魔法の目
オランダにあるフリースラントのファーケン村に、フォークという名の、背が高くてやせっぽちのパン屋がいた。とがったアゴと長細い鼻の、とても正しい人だった。事実、あまりに正しすぎて、そばに寄ろうものなら、その薄い唇の口から吹き出る「正しさ」のしぶきをかけられそうなほどだった。それで、ファーケン村の人たちはフォークのそばには寄りたがらなかった。
フォークの妻ヒルダは背が低く、腕も胸もお尻も丸々とした、ふくよかな女性だった。ヒルダは、自分の正しさをふりかざして人を寄せつけないような女ではなかった。その柔らかでふくよかな体格はかえって人を引きつけ、彼女の暖かな励ましを分かち合おうとしているようであった。
ヒルダは高潔な夫を尊敬していた。そして夫が彼女の愛を受け取ろうとしないにも関わらず、彼を愛した。だがヒルダの心は、夫の立派な「正しさ」ではなく、夫の愛をしきりに求めていたのだった。
そして、愛情に飢えていたヒルダは、一人ベッドで悲しみの涙を落とした。
ある朝、夜明けからずっとパンをこねていたフォークが家に戻ると、見知らぬ男がふくよかなヒルダの胸に横たわっていた。
ヒルダの浮気はすぐに酒場のうわさ話となり、村じゅうのスキャンダルとなった。誰もが、あの独善家のフォークなら、ヒルダを追い出すだろうと考えた。しかし意外なことに、フォークはヒルダを離縁したりはしなかった。聖書に書かれているように、自分もヒルダをゆるしたのだと言って…
だが、心の奥底では、自分に恥をかかせたヒルダをゆるすことができなかった。妻のことを考えるたびに、心は怒りと非難に満ちた。尻軽な売春婦でもあるかのように、フォークはヒルダをさげすんだ。自分がこんなに正しく忠実な夫であったにもかかわらず、ヒルダが浮気をしたことで彼女を憎んでいたのだ。
ヒルダをゆるしたふりをして、その独善的な憐れみによって彼女を懲らしめようとしていたのだった。
だが、フォークの「見せかけ」は、天では受け入れられなかった。
それで、フォークがヒルダに対して秘かな憎しみを感じるたびに、天使がやってきて、フォークの心に小石を落としていった。ちょうど、シャツのボタンぐらいの大きさだ。小石が落ちるたびに、フォークは、見知らぬ男から愛に飢えた心を満たしてもらっていたヒルダを見た時に感じたのと同じ、するどい痛みを感じたのだった。
そのため、ヒルダに対するフォークの憎しみがつのっていった。憎しみは痛みをもたらし、痛みは憎しみをもたらした。
小石はどんどん増えていった。小石の重みでフォークの心はとても重くなり、体は前かがみに曲がってしまい、顔をグッと上げなくては前が見えないほどだった。その痛みに疲れ果て、フォークは死んだ方がまし、と思うようになった。
すると、心に小石を落としていた天使が、ある夜、フォークのもとにやってきて、どうすればその痛みからいやされるかを告げた。
「それには、たった一つの方法しかない」と天使は言った。フォークには魔法の目の奇跡が必要なのだと。心が痛み出した頃を振り返り、ヒルダのことを、自分を裏切った妻としてではなく、自分を必要としていた、か弱い女性として見ることのできる目が必要で、魔法の目で新しい見方をすることによってのみ、過去の傷による痛みをいやすことができるのだと。
フォークは反論した。「過去は変えられません。ヒルダが悪いんです。これは、天使でさえも変えられない事実です。」
天使は言った。「その通り、哀れな男よ。あなたは正しい。あなたに過去は変えられない。だが、過去から生じた傷をいやすことはできる。そして、魔法の目で見ることによってのみ、いやすことができるのだ。」
「どうすれば、そんな目を持つことができるのですか?」 ふくれっ面をしながらフォークは言った。
「求めて、それを望むだけ。そうすれば、与えられます。そして、あなたがヒルダを新しい目で見るたびに、小石が一つ、あなたの痛む心から取り除かれることでしょう。」
しかし、憎しみをあまりにも長く抱いていたため、フォークはすぐに求めることができなかった。だが、痛みに耐えかねて、ある日ついに天使が約束した魔法の目をほしいと思うようになった。そこで彼は求め、天使は与えたのだった。
まもなく、フォークの目に映るヒルダがみるみる内に変わり始めた。彼はヒルダを、自分を裏切った憎い女としてではなく、自分を愛するか弱き女性として見るようになったのだった。
天使は約束を守った。フォークの心から小石を一つずつ取っていったのだった。全部なくなるには長い時間がかかった。でも心は少しずつ軽くなり、再びまっすぐな姿勢で歩けるようになった。それに、どういうわけか、鼻やアゴも前より丸みを帯びたようだ。フォークはヒルダを再び心に受け入れた。そして、ヒルダもそれを受け入れた。そして、二人はつつましやかな喜びをもって第二の人生を歩み始めたのだった。
−ルイス・B・スメデス
わたしは彼らのうちに新しい霊を授け、彼らの肉から石の心を取り去って、肉の心を与える。
−エゼキエル11章19節(旧約聖書)
人の過ちを大理石に刻む者がいるが
より公正なあのお方は
静かにしゃがんで
すぐに消せる地面にそれを書いた
(ヨハネ8章3-11節に記された、イエスの行動について)
心に受けた傷をあえてゆるす時、人の魂は強くなる。
◆
あなたは自分を中傷する人やわざといやがらせをする人に対して、非常に有利な立場に立っている。あなたには、その人をゆるす力があるのだ。
◆
ゆるす前に、まず自分からゆるしを求めることから、ゆるしは始まる。
◆
人をゆるすことができない人は、自分が通る橋を壊している。人は誰でもゆるしを必要としているから。
◆
私たちは人に対して、同情心にあふれ、親切で愛のこもった、ゆるしの態度を持つべきだ。そして、自分が受けたいと望むような憐れみをかけてあげるようにすべきだ。神に、自分の過ちをどう扱ってもらいたいかを考え、人の過ちも、それと同様に扱ってあげるべきなのだ!過ちを犯す者をゆるし、私たちが過ちを犯した相手にはゆるしを求め、自分から彼らに愛を示して仲間に入れてあげるべきである。
私たちが互いに対してもっと謙遜で、忍耐強く、愛情深く、優しくなり、ゆるし、寛容であれますように。そして、「我らに罪を犯す者を、我らがゆるすごとく、 我らの罪をもゆるしたまえ」と心から祈れますように。(ルカ11章4節)
−デービッド・ブラント・バーグ