忘れられないクリスマス
目 次
・吹雪の中の声
・クリスマスの祈り
・ケントのふしぎな旅
・クロースじいさんの涙
吹雪の中の声
まず、自己紹介から始めましょう。私は、エリザベス・ブラウンといいます。みなさんにぜひ、このクリスマスの奇跡のお話を聞いていただきたくて…。私たちは、スコットランド北部の小さな村に住んでいました。美しく目を見張るような山や谷、深い森、色とりどりの花に囲まれ、それはそれはすばらしい場所でした。主人のロバートは鍛冶屋で、そのあたりの馬のてい鉄は全部主人が作ったものです。私と言えば、妻そして母として、いそがしい毎日を過ごしていました。私たちには四人の子供がいます。ロブ、メリー、アリス、そして一番下のアンドリューです。
アンドリューは私たちにとって、特別な子供でした。一番、世話がかかりましたが、とりわけやさしい子でした。あの子がおなかにいた時、私はずっと気分がすぐれませんでした。そのせいでしょうか、あの子は生まれつき耳が聞こえません。音のない世界にいるのです。たいそうおとなしい子で、私たちは神様からの贈り物として、大事に育てました。それでも、よく心配したものです。ちょっと目をはなしたすきにケガをしてしまうのではないかと思って…。ちゃんと見ていても、危険が迫った時に、それを伝えるすべがないのですから。注意しても、私の声が聞こえません。そこで、私はアンドリューから目をはなさないようにし、上の子供たちにもそう教えました。
上の三人の子は、近くの村の学校に通っていました。けれども、アンドリューは私が教えました。話し方を教える方法を知らなかったので、それはできませんでしたが、何とか読み書きを教えることはできました。5才の頃には、紙とペンを使って、かなり会話ができるようになりました。もちろん、身ぶり手ぶりでの会話は前からしていました。あの子は本当に忍耐のある子です。そして、私や主人、兄や姉も、忍耐を持つことを学びました。
夫のロバートは鍛冶屋でしたが、動物、特に馬について、世話の仕方や病気の時にはどうするかなどよく知っていました。もうすぐクリスマスというある日、近くの村の友人が、馬が病気なので、ロバートに見に来てほしいと頼みに来ました。他にも手伝ってほしいことがあるようでした。ここらへんの住民にとっては、家畜の病気やケガは大変なことです。動物なしでは、仕事もできないし、どこにも行けません。
ロバートがいない間、まれに見るほどの寒さとひどい吹雪に見まわれました。スコットランド北部の高地ではよくこうなるのですが、今回は今まででも最悪の吹雪になりそうでした。私たちはみな、ストーブのわきにある、まきを入れる箱が空になって、裏庭の小屋に取りに行く以外は、家から一歩も出ませんでした。ロバートが行ってから二日ほどで、その小屋のまきはほとんど底をついてしまいました。私はだんだん不安になりました。
(まきがなければ、こごえてしまう)
神様に感謝することに、この夏は畑の収穫にめぐまれ、たくさんビンづめができたし、ロバートは狩りに出て、家族全員がひと冬こすのに十分な肉の塩づけを作ってくれました。だから、食べ物はありますが、まきが必要です。
もうクリスマスイブも間近だというのに、三日たっても吹雪はやまず、ロバートも戻ってきませんでした。それで、ついに私たちは外に出て木を切ることにしました。そうでもしないなら、こごえ死んでしまいますから。長男のロブは、近くの森に行って、まきにする木を切ってくると言いました。もう15才で、一人前と言えばそうなんですが、つい心配になって、私も一緒に行くことにしました。メリーとアリスはまだ小さな子供でした。当然アンドリューのことも気になりましたが、家に残して行くよりも、全員一緒に連れていく方がいいと思いました。
私たちはしっかり厚着をして、ブーツをはき、近くの森へと歩き始めました。ロブは片手に父親の斧、もう片方の手で大きなソリを引っぱりながら歩きました。子供たちは外に出られたことがうれしくてたまらず、はしゃぎながら、木の間を追いかけっこやかくれんぼをしながら走り回りました。ロブは木を切り、私は子供たちが遠くに行かないよう横目で見ながら、切った木をソリにつみました。
すると突然、突風が吹いたかと思うと急に吹雪になり、一寸先も見えないほどになりました! 吹雪はこのあたりではめずらしいことではありません。でも、吹雪の時には、私はたいてい家の中にいて、子供たちも一緒です。
「メリー! アリス!」
声を限りにさけびましたが、強い風の音で自分の声も聞こえないほどです。ロブが風に押されてよろめきながらやってきて、私達はしっかりだき合いました。もう一歩も動けません。娘たちの名前を何度もよびましたが、一番心配したのはアンドリューのことです。耳が聞こえないので、アンドリューには私がいる方角がわからないのです。森の中では簡単にまよってしまいます。このあたりは崖や谷間が多いし、この吹雪では、子供に何が起こるかわかりません。
私は、三人の子供がみな一緒にいることを願いました。けれども、母親の勘でしょうか。みんな、バラバラだという気がしました。何度も何度も子供たちの名前をよびました。私にとっては何時間もたったような気がしましたが、何十分かして、かすかな声が聞こえました。目をこらすと、木と吹雪の間から娘が、一人また一人と出てきます。でも、アンドリューはいません! 娘たちは遊んでいる間にアンドリューから目をはなしてしまい、私の声を聞いて、何とかこちらの方に歩いてきたのです。と中でアンドリューが見つかることを必死に願っていましたが、見当たらなかったそうです。
私たちはだき合いながら、吹雪が少しおさまるのを待ちました。待っている間、アンドリューのことが気がかりで、気もくるわんばかりでした!
「お母さん」
アリスが突然、こう言いました。
「アンドリューが無事で、私たちのところまでもどってくるよう、神さまにお願いしましょう」
心配で心配でたまらなかった私は、今まで祈ることさえできず、子供のアリスの信仰に自分がはずかしくなりました。アリスは、アンドリューを守って下さい、すぐに見つかるよう助けて下さい、と神さまにお願いしました。
視界が少し良くなると、私たちはアンドリューを見つけようと、森の中へ歩いていきました。もうすぐ日がくれます。暗くなれば、私たちまで森でまようことになります。もう家に帰るしかありません。風で火が消えないよう祈りながら、たいまつを持って、もう一度探しに出かけることもできますが…。
雪はふり続き、まだよく前が見えませんでしたが、何とかソリとまきを見つけて家に帰れました。ロブは吹雪がひどくなる前に、小屋にまきを下ろしに行きました。
娘と私は、暖炉の火を起こしました。すると、急いで走ってくる足音が聞こえます。一体どうしたのかと思ってふり向くと、思わず目をうたがってしまいました! ドアのところでロブが、何とアンドリューをかかえて立っているではありませんか。
私は胸がいっぱいで何も言えませんでした。アンドリューもきっと何か言いたかったと思いますが、もちろん話せるはずがありません。私はアンドリューをかかえて、ソファーにすわりました。私たちはしばらくずっとそのままだき合っていました。永遠に私の手からはなれてしまったと思ったアンドリューが、無事にもどってきて、再び私の腕の中にいるという喜びと感謝の気持ちで、涙が後から後からとめどもなく流れました。
ようやく暖炉の火が勢いづくと、メリーがミルクを温めてくれました。息子に一体何が起こったのか、またあんなにひどい吹雪の中でどうやって私たちとほぼ同時に家に戻ることができたのか、私は聞き出したくてたまりませんでした。紙とペンをわたすと、アンドリューは少しの言葉と簡単な絵を書きながら、何が起こったかを説明してくれました。その絵から、自分が姉たちと遊んでいたこと、姉たちをおどろかそうと、木のかげにかくれていたことがわかりました。あの子はいつも、そうやって人をびっくりさせるのが大好きなんです。その時、吹雪がおそいました。アンドリューはただそこにしゃがみこみ、その二本の木の間でじっとしていたのでした。
「かしこい子だわ」と、私は思いました。だって、私のところに来ようとそこから動いていたなら、あのひどい雪の中、一体どうなっていたかわかりません。でも、どうやって家までもどれたのかしら?
アンドリューはニコッとほほえみ、何かの動作を始めました。もちろん、私にはそれが何を意味するかわかりましたが、最初は、信じることができなくて、もう一度、説明するようにアンドリューに言いました。その返事に、ロブと私はびっくりして顔を見合わせました。
身ぶり手ぶりで、アンドリューはこのように説明したのです。
「だれか男の人の声が聞こえたんだ。『アンドリュー』とよぶ声が! 声がする方に歩いていったけど、だれもいなかった。すると、『アンドリュー、こっち。こっちだよ。さあ、家に帰ろう』という声が聞こえた。そっちの方へ歩いていったんだけど、やっぱり、だれもいないんだ。また声がして、ずっと声の方に歩いていった。そんなことが5、6回ぐらいあって、そうしたら、家に着いていたんだよ」
これは本当に違いないと私達は思いました。そうでもなければ、おさない子供がどうやって一人で家に帰って来れるでしょう。それが何だったのか私にはわかりませんが、神さまは天使の声を送って下さり、奇跡によって、耳が聞こえないはずのアンドリューはその声を聞くことができたのでした。そして、家までもどれたのです。
よく日、ロバートが帰って来ました。そして、私たちは最高のクリスマスを祝ったのでした。
私たちはなんと祝福されているのでしょう。クリスマスを造られた神さまが私たちを守り、みちびかれているのです。クリスマス、それは、希望と愛の時、信仰と信頼の時、目に見えないものを信じる時、奇跡が起こる時、天使が歌う時、そして耳の聞こえない者が天使の声を聞く時です。
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クリスマスの祈り
12月です。ウィルコット家に、またあのいそがしい時期がやってきました。クリスチャンのウィルコット夫婦と7才になる娘のケイトは、熱心にクリスマスのかざりつけを始めました。
「ママ、クリスマスの時に、スージーを家によんでもいい?」
「ケイト、前にも話したでしょう。スージーのお家のことはあまり知らないし、お母さんは重い病気だから、あまりそばに行かないほうがいいわ。クリスマスには、一緒に何かしましょう。パパやママがクリスマスに仕事で出かけないですむといいけど。でも、もしそうなったら、おとなりのリンダが、あなたと一緒にいてくれるって言っていたわ」
ケイトは少しがっかりです。ケイトのパパは近くの大きな病院の外科医で、ママは事務室長をしています。
(クリスマスだというのに、どうしてパパとママはいそがしいのかしら? いつもこうなんだから!)
そう考えながら、ケイトはぬり絵の続きをしました。
ケイトのお父さんとお母さんは、ケイトが小さい頃から神さまや祈りを信じるよう教えてきました。けれども、ケイトが大きくなるにつれ、仕事で家をはなれることが多くなり、神さまについて話すことも少なくなりました。実際、神さまのことだけでなく、話すこと自体少なくなり、家族だんらんの時は、ほとんどなくなってしまいました。
その夜、ケイトはクリスマスプレゼントは何だろう、と考えていました。あと6日でクリスマスイブです。
(ママはもうプレゼントを買ってしまったかもしれないわ。私をびっくりさせたいと思っているだろうから、どこにプレゼントをかくしたか、探すのはやめておこうっと)
パジャマに着がえながら、また別の思いがケイトの心にうかびました。
(私は毎年、ステキなプレゼントをもらうのに、どうしてスージーは何ももらわないのかしら?)
ベッドの上でひざをかかえてすわりながら、ケイトはこう思いました。
(今年は、スージーもステキなプレゼントをもらえたらいいのに!)
そう思いながら、横になったケイトはすやすやと眠りにつきました。
翌朝、鳥のさえずりでケイトはいつもより早く目がさめました。あくびをしながらそのまま横になっていると、さっき見た夢を思い出しました。夢の中で、ケイトはママにひざ枕をしてもらいながら、本を読んでいました。
(ヘンね。あの本のことは、ずっと考えたことがなかったのに!)
ケイトは毛布をけって、ベッドから飛び起きました。クローゼットに行くと、一番上の棚にあった箱を取り出しました。
(あの本はどこにあったかしら?…ああ、ここだわ!)
ほこりを払いながら、本を取り出しました。楽しかった思い出が次々にうかびます。
ケイトは、パパとママと暖炉のそばですごした、楽しい夜のひとときを思い出しました。パパとママは毎晩、この聖書物語の本を読んでくれたのでした。ページをめくりながら、ケイトはほほえみました。一つ一つの絵を見るたびに、すてきな気分や特別な思い出、また最初に物語を聞いた時の興奮がよみがえります。
ケイトは床にすわって、こう考えました。
(前はいつも、ねる前に祈ったわ。パパとママはおやすみの祈りを教えてくれて、それからおふとんをかけてくれた。でも今はもう一緒に祈ってない。私がねる時間に、パパやママはまだ仕事からもどっていないもの)
ケイトがページをめくっていると、子供たちにかこまれたイエス様の絵に目がとまりました。その下には、聖書の言葉が書かれています。「わたしに求めなさい。そうすれば、心の願いをかなえてあげよう」
(ふーん。いつかパパは、助けてくれる人がだれもいないなら、イエス様にたのみなさいって言ったわ。そうすれば、助けて下さるって。そうだ…やってみよう!)
ケイトは本をベッドの横のテーブルに置くと、急いで着がえました。髪もとかし、ベッドも整え、部屋を片づけました。さあ、準備完了です。
ケイトはひざまずき、祈りました。
「イエス様、聖書物語の本の夢を見せてくれてありがとう。あの本が見つかってうれしいです。だから、イエス様とお話ししたくなりました。クリスマスの計画を聞いて下さい。私にはスージーという友達がいます。スージーのママは病気です。パパは仕事であまり家にいません。スージーにはおもちゃとか、きれいな服とかそんなにありません。今年は、スージーもプレゼントをもらえるといいな、と思います。それで、特別なお願いがあるんです。でも…」
あとの祈りは、だれも聞き取れないほど小さな声でささやきました。
「…聞いてくれて、ありがとうございます。それじゃあ、アァメン!」
ケイトは、イエス様が祈りを聞いて下さったことを望みながら、ゆっくりと立ち上がりました。それからスキップしながら、キッチンに行って、家政婦のジュリアが作ってくれたワッフルを食べ、ホットチョコレートを飲みました。
数日後、待ちに待った日が来ました。クリスマスの朝です。木や道路につもったばかりの雪が、太陽の光できらきら輝いています。ケイトは急いで、一階の暖炉の前に行きました。そこには、プレゼントが入っている大きな長くつ下がかかっているのです。
(どれが私のかしら?)
まよっていると、キッチンから、パパとママがコーヒーカップを片手にやってきました。
「おはよう、ケイト! メリー・クリスマス! こっちに来て、パパとママにキスして!」
「メリー・クリスマス!」と言うと、ケイトの目はまた、ソックスのほうへと向きました。
「もちろん、いいわよ。見てきてごらん」
「わあー、ありがとう!」
ケイトは暖炉に走りより、どのソックスに自分の名前が書いてあるか、探しました。二番目にのぞいたソックスがケイトのものです。ケイトはパパとママのソックスを取ると、それぞれにわたしました。
「あけてみて! ほら、早く! あけてみて!」
うれしそうに、ケイトが言います。
ケイトは床にすわって、ソックスからプレゼントを取り出しました。中に入っていたおもちゃやお菓子などを取り出すと、今度はクリスマスツリーの下に置かれたプレゼントをあける番です。
パパが言いました。
「さあ、今度はクリスマスツリーのところにあるプレゼントだ! 何か見てごらん」
プレゼントがぎっしりつまったソックスをかかえて、ケイトはツリーの方に行きました。その目は興奮で輝いています。そして、プレゼントを一つ一つ手に取って、名前を読み上げました。
「これはパパ…これはママの! ああ、これは私のね!」
そう言いながら、ケイトはプレゼントをあけました。
あっと言う間に30分がすぎました。流れていたクリスマスキャロルも、耳に入りません。自分のプレゼントをあけたり、パパやママのプレゼントをあけるのに大忙しだったのです。
ついに、プレゼントが全部あけられ、ケイトはパパとママにキスをして、ありがとうと言いました。美しくかざられたクリスマスツリーの前にすわりながら、ふと、スージーも、何かプレゼントをもらったかしら、と考えました。
「さあ、出かけよう! 一緒にクリスマスを過ごすんだ!」と、パパが言いました。「コートをもってきなさい。出かけるよ!」
その時、電話がなり、ママが電話を取りにキッチンに行きました。ケイトがプレゼントを自分の部屋にもっていき、コートを着て、下におりてくると、パパもママも心配そうに話しています。
「どうしたの、パパ?」
「ケイト、ごめんよ。急な用事ができて、パパもママも二人とも病院に行かなければならないんだ。何時間か、かかるかもしれない」
ケイトの顔がみるみる沈んでいきます。
「ケイト、がっかりだろうね。でもすぐに帰ってくるよ。そしたら、夜には一緒にクリスマスのディナーを食べよう。いいかい?」
そう言いながら、パパとママはあわただしく玄関に向かいました。
「ジュリアはお休みだから、リンダに来てくれるようお願いしたわ。何かあったら、リンダに言ってね。ほら、もう来てくれたわよ」
「待って!」
車の窓をトントンとたたきながら、ケイトがさけびました。何やら考えがあるようです。
「前にも話したんだけど…今日は一人でお留守番だから…スージーを家によんでもいい? 一時間だけ。家によべないなら、一緒に公園で遊んでもいいかしら?」
考えている余裕はないので、パパが最初にこう言いました。
「いいよ、ケイト。クリスマスだからね」
「公園で一時間も遊ぶのは寒いから、家によんでもいいわよ」と、ママが言いました。
「わかったわ! ありがとう!」
ケイトは元気がわいてきました。せめて、同じ年ごろの子と遊べるのですから。ケイトは家に戻ってブーツをはくと、スージーの家に向かいました。
スージーとお母さんのエルシーは、ケイトの家から少しはなれた所にある、小さくて古い家に住んでいました。スージーのお父さんは、今年もクリスマスに家に帰って来られません。不景気で今まで働いていた工場を首になって以来、別の市に働きに行かなくてはならなくなったのです。スージーのお母さんは病気で、いつも横になっていました。
一人っ子のケイトはスージーと遊びたいとよく思いましたが、パパとママは許してくれませんでした。スージーのお母さんのそばに行ってほしくなかったのです。病気だからというのがその理由でしたが、うつる病気ではありませんでした。ケイトは、スージーの家がとても貧しいせいではないかと思いました。
外でリンダが友達とおしゃべりしている間、ケイトがベルをならして、しばらく待ちました。スージーのお母さんが出るまで、いつも長い時間がかかるのです。
「私の家でスージーと一緒に遊んでもいいですか? パパとママはお仕事だけど、リンダがいます」
お母さんはほほえんで、スージーをよびに行きました。
「あら、ケイト! さあ中に入って。来てくれてうれしいわ!」
「おじゃまします!」
スージーの家は、ケイトのとはまるで違っていました。家具も古く、クリスマスツリーも貧弱です。それでも、スージーとお母さんのおだやかで幸せな雰囲気が部屋を明るくしているようでした。
スージーとケイトは同い年で、良い遊び友達でした。ケイトは、プレゼントはあるかしらと部屋を見渡しましたが、それらしきものは見当たりません。
(スージーはプレゼントをもらったのかしら?)
ケイトは思いました。
「私の家で遊ばない?」
「いいわよ! 行きましょう! 家まで競走よ!」
あっと言う間に、二人はケイトの家に着きました。そして時間がたつのも忘れて、楽しい二時間を過ごしました。リンダは音楽を聞きながら、買ったばかりの本を読んでいます。書斎の時計が鳴りました。
「まあ、パパとママが帰って来るわ。もう遊ぶのをやめなくちゃ。家まで送っていくわ」
ケイトが言いました。
「来てくれてありがとう。とても楽しかったわ」
「私もとても楽しかったわ。あなたはスーパー・フレンドよ」
スージーがほほえみました。
スージーの家に入ると、お母さんがよびました。
「スージー、こっちに来て」
スージーはお母さんの部屋に入り、ケイトとリンダは廊下で待っていました。二人の話し声がかすかに聞こえます。それから、スージーは大きな箱をかかえて部屋から出てきました。
「何それ?」
ケイトが聞きました。
「わからないわ。私たちがいない間に、玄関のベルがなったんだって。起きあがるのに少し時間がかかったんだけど、お母さんがやっと玄関に行くと、だれもいなくて、箱だけおいてあったの。中にクリスマスプレゼントが入ってるのよ! 見て! 全部、きれいにつつんであるでしょう。私の名前のもあるし、お母さんやお父さんのもあるわ!」
ケイトはうれしくって、思わず走り出したい気分でした。スージーもうれしさのあまり飛びはねています。
「すごいわ! 今年はお金がなかったので、クリスマスはプレゼントなしかと思っていたの。きのうの夜、神さまに祈った時に、プレゼントはなくても、私にはお母さんやお父さんがいることを感謝します、って言ったの。でも、今日になって、神さまはこんなにすてきなプレゼントを送って下さったわ!」
「すごいわね。本当によかったわ!」
ケイトも大喜びです。二人はだき合って喜びました。
「まあ、もうこんな時間よ!」
リンダが言いました。
「家まで送るわ。あなたのお父さんとお母さんが家に帰ってくるころよ。戻ったほうがいいわ」
ケイトはスージーのお母さんにお礼を言い、スージーに手をふって、急いで家に向かいました。と中、うれしくって、ずっと歌を歌っていました。
コートとブーツをぬいでいると、車が入ってくる音が聞こえました。窓からのぞくと、パパとママはうれしそうです。病院での急用がうまくいったのでしょう。
玄関のドアが開き、「ケイト! 帰ったよ!」というパパの声が聞こえました。
「おかえりなさい」
ママは、リンダにお礼を言い、アルバイト料を払うと、こうたずねました。
「スージーと遊んだ?」
「今年は、スージーにもクリスマスプレゼントがあるのよ。すごいでしょう? スージーももらえればいいなって思っていたの!」
ケイトは夢中で、パパとママにその話をしました。
パパとママはケイトの話をうれしそうに聞き、二人で顔を合わせると、ケイトのほうを見ました。
「ケイト、ママと話していたんだが、スージーとスージーのお母さんをクリスマスディナーに招待しようかと思っていたんだ。親切にするどころか、さけていたからね。これからは、スージーと遊んでもいいよ。そして、パパたちもスージーのお母さんと友達になりたいと思ってるんだ。聖書にあるように、隣人を『愛する』ようにしたいからね」
ケイトは、パパの言葉が信じられませんでした。夢みたいです。でも、本当にパパが言ったんです。
「パパ! ママ! イエス様は本当に私の祈りを聞いてくれたんだわ。スージーともっと遊べるように、イエス様に祈ったの! そしたら、かなえて下さったわ! だれにも言わなかったのに! そのことは、イエス様しか知らなかったのよ!」
それから、ケイトはあの夢の話をしました。聖書物語の本やイエス様に祈ったことなどを。
ママのほおに、涙がつたいました。その夜、二つの家族が一人の子供の愛とクリスマスの祈りによって結ばれたのです。それ以来、ケイトとスージー、そして二人の家族の間には強い友情がめばえました。そして、クリスマスが来るたびに、この奇跡の祈りのことを思い出すのでした。
――――――――――
ケントのふしぎな旅
ケントは空想の世界にいるのが大すき。時には、それが本当に起こっているのか、ただの空想なのかわからくなるくらいです。このお話も、どこまでが本当で、どこまでが空想なのかケントにもわからないので、それは君のご想像におまかせします。でも、一つわかっているのは、あの日、海辺でとても不思議なことがケントに起こったということです。
***
青い海がキラキラ輝く、静かでさわやかな朝。海べの岩の上に、男の子がすわって海をながめていました。でも、その表情はさえません。このしずんだ顔の10才の男の子は、ケントです。家はお金持ちでしたが、「すれちがい家族」で、いそがしい両親とすごせる時間はほんのちょっぴりです。
それで、ひとりぼっちでさみしい時には、こっそり家をぬけ出しては、海辺を歩きました。そして、海辺の大きな岩にすわって考えごとをしたり、遠くの船をながめたりするのでした。
ケントには、ステキな部屋がありました。おもちゃも山ほどありますが、海は特別でした。素足を水につけた瞬間、ひんやりした水が足をつつみ、波打ち際を歩くと、水しぶきが散って、最高にいい気分です。
ある日、岩の上でケントがしょんぼりしていると、自分の話を聞いてくれる友達に出会いました。クジラ? それともカモメ? それともイルカ? いえいえ、ケントはかわいい人魚に出会ったのです。名前を「サファイア」と言いました。
サファイアは長い赤毛を背中にたらし、きれいな青い目をしていました。その尾は、ピンクや金色がみごとに混ざり合った、輝く虹色のうろこでおおわれています。
サファイアは、ケントに話し相手が必要な時にいつも現れるようになりました。口笛をふくと、海原にその姿を現します。サファイアはケントの気持ちがよくわかり、ケントもサファイアの気持ちがわかるような気がしました。とても小さな人魚でしたが、ケントがこまっていたり、がっかりしている時や、一人で退屈している時に、はげましてくれるのです。
サファイアはケントのところに泳いできては、話を聞き、同情してしっぽをふります。ケントがひどく落ちこんでいる時には、一緒に泣いてしまうこともあります。どんな話にも耳をかたむけてくれるのです。家に帰る時間になると、サファイアも泳いで深い海にもどります。ケントの悩みごとがとても大きい時には、海の中のお城に行って、すべて生きているものを治める偉大な王さまに相談してみる、と言ってくれます。
* * *
さて、あと二日でクリスマス。よく晴れた朝です。でも、ケントはまた一人ぼっちで、何もすることがありません。そこで、サファイアに話しに行きました。
「ケント、今日はとても悲しそうね」
「うん。もうたえられないよ」
「こんなに悲しそうなのは初めてね。どうしたの?」
サファイアは髪をつたう水をはらいながら、たずねました。
「ほら、もうすぐクリスマスだから、みんなその話ばっかり。クリスマス・パーティーに何を着ようかとか、どんな料理がいいとか、プレゼントは何がいいとか…。ママはポルシェがほしいんだって。姉さんはダイヤのイヤリングで、兄貴はハワイに行きたくって、パパは新型のクルーザーがほしいって言ってた。でも、ボクは何もいらない。何かもらったって、うれしくなんかないし。ねえ、どうすればいい?」
サファイアのまなざしはとても温かく、愛がこもっていました。いつもほがらかなのに、同情のあまり悲しい表情までするのです。そんなサファイアを見ていると、自然とほほえみがわいてきました。サファイアに話をしていると、どんなに落ちこんでいても、元気になります。
(サファイアにはきっと、魔法の力があるんだ)
ケントは思いました。
もっと話したいけれど、もう家に帰らなくてはいけません。
「明日また会いに来るよ。いいかい?」
サファイアはうなずきました。そして、ほほえみながら手をふり、海の中に消えていったのでした。
サファイアは海の底にある美しい園に住んでいました。そこには、色とりどりの海の花が咲き乱れています。赤、黄、オレンジ、輝くような青の花が。話ができる海草もいました。魚たちもよく、サファイアのところに遊びに来ました。
園は安全ですが、一歩外にふみ出すとあらゆる危険が待ちかまえています。ケントに会いに行く時にはいつも用心していなければなりません。サファイアに害を加えたり、食べてしまおうとさえする敵がたくさんいるからです。ですから、海の中のことはよく知っていても、かしこいサファイアは、一人でどこかに行くようなことはしませんでした。園から出る時には、友達のスーパーソードがお供しました。スーパーソードは大きくて強い剣を持つ巨大なメカジキで、サファイアをいつも守ってくれました。
というわけで、ケントに会いに行くのは楽ではないものの、サファイアはケントを助けてあげたかったので、敵が来ないか用心し、漁船や網をさけながら、海辺まで出てくるのです。
* * *
次の日、ケントはお気に入りの岩の上に座って、口笛をふきました。でも、サファイアは現れません!
(どこに行ったんだろう。無事だといいけど。サファイアは小さいし、海はとても危険だから)
ケントは、サファイアが前に、すべての生きものの偉大なる王さまがいて、こまった時に相談にのってくれたり、助けてくれたりすると言っていたのを思い出しました。きっとその人がサファイアを守ってくれる、と自分に言い聞かせました。
その朝、サファイアは偉大な王さまに会っていました。
「あらゆるものの創造主である王さま、お願いがあります。地の生き物であるケントは幸せではありません。このクリスマスを、彼が一生忘れないような特別で意味あるものとするために、何かできることはないでしょうか?」
「そうだな、サファイア。ケントには助けがいるようだ。彼は特別な子供だ。おもちゃやゲーム、新しい自転車などもらっても、幸せにはならない。『モノ』はケントを幸せにできない。ケントは、他の人を幸せにすることによって、幸せになるからだ。これこそ、ケントの心の願いだ。彼はまだ知らないが…」
それから、大王はサファイアに不思議なつえをわたしました。ワンダー・スティックです。
「スーパーソードと一緒に、ケントに会いに行きなさい。そしてこのワンダー・スティックで、ケントのお気に入りの岩二つにふれるのだ。そうすれば、不思議なことが起こるだろう」
サファイアはすぐに園を出ました。すると、二頭のサメがおそってきました。獲物を追うオオカミのように迫ってきます。二手に分かれて、両側からおそおうという魂胆です。勇敢なスーパーソードは二頭のサメをやっつけるなど朝めし前ですが、突然に、しかもこちら側と向こう側では、一度にやっつけられません!
スーパーソードは近い方のサメに体当たりし、一撃を食らわしました。でも、もう一頭のサメがサファイアの方に向かっているではありませんか。サファイアは、間一髪でその鋭い歯から身をかわしました。
しかし、サメは、またおそってきます。
「偉大な王よ、助けて下さい!」
サファイアがこう祈ったとたん、優しい声が聞こえてきました。
(ワンダー・スティックでサメを打ちなさい)
サファイアは、近づいてきたサメの頭をそれで思いっきりたたきました。
すると、どうでしょう。大きなサメが突然、石に変わり、どんどん下にしずんでいくではありませんか! スーパーソードと戦っていたサメも、この光景に恐れをなし、にげようとしました。スーパーソードがサファイアのもとにかけつけると、目の前で、そのサメも石に変わったのでした。
サファイアとスーパーソードは無事に、ケントの家の近くの岩場にたどりつきました。遠くの方に、うつむきながら、とぼとぼと帰っていくケントが見えます。サファイアが来なくてがっかりしているのでしょう。サファイアはケントをよびましたが、波の音に消されて聞こえないようです。でも、ケントは浜辺を出る前に、サファイアが来ているような気がして、もう一度、ふり返りました。すると、巨大なメカジキがジャンプしているのが見えました。
「あっ、スーパーソードだ! サファイアが来たんだ!」
ケントは大喜びで岩場へ走っていきました。よく見ると、サファイアはワンダー・スティックを持っています。
サファイアはケントのお気に入りの岩まで泳ぎ、スティックでふれました。すると突然、岩がハンサムな王子に変わりました! ケントはポカンと口を開けたまま、言葉も出ません。それから、サファイアは別の岩にふれました。すると、今度はきれいな王女に変わり、王子と王女はケントの方に歩いてきました。サファイアは、この奇跡に大喜びです。
「信じられない!」
ケントは二人を見て言いました。
「こんなにきれいな人たち、今まで見たことがない」
二人はほほえみ、王子が話し始めました。
「私はカインドハート、彼女はブライトライト王女です。幸せになる方法をお教えしましょう」
「ケント、あなたを特別な旅に招待します。クリスマスの日に一人ぼっちで、何もすることがなかったら、私たちの世界に招待しましょう。私たちが現れた岩にふれてごらんなさい。そうすれば、旅に出ることができます」
王女が続けました。
「本当?! 楽しそう! じゃあ、今、やってもいい?」
「いいえ、今日ではありません。この旅は、クリスマスの日だけですから。」
カインドハート王子が答えました。
* * *
クリスマスの朝も、よく晴れていました。いつものように、ケントはクリスマスツリーの下に山のようなプレゼントを見つけました。パパが出てきて、「メリー・クリスマス」と言ったかと思うと、電話で大切な用件をすませないといけないからと言いながら、さっさと書斎に行ってしまいました。ママはケントがプレゼントをあけるのをちょっとだけ見ていましたが、今日のパーティーの準備をしに行ってしまいました。ケントはまた一人になりました。
「浜辺で友達と遊んでくる。すぐ帰ってくるから!」
玄関のドアをあけながら、ケントが言いました。
「いってらっしゃい」
ママは、今日のもてなしのことで頭がいっぱいで、ケントの言葉もよく聞いていませんでした。
楽しい日のはずなのに、ケントの心は悲しく落ちこんでいます。こぼれ出る涙をぬぐいながら、お気に入りの岩に走りました。あのハンサムな王子ときれいな王女は、約束どおり、ケントを不思議な旅に連れていってくれるでしょうか?
サファイアの姿はどこにも見えません。深呼吸をして、ケントはおそるおそる王子と王女が出てきた岩にふれてみました。すると、カインドハート王子とブライトライト王女がサッと目の前に現れました。
王女はほほえみながら、「準備はいいかしら?」と言ってケントの手を取りました。
「もちろん!」
次の瞬間、三人はすばらしい場所にいました。
「わあ!」
ケントは思わずさけびました。とても美しい庭園に立っていて、見上げるとりっぱなお城がそびえたっています。
「こんな場所、見たことないや。いろんな鳥や花や、くだものの木がある。何もかもすきとおっている。色がついたガラスみたいだ。この金色のナシ、向こう側がすけて見える! 食べてもいい?」
「もちろんさ。」
王子は笑いながらナシをもぎとって、ケントにわたしました。
「うーん、おいしい! すごい所だね!」
黄金の庭園の向こう側では、色とりどりの輝く光がうれしそうに踊っています。
「あれは何?」
ケントが王女に聞きました。
「あれは、幸せな思いと場所の光です。そばに行って、一つさわってごらんなさい。すばらしい冒険の旅に連れていってくれますよ」
ケントは、花が動いているのに気づきました。口があって、ほほえんでいるものもあります。
「あの大きな花には顔があって、話ができるみたいだね? そうなの?」
「そうだよ。いつもおしゃべりをしているんだ。そばに行って耳をすますと、話しかけてくれるよ」
「すごいな! ここなら退屈することなんてないだろうな。することがたくさんあるもの!」
いろいろ楽しい乗り物がある遊び場もありました。動物たちとも遊べます。ケントは、水晶の小川にある魔法のボートが一番好きで、ボートに乗りながら、ゆかいな動物たちを見たり、話をしたりしました。
「こんなに楽しいのは初めてだよ。連れてきてくれてありがとう」
すると、カインドハート王子がこう言いました。
「ケント、家に帰る前に連れていきたい場所がもう一つあるんだ。ここのように楽しくはないが、君を必要とする人たちが大勢いるよ」
それから王子と王女はそれぞれケントの手を取って、空にまい上がりました。
「わあ。ボク、飛んでる! どこに行くの?」
「地上の、あなたが今まで行ったことがなかった場所よ。そこの人たちは、あなたの助けを必要としているの」
三人は大きな白い雲をくぐって下におりました。ケントは、これから地上に戻るんだな、と思いました。下には通りが見えます。寒空の下、道行く人たちはみんな貧しく、悲しそうです。戦争で住む場所をなくした人たちのようです。
もっと下におりると、心の中まで見えました。ケントのさみしさや悩みは、この人たちの苦しみに比べたら、とてもちっぽけに思えました。ここには楽しいクリスマスはありません。前には、すてきな家に住んでいた人たちもいますが、今は一文無しで、食べる物にもこまっています。家族や愛する人を失い、病気にかかったり、ケガをしています。人生に絶望している人も大勢いました。誰もが、自分をはげまし、愛してくれる人を必要としていたのです。
幼い兄妹が道ばたにすわっていました。二人とも悲しそうです。ケントは話をしたいと思いました。王子と王女は、ケントをおろしてくれました。二人の話を聞いて、ケントはとてもかわいそうに思いました。そして、自分が持っているものを心から感謝しました。そんなのは、今まで当たり前と思っていました。ケントには家があり、家族がいて、健康で、おなかもすいていません。
ポケットに少しお金があったので、この子供たちにあげました。さよならを言った時、ふと思いました。
(パパとママもよんで、この人たちを助けてもらおう! 必要なものを何か持ってきてあげよう!)
初めて、ケントは自分が必要とされていると感じ、とても大切なことをしている気持ちになり、とてもうれしくなりました。もう、悲しみやさみしさや、退屈な気分はありません。大勢の人がケントの助けを待っているからです!
ケントはその日、たくさんの子供たちに会い、一緒にすわって話を聞きました。ケントは、悲しく、きずついている時に耳をかたむけてくれる人がいることがどんなに大切か、サファイアから学んだのでした。
ケントは、こまっている人たちを助けたいと思いました。とてもむずかしいことですが、どんなに自分が必要とされているかを知って、喜びを感じたのです。
それから、王子と王女は別の場所へケントを連れていきました。ケントの家からさほど遠くない所に住んでいる、貧しい家族の家でした。クリスマスプレゼントの山なんてありません。つかれた顔をした母親が泣いている赤ん坊をあやし、みすぼらしい服を着た女の子が、弟や妹の食事を用意しています。
「ボクに何かできるかな?」
王子と王女の顔を見ながら、ケントが言いました。
「できるわ!」
王女がそう言ったかと思うと、ケントは自分が岩の上に立っているのに気づきました。遠くの空で、王子と王女が「さようなら」と手をふっているのが見えたような気がしました。ケントはさびしくなり、また会えるだろうかと思いました。でも、今はそんなことを考えているひまなどありません。急いで、家に帰らなくては。しなければならないことが山ほどあります。
ケントは立ち止まって、しばらく海を見つめていました。サファイアにまた会えるでしょうか? すると、サファイアがずっと遠くで手をふっているのが見えました。そして、尾ひれでバシャッと水しぶきを上げたかと思うと、海中に姿を消しました。
「ありがとう、サファイア。長い間、いい友だちでいてくれて」
ケントは手をふり、家に向かいました。
* * *
ママは、ケントの不思議な話をじっと聞いていました。王子や王女に会ったこと、思いやりの心を持ち、人にやさしく親切にすることの大切さ、また自分にはパパやママがいて、健康で、いろいろなものがあるけど、それがあたり前だと思っていたこと、そして、そのようなものを持っていない人たちを助けたいと思っていることなどを。
ママの目から涙があふれました。いそがしくてすっかり忘れていたやさしさや思いやりの心を、息子が思い出させてくれたからです。ケントをだきしめながら、ママはこうささやきました。
「話してくれてありがとう。えらいわ、ケント。ママもぜひ、お手伝いさせてね。もうすぐお客さまが来るから、あなたも服を着がえないと! でも、その後で、一緒に出かけましょう」
「約束?」
「約束するわ」
それからママは、ふと思い出したようにこう言いました。
「でも、ケント。何も言わないで、ママの知らない人とどこかに行ったりしないでね。とても心配したのよ」
「本当? ボクがいなくて心配したの? ごめんね」
ママはケントをだきしめ、キスしました。それは、これからの新しい人生のスタートのようでした。ケントが二階の自分の部屋に行くと、ベッドいっぱいに、クリスマスプレゼントが置かれていました。ケントは、貧しい子供たちのことを思い出しました。
(まず、あの子たちにあげよう)
ケントの心は、希望と幸せでいっぱいでした。
――――――――――
クロースじいさんの涙
クロースは、孤独な老人でした。服はよれよれ、白い髪の毛もボサボサで、ヒゲものび放題。昼間は、寒々としたヘルシンキの街をあてどもなく歩きまわり、夜は粗末なベッドで死んだように眠るだけの、あわれな生活を送っていました。そんなクロースじいさんも、昔はりっぱな仕立屋でした。妻と二人の子供にも恵まれ、幸せな日々を送っていたのですが、ある年、恐ろしい流感が猛威をふるい、妻子の命を奪ったのでした。一人ぼっちになり、生きる希望を失ったクロースは別人のようになってしまい、仕立屋もやめました。金目のものを売っては食べ物やまきにかえていたので、道具さえありません。
* * *
天国では、そんなクロースじいさんを見下ろして、心を痛める人たちがいました。妻のガートルードと二人の子供たちです。ガートルードは何度も、クロースじいさんを助けて下さいと神様にお願いし、そのたびに神様はやさしくなぐさめて下さいました。
「時がくれば、クロースじいさんの暗い人生に、希望の光がさしこむよ。」
そして、神様はガートルードをクロースじいさんのもとに送りました。クロースじいさんの目にはその姿は見えないけれど、ガートルードは、かわいそうな夫に愛とはげましの言葉をささやいたのです。
長い年月がたっても、クロースじいさんはみじめな状態のままでした。
(このままでは、夫は気がくるってしまう)
ガートルードは、もう一度、神様に嘆願しに行きました。
すると今度は、神様はこう答えられました。
「ついに、その時が来た! クロースは自分をあわれんでばかりいないで、他の人を助けたいと思うようになる。その時、わたしは奇跡を行うだろう」
* * *
ヘルシンキに、いつものようにきびしい冬がおとずれました。ほんの数時間しか陽の光がささず、いてつく街に人影もまばらです。職人も商人も、室内の暖炉の前で仕事にはげみ、主婦たちも、買い物に出る時以外は、暖かいキッチンにこもりっきりでした。家を飛び出して元気に遊ぶのは、子供たちくらいです。子供たちに人気のある「おもちゃ通り」には、遠くに住む子も、近くに住む子も、みんなやって来ました。そこには、どの店にも、思わず目をうばわれるような見事なおもちゃが所せましとならんでいます。子供たちは目を輝かせながら、ショーウインドウにかざられたおもちゃを夢中でながめるのでした!
クロースじいさんも子供が大好きでした。でも、遊んでいる子供や、おもちゃに目を見はる子供を見ると、自分の子供たちのことが思い出されてなりません。そのたびに、目に涙があふれるのです。
ある日、クロースじいさんは、小さな男の子が店内のおもちゃをじっと見つめているのに気づきました。服は、クロースじいさんのと同じぐらいボロボロです。その悲しげなまなざしから、その子が何を考えているかが、いたいほどわかりました。
(あんなおもちゃ、ぜったいに買えっこないや)
クロースじいさんの目にはまた涙があふれました。でも、今度は自分のためではありません。そのおさない男の子や、同じような境遇にある何百人もの貧しい子供たちのことを思って涙が出たのです。人のために涙を流したのは、何年ぶりのことでしょうか。
家路につきながらも、あの男の子の姿が目にうかびます。いつの間にか、クロースじいさんは、町はずれの小さな崖の下に来ていました。そこは町の人々のゴミすて場でしたが、どういうわけか、クロースじいさんの心ははずんでいました。こんな風に感じるのも、ずいぶんひさしぶりです。
ゴミの山には、バラバラになった人形がありました。すてられたばかりらしく、まだ雪にうもれていません。クロースじいさんは、かがんで人形の手足をひろいあげました。
その時、クロースじいさんの耳にガートルードがささやきました。
(クロース、直してあげて)
理由もわからないまま、クロースじいさんは手足をくっつけてみました。すると、おどろいたことに、人形の目がぱっちりと開き、クロースじいさんを見ました。生き返らせてくれて、ありがとう、とでも言っているかのように。
「お安いご用さ!」
クロースじいさんは思わず人形にほほえみました。
あたりにはだれもいませんでしたが、急に、自分がばかなことをしているように思えて、人形をゴミの山に投げすてました。
すると、心の中はまた悲しみでいっぱいになりました。
そこで、人形をもう一度ひろいあげると、また心がはずんできます。
「どうしたっていうんだ?」
それから、別のゴミの山から腕のないクマのぬいぐるみをひろいあげて、こう考えました。
「こわれたおもちゃやぬいぐるみを直して、貧しい家の子供たちに配れたらいいなあ。きっと大喜びするだろう! だが、わしに一体、何ができる? こんな老いぼれじゃあ何もできやしない。道具もない…針も、糸もないんだ!」
その時、天からのささやきが聞こえたような気がしました。
(神様には、何だってできる! 神様にみちびかれているのだから、道具も与えられる。さあ、まわりをよく見て!)
何だかわからないまま、クロースじいさんはまわりに散らかったゴミをあさり始めました。すると、古い木箱がありました。ただのガラクタに見えましたが、フタを取ってみると…。
なんと、裁縫道具一式が入っていました。これだけそろっていれば十分です! はさみなどは古くサビていましたが、といでみがき上げれば、ちゃんと使えます。様々な種類の針や糸もありました。
「不思議なこともあるもんだ!」
中の裁縫道具を見ているうちに、あるアイデアがうかびました。
「もし…もし、わしがこわれたおもちゃを直して、クリスマスプレゼントに貧しい子供たちに配ったらどうだろう?」
天国では、ガートルードや天使たちが大喜びしていました! 神様のお約束が、ついに実現するのです!
それからというもの、クロースじいさんは人が変わったように働きました。数日かけてこわれたおもちゃを集めると、町に住む貧しい子供たちの家を探し、こっそりと住所を聞き出すことさえして、小さな手帳に一つ一つ書き込みました。そして、ぬったり、切ったり、つめたり…、来る日も来る日もおもちゃを修理しました。食事を忘れることもしばしばでした。
「もうすぐ、クリスマスだ。」
そう思うと、クロースじいさんの心ははずみました。
「あの貧しい子供たちがおもちゃをもらって喜ぶ顔が目にうかぶ!」
毎晩遅くまで、クロースじいさんは働きました。指がしびれ、目もかすみました。よく、椅子にすわったままねてしまったほどです。でも、夜明けと共にめざめ、また修理を始めるのでした。
クロースじいさんの心は喜びで満ちあふれました。とうとう、クリスマスイブに、全部のおもちゃの修理が終わりました! 手帳に書き込んだ子供全員が、プレゼントを受け取れるのです。仕事場には、ステキなおもちゃがいっぱいつまった七つの大きなふくろがおかれていました。
「だが、子供たちにどうやっておもちゃをあげよう?」
クロースじいさんは考えました。
「わしからだとは言いたくない。もともと、わしからではなく、子供を愛するやさしい神様からのプレゼントなんだから!」
(夜にこっそり配るのよ!)
ガートルードがささやきました。
クロースじいさんはそうすることに決めました。
クリスマスイブは吹雪でした。夜中の12時前に、クロースじいさんはおもちゃのふくろを大きなソリにつんで、子供たちの家へと急ぎました。これはクロースじいさんが自分の子供を乗せて引いたソリで、売らずに残していたのです。雪の中、歩いて重いソリを引っぱるのは大変でした。通りから通りへと、貧しい家の戸口につつみを置いていきました。その一つ一つには、こう書かれた小さなカードがついていました。
「愛をこめて、神より」
クロースじいさんの心に、深い満足感があふれました。
さて、クリスマスの朝がおとずれると、子供達の歓声があちこちからあがりました。この奇跡を神に感謝する人もいれば、何が何だかわからないけれども、とにかく子供たちが喜ぶ姿を見てうれしく思う人もいました。雪まみれになってつつみを配っている老人を見たと言う人、大きなふくろをいくつも積んだ不思議なソリを見たという人、様々なうわさが飛びかって、ついにそれはトナカイに引っぱられたソリで、天から下ってきたと言う話さえ語られました!
でも、どれも事実からかけはなれてはいません! 雪でおおわれた老人は確かにいたし、ふくろをつんだソリもありました。それに、天から下ってきたというのも、ウソではありません。もともと、神が計画されたことですから!
クロースじいさんは、翌年もこっそりとこわれたおもちゃを集めて、修理しました。その幸せそうな顔といったら!
そのクリスマスも、町をまわって貧しい子供たちにおもちゃを配りました。そして、毎晩、夜おそくまで働いて、つかれ切ったクロースじいさんは、クリスマスの朝早く、息を引き取ったのでした。だれも気づかぬ孤独な死でしたが、天国では大歓迎を受けました! クロースじいさんは愛する妻や子供たちと再会し、天国全体が喜びにわきあがりました。
「よくやってくれた」
神様がクロースじいさんに言われました。
「だが、まだ仕事は終わっていないよ。子供たちみんなに、わたしが愛していることを知ってほしい。手伝ってくれるかね?」
かくして、ガートルードの祈りは答えられました。クロースじいさんは、今まで味わったこともないような幸福感と喜びにひたりました。そして、世界中の子供たちを助けるために、その心にささやきかけたり、はげましたりしたのです。ちょうど、ガートルードがクロースじいさんにしたように。子供たちが神の愛を知って、幸せになるのを見て、クロースじいさんも、この上ない幸せを感じるのでした。
世界中が祝うクリスマスは、イエス・キリストが生まれた日。イエスさまは、私たちに愛と喜びを与えてくれます。イエスさまに、自分の心に入って、愛と安らぎと喜びで満たして下さいとお願いして下さい。そうすれば、イエスさまは心に入り、永遠の友となってくれます。イエスさまは、あなたを愛しています。今年のクリスマスがあなたにとっても、「忘れられないクリスマス」となりますように。
――――――――――
●それぞれのストーリーの紹介●
吹雪の中でまいごになった子どもの運命は?
家に帰れるだろうか?
クリスマスの日、友だちに何かしてあげたいケイト。
でも、どうすれば?
ケントの友だちは人魚!?
クリスマスにケントがしたふしぎな旅…。
クロースの暗い人生に、今、希望の光が!
それを助けているのはだれ?
「忘れられないクリスマス」には、
新鮮な感動がいっぱい!
さあ、あなたも一緒に!
●本文●
忘れられないクリスマス
子供から大人まで楽しめるストーリー集
デレック & ミッシェル・ブルックス編集
(c) 1997年 10月、 オーロラ プロダクション Inc.
アート:ヒューゴ・ウェストファル、ジャン・マックレー
グラフィックデザイン:ジム・ヒーリー