33.与えること

 

与えよ、そうすれば自分にも与えられるであろう。人々は押し入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量を良くして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量り返されるであろうから。(ルカ6:38)

 

 1.あなたが注ぎ出せば、主は注ぎ入れて下さる。そしてあなたは、主より速く注ぐことは決してできない!

 2.最善の贈り物は、心の糸 (深い愛情の意) でくくられたもの。

 3.私たちは、愛することをしないで与えることがあるかもしれないが、与えることをしないで愛することはできない。

 4.あなたにある物を与えなさい。それは、あなたが思ったよりも、誰かにとって価値のあるものになるかもしれない。

 5.決して失うことのない愛のために、持ち続けておくことのできない人生を与えるのは愚かではない。

 6.与えることによって、失うことは決してない。

 7.人生とは、テニスの試合のようなものである:  あなたは、サーブ (奉仕) しないで勝つことはできない。

 8.私たちが、他の人々の道に灯をともしてあげるなら、私たち自身の道も明るくならずにはおれない。

 9.他人に善を成す者は、自分にも善を呼ぶ。

 10.誰に何をあげたかを覚えておくことができないほど与え、誰に何をもらったのかを忘れられない者は幸いである。

 11.与えてしまうことが最も困難なものの一つは、親切である。それは大抵与え返されるから。

 12.与えてもっと富む、ということはあり得る。手放さず、あまりにもしっかり握っておき、何もかも失ってしまうというのもまた、あり得る。

 13.施しは、与えて金持ちになり、貪欲は惜しんで貧しくなる。

 14.  ある一人の男がいた。

      人々は彼のことを気違いだと思っていた。

      しかし彼が与えれば与えるほど、より多くの物を得た。

 15.ろうそくは、他の人に光を与えて、それ自体を使い果たす。

 16.財布が空になるにつれ、心は満たされる。

 17.あなたが自分の所有物を与える時、少ししか与えていない。あなたが自分自身を与える時こそ、あなたが本当に与えている、と言える時である。

 18.愛が、無駄になることは決してない。どこに与えても、それは必ず大きな利益をもたらす。

 19.もしあなたの心が愛で満ちているなら、あなたにはいつも何か与えるものがある。

 20.心が与えるものは、何も失われることがない。それは、他の人の心の中に取っておかれる。

 21.あなたは、自分の生活費の全てを与えても、なお傷つくことはない。何故なら神はそのことの故に、あなたを祝福されるからである。

 22.110%者‥‥というのは、自分の人生を100%与えて、なおその上に彼らの収入の10%を与える人のことである。

 23.神は、あなたがどれだけ多くを与えたか、あるいはどれだけ十分の一税を払ったかではなく、あなたにあとどれだけのものが残っているかによって、また与える時のあなたの動機によって判断されるのである。そして主は、それに応じてあなたに報いられるのである!

 24.もしあなたが、神へ献金を与えないなら、神は取り立てをされる!

 25.あなたは、神よりも速く与えることはできない!

 26.与えるなら、必ずそのお返しを得、報酬を与えるなら、そのお返しも必ずくる。

 27.与えれば与えるほど、より多くを得る。

 28.自分の持っている全てを与えることによって、あなたは全てのものを得る。

 29.あなたが得るものではなく、あなたが与えるものこそ、あなたの生きる権利を証明するもの。

 30. 「見よ、わたしは、与えよ、と言う! 彼らに与えよ、そうすればわたしは、あなたが彼らに与える以上のものをあなたに与える!」

 31.与えることは、すべての快楽の内で、最大の快楽である。

 32.私は、人々に、与えるのを励ますことによって、人助けをしているような気がする。何故なら、もし人々が与えるなら、神はそのことの故に彼らを祝福されることを知っているからである!

 33.私は、与えることを楽しむ! 私は、手当たり次第にただ与えていく。すると神は、私が与えることができるよりも速く、私に返して下さる!

 34.神は、私たちの動機が利己的であるか、それとも非利己的であるか、その動機に基づいて大いに判断される。

 35.もしあなたが畑に出ることができないなら、少なくとも畑を援助することができる!

 36.あなたが、与えれば与えるほど、神はあなたに与えられる。

 37.正々堂々となって分け合おう。

 38.私たちは、実際には、犠牲を払うことはできないのである!

 39.全てを与える者は、今ここで100倍を受けるであろう!−−それは10000%である!

 40.神は、あなた以上に与えることがお好きである! 神は、あなたに神以上に与えることを決してさせられない!

 41.人生で最良のものは、全て分け合われる。

 42.神に与える一つの方法は、神の小さな人々に良くしてやることである。

 43.もし神が、与える者は得、与えない者は得ないという法則で働かれるなら、私たちも同じ法則で働くべきであると思う!

 44. 「全ての人の能力に応じて集められ、全ての人の必要に応じて与えられる。」 −−それが、愛を分け合うことの法則であり、また分け合うことの愛情深い法則である。

 45.この世界にある神の王国において、最も富んだ人とは、最も多く分け与える人となるであろう。そして主は、彼らが持ち切れないほど多くのものを、彼らの上に積み上げて下さるであろう。

 46.豊かになるための神の方法は、与えてしまうことである。

 47.私たちが、喜んで、あるいは自発的に与えていないなら、本当には与えていないのである。

 48.他の人が生きることができるように、非利己的に与えなさい!

 49.あなたが主から受け取るもので、何かを返すという代価がかからないものはない。

 50.欲しがることは、悪魔の模倣であり、分け合うということは、神の真の祝福である!

 51.  もしそれが傷つくほどのものでないなら、

与えるだけの価値もない。

もしそれが愛のためでないなら、

生きるだけの価値もない!

 52.もしあなたが、自分の全てを主に与えるなら、主はご自分の全てをあなたに与えられる。

 53.  もし心が、自分よりもなお寂しい心を捜しているなら、心が寂しくなることは減多にない。

愛によって満たされるべき

よりからっぽのカップを捜し求めるなら、

自分のことは忘れてしまう!

 54.  愛は、戸棚の所に置いておくなら、成長しない。

それをそこから下ろして使いなさい。

自分自身のために取っておいてはいけない。

 55.与える手は、また集めることもする。

 56.  私たちのために主は、ご自分の命を与えて下さった。

クリスマスの日からカルバリの丘まで、

主の最大の喜びとは、与えることであった!

 57.あなたが喜んで与える者でない限り、あまり与える者とは言えないのである。

 58.使用してすりきれる方が、使わないで錆(さび)がつくよりも良い!

 59.主は、私たちが欲しいと思う以上に喜んで与えようとされる!

 60.愛を与えるなら、愛を受け取る−−それは、パンと魚や、油の壷や、食物の樽のように増加し、増えるのである!

 61.価値のあるものには、代価がかかる!

 62.自分の命を神に与えることで救いなさい! 自分の命を他の人のために失うことで見出しなさい!

 63.あなたは、得るために与え、受け取るために注ぎ出し、刈り取るために蒔き、利益を得るために投資し、生きるために死に、復活するために葬らなければならないのである。

 64.私たちは、自分自身を救うために、私たちの命をイエスに与えなければならない。私たちは、イエスが他の人を救うために、私たちの命を与えなければならない。

 65.あの美しい煙と、甘美な芳香を立ち上らせるためには、私たちは燃えて消耗しなければならない。

 66.私は、すっかり注ぎ出してしまったびんのように、全くからっぽであるが、主は、再び私を一杯にし続けて下さる。

 67.物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分をも潤す。箴言11:25

 68.神の賜物は、永遠の命である。しかしそれをあなたに与えるには、イエスの命を要した。そしておそらくあなたがそれを生きるには、あなたの命を要するだろう!

 69.  貧しい者を憐れむ者は、主に貸すのだ。

その施しは、主が償われる。      箴言19:17

 70.あなたは、天国に自分のお金を持って行くことはできないが、天国に行く前にそこに送っておくことはできる。

 71.私たちは、神と富とに兼ね仕えることはできないが、富、すなわち私たちのお金を使って神に仕えることはできる!

 72.神は、与える全ての人を祝福される。だからもし彼らが貧しいなら、それこそまさに彼らが与えるべき良い理由なのである。もし彼らが祝福されることを望み、そのように貧しくならないように、主に助けていただきたいなら!

 73.もしあなたが、その人を大いに与える者と言うなら、私はその人を熱心に働く者と言おう。もしあなたが、その人を貧しいけちんぼだと言うなら、私はその人を利己的でけちで、自分以外には誰にも与えない者と言おう!

 74.一人のやもめが一度レプタを与えて、 「持っている生活費全部を入れた」 が、あなたは、神がその後も、なお彼女を貧乏に苦しむ状況のままにおらせられたと思うか? 私は、主が彼女を、全歴史の手本にされた後、彼女の上に祝福を積まれたと確信している!

 75.神は、溜め込む事を嫌っておられる。神は、 「与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある」(箴言11:24)と言われている。

 76.もしキリスト教が、あなたのふところの中の財布にまで達することができないなら、もしイエス・キリストの愛が、自分の持っているものを困っている人々と分け合うようにさせないなら、そのキリスト教は、偽のキリスト教である!

 77.この世界にあるすべての宗教は、人々に請うことで生計を立てている。そして人々は、私たちの大義以上に優れた大義に与えることはほとんどできない。つまり、若者を道徳的、精神的、肉体的破壊から救うという大義である!

 78.彼らに、どのように与えるかを教えることで、どのように生きるかを教え始めなさい!

 79.黒人の牧師がかつてこう祈った: 「主よ、私たちは、余り沢山手に抱えることはできませんが、多くをあふれ出させる事はできます。

 80.井戸の管理人が、渇きのために死ぬことがあろうか?

 81.金貨は流通され、実りのある畑に投資され、畑にいる労働者に支払われ、貧しい者に分配されない限り、何の役にも立たない。

 82.聖書の経済学は、他の全ての経済システムに反駁している。何故なら、聖書の経済学は、神を最初に置いており、 「自分を捨てよ」 と語っているからである! 聖書は、 「神のために死になさい。そうすれば、神はあなたの命を救って下さるだろう。死ぬなら生きる。」 と語っている!

 83.もし私たちが、自分たちの支出よりも多くの収入を受け取ったなら、神は、私たちがそれを与えることを望んでおられると私たちにはわかる。

 84.経済学に関する、神の最初のおきては、なお神の王国を最初に求めることである!−−そうすれば、これらすべてのものは、添えて与えられるであろう!(マタイ6:33)

 85.私たちの経済は、主と、愛と、分け合うことの上に築かれている。あなたが与え続けるかぎり、あなたは失うことはない。たとえ何が起ころうとも神は、あなたを養い、保護し、あなたに衣服を与え、あなたを顧みて下さるであろう。

 86.神のお考えは、あなたが速く与えれば与えるほど、速く分け合えば分け合うほど、主はより多くの物を積み上げて下さり、あなたはより富むことになる。それによってあなたが、より多く分け与えるようになるためである!

 87.もしあなたが、自分の持っている霊的な富を非利己的に、物惜しみなく与え、またそれらを必要とする者たちと分け合っているなら、主はまた、分け合うための物質的な富をもあなたに任せられる!

 88.神と神の仕事となると、主に与えることは、とても割に合う取引である。主に与えることは、あなたが投資できるどんなものについても100%、あるいはそれ以上の、最高の割合の利子や配当を得る良き投資である。

 89.ろうそくは、他のろうそくに炎をつけることで、その炎を失うことは決してないのである。

 90.主のために犠牲を捧げることは不可能である。

 91.施し散らしてなお富みを増す人があり、与えるべきものを惜しんでかえって貧しくなる者がある。箴言11:24

 92.彼または彼女を祭壇に捧げなさい。神のために、これ、またあれを祭壇に捧げなさい。そしてそれを返してもらうことを期待するな。もしあなたがそのような動機と意図を持って与えるなら、それは犠牲とはならない。神が、あなたに犠牲にするようにと求められるほとんどのものを、あなたは永遠に捨てたと思うが、あなたを励ますために、次のことを私に言わせて欲しい:  つまり私は、自分が主のために捨てた多くのものを、神が返して下さったということを知ったのである。神は、私にそれを与えても信頼できた時に、私が神のために捨てたものを返して下さったのである。

 93.貧しい者に施す者は、物に不足しない。目を覆って見ない人は、多くの呪いを受ける。箴言28:27

 94.受領者はそれを無駄にしてしまうか、あるいはありがたく思わないかもしれなくとも、もしあなたの動機が正しく、あなたの意図が純粋なものであるなら、神はあなたが与えたことであなたを祝福され、誉れを与え、そのためにあなたを栄えさせて下さるであろう。

 95.あなたが捨てることができるように、神はそれをあなたに与えられたのである!−−主の御心のために捨てるか、あるいはそれを貧しい者に与えるか、あるいは何かの方法で神にそれを使っていただくためである。

 96.神は、与えたり、十分の一税を納めることで、決して誰も損失を受けるようにはされない! 主は、そのためにあなたを苦しませるようなことはさせられないのである! 主は、あなたが犠牲を払い、苦しみ、それがとてもきつくなると考えるのを許されるかもしれないが、主は、豊かにあなたに返済して下さるであろう。

 97.受けることがなければ、どうして与えること、また仕えることが有り得るだろうか? もし誰かが与えようとするなら、他の者が受け取らなければならない。私たちが、有りがたく思う受け取り人になる時、私たちは与えてくれる人に喜びをあげることになる。このように、矛盾しているように見えるけれど、受け取ることの中にも与えることがある。優れた受け取り人は、与えることに優れている。

 98.一つのろうそくは、その炎を小さくすることなしに、他の千本のろうそくに炎を灯すことができる。

  (No.189,301A,332A,336A,665,667,673,682,

684,701,702,841,842,843,903,928,934,1081,1105,

1212,1271,1276,1320,1321も参照。)

 

 99.申命記15:7,8,10 あなたの神、主がたまわる地で、もしあなたの兄弟で貧しい者が一人でも門の内におるならば、その貧しい兄弟に向かって心を頑なにしてはならない。また手を閉じてはならない。必ず彼に手を大きく開いて、その必要とするものを十分に貸し与え、乏しいのを補わなければならない。あなたは、確かに彼に与えなければならない。彼に与える時は惜しんではならない。あなたの神、主はこのことのためにあなたを全ての仕事と、あなたが手がける全てのことにおいて、祝福されるからである。

 100.サムエル記下24:24b またわたしは、費用をかけずに‥‥わたしの神、主に捧げることはしません。

 101.歴代志上29:9a  彼らがこのように、真心から自ら進んで主に捧げたので、民はそれを喜んだ。

 102.箴言3:27,28  あなたの手に善を成す力があるならば、これを成すべき人に成すことを差し控えてはならない。あなたが物を持っている時、その隣人に向かい、 「去って、また来なさい。明日それをあげよう。」 と言ってはならない。

 103.箴言11:24-25 施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなるものがある。物惜しみしない者は富み、人を潤す者は、自分も潤される。

 104.箴言13:7 自分のために富をたくわえて、何も持たないものがいる。施し散らして貧しくても、大いなる富を持つ者がいる。

 105.箴言14:21b 貧しい人を憐れむ者は幸いである。

 106.箴言19:17  貧しい者を憐れむ者は、主に貸すのだ。その施しは主が償われる。

 107.箴言21:25,26 なまけものの欲望は、自分の身を殺す。これはその手を働かせないからである。彼は、ひねもす物をむさぼる。正しい者は与えて惜しまない。

 108.箴言22:9 惜しみない目を注ぐ者は、恵まれる。自分のパンを貧しい人に与えるからである。

 109.箴言28:27 貧しい者に施す者は、物に不足しない。目を覆って見ない人は、多くの呪いを受ける。

 110.伝道の書11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。多くの日の後、あなたはそれを見つけるからである。

 111.マタイ5:42 求める者には与え、借りようとする者を断るな。

 112.マタイ6:1-4  自分の施しを見られるために、人の前で行わないように注意しなさい。もしそうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。だから施しをする時には、偽善者たちが人に誉められるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると隠れたことを見ておられるあなたの父は、公然と報いて下さるであろう。

 113.マタイ25:40  あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者の一人にしたのは、すなわちわたしにしたのである。

 114.マルコ12:43,44 そこでイエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた、 「良く聞きなさい。あの貧しいやもめは、さい銭箱に投げ入れている人たちの中で誰よりも沢山入れたのだ。みんなの者は、有り余る中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中からあらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである。」

 115.ルカ3:11 上着を二枚持っている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい。

 116.ルカ6:34,35  また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも同じだけのものを返してもらおうとして仲間に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛し、人に良くしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも、悪人にも情け深いからである。

 117.ルカ6:38 与えよ、そうすれば自分にも与えられるであろう。人々は押し入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量を良くして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量り返されるであろうから。

 118.ルカ21:4 これらの人たちは皆、あり余る中から献金を投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中から、持っている生活費全部を入れたからである。

 119.使徒行伝20:35 わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また 「受けるよりは与える方が幸いである」 と言われた、主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである。

 120.ローマ12:13  聖徒の必要物を分配し、手厚くもてなしなさい。

 121.Tコリント10:33  わたしが何事についても全ての人に喜ばれるように努めるのは、多くの人が救われるために、自分の益ではなく、彼らの益を求めているからである。

 122.Tコリント13:3 たといまた、わたしが自分の全財産を貧しい人に施しても、また自分の体を焼かれるために渡しても、もし愛がなければいっさいは無益である。

 123.Uコリント9:6-7  しかしわたしの考えではこうである、物惜しみしながら蒔く者は、少ししか刈り取らず、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ることになる。各自は、惜しむ心からではなく、また強いられてでもなく、自ら心で決めた通りにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださるのである。

 124.コロサイ4:1  主人たる者よ、僕に正しく、公平に与えなさい。あなたがたにも、主が天にいますことが分かっているのだから。

 125.Tテモテ5:18 聖書は、 「穀物をこなしている牛にくつこをかけてはならない」 また 「働き人がその報酬を受けるのは当然である」 と言っている。

 126.ヤコブ2:15,16  ある兄弟、または姉妹が裸でいて、その日の食物にも事欠いている場合、あなたがたの内誰かが、 「安らかに行きなさい。暖まって食べ飽きなさい」 と言うだけで、その体に必要な物を何一つ与えなかったとしたら、何の役に立つか。

    (マタイ25:25-45も参照。)