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心を開きなさい!

 

  「大学一年の時、私は、とても感じの良い青年と交際を始めました。私達はよく一緒にいろいろな所に出かけ、楽しい時間を過ごしました。彼はとても優しく、主を愛していましたが、静かなタイプの人でした。とても内向的で、恥ずかしがり屋で、無口だったのです。私は彼がとても好きだったし、彼も私のことがとても好きだったと思います! 私が、彼も私のことを好きだったと思う、と言わなくてはならないのは、私達が心に思っていることを互いに話し合ったことがなく、確かにそうだとは言えないからです。いつ何をするかや、どこに行くかとか、大学のことなど以外の話をしたことは殆どありませんでした。私達は内容の深い会話を交わしたり、心に思っていることについて話したことが全くなかったのです!

  私は、彼とのことを真剣に考え始めるまでは、このことが問題だということに少しも気がつきませんでした! 彼は結婚をすることも、誰かと特別親しい関係になることもなしに、大学最後の年を迎えたのですが、彼は本当に引っ込み思案で、結婚について考えるほど私達の関係が真剣になってくるのを恐れていたのだと思います。それで、彼はだんだんとよそよそしくなり始め、私は悲しみを味わいました! それから、何がいけなかったのかを考え、主にそれについて祈り始めました。そしてついに、私は彼が私達の関係をどう思っていたかをよく知らず、彼の方も私がどう思っていたかを知らなかったということがわかり始めたのでした! その時になってやっと、私達が一緒にいた時に、心を開いて話したことが一度もなかったことに気づいたのです!

  結局、私達は別れてしまい、私はその後でもなお、どうしてなのかわからず、『なぜ私は彼に尋ねなかったのかしら? どうして私達は、自分達の感じたり思ったりしたことを、正直に話し合わなかったのかしら?』と思いました。もしそうしていたなら、物事はもっと単純だったことでしょう。そして、私が彼の考えていることを知らず、彼も私の考えていることを知らないという問題は全く生じなかったことでしょう! 誰かとそれだけ親しくなりながら、相手の人がどう感じているのか、どう思っているのか何一つ知らないというのは、本当にばかげたことです!

  そういうわけで、私は、『尋ねる』というとても良い教訓を学びました! 正直で謙虚にコミュニケーションをすることの大切さを学んだのでした。何かわからない事がある時には尋ねること、また、相手の人の気持ちや考えを聞き出して、その人が正直になるのを助け、私も自分の気持ちを正直に話すことの重要性を学んだのです!」と、「良いコミュニケーションの重要性」の著者は書いています!

 

自分の殻に閉じこもる人達は

どうしてそうするのでしょうか?

  その人にとって、思っていることを正直に話すことがそれ程も困難だったのは、なぜでしょうか?中には、自分の心の奥底にある思いや気持ちを他の人にちらっとのぞき見られることさえないように、自分の思いや考えを心の奥にしまいこんでしまう人もいますが、これはどうしてでしょうか? それには、様々な理由があります。

  人によっては、子供の頃から、自分の感情を表に出したり、自分の気持ちについてあまりにも語り過ぎるのは、弱い人間であるしるしだと思い込むよう育てられています。そういった人達は、「弱みを見せるな」という伝統に縛られており、その当然の結果として、他の人達と深い話をすることを学んできませんでした。そして、どうやって自分の心の内を隠さず話したらいいのかわからないので、言葉に詰まってしまうのです。

  また、自分の思っていることや気持ちを外に出すのを恐れている人もいます。そういった人は、誰か他の人が自分に同意しない場合に、拒絶されたり傷つけられたりするという危険を犯したくないのです。

  また、話しても何の役にも立たないといった考えを持っていて、そのため、何でそんな事をする必要があるのか、と思っている人もいます。もしかしたら、誰かに理解してもらおうと、自分の思っていることを打ち明けたことがあったけれども、それがうまく行かなかったために、結局そういった努力をするのを完全にやめてしまったのかもしれません。

  また中には、自分は、他の人に言うほどの意見を持ち合わせていないと思っている人もいます。自分の考えていることなど価値がないと思うのです。自分を低く評価していて、その結果、自分の意見や個人的な気持ちといったものを表に出さないわけです。

  ここに挙げたようなコンプレックスや恐れは、私達のコミュニケーションが浅いレベルのものにとどまってしまう原因となります。けれども、私達が、こういった消極的で、拘束された態度から解放されるなら、もっと深く、内容のあるコミュニケーションをすることができます。人間同士の会話には、月並みの、ただの浅いおしゃべりもあれば、正直に心の奥底にあることを語り合う、深い意志の疎通もあり、様々なレベルがあります。

 

コミュニケーションのレベル:

  月並みな会話というのは最もよく交わされるタイプの会話です。この種の会話は無難なのです! 私達は、「元気ですか?」とか、「ご家族の方は?」、「どこに行ってらしたんですか?」、「すてきなドレスね!」などといった上品な会話を交わします。このタイプの会話では、心の中で思っていることを打ち明けるといったことは全くありません。お互い、自分の心の内をさらけ出さずに済むわけです。

  また、ただ単に事実を報告するだけというタイプの会話もあります。こういった種類の会話では、ゴシップやその日の出来事などが話題になりますが、自分がのっぴきならない立場に陥ることがないよう、それについて自分がどう思うかを話すことはありません。

  「陽子のこと、聞いた? 彼女また妊娠なんですって。」

  「まあ、ホント? それで思い出したけど、家の猫にもそろそろ子猫が生まれる頃だわ。」

  けれども、真のコミュニケーションというのは、私達が喜んで自分だけの殻から抜け出し、自分の考えや決断、またそれに関する自分の気持ちを、反対されるかもしれないという危険を犯してでも他の人達に話す時に始まるものです! もし本当に他の人に自分のことを伝えるつもりならば、自分の個人的な気持ちを話すというレベルにまで達しなければなりません。単に表面的な事だけを話すのではなく、心と心を通わせて話すのは、互いにもっと近くなるのを助け、私達をもっと正直で謙虚にしてくれます。すべての親しい関係、特に夫婦の関係を成功させ、成長させるためには、この種の率直さや正直さが必要です。

   「健二、ぜひ話したいことがあるの!」

   「いいとも! 一緒に散歩にでも行こうか!こうやって心を割って話せるっていうのは、本当にいいことだね。」

 

他の人の心を開く方法!

  無口で、内に閉じこもりがちな人の多くは、実際には自分がいつもそんな状態でいることを望んではいません。彼らは、自分がもっと自由であるべきだと知っているし、自分の殻に閉じこもっていたくはないのですが、彼らには、誰か、愛情深く、理解をもって、その殻から引き出してくれる人が必要なのです。もしあなたが他の人達に関心があり、彼らを愛しているなら、あなたは、その人達が殻から抜け出て、意見を言ったり、他の人と良いコミュニケーションを取るようにさせる方法を学ぶ必要があります。−−箴言20:5、イザヤ50:4前半。

  これを行う一つの方法は、優しく探りを入れて、具体的な質問をすることです。「ところで、それはどういう意味なんだい? 詳しく説明してくれないかい?」といった具合に。けれども相手の人が、「うーん、話してもいいんだけど、あんまり突っ込んだ話はしたくないから。」などと言うようだったら、「じゃあ、どうして突っ込んだ話はしたくないんだい?」というように尋ねたらいいでしょう。ほとんどの人は、突っ込んだ質問をされたり、答えをしきりに求められるなら、やがては自分の殻から抜け出して、もっと詳しく話してくれるものです。それは、彼らが実際には話したいと思っているからです。彼らはただ助けを必要としているのです!

 

「無言の受難者」

  また、中には「無言の受難者」もいます! 他の人は自分の問題や悲しみについてなど聞きたくないだろうと思い、自分の気持ちや感情を外に出さず、沈黙の内に苦しむのです! 口に出さずに一人苦しみ、じっと耐え忍ぶことができるというのは、ある意味では感心なことかもしれません。しかし、正直に打ち明けて助けや祈りを求める方がもっと良いとは思いませんか?

  あなたが黙って一人で悩んでいると、周囲の人達も皆、惨めな思いになってくるものです。たいていは、他の人も、あなたが悩んでいて、何かがおかしいことを感じ取って、あなたのことが心配になるからです。まわりの人には、あなたが彼らに腹を立て、怒っているのか、それとも病気なのか何なのかわかりません! もちろん、問題を表に出すより、それに耐えた方が良い時もあるでしょう!−−ガラテヤ6:5。けれども、殆どの場合には、心の中にあるものをすべてさらけ出して、他の人に助けてもらう方がはるかに健全だと言えます!−−ガラテヤ6:2、ヤコブ5:16。 そうすれば、他の人があなたについていろいろ誤解することもないし、幾らかの祈りや同情など、気落ちしている時に自分に必要なもの、あったらいいのにと思うものがすべて得られるのです!−−箴言12:25、27:9。

  事実、たとえ話している相手の人があなたの問題に対する答えを知らなくとも、自分の悩みについて話すこと自体が本当に助けになる場合もよくあります! よく人はこう言います。「ええ、話したらとてもすっきりしたわ。話している内に、自分の考えももっとはっきりわかってきたし。」 もちろん、クリスチャンは、自分の心の内を他の人に打ち明けるなら、その人に一緒に祈ってくれるよう求めることができ、それは大きな助けになります。祈りを求めなさい。祈りは本当に助けになるのです! 「一人で千人を追い、二人では万人を敗ることができる!」−−申命記32:30。

 

神とのコミュニケーション

  私達が、神と良いコミュニケーションを持っているなら、他の人達とコミュニケーションを持つ上で非常に助けになります。イエスと話す時、私達は、どのレベルで話すでしょうか? すべての覆いを捨て去って、正直に自分の心を主の御前にさらけ出すでしょうか? それとも私達は、洗濯物を入れた袋を抱えた、未開地の女性のようなのでしょうか? その女性は洗濯をしようと、川まで洗濯物を持っていったのですが、その洗濯物があまりにも汚いのを人に見られるのがいやで、恥ずかしかったので、洗濯物を袋から出すことができませんでした!それで、袋に入れたまま水の中に突っ込むと、何度か上下に揺さぶり、そのまま家に持ち帰ってしまいました!−−濡れてはいたものの、まだ汚れたままで!

  私達は、自分にどれだけ欠点があるかを知られるのを恐れて、自分の心を主や他の人の前にさらけ出すのを恥ずかしく思っているのでしょうか? イエスは私達の心をご存知です。イエスは、私達の短所や欠点をご存知ですが、無条件に、私達のあるがままの姿を愛して下さっています。私達が、自分は当然こうあるべきだと考えるような状態にいないと神が愛して下さらないわけではありません。−−詩篇139:4。 イエスはただ、私達がイエスに対して心を開くのを待っておられます。そして私達が心を開く時、「私達の罪を許し、すべての不義から私達を清めて」下さるのです。−−第一ヨハネ1:9。

  自分をすべて主に委ね、イエスの前にさらけ出し、心の中にある事を何もかもイエスに告げるならば、他の人達に対して心を開くのも、もっと容易になることでしょう! 私達の過ちや欠点にもかかわらず、イエスが私達を受け入れ、愛して下さっていることを知ることは、私達が他の人達を受け入れ、愛し、彼らに対して憐れみを持つ助けとなります!このことが、他の人達に同情的な態度で耳を傾け、思うところを正直に話し、私達がイエスの内に見い出したのと同じ答えを彼らにも教えたいという思いや願望につながるのです!

  ですから、もし問題を抱えていて、悩んでいるなら、それを外に出してしまうことです! 誰か、あなたが愛し信頼している人に、それを打ち明けるのです! それを心の中から出してしまわない限りは、決してその問題に真っ向から取り組むことはできないでしょう! もし人々が正直になり、互いに心を割って意志の疎通をし、自分のことについてもっと率直に話すようになるなら、この世界に誤解というものは殆どなくなることでしょう! 初めは少し難しいかもしれませんが、頑張って取り組むなら、段々と簡単になっていくものです! 主は常に、正直さと良いコミュニケーションを祝福して下さるようです! あなたがそれを行うなら、主はあなたも祝福して下さいます。主はそうしたがっておられるのです! 試してみてはどうでしょうか?