ワードベイシック

 

「あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところの

ない錬達した働き人になって、神に自分を

認めてもらうように学びなさい。」(2テモテ2:15*)

 

刊行のことば

 

  ワードベーシックの目的は、真のキリスト教の土台となる聖書の基本的教えを、明確かつわかりやすく紹介することです。そして、私達が「どのように行動すべきかを、知っておく」ため、「わたしたちの間で確信されている出来事を…書き連ねてあります。(ルカ1:1*、1テモテ3:14,15*)

  ワードベイシックは、テーマ別のコンコーダンス及び学習の手引きとして、これを読むすべてのクリスチャンに非常に役立つことでしょう。掲載されている聖句に自ら親しむことで、神の御言葉の知識は深まり、御言葉が「あなたの足のともしび、あなたの道の光」(詩篇119:105)となって、絶えず力と導きを与えてくれるのです。

  さらにこのハンドブックは、活発な伝道者や信者、宣教師の皆さんが、新しくクリスチャンとなった方々に聖書の基本的な真理を教えるための教材としても非常に適しており、牧師やカウンセラーの方々であれば、他の人々の指導やカウンセルにも大いに役立つことでしょう。ご父兄の方々にとっても、子供達を「主の薫陶と訓戒」(エペソ6:4)によって育てるためになくてはならない1冊となることでしょう。

  主がこのハンドブックを通して、これを読まれるすべての方の信仰を強め、励まし、また、聖書に今まであまり縁のなかった方々にも聖句をより良く理解するための手引きとなるよう私達は願っています。そして、このコンパクトな聖書の手引きを、クリスチャンとしての奉仕を行われているすべての方の手に届けて、「彼らに委ねられている神の羊の群れを牧する」(1ペテロ5:2)ための益となるという、この本の第一の目的を果たせるよう願っています。

  このハンドブックは、性格上、興味深いテーマをすべて取り上げて、あらゆる聖句を幅広く掲載している訳ではありません。この本を使いやすいサイズにとどめるために、最も重要で、欠かすことができないと思われるテーマだけを取り上げてあります。その結果、分厚く、机上での勉強にしか使えない大きな本ではなく、この、どこにでも手軽に持ち運べるコンパクトな教師手引きが完成したのです。しかしながら、ワードベーシックのセクション別の主要テーマとして取り上げていないテーマも、副題として巻末の項目別索引に数多く載っています。

 

 

凡 例

 

  一般の聖書コンコルダンスやテーマ別の聖書の手引きと違い、このハンドブックには、聖句が全文掲載されていません。ハンドバッグやアタッシュケースに入れて持ち運べ、必要な時にはいつでも取り出せるハンディーなサイズの本を製作する事が目的でしたので、節の長さを一行、またはどうしても必要な場合でも二、三行にとどめるために、聖句を要約しました。言葉が省略されている場合には、「‥‥」が入れてあります。

  (  )は以下の場合に使われています。(1)誰、または何のことをさしているのか明確にしたい場合。例えば、マタイ26:44で、「三度目に同じ言葉で祈られた」とあるところは、「(イエスは)三度目に‥‥祈られた」としました。(2)また、古い表現が使われている場合には、カッコの中にそれを現代の言葉に言い替えたものや、意味を記しています。

  〔 〕は以下の場合に使われています。(1)その章句が非常に長いか、要約することが難しい場合。例えば、物語全体が参照箇所となっていて、そこの部分で何が語られているのか簡単に説明するだけで十分な場合です。(2)その節に何かの事柄が明記されているわけではないものの、その意味を含んでいる場合。

  一つのセクションの終わりにカッコがあって聖句番号が書かれている場合は、その節が該当する聖句ではあるものの、おそらく本文に要約されて掲載されている節ほどは重要でないか、明瞭でないと思われるものです。セクションの最後に「〜も参照」とある場合、そこに聖句番号が記されている節は、そのセクションの他の節と同じテーマに沿った節です。そして、「〜も参照」の聖句番号が、ある節の後、つまりそれと同じ行に書かれている場合は、特にその節と同じ事柄を言っている場合です。

  また、節の聖句番号には節の前半だけ(a)、または後半だけ(b)をさすものもあります。例えば、ネヘミヤ8:10bの「主を喜ぶことはあなたがたの力です」がそうです。この節全体は長く、前半部分は後半に述べられているポイントにそれほど関連していません。ですから、この部分をすぐに見つけられるよう、番号の後に、「b」をつけてあります。

  なお、このワードベーシックに掲載されている節はおもに日本聖書協会の口語訳からですが、それ以外の訳が使われている場合には、聖句番号の右上に「*」の印がついています。

 

 

教師の皆さんへ

 

  この本のセクションはかなり長めのものが多く、聖書勉強会などで一つのセクションを終わらせるのに数時間はかかると思われます。そこで、教える前にそのセクションによく親しんでおけば、生徒が学ぶ必要のあることに応じて、また、教える時間の長さに応じて、適当な節を選びながら勉強会を進めていくこともできるでしょう。

  もちろん、そういった勉強会に出席している人達に、これらのセクションの節全部を学ぶ時間があり、そうしたいと願っているのであれば、セクションの長さは何の支障にもならないことでしょう。けれども、数日または何時間もかけて教える余裕がない場合には、簡略化して教えられるよう準備することをお勧めします。しっかり学んでもらいたい、鍵となる事柄を明確に表している最重要聖句だけを取り上げるのです。何かのセクションを学び、内容をよく把握しようとする時に、最も大切と感じる節にはアンダーラインを引いたり、マーカーを使ったりなどすると、勉強会でその内容を要約して教えるのが容易になります。

  また、物語や聖書からの実例は、勉強会で学んでいる時に出てくる要点を、実際に頭に描く助けとなることがよくあります。ですからそのセクションに聖書物語や例が載っている場合には、前もって、勉強会でどれを使うか選んでおくとよいでしょう。

  さらに、初めて何かのセクションを教える場合には、たとえ十分な時間がある場合でも、そのセクションを長々と初めから終わりまで教えるのは適切ではないかもしれません。というのも、節によってはそれほど単純でないものもあるからです。例えば、「イエス・キリスト、神の御子」では、そのほとんどの節が、クリスチャンとしての信仰の基本であり、なるべく早い内に知っておくべきではあるものの、中には、内容が幾らか深遠な節もあり、それが真理であることに変わりはないものの、やや「神学的」であると考える人々もいます。ですから、初回から、難解な詳細にはまりこんでしまうのを避けるために、まず最も単純で基本的な節から教えていき、皆が最も基本的な事柄をすべて学んでしまった後で、より深遠なポイントに入っていくとよいでしょう。

  節によっては、そのテーマの最も基本的な節であるために、同じセクションの中で繰り返し出てくるものもあります。原則として、同じ節が繰り返し出てくることは避けましたが、そのセクションの中の副題を理解する上で、特に重要な役割を果たすと思われる場合は、例外としました。そのため、同じ節が繰り返し出てくることもありますが、それは最低限にとどめてあります。