宝 P.525-527

 

 歴史に見る冒険実話集!

 

敵の心を勝ちとるには(サムエル記上26章)

 

  ダビデと彼のしもべ達がジフの荒野で隠れ場を探していた時のことです。自分の宿敵であるサウル王が後を追ってきていると聞いてダビデは驚きました。というのも、少し前に、サウル王にあわれみをかけ、生かしておいてやったばかりだったので (サムエル記上24章参照)、 サウルが再び自分を殺そうとしているとは信じがたいことだったのです。前回、ダビデはサウルを殺さずにおき、自分にはサウルを殺す気など毛頭ないということを示したのでした!

  だから、その時からサウルとの間にはもうトラブルはなくなったものとダビデは思っていました。ところが、サウルが、以前に何度も試みたようにまた追撃しているというのです。

  そこで、ダビデは、それが真実かどうか確認するため、わざわざ「斥候(スパイ)を出し‥‥サウルが確かに来たのを知った」のでした。

  悲しみに沈むダビデは、美しい祈りを書きました。詩篇54篇です。「神よ、御名によってわたしを救い、み力によってわたしを裁いてください。神よ、わたしの祈りを聞き、わが口の言葉に耳を傾けて下さい‥‥見よ、神はわが助け主、主はわが命を守られる方です。」

  今回、ダビデと彼の従者達は逃げませんでした。その代わりに、真夜中にサウルとその兵士達の陣営に忍び寄ったのです。彼らは陣にそろそろと近寄って行き、サウルと、軍の長アブネルの寝ているのが見える所まで近づきました。

  サウルが宿営の真ん中の、荷物のそばに寝ているのが見えました。他の兵士達はその周囲を囲んで地面の上で寝ており、アブネルはサウルのそばに寝ていました。

  「主が彼らに深い眠りを与えていたので、」彼らは、一人残らずぐっすり眠っており、兵士達のいびきが聞こえるだけで、あたりはシーンと静まりかえっていました。時々、ろばの鳴き声がするくらいでした。

  突然ダビデは、最も勇敢な従者二人にこうささやきました。「誰か、サウルのいる陣まで私と一緒に行ってくれるか?」

  「私が一緒に行きましょう。」とアビシャイが答えました。

  こうして二人の勇敢な男達は危険をも顧みず、その陣にひそかに忍びよりました。犬が吠えでもしたら? 歩哨に見つかり、軍全体が目を覚ましたら? そうなったら勝ち目はないでしょう!

  彼らは陣に用心深く入って行き、ついに、ぐっすり眠り込んでいるサウルを発見しました。サウルの枕のそばには、槍が地面に突き刺してあり、その隣には水の入った壷が置いてありました!

  アビシャイは、ダビデとその従者達を辛い目にあわせていた男を見下ろしながら言いました。「サウルの槍でもって、一突きでサウルを地に刺し通しましょう。私が一度で仕留めます。」

  しかし、ダビデはアビシャイにそうさせませんでした。「彼を殺してはならない。主が油を注がれた者に向かって、手をのべ、罪を得ないものがあろうか? 主は生きておられる。主がサウルを撃たれるだろう。あるいは彼の死ぬ日が来るであろう。あるいは戦いに下って行って滅びるであろう。」

  ダビデは、サウルをいかに処するかについては神が一番よく知っておられるという信仰を再び示したのでした。

  ダビデはサウルを殺しに行ったのではありませんでした。ただ、サウルを殺すことができたということを知らせるために行ったのです。彼はアビシャイにこうささやきました。「その枕もとにある槍と水の壷を取りなさい。そして我々は去ろう。」

  来た時と同じように、彼らは、こっそりとその陣を去りました。

  「ダビデは向こう側に渡って行って、遠く離れた山の頂に立った。彼らの間の隔たりは大きかった。」

  かなり早朝だったに違いありません。ダビデが叫んでも、誰も答えず、陣にいた兵士は皆、眠っていたのです。

  ダビデは谷を隔てた向かい側の陣営に向かってもう一度思いきり叫びました。「アブネル、聞こえないのか?」

  アブネルが起き上がりましたが、かなり寝ぼけている様子でした。

  そして、「王を呼んでいるのはだれか?」と怒鳴りました。

  ダビデはあざけるように言いました。「あなたは勇敢な男ではないか。イスラエルの内に、あなたに及ぶ人があろうか。それなのに、どうしてあなたは主君である王を守らなかったのか。いま王の槍がどこにあるか。その枕もとにあった水の壷がどこにあるかを見なさい。主は生きておられる。あなたは、まさに死に値する。主が油をそそがれたあなたの主君を守らなかったからだ。」

  「誰だ?」アブネルがつぶやきました。まだ完全に目を覚ましてはいなかったのです。「一体何のことだ?」

  しかし、サウルはダビデの声を聞き分けてこう返答しました。「わが子ダビデよ、これはあなたの声か?」

  「王、わが君よ、私の声です。」とダビデが答えました。

  ダビデは、以前に何度も尋ねたこの質問を再び投げかけました。「わたしが何をしたのですか。わたしの手に何の悪いことがあるのですか?」  ダビデの手に自分の槍と水の壷があるのを見たサウルは、ダビデが夜、自分の寝ている場所に来たのだということに気づき、こう言いました。「私は罪を犯した。わが子ダビデよ。帰ってきなさい。きょう、私の命があなたの目に尊く見られた。私は、もはやあなたに害を加えないであろう。私は愚かなことをして、非常な間違いをした。」

  サウルがもっと早くこのように悔い改めていたなら、神はサウルを許されたことでしょう。しかし、とにかくこれは、サウルが言った最も誠実な言葉でした。

  許すつもりでいたダビデは、こう言いました。「見よ、王の槍だ! 若い者をつかわして、取りにこさせなさい。」

  王は感謝していました。「わが子ダビデよ、あなたはほむべきかな。あなたは多くのことを行なって、それをなし遂げるであろう。」

  このようなことができるほど強いもの、それは神の愛だけです。これは、ダビデの心からの願いが、王と平和な関係を持つことだったということを示しています。ダビデの愛情に満ちたこの大胆な行いによって、長い戦いに、めでたく終止符が打たれたのです。

  ダビデと彼の従者達はガテに行き、サウルは「もはや彼を探さなかった」と書かれています。  ダビデ王は、もちろん完全な人ではありませんでした。事実、ダビデは時々、世界で最悪の罪を犯しもしましたが、それでもなお、最も偉大な聖人の一人に数えられています。ダビデは多くの罪を許されたので、他の人に対して憐れみや許しを持つのは、ダビデにとって難しいことではなかったのです。

  だからこそ、ダビデは主のことをこう言ったのでした。「あなたの慈愛はわたしを大いなる者とされました。」(詩篇18:35)