9月9日    #253

 

「わたしが好むのは憐れみであって、いけにえではない。」

とイエスは言われた。(マタイ9章13節)

 

  言いかえれば、イエスは、「わたしが見たいのは、あなたが他の人を愛することであって、ただ単に義務的に律法を守って、いけにえを捧げ、自分の義務を行なうことではない。わたしは、あなたがそれほども独善的になるよりは、むしろ誰かに愛を与えるのを見たいものである。」と言われたのです。

  酒飲みや売春婦や取税人や罪びと達は、愛と憐れみを求めてイエスのもとに来ました。イエスは、そのような人達に対して、優しく親切で、彼らを許し、彼らに希望と愛と力を与えられました! しかし、「完全になれ、さもなければ地獄に行け」と彼らに言った、厳格で、きつく、独善的で、強情で、人を許さず、批判的で、人を非難する宗教指導者たちの所へは彼らは行かなかったのです! 彼らは、愛と、憐れみと、許しと、励ましと、忍耐を求めて、イエスのもとに来たのでした!

  愛は、数限りない罪におおいをかけてくれます!(第一ペテロ4章8節) けれども、自分は決して過ちを犯さないと思うほど独善的な人もいます! しかし、もしあなたが、自分自身がどれほど憐れみを必要としているのかに気づくなら、あなたは他の人達に対してもっと憐れみ深くなれるでしょう。私達がどれほどの罪びとであり、今までにどれほど多くの過ちを犯してきたのかを絶えず思い出すことは、私達が謙虚な心を忘れないための大きな助けとなります。また、私達が独善的で高慢になり、他の人々を批判したり、厳しく非難することのないように助けてくれるのです。自分が、どんなに他の人からの許しや憐れみを必要としているかに気づくなら、憐れみをもって、他の人を許せるようになります。だから憐れみ深くなりなさい! アァメン?