25.良き戦いを戦う

 

  信仰の良き戦いを戦いなさい。(Tテモテ6:12)

 

 1.私は戦うのが大好きだ。何故なら私は、自分が戦う価値のある方のために、また勝ち取る価値のある魂のために、そしてまた到達する価値のある目標のために戦っていることを知っているからである!

 2.信じ続けなさい。決してあきらめてはならない! 信じ続けなさい。落胆してはならない! 信じ続けなさい。投げ出してはならない!

 3.どんな事をしようとも、投げ出してはならない!

 4.あなたは進み続けなければならない。犠牲を払い続けなければならない。捨て続けなければならない。そして毎日戦い続けなければならないのである!

 5.誰でも自分自身を運命に引き渡してしまった者は、その運命が彼の断念を受け入れることを知るようになるだろう。

 6.勝利者は決してやめない。やめる者は決して勝利しない。

 7.私たちは幾つかの戦いには敗れるかもしれないが、戦争には勝利しているのである!−−そしてこの世は、間も無く神と神の御国のために、私たちのものとなるであろう!

 8.多くの人々の墓石には、次のように、書き刻まれるべきである: 「30にて死す。60にて埋葬される。」

 9.私たちはまだ戦い始めてもいない。

 10.意志のあるところには道がある。

 11.下手な鉄砲も数撃てば当たる。

 12.勝利は一番頑張り通す人のものである。

 13.右翼は崩されてしまった。

左翼は撃退されてしまった。

中央は壊滅されてしまった。

しかし私は、あらゆる方向から前進するよう命令を下した。

−−第一次世界大戦のホッシュ元帥の語った言葉と考えられている。

 14.もし倒れるなら、ただそのまま横になっていてはいけない! 立ち上がってもう一度試みなさい!(箴言24:16)

 15.全然戦わないよりは、戦って負ける方がましである! 全然愛さないよりは、愛して拒まれる方がましである!

 16.  成功は、失敗を裏返したもの、

疑いの雲の、銀色に輝いた部分である。

だから最大の困難にぶつかった時には、

最後まで戦い抜け。

絶対にやめてはならない時は、事態が最悪と思える時である。

 17.何をするにせよ、ただ神のために前進し続けなさい!−−何回でも十分なだけ試みるなら、必ず成功する!

 18.私たちが征服され得る唯一の場合とは、私たちが攻撃することを止め、あきらめ、そして率先して事を行うための信仰を持つことを止めてしまう時である。

 19.主のもろもろの約束にしがみつき続けなさい!−−それを手放してはならない! 御言葉の上に立ち続けなさい!−−そこから降りてはならない! イエスのために前進し続けなさい!−−止まってはならない! たゆまずに進み続けなさい!

 20.戦いのことについて不平をもらし、勝利が勝ち取られる直前に止めてしまう者は、決して勝利を楽しむことはない!

 21.戦い続けなさい。そうすれば敗れることはない! 御言葉の武器を振り回し続けなさい。そうすれば勝利するであろう!

 22.私たちを相手に組み討ちする者は、私たちの神経を強め、私たちの技能を磨いてくれる。私たちの敵対者は、私たちの助け手なのである。

 23.たとえ殺されるようなことがあっても、あなたは神の真理のための戦う者でなければならない!

 24.毎日が戦いである!

 25.私たちは皆、かなぐりつく罪を持っている。ただそれに抗することを学ばなければならないのである!

 26.これは戦いであり、また戦争である。しかし私たちの勝利は定まっている!

 27.もしあなたが、私のような戦う者であるならば、あなたは戦いを楽しむ!

 28.戦いから戻って来た勝利の騎手は、戦いに行かなかった騎手よりも、より輝きにあふれている。

 29.ある人々は、彼らが本当にしたいと思っていること−−すなわち、やめること−−を行うための口実を捜し求めている!

 30.奇襲とは、成功を収める、軍事的戦略の主要な要素の一つである。

 31.あなたが試み続ける限り、悪魔はあなたをやっつけることはできない。悪魔があなたをやっつけることができるのは、ただあなたが降伏してしまう場合だけである!

 32.私たちは、全ての戦いに勝利することはないかもしれないが、戦争には勝利するのである!

 33.あなたは、攻勢にでる戦争にのみ勝利する!

 34.戦いの最中に剣を研ぐ時間はない。しかしあなたの剣がひどく切れ味が悪く、こん棒以外の何ものでもないことが判明しても、何もないよりはましである!

 35.もし戦いに勝利する前にあなたが逃げ去って、隠れてしまうなら、神は敗北に対するのと同じ責任をあなたに求められるであろう!

 36.あなたは、毎日悪魔と古き自分自身とを相手に戦わなければならない!

 37.あなたは決して戦いをやめることはできない。あなたは決して勝利を獲得することをやめることはできない。あなたは決して進歩を遂げることをやめることはできない。さもないとあなたはバックスライドしてしまう!

 38.神があなたたちに与えられ、またあなたたちが勝利を収めるそれぞれの戦いの後には、更に大きな戦いが続く。何故なら神はその時、あなたにより多くのものをまかすことができると知っておられるからである。

 39.心は柔軟に、しかし霊は強靭に保ちなさい!

 40.戦いが大きければ大きいほど、勝利もまた大きい。犠牲が大きければ大きいほど、その報いもまた大きい!

 41.より大きな勝利を得るためには、より大きな戦いを戦い続けなければならない。より大きな報いを得るためには、より大きな犠牲を払い続けなければならない。またより大きな喜びを得るためには、より大きな苦しみを被り続けなければならない。

 42.学校で私は、自分の信仰のための戦士であった! 私は、自分が主と私の信仰と視野において、優越していたことを知っていたのである!

 43.私を早まって救出してはならない!

 44.もしこの戦いに勝利するなら、主はより大きな戦いを明日、あなたに与えられるであろう!

 45.自分の障害を益としなさい! 破れた夢から橋を築き、その船を再び航行させなさい!

 46.悪魔の最初の 「脅し」 とその嘘によって、おじけづかされてはならない。 「彼らの高ぶった、高慢な顔つきを敬ってはならない」

 47.あなたの敵に対しては、降伏して、和を講じなければならないか、あるいは戦わなければならないか、そのいずれかである。

 48.どんな戦いにおいてもそうであるように、戦いが激しいところには、自分の持っている全てを注ぎ与えるために、部隊の大部分をそこに送り込まなければならない。またその状況をかなり良く手中に収めているところでは、手綱を少しばかりゆるめることができる。

 49.もし勝利 (triumph) したいなら、少しの 「umph (熱意) 」 を 「try (試し) 」 なさい。

 50.もし戦いがなかったなら、あなたはその勝利を有りがたく思わないであろう!

 51.もしあなたがこの人生において、自分自身と罪と古き自分とを相手にもはや戦わなくてもすむようになる時がやって来るのだ、と考えているとしたら、あなたは間違っている。

 52.もしそれに耐えられないなら、やり抜くことはないであろう!

 53.ある事柄は確かに、より容易になる! もし勝利を得るなら、あなたは大抵の場合、同じ戦いを、繰り返して戦わなくてもすむのである!

 54.私は、戦いを好む! 私は戦いが大好きである!−−何故なら私は、自分が正しい側、つまり勝利の側にいることを知っているからであり、また私には正しい司令官がいて、彼のために生きること、あるいは死ぬことを誇りと、幸福に思っているからである。

 55.あなたがあきらめないで、信じ続け、祈り続けるその一番困難な短い時間に、どんな素晴しい事でも起こり得る。

 56.生きることは、一つの闘争である!−−信仰の人生を生きるには、信仰と勇気と戦いと、多くの真の重労働が必要とされる!

 57.くじけてしまう人々は、まず、その思いの中でくじけるのである。すなわち彼らは、言わば精神的にあるいは霊的にまず断念してしまうのである。

 58.自分たちの敬愛する善のために戦う意志のある、

勇敢で決然とした何人かの兵士を私に与えよ!

まず私に、

勇敢で決然とした10人の兵士を与えよ。

そうすれば私は、

間もなくそれを1万人に増やそう!

 59.立ち上がれ、イエスのために立ち上がれ!

闘いが終わるまでもう長くはない。

今日は闘いの騒ぎがあるが、

明日は勝利の歌が響くであろう。

 60.信仰の人は、

人間とサタンの激しい怒りに戦いを挑む。

しかし、打ち負かされた人々は、

妥協して踏み慣らされた道を歩くであろう。

 61.あなたたちのうなだれた心を喜ばせよ。

天よりの鎧をまとって行進せよ。

戦え、戦いが長く続くと考えてはならない。

何故なら間もなく、勝利の歌が響くのだから。

 62.悪が勝利を収めるためには、善良な人々が何もしないだけでいいのである。

 63.戦うこと。そのためにあなたは軍隊に加わったのである!

 64.良い兵士は、戦い方を−−御言葉の武器の巧みな使い方を−−知っている!

 65.希望は決してあきらめない! 信仰は決して信頼することをやめない。そして愛は、決して敗れない!−−もしあなたが戦い続けるならば!

 66.神は、あなたを行楽地に呼ばれたのではなく、戦場に呼ばれたのである。

 67.攻撃を阻止するための最善の方法は、反撃に出ることである!攻撃は、最大の防御!

 68.私たちは、決戦に従事している。そして勝利は私たちのものである。神をほめたたえよ!

 69.昨日に頼ってはならない! 今日霊感を受けなさい!

 70.攻撃的率先こそ、戦いに勝利するものなのである。

 71.事態が困難になる時、あなたはますます懸命になって戦わなければならない! 行く手が困難になる時、強靭な者が進んで行く。

 72.もしそれが価値あるものであるならば、戦う価値がある。

 73.私たちは、より好戦的になり、より積極果敢になり、より明確になり、攻撃に転じ、攻勢に出て、それに対して直ちに正面から攻撃する必要がある!

 74.勝利を得るにはどうすれば良いのか? ただ戦い続けるだけである!

 75.防御のための戦いに勝利するのは不可能である! 戦争に勝利するためには、攻勢に出なければならない。

 76.決して守勢に回ってはならない!

 77.犬の闘いの場合、犬の大きさは、その犬の内にある闘志の大きさほど重要ではない。

 78.私たちの中のある人たちの問題は、私たちが試みの時に試みるのを止めてしまうということである。

 79.勝利は、私たちがその勝利を更に大きな目的のための一手段として用いない限り、その価値を失ってしまう。

 80.私たちが戦いに勝利を収める時、

悪魔の王国は難儀に陥るが、

私たちが戦わず、私たちの最善を尽くさない時に

悪魔の王国は休息を取ることができるのである。

 81.勝利を得るまでは屈してはならない!

 82.障害物が大きくなればなるほど、それを乗り越えることによって、人はより強くなる。

 83.2、3人の試みる者たちは、馬車一杯の、溜め息をつく者たちに勝る!

 84.戦うべき戦いと、勝利すべき戦争があるので、

あなたは決して降参することのない

兵士となる必要がある!

 85.「 彼らの父の声は、彼らが、戦いに勝利するのを励ますであろう!」

 86.勝利とは、ただ単にゴールラインを歩いて横切ることではない‥‥それは反対勢力との奮闘の末に、ゴールインすることである。

 87.落胆と戦いなさい!−−祈って御言葉を読みなさい!

 88.わが神よ、主の御言葉の武器を取って、主のために戦うのを好み、悪魔を撃ち破るのを楽しみ、自分たちが負けることなど有り得ないということを知っており、勝利を収めるのを好む、戦う者たちを私たちに与え賜え!−−イエスと、彼らの同胞と、真理とのために生き、戦い、そして死ぬのを好む、勝利の英雄たちを!

 89.攻撃の仕方を知っている戦う者たちとなろうではないか!−−私たちに尋ねて来る全ての人に対して、いつでも答えを与えられる準備の出来ている者たちと。すなわち答えるための、ガッツと確信を持っている者たちと!

 90.撃ち返せ、反撃せよ!: 「勿論これが私たちの信じていることです!−−勿論これが私たちの教えることです!−−それは、聖書にかなっており、神より与えられたものです! 私たちはそれを信じ、またそれを実践します。だからあなたは、一体全体何を気にしているのですか?」 −−そうすれば、正直で、偏見のない世界は、吐き気を催させる独善的な偽善者たちの前に退いたり、 後退したりせずに、確信を主張し、信念を固守したあなたたちのガッツを賞賛するであろう!

 91.私は敵の挑戦に驚いてはいないし、また少しもひるんではいない。私は戦いを好む! 私は、神が正しいことを証明するのを好む!

 92.わが神よ、ガッツと積極性を持ち、敵に反撃し、彼らのあげ足を取り、彼らに挑戦し、また彼らを攻め、彼らが間違っていることを証明するための勇気のある人々を私たちに与え賜え!

 93.神が私たちを助け、臆病者たちから私たちを救い出したまわんことを! 戦い方を知り、真理をもって敵に歯向かい、真っ向から攻撃する方法を知っている、勇敢な兵士たちを私たちに与えたまえ! 私のレターの中からあなたたちが引用できるもの、私が恥に思っているものは一つもない。それらの 「秘密の」 レターから、彼らが公然と私たちに攻撃を浴びせる事のできるものの内で、私が、恥と思っているものは一つもない。立ち上がり、それを持って真っ向から彼らに攻撃しなさい!

 94.もしあなたが大胆になる方法を知らないなら、もしあなたが戦う者でないなら、あなたはこの部隊に属すべきではない。ガッツも確信もなく、恥じており、また言うべきことがわからない、女々しく、感傷的で、根性のない臆病者たちは、この部隊には属していない!

 95.あなたは、自分の確信のために喜んで戦う気持ちがなければならない! この革命は臆病者たちによって築かれたのではなかった−−それは敵に戦いを挑んだ、勇敢なつわものたちによって戦われたのである!

 96.敵がやって来て、あなたたちに挑んでくる時には、守勢に回ってはいけない。すなわち退いたり、回避したり、咳ばらいをしたり、息を切らしたり、ぶつぶつ言ったり、どもったり、口ごもったり、どぎまぎしたり、恐れたり、後ずさりしたりし始めてはいけない。彼に攻撃をかけるのである。攻勢に転じるのである。イニシャティブを取って、真っ向から彼にぶっつけるのである!

 97.イニシャティブを取りなさい! 攻撃に転じなさい! 攻撃しなさい! 自分の立場を守ろうと努めることはやめて、攻撃者となりなさい。あなたは、それを守らなくてもよいのである。それをもって彼らに挑みなさい:  彼らが 「あなたたちは、確かにセックスを奨励しているのでしょ。あなたたちは確かにセックスを促進しています!」 と言うなら、けしからん、 「一体セックスのどこが悪いのですか!−−もちろん私たちは、それを奨励している。もちろんそれを促進しています! 神はセックスが好きです。神がそれを造られたのだから! あなたはセックスをしないのですか?−−あなたは、それが好きではないのですか?」と、正面切って彼らに怒鳴りつけてやりなさい。

 98.神御自身の子供たちと、神御自身の人々は、すなわち聖書に出てくる神の偉人たちは、ローマの市民として取り扱われるようにと要求したパウロから、はるかアブラハムとサラにさかのぼるまで、彼らの権利を得るために、幾つかの非常に巧妙な計略や、政治的な策略や、何やかやを用いてきた。だから自分たちの権利のために立ち上がり、当然受け取るべきものを受け取ることについて、非聖書的なこと、あるいは非合法的なことは何一つないのである。

 99.もしあなたが、私のような戦う者であるならば、あなたは戦いを楽しむ。自分が正しいことのために戦っていると知っているなら、その戦いをいやには思わない。あなたは、あなたの強さを示してくれる挑戦やテストを楽しむのである!

 100.私は、悪魔とは取引しない! 私は彼を回りに置いておくことを好まない。だからいつでも私は、何らかの妥協を成立させ、彼と共に暮らすようになるよりは、彼と戦う方を選ぶ!

 101.私たちは、悪魔と悪魔の嘘との戦いに従事している! 私たちは、暴力によらず、武器によらず、神の御言葉によって霊的に戦っている軍隊である。私たちは、真理のために戦っている。そしてあなたは、たとえ殺されても、神の真理のための戦う者とならなければならない!

 102.イエスは革命家だった。イエスは改革者ではなかった。イエスは、イエスの時代の体制を攻撃した。イエスは政府を攻撃されなかった。それは政府が、すなわちローマ政府でさえ神からのものだったからである。しかしイエスは、その時代の偽りの宗教体制と、その唱道者、関係者、およびその指導者たちには、公然とまたあからさまに攻撃をかけられたのである。

 103.私たちは改革者ではない。私たちは革命家である。私たちは古い体制を変えようと努めているのではない。私たちは、神からのものではない体制を始末し、そしてイエスが教えられたものを、また使徒たちが生きていたものに戻りたいと思っているのである。私たちは繕うのではなく、一掃することを望んでいる!

 104.私たちは反抗者、すなわち主のための反抗者、体制に対する反抗者、因習に対する反抗者、因習と伝統主義と儀式主義とに対する反抗者の一軍である。しかし、真理のための反抗者であり、また神の本当のありのままの御言葉のための反抗者であられたイエスのような反抗者たちなのである!

 105.神の、仕事の相当な部分は、新しきを建てるために古きを壊し、偽りの概念、真実でない理念、ぐらぐらする土台、およびイエスが 「あなたたちは、自分たちの伝統によって神のおきてを無にしている」 と言われた、人間の伝統を壊すことでなければならない。

 106.私たちは、世界大の戦争に従事している!−−政治的な左翼の側に立ってでもなく、政治的な右翼の側に立ってでもない。そうではなくて、真に正しい唯一の方の側に立っているのである。そしてそれは神である! それははるかに大きな戦いであり、私たちにははるかに大きな敵がいる!

 107.主と主の御使たちとあなたたちは、悪魔や彼の悪鬼共よりもはるかに力強い! サタンでさえ、イエスの御名において下されるあなたたちの命令には従わなければならないのである! 彼は、例のごとくしばらくの間はあなたたちに対抗して戦うかもしれないが、しかし遅かれ早かれ、彼は屈伏しなければならなくなるのである。

 108.イエスを持つ私たちは、サタンよりも、多くの力を持っている! 私たちは悪鬼共よりも多くの力を持っている。何故なら私たちには、神の力と神の愛の力があるからである! 「イエスの御名に対して、あらゆるものが膝をかがめるであろう!」 (ピリピ2:10)

 109.あなたは祈りの内に絶えず自分自身に洗礼を授け、御言葉の内に自分自身を浸し、暗記し、そして絶えず悪魔と自分自身とに対してそれを引用しなければならない。あなたは、敵に対して攻撃的な戦いを行わなければならないのである!

 110.サタンよ、イエスの御名によって、私たちはお前とお前の全ての力とお前の使いと邪悪な霊どもを叱責する。私たちを取り巻き、彼らが私たちに対して解き放つ地獄の全ての権威に抗してくれる、あなたの偉大な力強い軍隊を主よ感謝します。彼ら全員を対処するには、御使一人で十分なのです! 主の使いは、主を恐れる者のまわりに陣をしいて、彼らを救い出してくれます。主よ、あなたの全ての慈愛と憐れみとを感謝します。私たちが、あなたの保護の超自然的な力の輪の中で、あなたの近くにとどまるのを助けたまえ。イエスの御名によって!

 111.悪魔を叱責する時、それを穏やかにしたりはしない。怒りを抱き、事実上怒鳴り、大声を張り上げ、呪い、また、彼に向かってわめき散らすのである。あなたたちは、御霊においてそれほども怒るのである! (エペソ4:26,27) 

 112.私たちからあなたたちや子供たちを奪い取るためには、彼らはまず私を殺さなければならなくなるだろう。 それは、 私を殺さない限り、彼らにできることではない!

 113.それはちょうど交戦中の二人の将軍のようなものである: 普通は、神が率先して事を行なわれるので、悪魔は神がすでに行動を起こした後でないと行動することができない。悪魔には、神がしようとしておられる事がわからないからである。時折悪魔は、いっぱい食わせようと努めて、先に行動するが、彼がそれをする時は、普通いつでも誤った処置を講じ、誤った事を行うのである。そしてそれは、文字通り彼の首をくくり、彼をつまづかせ、また彼を暴露してしまうのである。

 114.私は必ずしも常に寛容と愛ばかりではない!−−神もまた、単に愛であるばかりでなく、御言葉は悪しき者たちに対しては、神はまた焼き尽くす火でもある、と言っている! イエスは必ずしも常に平和をもたらされるとは限らない。人々がイエスを拒む時には、イエスはしばしば剣をもたらされるのである。

 115.私は、反撃する事を信じている。私は御言葉と宣伝と、また私たちの回答を世間に知らせる何らかの合法的な抗議によって逆襲する事を信じている。しかしそれを、決して実際の裁判沙汰にしてはいけない。体制は、あらゆるものを自分たちに有利なように操っているからである!

 116.私はプロパガンダによって言い返す事を信じている。私は御言葉と真理を持って、悪魔の嘘に言い返すことを信じている。私は、彼らが嘘つきであること、また彼らの正体を暴露するために、別れ際で敵を激しく避難することを信じている。

 117.「 あなたがたの父は、何という闘志を持っていることか。またあなたがたの父は、その子供たちのために何という素晴しい愛を持っていることか。あなたがたの父ダビデは、真理のために戦う事が大好きである!」

 118.私は、避けることができるなら、戦いを避けようと努めてきた。しかし戦いを避けるのが不可能であった場合には、決して戦いから後へ退いたことはなかった。

 119.これは戦争である! もしあなたが自分の命を喜んで危険にさらす気持ちを持っていないなら、あなたは止めてしまった方がよいだろう! 敵が攻撃してくるなら、自分の穴の中にこそこそと入り込んでしまう代わりに、たとえあなたがその過程において死ななければならないとしても、全面的な戦いを挑んで、彼に真っ向から攻撃するべきである。私はどうしても臆病者には我慢がならない! しかし必要以上にその場にとどまり、最後の最後まで徹底してそれを戦おうとすることをも信じてはいない! あなたたちは市当局をやっつけることはできない。それ自身を守るために意図された、それ自身の武器を持つ体制はなおさらである。

 120.敵の全ての攻撃は、ただ真理のための、より大きな宣伝に帰結するのであり、真理に従おうとする者たちに、さらに多くの人々を増し加えてくれる。

 121.敵が砲撃を行っている時、私たちは私たち自身を不必要にその砲撃にさらすようなことはしないで、しばらくの間は、自分たちのざん壕や、防空壕にとどまっていた方が良い時があるのだ。事態が緊迫している時にこそ、あなたたちは特に注意と祈りとを込め、賢くあらねばならないのである。

 122.最善の防御は、攻撃であり、またそれは危険なことではあるが、逆襲することである。どの人間の軍隊においても、何らかの攻撃をすることは危険なことである。積極果敢になり、攻勢に転じ、攻撃に出る時には、数人の負傷兵が出るのはやむを得ないが、戦争に勝利するにはそれしか方法がないのである。守勢の戦いを戦うことによって、戦争に勝利することはない。

 123.主よ、私たちの確信のために立ち上がり、そして主よ、あなたの御言葉と真理を擁護するための勇気を私たちに与えて下さい。悪魔の取るに足らない嘘の故に、私たちがわざと力を抜いて撃つことのないように助けて下さい。私たち全員が引き続き、忠実で勤勉な者となり、悪しき者の悪い策略を用心するのを助けて下さい。私たちが、彼の罠のいずれにも捕らえられてしまうことがないように。すなわち、慎重に行動し、敵と彼の策略を用心し、また注意するのを助けて下さい。主よ、私たちが真理を恐れることがないように、すなわちあなたの子供たちに真理を告げ、さらには世界に真理を告げるのを恐れることがないように助けて下さい。

 124.退去することによって勝利することはない。攻撃すれば勝利する。

 125.敵が攻撃してくる時、それは私たちを本当に油断のない活気のある状態に置き、主の近くにたち帰らせ、祈らせ、また働かせ、反撃させ、そして私たちを霊的に回復させてくれる。そしてまた私たちが自らを奮い立たせたり、戦ったり、あるいは一生懸命になって働いたりしなくてもすむような、万事があまりにも順調で、容易に進んでいる時に起こるあの怠惰な無気力を取り除いてくれる。

 126.敵が、あまりにもやかましく金切り声をあげ始める時にすべき最善の事は、彼の行く手に立ちはだからないようにすることである。金切り声は、あなたたちにそう多くの害を与えることはないが、彼らが強要し、また圧迫を加え始める時には、邪魔にならないようにどくべき時である。

 127.迫害を受けている時にすべき最善のことは、中止してしまうことであり、あなたがもう中止してしまって、立ち去り、いなくなっていること、また彼らの邪魔をしていないことを彼らに知らせてやるのである。そうすれば彼らは、あなたたちにちょっかいを出すことをやめるであろう。悪魔が狙っているのはそれなのである。つまり彼は、あなたたちを追い払いたいのである。

 128.状況が過熱している時には、身を伏せて、隠れていなさい。そして状況が平静に戻り、人々がその事を忘れてしまい、他の物事に興味を持っている時、そして見つからずにそれをやりおおすことができる場合には、あなたたちは時々、ひそかに、こっそりと戻ってきて、ふたたびそれを少し行うことができる。

 129.学校で私は、私の信仰のための戦士であった! 私はしばしば自分の信仰のために立ち上がり、教えられていたことに反論し、教師や、教科書や、何でも神の御言葉に反しているものに反論したものだった。

 130.あなたが敵を攻撃する時、敵は反撃しようとする。それでももしあなたが大きな信仰をもって彼を攻撃するなら、すなわちもし敵に立ち向かうなら、神の御言葉は 「彼は、あなたがたから逃げ去る」 であろう、と告げている。それは、彼が逃げ去る前に、あなたたちが少しの戦いもしないということではない。彼は、少しは戦ってくるかもしれないが、もしあなたが戦い続けるなら、彼はそれに耐えられず、向きを変えて逃げ去るのである。敵が洪水のように襲ってくる時、神の御霊は彼に対抗して旗を挙げるであろう。

 131.戦って逃げ去る者は、別の日に戦うために生きる者である。

 132.慎重は、時として勇気の大半である。( 君子危うきに近寄らず)

 133.あまりにも早まって船をあきらめてはならない。早まって救出されてはならない。また実際に追い出されてもいないのに、ただ威されるだけで追い出されてはならない。悪魔が威して追い払おうとして、ただブーと言うだけで、ある人たちは逃げ出してしまう。

 134.私たちは悪人ではなく、また何も悪いことはしていないが、別の日に戦うために生きていられるように、時には逃げ去った方が良いことがある。

 135.不必要な悶着を避けるために、イエスやイエスの弟子たちが実際に身を隠された時もあった。しかし、彼らが立ち上がって、羊たちを、特に真理の敵共による言葉の攻撃から守ってやらなければならない時もあったのである。彼らは普通、宗教的なパリサイ人たちとの接触を避けようと努めた。しかし毒蛇共が羊たちを混乱させてしまうほどに、彼らにちょっかいを出し続けた時には、イエスは彼らに対してとても激しく攻撃を加えられたのであり、彼らの嘘に反駁されたのである。そして彼らは、それにひどく腹を立てて、イエスを殺したいと思ったのである。このような場合には、イエスは身を隠そうとはされなかった。すなわちイエスは、信仰と羊たちのために真剣に戦われたのである。

 136.悪魔の 「ノー」 を答えとして受け取ってはいけない。あなたが完全に悪魔を打ち負かすまで押し進みなさい!

 137.敵は、あなたたちが塹壕から攻撃に転ずる時、常に発砲を開始してくる。それはあなたたちが、彼の急所を攻撃し、何かを達成していることの証拠である。それはあなたたちが、向きを変えて逃げ去るべきだという意味ではなく、戦うことが不可能になるまで、ますます激しく戦い続けるべきだという意味なのである。

 138.全ての怒りが罪であるわけではなく、使徒パウロは、彼の読者たちに 「怒ることがあっても罪を犯してはならない。」 と言っている。全く完全に怒ることができなかったら、世の間違いや圧迫に対して全く反目しないことになってしまう。

 139.決して絶望してはいけない。しかしもしすることがあれば、絶望をものともせず戦い続けよ。

 140.あなたは、御霊におけるあなたの父の力を理解しないのか?私には、地獄の全ての悪霊共とサタンと、邪悪な者の全ての陰謀に勝る力がある! 彼らは、あなたの父ダビデの、悪に対する勝利を祝っているのである! ああ、私とイエスよりも大いなる力はない!

 141.一度戦いに従事してしまったなら、その時にはもう、腰を降ろして代価を計算するには遅すぎる。勝つか負けるか、そのどちらかでなければならない。そして私は、本当に打ち負かされたのでない限り、ただ退却することによって負けてしまうのは嫌である。一度戦いに参加し、これらのミニストリーに従事したなら、あなたは彼らから追い払われるまで、また彼らの考え方では、あなたを始末してしまい、その戦いに勝利を収めたと思われる時まで、戦い続けなければならないくらいである。

 142.私たちの全般的な方針とは、悪魔が威しをかけ、私たちの敵共が私たちを暴露しはじめ、私たちの悪い評判が世間に知れ渡り始める時の、2、3の噂や広報ぐらいでそのままおじけづいてしまうことではなく、そのまま前進を続けることであり、時には、その悪い評判をも利用して、さらに激しい、最後の必死の大攻撃を加えることである。

 143.打ち負かされてもいない内から後退してしまうなら、どうしても敗北を認めざるを得ない。ただ悪魔が威しをかけたからというだけで、どうして敗北を認め、降参し、退却するのか? あなたは、実際に阻止される時まで、戦いを続けなければならないほどである。

 144.「 あなたたちは、進み行き、進軍して、主の命令で人々の心を征服しなければならない。あなたたちは従わなければならない。何故ならあなたたちが入って行って、御国を所有するのは、神の御心だからである。今日はあなたたちの日である。世界はあなたたちに対して与えられているからである。」

 145.あなたは好戦的でなければならない。積極的でなければならない。すなわちただ単に、無抵抗に耐え忍ぶのではなく、立ち上がって悪魔と戦わなければならない!

 146.もしあなたが、戦う者であるならば、時には平静を失い、悪魔に対して腹を立て、彼に真っ向から攻撃をかけなければならない。

 (No.K,33,99,168,171,303,551,585R,586,597,678,727,

857,980,1375,1376,1379,1401,1420,1425,1432,1454も参照。)

 

 

 147.サムエル記下22:35,36 主は、わたしの手を戦いにならされたので、わたしの腕は青銅の弓を折ることができる。あなたは、その救いの盾をわたしに与え、あなたの温和さは、わたしを大いなる者とされた。

 148.詩篇144:1 わが岩なる主は、ほむべきかな。主はいくさすることをわが手に教え、戦うことをわが指に教えられます。

 149.マタイ16:19 わたしは、あなたに天国の鍵を授けよう。そしてあなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは、天でも解かれるであろう。

 150.ヨハネ18:36 イエスは答えられた、「わたしの国は、この世のものではない。もしわたしの国が、この世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない。」

 151.Uコリント2:14 しかるに神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちを通してキリストを知る知識の香りを至る所に放って下さるのである。

 152.Uコリント10:3-5  わたしたちは肉にあって歩いているが、肉に従って戦っているのではない。 (わたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには、 要塞をも破壊するほどの力あるものである。) わたしたちは、様々な策略を破り、神の知識に逆らって立てられた、あらゆる障害物を打ち壊し、すべての思いを虜にして、キリストに服従させる。

 153.エペソ6:10,11 わたしの兄弟たちよ。最後に言う。主にあってその力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の全武具で身を固めなさい。

 154.Tテサロニケ5:8 しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当てを身に付け、救いの望みのかぶとをかぶってつつしんでいよう。

 155.Tテモテ1:18 わたしの子テモテよ、以前あなたに対して成された数々の預言の言葉にしたがってこの命令を与える。あなたは、これらの言葉に励まされて、力ある戦いを立派に戦い抜きなさい。

 156.Tテモテ6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜いて、永遠の命を獲得しなさい。あなたはそのために召され、多くの証人の前で立派な証しをしたのである。

 157.Uテモテ2:3 キリスト・イエスの良い兵卒として、困難を耐え忍びなさい。

 158.ユダ3 聖徒たちによって一度伝えられた信仰のために、熱心に戦うべきである。

 159.黙示録12:11 兄弟たちは、小羊の血と彼らの証しの言葉とによって、彼に打ち勝ち、死に至るまでもその命を惜しまなかった。