宝 P321-324

 

歴史に見る冒険実話集!

 

総督の選択!(使徒行伝13:1-13)

 

  時は西暦45年頃。無敵のローマ軍団によって防御されていた強大なローマ帝国は、イギリスからペルシャにまたがる当時の文明化された世界を幅広く支配していました。「永遠の都」とうたわれたローマは、皇帝の住む、あらゆる権威の中心であり、帝国全体の統治権を握っていました!

  「ナザレのイエスは、一介の大工にすぎなかったが、急進的で、神の子を自称し、15年前に、ローマから遠く離れたパレスチナというローマ帝国領土で、宗教の革命を起こした。イエスが逮捕され、当時のローマの典型的な処刑法であった十字架刑で死んだ時、その運動は終わったかのように見えた。その出来事はすぐに忘れ去られ、大ローマ帝国は、その華麗さと頽廃的な栄華の内に、無敵の世界統治を続けていったのだ!」

  豪華な別邸のテラスに立ち、地中海の青く澄み切った海を見ながら物思いにふけっていたセルギオ・パウロに、このような思いが横切りました。彼は悲しみに沈み、思い悩んでいたのですが、それが何故なのか、彼にはわかりませんでした。セルギオは人が望むものはすべて持っていました。彼はキプロス島でのローマの地方総督で、彼の一言によって人の生死が決まったのです。広々とした立派な別邸を持ち、この上もなく楽な生活をし、好きなだけ贅沢ができ、楽しみに不自由することはありませんでした。それでもなお、心が満たされることはなかったのです。何かが欠けていたのです。

  セルギオは教養があり、博識の人でした。彼にとって、ローマの神々や宗教儀式は、空しく意味のない迷信にすぎませんでした。霊的な真理を探求する内に、彼はバル・イエスという名の、ユダヤ人の偽預言者の言うことに耳を傾け始めました。この男は、「魔術師」を意味する「エルマ」を自称していました。この男の考えは時に奇妙ではあったものの、彼に何か霊的な力があるようだということは、セルギオも認めざるを得ませんでした。けれども、やはり総督の心は安らぐことがなかったのです。そして「真理とはいったい何なのか?」と思いめぐらしていました。

  その前日、セルギオは、物議をかもし出しているある宗教グループのメンバー達が、彼らの愛の教義を宣べ伝えながらキプロスを旅して回っており、パポスに到着したという事を耳にしました! そして彼らが、どうしたら人は奇跡的に霊のうちに生まれ変われることができるかについて説教していたという事を、自分のしもべたちから聞いて、興味を抱き、ぜひもっと聞きたいものだと、これらの見知らぬ人達を、ただちに自分の宮殿に招いたのです。

  さて、物思いにふけっていたセルギオは、しもべの声によってはっと我に返りました。「閣下、かの者たちが謁見を賜るために到着しました。」セルギオはテラスを離れ、彼らに会うために階下に降りて行きました。バルナバとその甥のヨハネ・マルコ、そしてタルソのパウロと名乗る3人のユダヤ人が挨拶しました。またセルギオは、今着いたばかりの、彼の親しき友であり顧問でもある魔術師エルマをも同様に暖かく迎えました。

  晩餐の準備が整い、辛口のキプロスワインが出されると、一同は話しを始めました。セルギオは、パウロがローマ市民であるだけでなく、バルナバがキプロス出身であることも知って大いに喜びました! そしてこう言いました。「あなたがたの宗教のことはだいぶ耳にしており、パレスチナであなたがたがかなり迫害されたことも読んだことがある。ヘロデ王は、1年ほど前にあなたがたの指導者の一人を殺し、他の者たちを投獄したそうだな。当時、あなたがたについての悪い報告をいろいろと聞いたが、何を信じたらよいのか、よくわからなかった。

  その後まもなくして、ヘロデがよりによって虫に食われて死んだと聞いた時、ひょっとしたら、ヘロデはあなたがたの神からの裁きを受けたのではないかとも思い始めた。だが、それにしても、もしあなたがたが正しいのならば、いったいどうしてこれほどまでに憎まれ迫害されるのか? あなたがたの新興宗教は至るところで悪く言われている!」

  パウロはこう答えました。「私自身も、以前はクリスチャンに憎悪を抱き、彼らに対する迫害を国中で扇動していたほどでした! クリスチャンの家々に押し入っては、男も女もみな獄に放り込みました。彼らがキリストの名を冒涜し、信仰を否定するよう強要しただけではなく、彼らを死刑にさえしたのです!」

  「それは驚きだ!」とセルギオは声をあげました。「それが今では、この新興宗教の首謀者になっているのか? この何というか、この、・・・・あなたがたは自分達を何と称しているのかね?」

  エルマは皮肉っぽく、「彼らは『ナザレ人の新興宗教』と呼ばれております!」と答えました。

  「それは私共の敵が呼んでいる名です。」とバルナバが答えました。「私共としては、『クリスチャン』として知られたいものですが。」

  パウロが、ダマスコへの途上でどのように奇跡的にキリスト教へと改宗したかを話すのを、セルギオがひどく熱心に聞き入っていることに、エルマは気づきました。総督である自分の友がキリスト教に改宗でもしようものなら、もはや自分の助言には耳を貸さなくなるかもしれないと考え、エルマは猛烈なねたみを起こし始めました! 腹を立てたエルマは、パウロとバルナバの話をさえぎって彼らに反駁し始めました。またその活動に関して耳にしたありとあらゆる非難や悪評を口にし始めたのです。

  セルギオ・パウロは混乱してしまいました。このクリスチャンたちの愛の教義には興味があったものの、しかしまた、エルマの方もずっと長い間彼の親しい友人であり助言者であったのです! どちらを信じたらよいのでしょうか? 

  しかしパウロは、エルマが総督を信仰からそむかせようとしているのに気づくと、義なる怒りで満たされました。聖霊がパウロに下り、大いなる力と権威とを与えたので、パウロはこう言ってその魔術師を叱責しました。「悪魔の子よ、すべて正しいものの敵よ! 真理のまっすぐな道を曲げることをやめないのか? 主の御手(みて)がおまえの上に及んでおり、おまえは盲目になる!」

  たちまち、かすみと闇とがエルマを襲ったため、彼は叫び声をあげ、狂ったように手さぐりしながら、自分の手を引いてくれる人を捜し回ったのです。彼はついにローマ人の護衛によって外へ連れ出されてしまいました。セルギオは、この奇跡に非常に驚き、エルマがまくし立てていた嘘を何もかもすっかり忘れて、パウロとバルナバの語っていたのが真実だと確信したのでした! そしてその日、ローマの総督は、イエス・キリストに、自分の人生に入って下さるように、また自分を新しい人として下さるように求めたのでした。

  セルギオはその地位を捨てて、パウロとバルナバに加わり、彼らと共に宣教の旅に出るようなことはしませんでしたが、自分にできることをしようと決心したのでした。彼にできることとは、総督としての権力を使って、このキプロス島でキリスト教を広めるのを助けること、またパウロとバルナバが、サラミスからパポスまで島中を巡ってすでに始めていた小さなクリスチャン信者のグループを保護することでした。

  パウロとバルナバとヨハネ・マルコは、その後、他の地域で福音を宣べ伝え続けるためにキプロスを去りましたが、バルナバとヨハネ・マルコは、まもなくしてキプロスに戻り、クリスチャンの総督セルギオ・パウロの愛顧と保護の下で、キリスト教が栄えているのを見て、喜びにあふれたのでした。

 

(聖書の参照箇所: 使徒行伝4章36,37節、11章26節、12章1-4節,21-23節、13章1-13節、15章39節後半、22章4-5節,27-28節、24章5節、26章9-12節、28章22節、コロサイ4章10節)

 

考えてみるべき課題

  (1)人生で「成功」を収めてきた人の実に多くが、権力も富も贅沢も娯楽も、真の満足を与えてくれないことを見出しています。ただ神と神の愛を知り、自分の人生のための神の計画を知る事によってのみ、幸福と安らぎが得られるのです。

  (2)セルギオ・パウロはとても真理に飢えていたので、その男達が、「クリスチャン」と呼ばれる、とても憎まれ、迫害されていた新興宗教に属していても気にかけませんでした。彼らが誠実であり、彼らの語った言葉こそ、自分が長い間探し求めていた真理であるとわかったので、セルギオにとってはそれだけが重要な事だったのです。

  (3)セルギオは、キプロス島のまわりの地でクリスチャンが迫害されている事を知っており、また彼らに対する悪い噂や嘘を沢山耳にしていたにもかかわらず、賢明にも、自分の耳に入って来るもの全てを信じることはせず、パウロやバルナバやヨハネ・マルコから直接、真実を聞きたがったのでした。

  (4)キリスト教信者になった多くの人達が経験したように、セルギオも自分の親しい友や助言者が、自分の新しく見出した信仰にとても強く反対するのを見て、驚き混乱してしまいました。しかしイエス御自身、マタイ10章36節の中で、こういったことが起こることを、次のように約束されています。「また家の者がその人の敵となるであろう。」

  (5)セルギオ・パウロは、昔からの親しい顧問であり友であった人に耳を傾けるか、それとも神の人に耳を傾けるかの決断を下さなければなりませんでした。言うまでもなく、それは、初めはたやすい決断ではなかったことでしょう。

  (6)セルギオは、ローマ領のキプロス総督という立場上、自分の職務を全部放棄してしまうことはできませんでしたが、自分にできる限りのことは確かにしたのです。彼が自分の友人に信仰の証しをし、その上キプロスにいるクリスチャン・グループを保護するため、自分の権力を使いさえしたことは疑いもありません。そしてその結果、キプロスは世界初のクリスチャン国家の一つとなったのです!