宝 P213-215

 

天国、そしてそこでの楽しみ!

 

  時々、この人生での悲しみや落胆や失望が、私達の心にとても重くのしかかることがあります。物事が思うようにいかない時や、私達が敗北や痛手を味わっている時には、その重荷のせいで、私達のしていることは本当に価値があるのだろうかと考えてしまうこともあります。悪や堕落や人間の利己主義が、たいていの場合幅をきかせているようなこの世界で、神に信仰を持った人々がもっと良い社会を築くことなど本当にできるのでしょうか? さて私達が本当にがっかりし、気落ちしている時には、見通しはあまり明るく見えません。しかし、とりわけこのような試みの時にこそ、神の言葉と約束を信じ続けなくてはならないのです。なぜなら、これよりも良い世界が間もなく訪れようとしているからです!

  聖書にはこう書いてあります。「悲しみはただつかのまで、朝とともに喜びが来る。」つまりこの世の暗い夜の後で、あの栄光ある天国の朝が訪れるのです!(詩篇30篇5節) だから、主と、来たるべき天国についての素晴らしき約束の数々に、あなたの目をとめておくのです! 今経験しているすべての重荷や試練は、ただつかの間のもので、短い間しか続かないのだと知っていれば、それは、より耐えやすくなります!

  失望や、破れた夢や、悲しく暗い経験は、あの天国という、栄光に満ちた夜明けが訪れる時、すべて忘れ去られ、悪い夢であったかのようにすぐに消え去ります!「今この時の苦しみは、やがて私達に現されようとする栄光と比べると、言うに足りない。」(ローマ8章18節) 黙示録21章4節には、神が「人の目から涙をぬぐい去ってくださる」と書いてあります。すばらしいではありませんか! 主は、すべての涙をぬぐい、心の痛みや、落胆をすべて取り去って下さり、もはや涙も、痛みも、死も、悲しみもなくなるのです!

  天国が人間の究極のパラダイスであるのにもかかわらず、ほとんどの人はそこへ行くことを心待ちにはしていません! このうんざりする世の中が、苦痛と悲しみと問題で満ちていて、まるで地獄のような時もあるというのに、人々は天国が来るのを楽しみに待つよりは、むしろ今、生き地獄を経験することを望むのです! なぜでしょうか? それはほとんどの人が、天国というと、一日中雲の上でハープをかなでながら、ただ「清く」、「正しく」いる以外には何もしないところだと考えているからです。そのような天国は、たいていの人にとって、あまり魅力的ではありません! 神に感謝することに、天国はそのようなところではないのです!

  イエスは言われました。「私の父の家には、住まいがたくさんある。あなたがたのために場所を用意しに行くのだから。」(ヨハネ14章2,3節) イエスがそう言われてから、二千年がたっています。私達がみな寝そべることができるように雲をふわふわふくらませたり、天のハープ工場で数百万台のハープを作ったりするのに、イエスは二千年もかかると思いますか? もちろんそんなことはありません!天国に対するこのようなイメージは、まるっきりばかげています! また聖句からも全くはずれています! 本当の天国がどんな所か知りたいなら、ただ黙示録の21章と22章を読んでみて下さい!

  すべての時代の救われたクリスチャンの住む所である天の都は、とても驚異的で、息をのむほど美しく、とても華麗で、驚くほど広大で、言葉では言い尽くせないほどです! 縦、横、高さが2400キロもあり、透明で、しかもキラキラ光る金でできた都というものを想像できますか? 都の通り自体が、金でできています。きらめく真珠の門を抜けると、そこは神のパラダイスで、青草の茂る広い公園の中を命の川が優雅に流れています。そこでは子供達が笑いながら、おとなしい動物達と遊んでいます。すでに死んでしまった愛する人達が、そこで私達がやって来るのを待っています!

  もはや死も、痛みも、恐れも、涙も、病気もない世界、何もかもが喜びに満ち、楽しい世界を想像できますか? そこでは、すべての人が協調し、助けあって愛のうちに共に生活しています! そのような驚異的な場所は、私達の想像を絶するほどです。そうではありませんか? 聖書にはこのように書かれています。「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者達のために備えられた。」(第一コリント2章9節)

   しかし天国での生活は、私達が知っているこの地上でのどんな生活よりも、はるかにすばらしいものですが、多くの面で、私達が現在生きているこの世界と似ています!−−ただこの世界よりも、はるかに良いのです。 天国には、この世界で最高のものがすべて揃っており、悩みや、苦痛や、病気や、心配や、死はないのです! そこは、「良いことずくめ」の世界です! この古くさい世界では、私達は人生の喜びや楽しみをすべて思う存分に楽しむというわけにはいきませんが、天国こそ、私達のすべての心の願いがかなえられるところなのです! 天国では、あなたが今まで望んでいたものや、夢見ていたものが何でもあなたのものになるのです! 神の言葉がそれを約束しています!

  「すると、御座(みざ)にいますかたが言われた、『見よ、私はすべてのものを新たにする。勝利を得る者は、すべてのものを受け継ぐであろう。』」(黙示録21章5-7節)「世に勝つ者はだれか? イエスを神の子と信じる者ではないか!」(第一ヨハネ5章5節)そうです、イエスを信じる人達は、全てのもの、つまり今までほしいと思ったり、願ったりしていたものを何でも受け継ぐのです! 神にとって、あなたの心の願いをかなえる事は喜びなのです! 主はこう言っておられます。「主にあって喜びをなせ。 主はあなたの心の願いをかなえられる。」(詩篇37篇4節)  そしてイエスはこう言われました。「御国を下さることは、あなたがたの父の御旨 (みむね--喜びの意味もあります) なのである。」(ルカ12章32節)

  天国には、あなたがかつてこの地上で経験したあらゆる楽しみや胸躍らせるものがあるのですが、それだけでなく、今までよりもはるかにすばらしいのです! あらゆるすばらしい愛やセックスを楽しみ、子供を持つ喜びもあります。またバラエティーや変化や、新しく目指すべき地平線、つまり新しい仕事、新しい任務を遂行するというチャレンジもあるし、新しい世界を開拓するという冒険さえあるのです! その天の都では、心の願いが全て実現するのです! そしてあなたがこの人生で耳にし、あこがれたけれど、決して手に入れることのできなかった全てのスリルや興奮、すばらしい愛、あるいは満足感を与える仕事が、その天の世界ではあなたのものとなるのです!−−もしあなたが今、イエスを愛し、イエスを信じているなら! 信じていますか?

  あなたは、あの素晴らしい天の都を歩くようになるでしょうか? 聖書には、「救われた者だけが都の中を歩く」と書かれています。(黙示録21章24節)あなたはそのチャンスを逃したくはないでしょう?それなら、もしまだあなたがイエスを自分の救い主として受け入れていないなら、どうぞ受け入れて下さい。そうすれば、イエス御自身が約束なさった天国の住まいと、パラダイスでのすべての楽しみがあなたのものとなるということが確信を持ってわかるのです! その日まで、神によって召されたこの地上での任務を勇敢に遂行し、この人生でつらいことがあっても、失望してはいけません! アァメン?