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子供に正しい決断を教える!

 

  育児書の著者の中には、子供が大人から何の助けもなしに決断を下すのを促すべきだという意見を奨励している人々がいます。親である皆さんが、特に絶対にどちらかの選択でなければならないと考える場合を除けば、もちろん、子供に自分で決めさせるのが一番よいでしょう。しかし、一見ささいな決断と見えることでも、実際は重要であることがよくあります。決断の結果があなたや、他の子供に影響を与えるかもしれないし、あなたが主のためにしていることに影響するかもしれません。普通は、ある選択が他の選択よりも勝っているものです。ですから、それだけでも、私達親が一番よいと知っているものを選ぶことを子供に勧める十分な理由だといえます。

  聖書には、私達の人生は自分だけのものではなく、私達は代価を払って買い取られたのだと書いてあります。(1コリント7:23) ですから、理想的なのは、子供にすべての決断が重要なものであり、主の望まれているものを選択すべきだと教えることなのです。つまり、子供に、幼い頃から何でも主のためにすることを教えれば、彼らは主に仕え、主を愛しつつ育っていく事でしょう。

  もちろん、私達は子供に自分で決断することを教えることができますし、またそうすべきです。けれども、子供には導きが必要なことがしばしばです。しかし、私達が口を出さなければならない時でも、子供に答や選択を押しつけるのではなく、自分で決断を下すよう教えることができます。子供に質問をして自分で考えさせることもできます。質問をして彼らを導き、正しい結論に達するのを助けるのです。

  世間の大勢の親と違い、「主の薫陶と訓戒によって」子供を育てる(エペソ6:4)ために、私達は、「何でもしたいことをすればいい。何でも楽しいことをすればいい」と言って、子供に自分のしたいことばかりをさせるわけにはいきません。私達には、目標があるのです。私達は、主と主の仕事のために最善のものを選ぶことができるよう、子供を訓練しています。ただ、自分がしていることを楽しみ、理論的、合理的にいろいろなものの中から一つのことを選ぶことができるようにさせるだけではないのです。

  しかし同時に、私達は、子供が自分で決断しなくてはいけない時には、それができる能力も備えさせようとしています。確かに、私達は可能な時にはいつでも、子供に自分で決断させると共に、子供が正しい決断ができるよう助けてあげるべきです。決断の過程で助けや霊的な導きを何も与えずに、ただ、「じゃあ、何にも口出しはしないわ。あなたはどう感じる? あなたはどう思うの?」と言うだけではいけません。

  しかしながら、実際指導を与える段になると、私達は子供に対して厳しくなり、選択の余地を十分に与えなくなってしまいます。子供に指図し、命令口調になる代わりに、私達は質問することによって子供を導くべきです。

  子供には、私達の導きが必要です。彼らは私達ほど経験もないし、主の御言葉や原則も十分知らず、また様々な状況において主がどのように働かれるかも知らないのですから。正しいことと間違ったこと、白か黒か、イエスかノーか、「これでもいいのか」または「これが一番いいのか」がはっきりしている時でも、「ほら、こうするのよ、これでなければだめ!」と言って命令的に言い渡すことは避けるべきです。そうではなく、むしろ自分でその結論に達するように導くのです。そして、子供が間違った決断を下したとして、それがかなり重要なことならば、こちらから指図しなければならないこともあるでしょう。しかし、少なくとも、子供が賛成するチャンスを与えたことになります。

  今日の親や心理学者の中には、子供に一定の考え方を押しつけていると非難されるのを恐れているか、あるいは、子供が自分で考えることができなくなるのではないかと恐れるあまり、子供の好きな通りに決断させている人々がいます。たとえ、それが悪い決断であってもです! さて、私達は確かにそれには賛成できません。しかしその611

一方で、子供に一方的に命令することも望みません。あなたは、子供を一歩一歩正しい方向に導き、子供が、あなたが言っていることが正しいこと、自分もそれが正しいと信じようと自分で決断させるようにすべきなのです。

  まず第一に、質問型の指導をする前にさえ、子供の言うことを聞いてやらなければなりません。しばらくの間は耳を傾けてあげて、何も口出しせずにいるのです。そして、「自分の意見も言いながら耳を傾ける」べき時が来て、自分も話に加わるべき段階になったなら、聞くと同時に導きを与えるべきです。

  子供に、「そのいい点と悪い点は何だと思う?」と聞くようにしなさい。子供にそれがわからなければ、こう言って助け舟を出してあげるのです。「こちら側にはこれこれのポイントがあって、あちら側にはこれこれのポイントがあるのがわかる? 良いのはどれだと思う? 悪いのはどれかしら? こちらをする理由、あちらをする理由は一体何かしら? それをしない方がいい理由は何かしら?」と。子供が今から下す決断にかかわる要素を全部考慮に入れるよう促すような質問を、幾つかして下さい。

  私達の指導は、とても重要です。なぜなら、神の御言葉にある原則にあくまで従っているのなら、私達が主の導きを与えていることは明らかだからです。私たちは子供に対する主からのメッセージを知っており、主の御言葉が何と言っているか、私達は知っていますし、それを子供に教えるのが務めだということも知っています。だから、それを教えるのを怠るなら、私達の子育ては失敗に終わります! 子供に主の教えを教えることは私達の責任だからです!

  たいてい、問題は、そのやり方にあります。子供に強制したいという思いにかられることも時々ありますが、そうするなら良くない結果を招きます。または、初めから一歩一歩私達に同意させ、子供を忍耐強く導くことによって、子供に私達の観点を理解させようとすることもできます。私達は、もっと寛容な心を持って導くことを学ぶべきです。そうすれば子供は始終大人に小言を言われ、無理矢理鵜呑みにさせられると感じずに、大人の指導に快く同意できることでしょう。

  良い訓練をふんだんに受けていると、多くの場合、ただチャンスを与えさえすれば、子供は自分で良い決断にたどり着くものです。少しの間待ち、あまり急いで首を突っ込むことをしなければ、子供はしばしば自分で正しい結論に達するようになります。しかし、少ししても、子供が正しい決断を下す様子がなく、どうすればいいか一向にわかっていないようであれば、その場合は子供を導き始める必要があります。

  さて、大切な注意事項とは、早まって首を突っ込まないようにということです! 待ち、口をはさまず、耳を傾けなさい! 話すのは後でもできます。質問をして子供を導く様にしなさい。「これについてどう思う? もしこれこれだとしたら、どんなふうに感じるかしら?」という具合に尋ねてはどうでしょうか。

  というわけで、子供が決断を下すのを助けるにあたっては、まず聞き、口を閉じているのです。その事について大人と話している間に、正しい結論に達するということがよくあります。けれども、そうならなかった場合は、子供が正しい結論に達することができるよう、具体的に幾つか質問をして子供を導いてあげて下さい。

 

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彼がほんの9か月でまるまる太り

 ほおがピンク色だった頃、

くすぐったり、抱いたりする喜びがあった

 話し始める前にすら

優しい母はいつもこう言った

 「この子が大きくなるなんて、残念だわ。

思い通りになるものなら、

 このまま赤ちゃんでいてほしいのに。」

 

そして1年がたち、

 その子はよちよちと歩き始めた

そして、目につくもの何でも名前を言った

 着ている服をどろんこにもした。

夜になると、母は幾度となくこうささやいた

 「私たちの赤ちゃん、今は何という喜びでしょう

この子が大きくなるなんて、考えたくないわ

 腕白で言うことを聞かない子供になることなんて。」

 

しかし、子供は良い子に育っていった

 すると母は、その子が、

2才のままでいてくれたならと望んだ

 それが一番良い年頃だから

3才になった時も、母は同じことを考えた

 そして今彼は4才、母はためいきをつく

この子は、いつまでもこんな愛らしい笑顔の

 子供ではいれないのねと考えて。

 

ああ、小さな少年よ、私の願いは

 おまえがいつまでも4歳でいる事ではない

毎晩、おまえの枕もとで、

 これから1年どうなるのかと思う。

そしておまえを見下ろし、こう祈る

 おまえが小さな赤ん坊でなくなって、

  一人前の男性となっても、

おまえの母がこう言えますように

 「この年が一番だわ」と。

 

         −−エドガー・ゲスト

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