度か私にも見えた。そして思った。
「主は、私達が主といる時に、あんな風にしてもらいたいんだわ。愛するお兄さんといる子供達のように。」
私は、彼らが木に隠れて見えなくなるまで見ていた。それから、家の中をゆっくりと歩き抜けて、美しい裏門に出た。戸口に着く少し前に、友のウィックハム夫人に出会った。私が口を開く間もなく、夫人はこう言った。
「わかっているわ。何も話さなくていいのよ。胸が一杯なことでしょうから。またすぐお会いできるわ。さあ、行って。」
それから夫人は戸口へと私を優しく連れて行った。
ああ、何と彼女に感謝したことだろう。この祝福された体験の後で世間話をするなど、まさに冒とくのように思えたからだ。私は歩道を歩かず、木々が繁り、花が咲き乱れる芝生を横切って帰途に着いた。
家では、義兄が一階のバルコニーに座っていて、私が上がって行こうとすると、立ち上がった。そして、私の顔を見るなり、義兄はすぐさま私の両手を握りしめて、優しく言った。
「ああ、わかるよ。主と一緒だったのだね!」
それから、ほとんどうやうやしいほどの態度で一歩退いて、私を家に通した。私は足早に自室へ行き、戸口にあるカーテンを下ろして、ソファに身を投げ出した。そして目を閉じて、神聖なる方と過ごした時の一部始終に思いをはせた。救い主が語られた言葉を一言一言、その声の調子も含めて思い出し、主が下さったご指示を永久に心に刻み込んだ。
「わが魂の恋いこがれる主」に会って以来、私はまるで高い次元にまで引き上げられて、善の泉の水を飲んだような気分だった。このさいわいなる日、私は、祝福されたこの長い一日を魂のすみずみまで味わった。
ついに起き上がった時、あたりは柔らかな黄金色の黄昏(たそがれ)に包まれ、私はソファーの脇にひざまずいて、天で初めて祈りを捧げようとした。今まで、私の生活は絶え間なき感謝の連続で、嘆願の余地などないように感じていたのだ。ひざまずくとやはり、口に出るのは、「感謝します。父よ、感謝します。感謝します!」の言葉のみだった。
とうとう階下に下りると、義兄が広々とした花の間に立っていた。私はこうささやいた。
「ああ、何という人生でしょう! 何という神聖な人生なのでしょう!」
「まだここでの人生は始まったばかりだよ。この素晴らしさはゆっくりと私達に明らかにされていかねばならない。そうでないと、この天国においてさえ、そのまばゆいばかりの栄光に圧倒されてしまうから。」
幼き友の訪問
翌日、義兄が大事な任務のために出かけていたので、私は昨日見かけた幼い友人達に会えるかどうか、自分で試してみようと思った。この幸せな世界ではすべてが正しい秩序に従っているので、遅かれ早かれいずれは会えると知っていたが、それでもすぐに会いたいと願ったのだ。
私は再び、主に会った時に二人の顔が幸せな光で輝いていたことを考えていた。こればかりに心を奪われ、自分のまわりにある美しい世界のことさえ、つい忘れてしまいそうだった。
すると突然、誰かの声が聞こえた。
「まあ、本当にスプリンガーさんだわ?!」
見上げると、ほんの数歩先に、懐かしいメアリー・ベイツがじっと私を見つめているではないか。
「まあ、メイミー (メアリーの愛称)じゃない!」
彼女は駆け寄って来て、ほとんどうれし泣きをしながら、昔と同じように彼女の肩に私の頭をもたれさせた。
「メイミー、どうして私がここにいるとわかったの?」
「主が教えて下さったのよ。」
メイミーが静かに答えた。
「マエからも聞いていたわ。二人で叔母様を捜している最中に主にお会いしたら、ついさっき叔母様と別れたばかりだとおっしゃったの。だから少し待った方がいいと思って。」
メイミーの言葉には尊敬がこもっていた。
私の心は躍った! 別れた後でも、主は私のことを心に留められ、私のことを話されたのだ。主がいったい何とおっしゃったのか、聞きたくてたまらなかったが、あえて問わなかった。
すると私の思いを見通したかのように、メアリーがこう言った。
「主は叔母様のことをとても思いやっていらっしゃったわ。そしてたびたび会うといい、とおっしゃったの。今日は、マエは仕事があったし、もう叔母様に会ったから、私が一人で来たのよ。後で来るかも知れないわ。しばらく一緒にいてもよろしい? お話ししたいことや、聞きたいことがたくさんあるんですもの!」
「もちろんよ。ちょうどあなた達を捜しに行こうとしていた所だったのよ。さあ、いらっしゃい。一緒に家に行きましょう。」 というわけで、私達は手をつないで、家に向かって歩き出した。
「何から話しましょうか。」 私は尋ねた。
「私の友達や家族のことを。愛する家族一人一人について、何もかも聞かせて。まず始めに、悲しんでいた母のことを。母はきっと、深い悲しみから立ち直れないでいると思うの。ほんの一時間でも、ここに来て私と一緒にいれたら、私達のように神の知恵と愛を知って、母の重い心も晴れるでしょうに。」
「そうね。私もいつも、あなたのお母様に、そのように考えて、父なる神の優しい世話と絶えることのない愛に心から信頼するようにと言っていたのよ。でも、人って言うのは、寂しい家の中と空っぽの椅子だけに目をとられがちなの。でも、お母様は、あなたが心から分かち合いたいと願っている慰めを、おぼろげにも理解し始めていると思うわ。」
主の愛に満ちたまなざし
メアリーと私はゆっくり歩いていた。まだ私達にとってはいとおしい地上での生活について語り合いながら。メアリーのこまごまとした質問にできる限り答えていると、四人の人が歩道の片側に立っているのが見えた。その内の三人は見知らぬ女性で、男性は、私達に背を向けていたが、それが主であることは一目瞭然だった。一人の女性は、ここに着いたばかりのように見受けられた。救い主は、手を握りながら彼女に話しかけており、全員が熱心に主の言葉に耳を傾けている。
私達はその人たちを見ながらわきを通ったが、主のおじゃまをしないようにと黙っていた。ところが、ちょうど通り過ぎたところで、主は振り向いて、私達に目を向けられた。主は語られなかった。しかし、ああ、あのまなざしといったら! ただただ優しさと励ましと祝福でいっぱいだった! そのまなざしが、私達を高揚させ、天にも舞い上がるような気分にさせ、心を魅了し、高めた。
歩きながら、つないでいた手に力がこもり、言葉に尽くせないほどの歓喜が私達の心を満たした。
しばらくして、私はなかば独り言のようにこうささやいた。
「あんなまなざし、今まで見たことがあったかしら?」
すぐさま、メアリーが私を見上げて夢中になってこう尋ねた。
「叔母様もそう思う? 絶対、そうお思いになると思ったわ。いつもそうなの。主は、何か他の事をされていて私達に話しかけられないと、ただ私達のほうを見られるのよ。でも、そのまなざしといったら、まるで長いこと主と話していたような気持ちになるの。主って何て素晴らしいのかしら? どうして地上では今のように主を知ることができなかったのかしら?」
「ここに来てから、どれぐらいで主にお目にかかったの?」
「ああ、そこが素晴らしいところなのよ! 私が死んだ体から抜け出て初めに見た顔が、主の御顔だったの。はじめ、自分が自由だとわかった時には戸惑ってしまって、どうしていいかわからずに少しの間立ちつくしていたの。すると、主がすぐそばに立って、あのまなざしで私を見ていらっしゃったのよ。初め、恥ずかしくて、びくびくしたわ。そうしたら、主が手を差し出して、優しくこうおっしゃったの。『わが子よ、わたしはあなたを世話しに来たんだよ。わたしを信じなさい。怖がらないで。』 それで、主だってわかったの。たちまち恐れが消え去って、お兄さん達にするように、主にすがりついたの。あまりお話しにはならなかったけれど、どういうわけか、私が思っていることは主には全部わかっていると感じたの。」
夜のない天国
このようにして、私達はたそがれ時まで話し続けた。しばしば人は、天国にも夜があるのかと問う。夜はない、決して夜は来ないのだ! いわゆる昼間は、栄光に満ちバラ色がかった黄金の輝きが至る所にあふれている。この優美なる栄光を表すのにふさわしい人間の言葉など存在しない。それが空に満ちあふれる。昼は、地上のよりはずっと長く、その後には、この栄光がマイルドにやや薄れていき、ついには平安に満ちた輝くたそがれが訪れる。子供達は木陰で遊ぶのをやめ、小鳥達はつるの間で心地よさそうに横たわる。そしてめいめい仕事で忙しかった人達も皆、休息と静けさを求める。しかし、暗闇はなく、薄暗い影もない。ただ、栄光が柔らかみを帯びて、安らぎを増すのみだ。
大公会堂への訪問
それから幾日もたたぬ内に、義兄が言った。
「今朝は大公会堂へ行こう。この天国でさえ珍しい催しがあるからね。マルチン・ルターが講演をするんだ。彼の後にはジョン・ウェズレーも講演をする。他にも講演者がいるかもしれない。」
大公会堂について話すのはこれが初めてだが、この大公会堂を訪れたのは初めてではない。なだらかな丘の上に立つ大公会堂は、紫水晶の柱と碧玉(へきぎょく)の壮大な柱が交互に並び、それらが巨大なドームを支えている。この壮大な建造物には壁がない。ただ、大きなドームとそれを支えている支柱のみだ。
広い演壇は見事な大理石でできており、水晶のような石がちりばめられている。その演壇を中心にして、三方に階段状に観客席が築かれ、半円形の劇場のようだった。座席はぴかぴかに磨かれたシーダー造りで、演壇の背後には高貴な紫のずっしりとした掛け布が垂れ下がっている。演壇の中央近くには、純粋な真珠の祭壇があった。ドームは巨大であるがゆえに奥が深く、暗い。それで、はっきりと見えるのは底辺の周囲にある数々の黄金の像のみだ。これらすべては、前回ここを訪れた時に気づいたものだ。
入場すると、これからの催し物を今か今かと待っている人々で建物は満員だった。私達も座席につき、開幕を待った。目には見えない聖歌隊が歌う甘美なメロディーが漂い、間もなくはつらつとした壮年のマルチン・ルターが階段を上って聴衆の前に立った。彼の容姿は周知の通りなのでここで繰り返すつもりはないが、元々頑丈であった体型は、知性と霊力でますます威厳が増し、天国でさえもなお指導者の風格を備えていた。
彼の演説自体、書物にでもなりそうなほどで、そのあらましですら、ここでかいつまんで説明することなどできない。その強い確信と雄弁さは私達を魅了した。
演説を終えてルターが退場すると、替わってジョン・ウェズレーが壇上に立った。上からさす光によって、聖人のような表情がいっそう美しさを増している。
演説のテーマは、「神の愛」であった。地上での彼の演説が「力強かった」とすれば、今では、その狂喜の炎が聴衆の魂を圧倒し、ついには彼の手中にある蝋(ろう)のごとく溶けんばかりであった。彼は、愛が人に成せるわざを語り、たとえ永遠に感謝を捧げ賛美してもその愛に報いることなどできないと話した。
ジョン・ウェズレーが去ると、しばらくの間あたりは静まり、ただ目には見えぬ聖歌隊の甘美なメロディーがかすかに流れるばかりだった。一人残らず、かくも優しく語られたテーマについてじっと思いをめぐらしているかのようだった。
すると、演壇背後の分厚い緞帳(どんちょう)が開き、天の栄光すべてが集結したような背の高い人物がカーテンの奥から現れて、演壇の中央に歩み寄った。その途端、大観衆がさっと立ち上がったかと思うと、大合唱が始まった。それは地上でよく皆で歌った崇高な聖歌であった。
「イエスの御名の力に万歳、
天使もひれ伏す
万物の者の主のかしらに
さあかぶせん、王の冠を」
これほども壮大な歌声、大合唱は地上で聞いたことがなかった。歌がわき上がり、高まり、大公会堂だけでなく、天全体にとどろき渡った。さらに、天使の歌声も加わったではないか。もはや優しい甘美なメロディーではなく、燃えるような勝利の賛美歌の爆発だ。輝く栄光の洪水が会場を満たした。見上げると、巨大なドームが黄金の光でまばゆいばかりに輝いていた。中央には姿を現した天使の聖歌隊がいる。天使達は天の竪琴とビオルを手にし、顔はまばゆく輝いてはいるものの、その輝きは、賛美と歌が向けられている主の輝きにはかなわない。主の御前には天すらぬかずく。その主は、天地の神である王たる威厳をもって、顔を上げてまっすぐ立っておられた。主は、光という光の焦点にいられ、他とは比べようもないほどの神々しい輝きに包まれていた。
賛美歌と崇敬の声が静まると、聴衆はゆっくりとひざまずき、頭(かしら)をたれ、顔を伏せた。その時、聖歌隊が再び、かのなつかしい賛美歌を歌い出した。
「父に栄光。御子と御霊に栄光を。始めも今も終わりなく。栄光、永久(とわ)にあらん。アァメン。アァメン。」
聴衆を前に神たる者の威厳をまとった、この栄光に満ちた姿を見ると、私の心は震えた。
「この方が本当にキリスト? ピラトが十字架ではずかしめ、死刑にした、あのキリスト?」
信じられない。どんな下劣な人間であっても、これほども明確なる主の神格性を気づかぬほどめくらでおれようか。
救い主が語り始めた。その御声の甘美さは、天の聖歌隊の歌声すら足下に及ばない。また、その慈悲深いお言葉といったら! 主の唇からこぼれる御言葉を、いやしくも文字に書き表すことなどできようか。その高尚な意味合いを伝える言葉など、地には存在しない。まず主は地上の人生について短く語られ、過去と現在の二つの人生をつなぐ光の環について、実に見事な説明をされた。それから、主の恵み深き人生の幾つかの謎を明かされ、また、私達の目前に広がる喜ばしい美の数々について、明かして下さったのだ。
主が話し終えられ、退場される間、私達は頭をたれていた。心は歓喜に包まれ、魂も高揚し、霊が高められて。主の神々しさが聴衆の全身に深く染み渡って、立ち上がってからも、誰もが沈黙のまま、うやうやしく退場したのであった。一人残らず、より高貴で輝かしい大志で胸いっぱいになり、自分が入る特権にあずかったここ天国の生活の素晴らしさをさらに悟ったのだった。
この天の喜びを表そうとしても、ほんのうわべだけのものになってしまう。あまりにも深く、天の生活ならではの神秘を含むので、あえてそれを書き表そうとはすまい。書こうとしてもできるものでもなし、書けたとしてもそうせずにおきたい。この神聖さには、ただ興味本意に目にすべきではないものが、実にいろいろとあるのだ。
地上でのどんなにたぐいまれで神聖な喜びでも、ここで味わう喜びのかけらにも及ばないと言うだけで十分だろう。地上での歓喜なる夢も、この天の世界で経験する一瞬の喜びにも及ばない。ここには、悲しみも痛みもない。病も、死も、別れもない。落胆も涙もなく、ただ喜びがあるのみだ。希望が壊れ、計画がくじかれることもない。夜も、嵐も、影すらもない。ただ、代々限りなく、光と、喜びと、愛と、平和と、平安があるのみだ。私は、心の中で繰り返しこう言った。「アァメン、アァメン。」
若返る
ある日、父の家と私の家の間にある芝生を歩き始めると、誰かが親しみのこもった声音(こわね)で私の名を呼ぶのが聞こえた。振り向くと、背の高い、容姿の整った男性が近づいて来るのが見えた。頭は銀色がかった白髪で、彼は深く青い目で私をじっと見つながら、こちらに近づいてきた。
「オリバー!」
私は両腕を差し延べて歓迎した。
「オリバーね、ああ、なつかしいわ!」
彼は私の一番上の姉の夫で、いつも人から好かれていた。
歩み寄ろうとすると、年さまざまの男の子や女の子たちが嬉しそうに私のそばを、彼のほうへと駆け抜けて行った。そして私を見るなり、声をそろえてこう叫んだ。
「僕達のおばあちゃんが来るんだよ! おばあちゃんが! だから花を摘んでるの! あたり一面に花を振りまくんだ!うれしいなあ!」
それを聞いて私の心は大きな喜びであふれ、急ぎ足で父の家へ向かった。どうやら一同も、首を長くして私のことを待っていたようだ。それで私達は、愛する姉を家へ歓待しようと、連れだって出かけた。家に近づくと楽しそうな声が耳に入った。
外から覗いてみると、姉が部屋に立っており、夫君が姉の肩に腕をまわしている。孫達もうれしそうにまわりに群がっていた。
でも、不思議ではないか? ひたいもなめらかで、目も生き生きとしている。元気はつらつだ。この人が、私が最後に見た、苦しみ悲しみにうなだれる、青白く病弱な女性と同一人物だなんて? 私は、まじまじとその人を見つめた。確かに私の姉だ。しかし姉といっても、まる三十年も前の健康の盛りが顔色にも表れ、優しい目に若さが光っていたころの姉ではないか。私は一歩退いてぶどうの木の陰に隠れ、他の者達を先に行かせた。
私の心は、奇妙な誇り高い喜びにあふれていた。これぞ、復活した主が堅く約束した、「死への勝利」だ。私は、皆が次々に姉のところに挨拶に行き、姉が愛する孫達を腕に抱く様子を眺めていた。一人一人に挨拶をして皆に抱擁をし終わると、姉は何か足りないというふうにあたりを見回して、父に小声でこう言っていた。
「あの子はどこ?」
私はもう待ちきれなくなって、姉に駆け寄った。
「お姉さん、ここよ。ようこそ! ようこそ!」
姉は私を胸元に引き寄せ、私をしっかりと抱きしめた。私が顔を上げると、彼女は私の顔にキスに次ぐキスを浴びせ、私はそれに応えて優しく姉を抱き、背をさすった。そして、ついに姉がここに来れたことを喜び、笑い、涙を流した。ああ、天の内側での、何と素晴らしい家族の再会だったことか! それに、これからは決して別れはないと知っているので、喜びもひとしおだった。
私はオリバーの方を振り向いた。
「あなたも、姉が若返ったと思う?」
そう言ってから、私は、オリバーの顔色が生き生きとし、目にも輝きがあるのに気づいた。
「姉がここに来て、あなたも若返ったようだわ。」
すると、オリバーも私をじっと見て、こう言った。
「この素晴らしい気候のせいで、君も若返ったのに気がついているかい?」
「私も?」 私は一瞬、その言葉にはっとした。
「実は、ここに来て、一度も自分の姿なんて考えたことはありませんでしたの。父なる神が私の霊にして下さったことは知っていたけれど、他のことについては、ちっとも考えたことはありませんでしたわ。」
「君の変貌も、ルーの変貌と同じぐらい見事だよ。ただ、君の場合はもっと少しずつ変わっていっただけだ。」
それを聞いて、私は不思議な喜びにあふれた。愛する夫が私の元に来る時には、結婚したばかりの頃の初々しさと美しさをたたえた私を見るのだ。それを思うと、私は嬉しくなり、父なる神が、さらにこうやって愛にあふれた気づかいをして下さっているというあかしに、感謝の気持ちで満たされた。
このようにして数時間たち、いとまを告げる時となった。私の心は揚々とし、姉夫婦を後に残して家路に着いた。彼らは、これから天国で初めて二人きりの時間を過ごすのだ。
−−第3部へ続く−−