輝くひととき 36 PDFファイル33-36

 

アフリカの女王

ヒュー・T・カー

 

  アフリカの西海岸に、あるキリスト教宣教所があります。そこの活動については、いつも大いに関心を寄せていました。何年も前、ペンシルバニア州(アメリカ)の青年医師が、宣教師としてそこに行きました。名前はアドルファス・C・グッドというのですが、今回お話するのはグッド先生のことではありません。敬けんなクリスチャンとなったアフリカ人の少女についてです。

  それはクリスマスの日のことでした。少女と他のクリスチャンの原住民たちが、主の誕生を祝うために宣教所にやってきました。彼らはプレゼントをもらうことなど考えてもいませんでした。主のために、自分達が与えられる最高のバースデープレゼントを持ってきたのです。

  祈りと賛美の礼拝が終わると、主イエスについての賛美歌を歌いました。そして、信者たちは、救い主と主の御仕事のための贈り物を宣教師に渡そうと、長い列を作りました。

  そこは非常に貧しい土地で、贈り物もささやかでしたが、住民たちの深い愛がこもっていました。有り余っている中からではなく、乏しい中から与えられたことを考えるなら、どれも貴重な贈り物でした。皆さんは、硬貨二枚与えた女性は、金持ちよりも多くを与えたのだというイエスの言葉をご存知でしょうか? イエスはどれだけ与えたかではなく、どれだけ残っているかを見られるからです。そして、その女性には何も残っていませんでした。全部捧げたのです。(聖書、マルコによる福音書12章41-44節を参照)

  人々は、かご一杯の野菜や花、あるいは1ペニーを持ってきました。さて、贈り物を捧げたクリスチャンの中には新顔がいました。名前は知りませんが、ここではただ「クィーン」(女王)と呼んでおきましょう。きれいな顔をした16歳の少女で、前は偶像を拝んでいました。汚い服のそでから銀貨を一枚取り出し、宣教師に渡したのでした。

  その贈り物に驚いた宣教師は、受け取ることを拒みました。そして、礼拝の後で話をしたいと告げました。そのような高価なものをどこで手に入れたのか、ひょっとしたら盗んできたのでは、と思ったのです。ところが驚いたことに、少女は立派な贈り物をイエスに捧げられるよう、近所の農園主に奴隷として自分を売ったのだと言いました。その代金が銀貨一枚でした。それを、主イエスに捧げたのです。農園での奴隷生活以上に悲惨な心の束縛から救い出して下さった、主イエスへの贈り物として。

  それからどうなったかは知りません。きっと宣教師は少女を買い戻したことでしょう。しかし、彼女の心に救い主に対する深い愛があったことがわかります。そして、この少女クィーン以上に立派なクリスチャンがこの世にいるだろうかと考えています。その深い愛ゆえに、彼女は喜んで自分自身を与えました。捧げた贈り物を通して、素晴らしいクリスマスの物語とこの世界への神の愛の贈り物について語り継がれるようになるからです。

  神からの贈り物は、金銀や財宝ではありません。神は愛を与えられたのです。本物の愛を持っている者ならするように、主イエスはご自身を捧げられたのでした。

 

主イエスに何を?

主イエスに何を捧げましょう?

羊飼いなら子羊を

王様なら贈り物を

私は主イエスに

心を捧げましょう

−クリスティーナ・ロセッティ