宝 P498-500

 

 歴史に見る冒険実話集!

 

川にできた大通り!  (ヨシュア記3章と4章)

 

  ヨシュアは、自分の二人の忠実な偵察者からエリコに関する良き報告を聞いて大いに励まされました。今こそ進軍の時です。翌朝早く、イスラエルの民はみな、最後の旅をしてヨルダンの川岸までの道を進み、その川岸で荒野における最後のキャンプを張ったのでした。次の目的地は、そう、あの「約束の地」です!

  三日目に、ヨシュアは100万を越える人々からなる巨大な宿営に司(つかさ)達を行き巡らせて、こう指示させました。「祭司達が、神の契約の箱をかつぎあげるのを見るならば、あなたがたはその所を出立して、そのあとに従いなさい。そうすれば、行くべき道を知ることができる。あなたがたは前にこの道を通ったことがないからである。しかし、あなたがたと箱との間には、1キロの距離を置きなさい。それに近づいてはならない。」

  そして、ヨシュアはこう民に言いました。「あなたがたは身を清めなさい。明日、主があなたがたのうちに不思議を行われるからである。」その晩、民は祈って、主に力と信仰を求めました。水かさが大いに増し加わったあの川を、どのようにして渡ってカナンの地に入れるのか、まだわからなかったからです。ちょうど収穫の季節で、毎年その時期になると、ヨルダン川は岸一面にあふれて、川幅がおよそ1キロ半にもなってしまうのです!

  その翌日、ヨシュアは祭司達に、契約の箱をかつぎ上げ、民に先立って進むように命じました。すると主はヨシュアに言われました。「今日からわたしは、すべてのイスラエルの前にあなたを尊い者とするであろう。こうしてわたしがモーセと共にいたように、あなたと共におることを彼らに知らせるであろう。あなたは契約の箱をかつぐ祭司達に命じて、ヨルダンの水際へ行って川の中に立ち止まらなければならない、と言いなさい。」

  それから、ヨシュアは民に向かってこう叫びました。「あなたがたはここに近づいて、主の言葉を聞きなさい。今から起こることによって、生ける神があなたがたのうちにおいでになり、あなたがたが受け継ぐこの地にいるカナン人をすべて、あなたがたの前から必ず追い払われることを知るであろう。ごらんなさい。全地の主の契約の箱は、あなたがたに先立ってヨルダン川に入っていく。

  契約の箱をかつぐ祭司達の足の裏が、ヨルダン川に触れる時、ヨルダンの水は流れをせき止められ、上から流れ下る水はとどまって、うず高くなるであろう。」

  さて、すべての民は、祭司達が川に近づくのを、離れた所からかたずをのんで見守りました。川はなお、相も変わらず大変な勢いで流れているのに、祭司達は進み続けて、とうとう、自分達の足元に逆巻く水を感じ取れる所まで近づいたのです。そして、まさにその時、非常に素晴らしく不思議な事が起こったのです!

  信じがたいことでしたが、超自然的にその流れが反対向きになり、いつもの流れに逆らって水が川上へと移動して行ったのです! 川上に数キロ行った所では、水が、まるで巨大な目に見えないダムによってせき止められてでもいるかのように、どんどんうず高くなっていきました! 一方、川下の方の、祭司達が立っていた地点では、川の水が死海に向かって流れ下り、川床が現れたのです。さて、このすべてのことはヨルダン川がエリコ沿いに流れている所で起こりました。

  次にヨシュアは、祭司達に、乾いた川床の中に進み出て、そこにしっかりと立つようにと命じました。そして、非常におびただしい数の男女子供が、羊の群れ、様々な家畜を連れて、また、テントや食糧品を載せた荷馬車を引きながら、ヨルダンを渡り始めました。

  すべての民は、この驚異を目の当たりにして、すっかり畏敬の念に打たれ、沈黙したまま川を渡り、荷馬車の車輪のきしむ音や動物達の鳴き声がするだけでした。自然に全く逆らい、すっかり水の引いた川床を、100万もの人々が大きな群をなして渡ったのです。しかも、その目的を成し遂げるために、逆巻く川の流れを瞬く間に押し止められた彼らの大いなる神の完全なる力の中にあって、自分達がどんなにちっぽけな存在であるかを感じながら。

  何時間もたってから、全員が安全に、また無事に向こう岸についた時、主は、各部族から一人ずつ、合わせて12人の者を選び、契約の箱とそれをかつぐ者とが今なお立っているヨルダンの真ん中に歩いて行かせるようにと、ヨシュアに命じられました。各自は川から一つの石を持ち帰り、それをもって川岸に記念碑を築くことになっていたのです。ヨシュアは人々にこう言いました。「これは後の日のためのしるしとなるであろう。あなたがたの子供達がこれらの石は何のためかと問うならば、『主の契約の箱が渡った時、ヨルダンの水がせきとめられたことを、私達が思い起こすためである』と教えることができる。」

  そのすべてが終わった時、ヨシュアは祭司達に川床から離れるように命じ、彼らが川から上がってくるのをすべての民が見守りました。「祭司達の足が約束の地に触れると同時に、ヨルダンの水はもとの所に流れかえって、以前のように、その岸にことごとくあふれ」ました!

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  神は、ちょうど昔の時代の神の子供達のために、以上のような力強い奇跡を行って下さったように、今でもやはり、今日の神の子供達のために働いて下さるのです! 主は、「わたしは主であって、変わることがない!」と言われます。−−マラキ3章6節  私達はただ、祈り、信仰を持って、神が私達のために働いて下さることを期待するだけでいいのです!

  でも、祭司達が主から告げられたことに従い、それを行うまでは、神が奇跡をなされなかったことに注目して下さい。もし祭司達が「あの濁流の川にこんな重い契約の箱をかついで行ったら、私達は溺れ死んでしまうかもしれない。これ以上進むのはやめよう! ただここに立っていて、神が川の水を分けて下さるまで待ち、分けて下さってから渡ることにしよう!」と言っていたとしたら、一体どうなっていたことでしょうか。

  もし、彼らがそうしていたなら、主は決して奇跡を行われなかったことでしょう。彼らは自分達の信仰を行動に移し、神に命じられたことを行わなければならなかったのです。彼らが従い、その足が水に触れるやいなや、川が分かれたのです! そして、これが神の働かれる方法です。つまり、あなたが神が行けと言われた方向に信仰の一歩を踏み出すなら、その時に、神が何をなさろうとしておられるのかを見出すのです。でもあなたが行かなければ、神は示すことができません! あなたが従わなければ、神は道を作ることができないのです!

  神の道がいかに不可能なように見えても、私達が、従って、その道を行くための信仰を持つのを、神が助けて下さいますように! もし神が、「行け!」と言われ、何が何でも、信仰によって飛び出し進んで行くなら、神は、あなたの面倒をみて下さるでしょう! 神は、決して私達を失望させられず、私達が私達の役割を果たすことができる以上のスピードで、御自身の役割を果たして下さるのです!

  そして神は御自身のこの約束を実現して下さいます。「あなたが水の中を過ぎる時、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎる時、水はあなたの上にあふれることがない!」−−イザヤ43章2節