輝くひととき 33ー34  PDFファイル33-36

 

 

クリスマスの季節になると・・・

 

  クリスマスは新しい希望と勇気を与えてくれる。キリストの誕生を知らせる星が、闇の中で神の無限の愛を輝かせていたように。

 

聖フランシスコとキリスト降誕の場面の飾り

  飼い葉桶の中で眠る赤ん坊イエス・キリストを、ヨハネとマリヤ、そして羊飼いや家畜たちが見守るというキリスト降誕の場面の飾りを、どこかで見たことがありますか? クリスマスになると、教会や家庭や街頭などに飾られますが、それを最初に始めたのが、アッシジの聖フランシスコであったことはあまり知られていません。7百年以上も前に、クリスチャンでない人にも何とかキリストがこの世にお生まれになったことの深い意味を知ってほしいと願ってのことでした。

 

  フランシスコは人を愛しました。法王から、通りの乞食、山の盗賊にいたるまで。らい病人のような嫌われ者はなおさらでした。

  また動物も愛しました。フランシスコは鳥が大好きでした。そばにとまった鳥たちに説教をし、鳥たちは話が終わってフランシスコからもう行ってもいいと言われるまでじっと聞いていたというのは有名な話です。グビオの人々を怖がらせたどう猛な狼も愛し、狼はフランシスコにはなついていたとさえ言われています。クリスマスの日にすべての鳥と動物に余分な食物を与える法律をつくるよう、皇帝に頼み込んだくらいでした。動物とも「主への喜び」を分け合いたかったのです。

  そのフランシスコも、若い時には他の若者と同じで、ファッションや遊びに夢中でした。特に裕福な父親、ピエトロ・ベルナルドの店にあった、色とりどりのしゃれた服や高価なベルベッドやサテンなどがお気に入りでした。その時代の人々は、着ている服で自分の裕福さを表していたので、ベルナルドは、息子が町のベストドレッサーであることで鼻高々でした。それに息子が他の若者達を引き連れて、歌にダンスに酒盛りに興じているのは商売繁盛につながります。いつの日か、後を継いでくれる日を楽しみにしていました。

  しかし、フランシスコは、ほしい物を幾ら手に入れても、心は空しいままだということを知りました。もっと真実のものがある、そう思った彼は、それを見い出すためにあらゆることを試しました。戦争にも行きましたが、捕虜になって投獄され、やっと郷里にたどり着いた時には、重い病で体はすっかり弱っていました。

  しかしついに、神を愛し、神が望まれることを行うことにのみ本当の満足感があることを知ったのです。フランシスコはこの新しい人生観そのままに生き始めました。そのひたむきな生き方にひかれて従うようになった人々もいました。フランシスコの願いは、神の真理をわかりやすく、誰にでも理解できるようにすることでした。そして、あるクリスマスの日、キリストの誕生の場面を再現するというアイディアが浮かびました。イエスが貧しく粗末な場所で生まれたということを知ってほしかったのです。

  そのためにぴったりの場所がありました。グレシコの村近くの岩だらけの山です。フランシスコはそこの洞窟の中にキリスト降誕場面を再現することにしました。つないである牛とロバの間にかいば桶を置き、彫り物の赤ん坊のイエスを寝かせました。このことは遠方の町々まで伝わり、夜、荒涼とした山の洞くつに、たいまつやろうそくに灯りをともした人々が続々と詰めかけました。そして、洞くつのまわりに群がって、一生懸命、中の様子をのぞいたのでした。

  そこを訪れた人はこう書いています。「まるで真昼のようだった。真夜中だというのに周囲は熱い喜びに包まれ、群衆は、イエスの誕生という遠い昔の永遠の神秘に思いをはせた。」 フランシスコ自ら福音の歌を歌い、その「強く、優しく、澄んだ」歌声があたりに響いたそうです。「それから、フランシスコは、小さな町ベツレヘムに生まれた貧しい王について愛をこめて語りかけた。」

  ですから、クリスマスにキリスト降誕の飾りを見かけたら、聖フランシスコのことを思い出して下さい。自らを「一介の貧乏人」と呼んでいた彼は、自分の人生を変えた大いなる真理を、他の人達も理解できるような形で表したのです。−ドロシー・プレスコット

 

 

キャンディーにこめられたメッセージ

  昔、アメリカのインディアナ州のキャンディー屋さんが、神の愛を象徴するようなキャンディーを作りたいと思いました。これが、クリスマスのステッキ・キャンディーの始まりです。その素朴な形に、イエス・キリストの誕生、地上での使命、死が語られているのです。

  そのキャンディー屋さんは、まず真っ白な堅い棒キャンディーを作りました。それは処女懐妊とイエスに罪がなかったことを示し、その堅さは信仰の堅固な岩と神の約束の確かさを示しています。

  それからその棒キャンディーを「J」の形にしました。それは救い主として地上に来たイエス(Jesus)の頭文字です。また、「良き羊飼い」の杖を意味しています。この世のどん底にまで手を伸ばして、そこに落ちた小羊を助けられるからです。

  まだ何か足らないように思ったキャンディー屋さんは、4本の赤いストライプ模様を入れました。その内の細い3本は私達がいやされるためにイエスが打たれた傷を表し、太い1本は、私達が永遠の命の約束を持てるよう十字架で流された血を表しています。

  そのステッキ・キャンディーは人気者になりました。以来、クリスマスになるとよく見かけますが、その本当の意味を知る人はほとんどいません。でも私達にとっては、クリスマスにイエスが地上に下ってこられた不思議と、現代に至るまで世界に深い影響を与えているその大きな愛を思い起こさせてくれるのです。

 

 

「クリスマスツリーの魅力!」

  クリスマスツリーはただの飾り、そう考えている人が少なくない。だが、クリスマスツリーも、生命の美しさを象徴している。すべてが枯れ、死に絶えたように思える冬にも青々と繁る常緑樹は、永遠の命を象徴している。冬の厳しい寒さにもかかわらず、常緑樹は美しくそびえ立っている。まるで主イエスのようだ!

  だから、クリスマスツリーを見る時には、天から送られた常緑樹、主イエスのことを考えよう! 天国で永遠に栄える神の御子イエスのこと、イエスが絶えず与えて下さる贈り物のこと、そして、色あせることがない私達の永遠の命のことを! クリスマスの真の意味を決して忘れないように。そして、クリスマスツリーが象徴することやクリスマスの精神が、世間のあわただしさによってかき消されてしまわないように。クリスマスに、主イエスをほめたたえよう!−デービッド・ブラント・バーグ

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  クリスマスイブの夜、静けさがあたりを包む。それは「愛」という名の赤ん坊が、世界の人々の心をとりこにする時。クリスマスに通ずるのは昔ながらの門。羊の囲いの門に似て、天使によって守られている。小さな門で、ちょうど子供が通れるぐらいの大きさ。そして、そこを通るための合い言葉がある。それは、「イエス様、あなたを信じます。イエス様、あなたを受け入れます。」 今年のクリスマスにあなたが再び子供のようになり、神の御国へと入れますように。−アンジェロ・パトリの文に加筆したもの

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  このクリスマスに、キリストはあなたの心に入ったでしょうか? 神の愛と幸せと心の安らぎを持つには、あなたの心の扉を開いて、主イエスをお招きするだけでよいのです。イエスは、「わたしは戸の外に立って、たたいている。誰でもわたしの声を聞いて、戸を開けるなら、わたしは中に入る。」と言われました。(聖書、黙示録3章20節) 次のように祈って下さい。「イエス様、心の中に入って下さい。私の罪や過ちをゆるし、約束されたようにあなたの愛で満たして下さい。新しい人生を与えて下さることを感謝します。アァメン。」

  人生にイエスをお迎えしたなら、イエスはあなたから決して離れたりはしません。そして、あなたの心の中には永遠に続くクリスマスがあるのです!