トライコンへの旅 パート4

 トラピス著

 

第18章 天国へ向けて:故郷への旅

  大船体が動き始めているのが感じられる。乗船は完了し、ラムダ・ワンは大いなる都に向けて旅を始めようとしているのだ。いくつもの名称を持つあの都市へ。天空の都市、宇宙都市、光の都、聖なる都、新エルサレム、神の都、天国、どうとでも呼ぶがいい! 小型の国境都市トライコンは、時の空間に降りる前の最後の停泊港というわけだ。私はぞくぞくするような感覚が体中を駆け抜けていくのを感じていた。高層ビルの上からエレベーターで急降下するような感じに少し似ている。実際には、上下や前後に動いているわけではなく、何らかの方法で別の次元に移動していたのだが。船は私達を物質的領域へと転送している。時間と距離がもっと重視される時制の世界へだ。

  突然、私達は全くの新世界に現れた。まるで覆いをくぐり抜けて別の部屋に出てきたかのように。いや、むしろ全く別の家に入ったかのようだ。すべてが非常に異なっている。どこか宇宙のまん中に出てきたのだ。きらめく星雲と銀河が辺り一面に見える。

  「見てごらん!」ジャマールが窓を指さす。「今、時の空間に入ったんだ。保護バリヤが見えるから間違いないよ」

  出入り口と窓からクリスタル・ブルーの海が見え、それがドーム型の保護膜となって船体を包み込んでいる。そしてこの海の向こうには、広大な宇宙が広がっている。私は無数の星と白熱した恒星ガスでできたキラキラ輝く色鮮やかな雲を、畏れ入って眺めていた。この大宇宙には、どんな冒険と未踏の世界が人類を待っているんだろう! とても荘厳だな! 何かが保護壁の周辺で明るくピカッと光った。そこで「あれは何?」と言わんばかりにジャマールの方をちらりと見た。

  「あれは、ただの隕石か宇宙にある小さな残骸が、保護壁に当たって向きを変えたか、壊れたんだろう」ジャマールが続けて話す。「他にも都に行く道はあるんだよ。陸路やもう少しだけ霊的に高度の高い所を通ったりね。でもこのルートは楽しくて興味深いんだ。今日、僕たちは時の空間を通って行くけど、これから通るのは、大いなる都が新しい場所に移動した時に通って行ったのと同じルートなんだ。

  ここにいると時折、実に謙虚にならざるを得なくなる。わからないことだらけで、学んだり、答えを知りたいなら、自分がいかに無知であるかを常に認めなくてはならないのだ。たまに、何から何まで知り尽くしたいと躍起になっているのに、ほんのちょっとしか進歩していないように感じてしまう。ジャマールにはほとほと感謝している。どんなにたくさん質問しても、気まずい思いにしなくていいから。それに、私より彼の方がずっと賢くて何でもよく知っているんだという劣等感も抱かない。多分、ジャマールにとって、この地球からの新米と一緒にいるのは、時としてすごく愉快で楽しいんだろうと思う。それに、彼の方も私から学んでいるようだし。特に忍耐をね。

  ジャマールが言っていたことからすると、「陸路」というのは、トライコンの向こう側にある大平野を横切って、地球まで旅することに違いない。あの次元には、いろんな地域に陸地と呼べそうなものがあった。地球に住む私達からは、単に宇宙の果てとしか映らないものだ。同じ場所でも、霊界の様々なレベルによって、あるいは各自の霊的な物事を見る能力の差によって、見え方が全く違ってくるらしい。エリシャは、彼のいた街が敵の軍隊によって包囲されていたとき、少なくとも最初の内は、僕(しもべ)には見えなかったものをはっきりと見ていた。(列王紀下6章15‐17節参照)地球では、預言者や霊の賜物を授かっている人達が、他の人には見えないものが見えると言うことがよくある。私に見えなくても、ジャマールには見えていることだってよくある。神の創造物は、そういった驚異と不思議でいっぱいのようだ。

  「ジャマール、時々質問しすぎているようで何だか悪い気がするんだ。でもそうせずにはおれないんだよ」

  「どんどん尋ねて構わないよ」

  「実は、まだ正確に天の都がどこにあるかを説明してもらいたいんだよ。そこにはどのくらいの期間いるようになるんだい? それから…」 質問が舌の上に山積みになっていて、言い切ることもままならない。

  にっこりと温かい安心感のある笑みを浮かべて、ジャマールが私の肩をがっしりとつかむ。「あせらない、あせらない! すべて時が来ればわかるようになるから」そう言って、彼はくるりと向きを変えると、壁画面にあるアクティベーション・コントロールに向かってサッと手を振りかざした。すると画面は、今まで見たこともないような文字や文章でいっぱいになった。ジャマールが入力コードを打ち込むと、見たこともない不可解な地図らしきものが画面に現れた。少々ちょちょちょいと彼がいじると、段々私にも理解できるものになってきた。

  「これが時空間の天的航路地図だ。地図は平面にして、時空間の事象を取り除き、簡単にするために天文学的な影響を重ねてみるね。ほら、ここから時空間に入ってきたわけだ」と、画面にある赤い十字線を指さす。それから、薄い赤線をたどって、線の途中にある明るい青色の点のところで止めた。「ここが、僕たちの現在地だよ」

  割合からしてかなりの距離と思われる線をさらにたどっていき、また言った。「この黄色い点が太陽で、この小さな点が地球だ」 彼が画面に触ると、そこのセクションが直ちに拡大される。

  「それから、物質的世界のここにあるこのちっぽけな白い点が、現在天の都が駐在しているところだよ。それでも、まだ霊の内にあるんだけどね」

  どう見ても、天体地図幾何学か、天文学的形而(じ)上学の超自然的原理か、聞いたこともないような学問の短期集中コースを受けないと、私には理解し始めることすらできないようだ! ジャマールが一息おいて、もっとわかり易い説明の仕方を考えている。彼にとっては、高等微積文学を幼稚園児に教えているようなものなのだろう。時間と空間、物質と霊のレベルや次元は、私にとっては今だ大きな謎としか言いようがない。やがてジャマールが口を開いた。「ええとね、時間の存在というものを、すべての創造物が存在する大きな大きな区域の中のボールに例えて考えたらわかりやすいかな。こう考えてみて。創造物全体が水のような霊的な液体で出来ている。そして物質的創造物というのは、その水の中に浮かんでいる氷のかけらみたいなものなんだ」

  ジャマールは笑って肩をすくめると、ニコッと私に向かって微笑んだ。「ごめんね。これができる限りの説明だよ。僕ももっとよく勉強してみるね」

  「でも自然の宇宙はとても広大だよ。無数の星や銀河の数々が、ずっといつまでも続いているみたいに思えるくらいだ。地球にいるときなんか、大きすぎて果てがないんじゃないかと思えるほどだった」

  またジャマールが何となくほくそ笑んでいる。「もし物質的な宇宙が君にとってそんなに大きく思えるなら、霊的宇宙の広さを一目見てみるべきだな!」 彼の目を見ると、まるで水晶玉のように輝いていて、その目を見ていると、彼の語ったものが見えてきそうだ。一瞬、完全に想像の世界を遙かに越えた永遠の広さが見えた。計り知れない、深遠な、神が造られた霊の世界だ。私はそのほんの一部しか一瞥しなかったのに、それでも面食らってしまった。なるほど、ジャマールが比べものにならないと言ったわけだ。宇宙がいかに広大といえども、霊の大世界に比べれば、そのひとかけらにもまるで及びはしない。

  地図の方を向いてジャマールが話を続ける。「ここで、時空間から少しだけそれたところへ舵を向けて、天の都が旅したのとまったく同じ道をたどっていく。ここからだよ」 地球を中心とした黄色い円の端を指し示している。「地球の人々は、船が近づいて船着場に入るにつれ、僕たちを見られるようになるんだ」

  「地球の人達に、僕たちが来ているのが見えるのかい?」

  ジャマールは、すぐ側にある別の窓から外を見ながら言った。「時々、僕たちのことをちらっと見せることもあるけど、今回はそうしないと思う」 ニッコリ笑うと、こう付け足した。「面白いことに、僕たちを見ると、彼らは信じないか、認めようとしないか、他の人から気が狂ったと思われないようにもっと証拠を欲しがるかのどれかなんだ。もちろん、本当におかしくなってしまう人達もいるよ。だから、大抵の場合姿を見せることはしない。でもかなり接近することもできるんだよ。そして彼らに見られたり、レーダーに映らないように、ちょっと上の霊界に戻らなくてはいけなくなるんだ」

  「何だか、都自体が宇宙船みたいに聞こえるね。そうなのかい?」

  「まさに想像を絶するよ! 神がそれをお造りになって、僕たちに内装や備え付けを一部させて下さった。自分たちの家は、好みに応じて改装するんだよ。前にもう言ったけど、神は楽しむことがお好きで、僕たちのために物事を面白くして下さるんだ」 ジャマールは話を中断して、私の方を見る。「君も、都の建物のことや都が宇宙の旅をしているという話は、読んだことがあるよね?」

  「ああ。昔の預言者も書いたし、終わりの時の預言者ダビデもそれを書き記しているよ。でもそれについて読むのと、こうして実際にここに来てこんな風に住むのはかなり違うね」

  「もうすぐ、すごいものをたくさん見られるよ。神は良い完璧なものは何でも都に取り入れて下さった。僕たちの心の願いをすべてかなえて下さったんだ。宝石の大採石場を見ただろう。あれも単に僕たちの個人的な装飾用に下さったんだよ。神御自身の手によって造られ、都に備えられたこの上なく尊い奇蹟のすべてに加えてね」

  「それで、都自体は霊的なもの? それとも物質的なものなのかな?」

  「その両方だ! あれは、神の物質的創造物の最高傑作だよ。でも僕たちの体と同様、僕たちと一緒にいられるように神御自身が住まわれる、霊の宮でもあるんだ。都は多くの面で僕たちと似ていて、霊的でもあり物質的でもある。イエス御自身も霊だけど、僕たちと一つになるために物質的な体をまとわれただろう。実際、物質的な材料と霊的な材料で出来た主の都が、物質的な世界に下りてきて世界を治めるのはふさわしいことだと思うよ。イエスは霊と同様に肉の主でもあるわけだからね。今現在は、肉的身体から隔てられているけれど、それも束の間の話だ。いつか、再び主が全創造物を征服される時には、物質界と霊界はもう一度、完璧な調和の内に暮らすようになるのだから」

  都の内部ではきっと霊の内で上昇するんだろうが、ジャマールの話からすると、都そのものは今、物質的次元の中か、すれすれ辺りにいるらしい。私が尋ねる前にジャマールが答える。「現時点では、都は地球にとても近いところに停泊していて、時の空間に広く留まっている。とは言っても、地球から見つからないようにやや霊側の次元にいるんだけどね。それに多少カムフラージュもしてるんだ」

  またクリスタル画面の方を指さす。「地図で見せてあげるよ! この旅では、最初から最後まで霊的次元の中を旅するわけじゃない。より低い時制の宇宙空間でも、このラムダ・ワンは驚異的なスピードで移動できるんだ」

  天体地図上にある点を指し示しながら、ジャマールが説明を続ける。「で、ここにあるこの点に僕たちは向かっていて、そこには今、巨大な母船が停泊中なんだ」

  「母船?」

  「ああ。そうさ。つまるところ、宇宙都市は主の主要司令船だ。史上最高の宇宙船だと言えるね。ピラミッド形の船体が、君がまだ見たことのない、最高に美しい淡青色クリスタルの海のバリヤに包まれている。清く透き通った球形の海が、ちらちら光ながら船を包み込んでいるんだよ! 大いなる都は、巨大な宇宙戦艦のように、戦争地帯の真っ直中に停泊している。でも君もそれは知ってるだろう。地球から来たんだから」

  「大いなる都がそんなに地球の近くまで来ていたなんて、考えてもみなかったよ」

  「もうその戸口にまできていると言ってもいいくらいだよ。イエスも言われただろう。『見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている!』って。イエスは、君の世界に通じる正面玄関の真ん前にいて、今にも入ろうとしているところだ。地球ではお目にかかったことがないような、ものすごい力と偉大さを携えてね!」

  天体地図上の都の位置をじっくり見ると、地球の衛星である月と同じ位置にあるような気がしてきた。何か書いてあったが、変わった数学的な記号で書いてあったので解読できなかった。おそらく天使の言葉か何かだろう。わかりきったことを尋ねてみた。「それじゃあ、終わりの時の預言者ダビデが言ったことは正しかったわけだね。聖なる都が通って出現し降りてくる霊界からの入り口とは、月のそのものかもしれない」     

  「その通り!」 ジャマールがまた笑っている。「よくわかったね! その通りだよ。都を包む物的形状として神が造り、選ばれたのが月なんだ。そして物質界への玄関、あるいは出入り口と呼ぶ方を好むならそれでもいいけど、とにかくそこを通って大いなる都が最初に現れるのさ。結構急に出てくるから、全世界はあっと驚くだろうね。夜中に忍び込む泥棒のようなものさ。じゃじゃーん! ものすごい泥棒がやってくる夜になるぞ!(1テサロニケ5章2節、2ペテロ3章10節) 僕たちの家、都市、僕たちの首都、史上最強の母船また宇宙船、天国の戦艦が、あたかも月から抜け出たように出現し、地球に接近するんだ。月を選ぶなんて、さすが主だと思わない? 最高の象徴だと思わないかい? イエスは僕たちの太陽で、僕たちはイエスの光を反射している月というわけさ。(黙示録21章1節、詩篇98篇36,37節)

  一瞬の沈黙のあと、私の方を振り向く。「あとはもう知ってるよね。全部聖書に書いてあるから」

  「ちょ、ちょっと待って! ここで止めないでくれよ!」

  「第七番目のラッパ、つまり最後のラッパが鳴り響くと、地上にいたイエスを信じる者達が、生きた者もこの復活の時まで死んでいた者も霊の内で集う。そして死んでいた者たちは、土でできた以前の身体の塵(ちり)から神の息吹そのものによって造りかえられた、新しい復活した超自然的な身体をまとうんだ。ただ今回は完璧な永遠の身体になるけどね! その時まで地上に残っている信仰の人達は、使徒パウロが言っているように、神によって変貌させられるだろう。『終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる』(1コリント15章51節)僕たちは大いなる歓喜に満ちた御霊の動きに乗って天に昇る。共に集い、主の忠実な天使の手によって集められてね。それからイエスは意気揚々と、僕たちと共に天の都に入られる。そこで僕たちは最後の戦いに備えるんだ」(黙示録19章)

  どうしても聞きたい質問がまだあった。「聖書では『人の子のしるし』が天に現れると書いてあるけど、天の都が隠れ家から出てきて人々に見られる時、それがそのしるしになるのかい?」

  ジャマールはこの話題について実によく知っている。「戦争が激化するにつれて、空には他のしるしや不思議もたくさん現れるよ。かの大いなる日が近づくにつれ、神の偉大なる霊の王国のあちこちからこれみたいな巨大な宇宙船がぞくぞくと到着し始める。乗客は皆、大いなる戦いに加わり、小羊の婚宴に列席し、神の怒りが敵の頭上に注がれるのを見るためにやってくるんだよ。だから、宇宙では奇妙なことが起こり、それを見た地球の人達は終わりが間近だということを知るようになるだろうね。だけど、最終的な終わりのしるしは、聖なる都を見せるようにとイエスが指示される時となるだろう。都が霊の領域から物質界へと完全に移ると、誰もの目にも見えるようになり、人類は嘆き悲しむことだろう」

  「みんな宇宙船で来るのかい?」

  「いいや、僕は父さんや他の勇士達と一緒に馬に乗って陸地から突撃したいね。血沸き肉踊る興奮に満ちた時となるだろう。堕落した天使共や悪魔の軍勢に伴う地球の全軍隊と、神の全軍と主の人々が、最後の決着を賭けてハルマゲドンの戦いに集結するんだよ。僕たちが都から突撃し、空から駆け下りていく時の奴らの顔を見るのが待ちきれないな!」

  「その時、都は地球に着陸するのかい?」

  「いいや、地上に生き残った者達が都を見て、しばらくは悪さをしたくないと思うに十分なだけ近づくんだ。それに奪取した後は、都を近くに置いておいた方が便利なんだ。よく監視できるし、順番で地球にいて外の交替勤務をやパトロールをするのにもいい」

  「もし核ミサイルを都に打ち込まれたらどうなるんだい?」

  「奴らはやってみるかも知れないね。だけど都は悪魔や人間のどんな兵器からもダメージを受けることはない。神が青い球状の保護膜ですっぼりと都を包んでいるから、どんな物理的攻撃にも耐えられるんだ。至福千年の終わりに起こる、ゴクとマゴクの最終大決戦の猛威もへっちゃらだよ。その最終戦争の後で、神は地球の全表面を炎で一掃し、大気圏を完全に取り替えてしまわれる。その時は主が外壁をそんなにも強力にしてくださったことにかなり感謝するだろうね。これは覚えておいたら役に立つと思うんだけど、イエスと都の何百万という住民は、この戦争のためにもうずいぶん長いこと備えてきているんだ。それに地球時間の2千年にあたる歳月をかけて都を整備している。だから地球の兵器がいくつか打ち込まれても、天国が破壊される心配など無用ってわけさ」

 

第19章 動力源

  何とすごい宇宙船なんだ! まるで生きているようで、ラムダ・ワンを機械と呼ぶのをためらってしまう。左側にある壁の画面には、私達の現在地が映し出されている。船首よりにある船底の左舷(さげん)辺りから私達は乗船したらしい。左舷というのは船員用語で、船首に向かって左側を指す。壁にあるモニターに映っている船の形をみると、ラムダ・ワンは飛行機についている長い流線形の翼のようで、上部は丸く、底は結構平たい。胴体部はかなり厚みがあって、全体的に見ると空飛ぶ巨大サーフボードといったところだ。外から見ると完全に光としてしか映らないが、内側にいると、頑丈な物質で出来ているように見える。

  先に述べたとおり、船底には大きくて円い、異なったサイズの出入り口があちこちに散らばっている。外枠を取り囲んでいるものは、遠くから見ると、装飾的で光り輝く細い蛇腹のようだ。中に入ってみると、この輝く蛇腹の正体は、船体の外側一体にぐるりと張り巡らされた大きな曲線の窓だった。この周辺は、受付や多様なワークステーション、観測デッキ、乗客や船員の特別な宿舎として使われているらしい。

  しばらく立ち止まって、受付の辺りにある窓の一つから宇宙の神秘を眺め、『私たちの下にいる誰かがこの宇宙船を見たら、どんな風に映るんだろう?』と考えてみた。多分、何千個もの光る点のふさふさがついた、長くて平らな輝くホットドックのような物体を持つ、細長い発光クラゲみたいな生き物に見えるだろうな。船底にある円い多数の出入り口は、光る無数の目にじっと見られているような感じだろう。

  「船を案内しようか」ジャマールが申し出てくれた。

  「そいつはいいね!」そう答えると、私たちは内壁の、ちらちらと光ゆらめく円いドアの方へ向かい歩いていった。

  ドアの向こうには、地球が誇る最高級のホテルが足下に及びもしない、豪奢(ごうしゃ)なレセプションエリアがあった。よく整った美しいロビーが無数にあり、泳ぎたくなるようなプールと遊技場もあったし、食欲をそそるビュッフェスタイルの食事エリアもある。

  特にこのレセプションエリアの一部には、桁外れに大きくて頑丈なクリスタルの観測窓が船のサイドにはめ込まれてある。床から始まって、壁を高く登りつめ、それから天井で頭上高く船の内輪郭にそってカーブしているのだ。これらの窓からはるか遠くまで外を見渡すことができる。この特定の場所には、大きな装飾された円形の天測窓のような出入り口が少なくとも3つ床に埋め込まれてあって、それぞれゆうに15メートルの幅がある。床に設置された出入り口のそばに立っていると、グラスボート(訳注:海底が見えるように船底の一部がガラスになったボート)に乗っているのと似たような感じを受ける。もっと船尾の方には、より大きな貨物用の入り口がある。内壁上部には、窓と向かい合ってバルコニーがいくつか並んでおり、そこからレセプションエリアを一望できる。バルコニーはもっと多くの乗客用宿泊施設に続いているようだ。エレベーターや階段といったものは見あたらないし、必要でもなさそうだ。ただ壁に近づいて行きたい階層へ浮かび上がればいいのだから。

  壁づたいに上ってつきあたりまで来ると、それぞれのセクション毎にまるで生きているかのような美しい壁画がある。それには、ラムダ・ワンが登場する天的歴史ドラマの瞬間が描かれていた。もっと下の方へいくと、大きなスクリーンが幾つかあって、更にその下には、旅客が使用できる通信コンソールと小型スクリーンが多数備えられてある。

  船の動力源が何なのか定かではなかったが、どうやら霊的に作用しているらしく、とても清潔で静かだ。

  ジャマールの声でふと我に返る。「最初に何を知りたい?」

  「動力源は何なの? この船を推進させている、ロケットやジェットのようなものは一切見あたらないね」

  「この船はそういったもので動いてるんじゃないんだ。霊的次元にいるときには、霊を基盤としたエネルギー源を使って運転する。そして時の空間に降りる時には、ハーモニクスの隠れた超パワーを利用する」

  「ハーモニクス? 何だいそれ? 聞いたことあるような気もするけど、ハーモニカくらいしか浮かばないや」

  「ハーモニクス(和声学)というのは、音楽と振動の科学だよ。音楽のサウンドに含まれる特性と特質についてだ。物質的創造物の間では、どんな物質も特定の周波数や和音や波動パターンに反応する。例をあげると、岩や水晶や木のような自然物質の一つ一つ、あるいは人工的に造られた橋やワイングラスや高層ビルの一つ一つが、特定の振動音に反応するんだ。君には聞こえないかも知れないけど、トーンや響きがぴったり合えば、そういった物体はそれを『聞いて』反応するってわけさ。

  君たちが地球で聞く音波は、ものすごい天国の『音』、つまり創造物の音というスペクトラムのほんの一部でしかない。音も光もエネルギーも波動に乗って移動するんだ。目には見えないけれども、物質界ではありとあらゆる重力や電磁波がある。星や惑星が軌道上を移動し、宇宙のまわりを舞うとき、宇宙に深い波と風の波動が出来るんだ。創造物はものすごい力で脈動し波打っているので、それが動く時、目に見えるのも見えないものも含めて、とてつもなく強力な力が波のように前後に動くんだよ」

  「何となく海の波って感じかな」と私が口をはさむ。

  「まあそんなとこだね。でもこれらの波動は、宇宙という海の海面上だけじゃなくて、非常にゆっくりと深くパワフルで、創造物を根こそぎ揺るがしてしまうものまであるんだ。この大いなる波の交響曲を『星々の奏でる音楽』と呼ぶ人もいる」

  「それで、このラムダはどうやってその秘密の力を動力源にしてるんだい?」

  「僕たちがいろんな音や音楽に反応するように、ラムダ・ワンも僕たちを取り囲む様々な波動に反応できるんだ。もし特別な耳があるなら、君にもそれらが聞こえるんだけど。天使は、僕たちが今は聞き損ねてしまう、ありとあらゆる音を聞くことができるんだ」

  「科学の時間にレーザーについて勉強したことがあるよ。光の波動を調和させて動かすと、強力な光線になるんだ。ラムダは何か巨大なレーザー装置の類なのかな?」

  「確かにラムダは少しレーザーに似てるね。というのも、あちこちに出ている不揃いの波動を取り入れて変換させ、融和して使ったり、それをエネルギー光線として放射することだってできるからね。つまり、外にある波動エネルギーの『シンギング*』によって刺激されるなら、いろんな類のガスや液体や固体が『調和した振動を起こし』、エネルギーを放出しできるように、ラムダも宇宙の波動エネルギーを実用的な力に変換しているということさ」(*訳注:音楽的に「歌うこと」という意味と、電子工学的に「調和した振動を起こす」という意味が掛け合わされている)

  「それって、僕たちが聖霊で満たされた時と似ているね。僕たちも輝き始め、エネルギーの塊になるんだ」

  「それは非常に似通った過程だね。ただ一つの違いは、僕たちの場合は霊の光とエネルギーに刺激されて反応し、光と力を受けて輝くってことだね。物理的な光とエネルギーも似たようなもんだけど、それほど強力じゃないんだ」

  「つまり、こういう事かな。僕たちを取り囲んでいる創造物は、いわば波動エネルギーによって『歌い』『踊っている』わけで、ラムダはそのエネルギーをいくらか利用しているということだね」『歌っている』とか『踊っている』というのは文字通りの意味で取るべきじゃないことはわかっていた。ふと、面白い考えが浮かんで私は笑い始めた。

  「どうかしたかい?」ジャマールが尋ねてくる。

  「ああ、地球の植物が太陽からエネルギーを取り入れて、それを食物となる実に蓄えるのは知っているだろう。後になって人間がそれを食べる時には、このエネルギーは別の形になって身体に取り入れられるわけだ。だから僕が思うに、地球の人達は太陽の『音楽』、つまり太陽から転換されたエネルギー波によって強められているってことになるね」

  「そうだね。でも、直接エネルギーを『消化』できたらどうなるか考えてごらんよ。それがラムダがしていることなんだ。それによくよく考えてみるなら、今僕たちがしていることもそれだし、新しい身体でもそれをするようになる。ここ天国では生きるために食べる必要はない。僕たちは主と聖霊から力を受けるからね。とにかく、ラムダの強さと力の秘密に話を戻すと、ラムダは創造物全体の中を駆け巡る目に見えない大きな波と力に波長を合わせるよう造られていて、用途に合わせて波を選び転換しているってことさ」

  「そりゃすごい! 実はね、ちょっと前にこの船が何かに似ているなあと考えていて、思ったのがサーフボードだったんだ!」

  ジャマールが笑う。「確かに少し似ているね。そして宇宙に乗り出して波乗りをしようとしているわけか! 宇宙の中の宇宙を駆け巡る、巨大なハーモニーの波に乗るんだ! 巨大なサーフボードに乗って広大な宇宙の海を航海していても、公害や雑音はまるでなし。目に見えない強い風と波が僕たちを押し進めてくれる。その力は実に強く、サーフボードか帆船のようにエンジンの音もなく僕たちを動かしてくれるだけでなく、敵の戦艦から守り、必要とあらば手痛い一撃を加えることもできるほどすごいんだ」

  この科学的な討議をジャマールは随分と楽しんでいるようだ。私にとっては難しすぎる話が多かったが。

  「この船の最高速度はどれくらいかな?」

  ただ笑うだけのジャマール。「とにかく速い!」 そう答えた後、私にはもっと説明が必要に違いないと思ったらしく、こう続けた。「ラムダは一部霊的な設計になっているから、必ずしも完全に物質的素材で出来た乗り物と同じように考えることはできないんだよ。わかるね。ラムダは信じがたいスピードで加速することができるんだ。高速に伴う質量の増加や形状のゆがみ、あるいは時間のシフトといったことをせずにね」

  ジャマールはどうやら、私がアインシュタインの相対性理論の中で聞いたり読んだりしかしたことのない話をしているらしい。

  「必要なら、光よりも速く進めるよ」高速飛行のスリルを知らないわけじゃないんだよ、とでも言わんばかりの笑みを浮かべてジャマールが言った。

  

第20章 ラムダの秘密

  「ラムダの歴史について何か教えてくれる」

  「それなら、ぞくぞくするような話があるよ。おぞましい背信、つまり天国の内乱が起こっている最中に、嫌な話だけど、堕落に加わった元ラムダの乗組員によってこの船がもう少しで乗っ取られそうになるという事件が起きた。だけどね、君ももうピンときたと思うけど、ラムダ・ワンはただの機械じゃない。多くの面で生きていると言える。当時は船が造られて間もない頃で、何回か予備飛行を試みていただけだった。ラムダを完成させ、独特の機密を備え付けるのに、主ご自身がかなり関わっておられた。堕落した天使達がその時十分把握していなかったのは、主が、ラムダに考え決断する能力を備えて、生物のようにされたことだった。

  ラムダは主のペットみたいな存在で、主にとても忠臣だった。そして主はラムダに、常に謙虚でいて主を信頼するように、また、主の指示があるまでは、自分にどれだけ素晴らしい賜物が備わっているかを誰にも明かさないようにと命じられたんだ。それはラムダにとってかなりのテストだった。特に、船を操縦する者たちは初心者だし、いつも最善の決断を下しているとは限らなかったからね。でもラムダは主に従い、真のパワーと能力を誰にも明かさなかったんだ。

  それから背信が始まった。それは、天の父がその一人子に忠誠を誓うようみんなに求めた時に起こった。サタンとか悪魔とか呼ばれているルシファーは、今まで造られた内でも最もきわだった天使だったんだが、奴はイエスを妬み、腹ただしく思い、服従したがらなかった。ルシファーの望みは、自分が神となり、皆が奴に服従することだったんだ。だから奴は反発した。突然の出来事だったよ。僕たちと違って天使は実に素速く決断を下し、3分の1は神の御子に反抗してルシファーに従った。3分の2は、主に忠誠して留まったからよかったけどね。

  分岐点がきて立ち去るときに、何人かの堕天使どもはラムダを自分たちのものにしようと考えた。ラムダの主に対する従順が、本当に利益をもたらしたのはその時だ。堕天使どもは乗り込み、ラムダの秘密に気づく術もないまま持ち去った。奴らには極上の宇宙船ぐらいにしか考えられなかったんだよ」

  質問をはさむ。「ラムダには奴らが反逆者だってことがわからなかったのかい? どうして、ラムダは運転を停止したり機能せずにおいたりして、奴らを止めなかったんだい?」

  「ラムダは老練でもなければ、霊の内での経験も浅かった。それでも、すぐに何かが変だと感じ取ったけどね。でもほら、命じられるまでは特殊能力を明かさないようにと主から言われていただろう。なかなか難しい選択だったけど、ラムダはただ主に信頼して、黙って反逆者と去ることにしたんだ」

  「それからどうなったんだい?」 興味津々で尋ねる。レセプション・エリアのすごい壁画に描かれている場面を思い出して、話とのつながりを合点し始めた。

  「反逆者どもは地球に向かうことに決めた。奴らは追われていて、ラムダは強力な霊の稲妻をもろに食らったようだった。それで、奴らは物質の次元に急降下して逃げおおそうとしたんだ。起こっている事柄や自分たちがしでかした事で頭がそれほども一杯じゃなかったら、何かが変だと思ったことだろう。物質界に突入した時、奴らは荒れ狂う火炎の真っただ中に降り立ってしまったんだ! 太陽を通って物質の次元に入ってしまったんだよ! ラムダは密かに主と通信していて、主が一歩一歩正確にすべきことを教えていたんだ。太陽を通って物質的次元に入るようラムダに教えたのは主だったってわけさ。

  通常は天使にとっては問題ないよね。堕落したばかりの天使達もまだ霊の力をふんだんに持ち合わせているから大丈夫なはずだった。でも、ラムダが物質的次元に移動したとき、主の助けを借りて、奴らの身体が霊性を幾分失って物質になるように変えたんだ。奴らはみんな、言わば、もっと人間のようになったってことだね。

  それで、ラムダは太陽の燃え盛る火のような熱が船内に伝わるように、少し保護膜の効果を弱めたんだ。反逆者どもは赤炎を初めて味わっておったまげていたよ! そこから飛び出しそうだった! ラムダの運搬コンジットの内部が焼けるほどに熱くなっていたので、奴らは攻撃を受けたときに機能がいかれたと思いこんで、パニックになった。奴らは火星に降り、熱をさましたり、ラムダがダメージを受けていないか、どういう状況なのか調べようと思って下船した。その時に主は、今こそ秘密を明かす時だとラムダに命じたんだ! そしてラムダは従った! 瞬時にしてラムダは船の機能を完全に自己制御し、半人間化した反逆者どもを火星に置き去りにして飛び去ってしまった。奴らは目で見て認識できるほどには肉体化されていなかったが、もはや完全な霊体でもなかった。つまり、力をかなり失ったまま火星に島流しになったってわけさ。ラムダは天国へ戻ってヒーローとして迎えられた!」

  「すごいな! ぞくぞくするよ! それで、火星に残された反逆者たちはどうなったんだい?」

  「やがて、大勢が他の反逆者に拾われたけど、残った者達もいて、火星に監視所と基地を設置した。今はもっと地球に移っているけどね。地球の科学者が火星の表面からサンプルを持って帰るときに、便乗して移動する奴も増えることだろう。あの連中が岩に隠れるのを好むってことは知っているよね?」 そう言ってからジャマールがニコリと微笑み、敵とじかに遭遇した時の事を私に思い出させた。それから肩をすくめて言った。「でも、それはそれでいいかもね! 主が征服され、奴らを一網打尽に閉じこめてしまうときには、まとまっていた方が手っ取り早いから」

  「ラムダって、ものすごい船だなあ」論点に戻る。「ラムダっていう呼び方は何となく『ラム(子羊)』に似ているよね。誰が本当の主人か心得ていて、別の人にはついていかない、賢い子羊みたいだ。名前の由来はそこから来ているのかい?」

  「ラムダは天使アルファベットの記号の一つなんだ。後にギリシャ語のアルファベットで使われるようになったよ。英語のアルファベットでいうと、第12番目めの文字『L』と同じだね」 そう言い終わると、後から思いついたかのように付け足す。「それから、それは主(Lord)の頭文字でもある!」

  「主は12という数字がお好きなようだね! 1年は12ヶ月だし、イスラエルの部族は12部族、都には12の門があって、弟子も12人だった」

  「そう、それに、ラムダは主が造られた探査船艦の内、最終に当たる12番目の船なんだ。最も順応性がある船の一つと言えるね。ほとんどどんな次元にでも行って機能できるから。それにとても操作しやすいんだよ。天使達は霊的に操作をして操縦するけど、人間が肉的なやりかたで操作したって離陸させられるよ。命令はテレバシーでも言語でも同等に反応することができる。ものすごく融通が利くんだ」

  まるで飛行機に魅せられた子供みたいだな。ジャマールはこの船について何から何まで知っているようだ。

  「大きさは?」

  「どの単位で?」

  「マイルかキロで頼むよ」

  頭の中で数字を置き換えるのに一瞬かかったようだ。「時の空間の中では、この船は神がノアに箱船を造るためにあげたのとだいたい同じ比率になっている。サイズはこっちの方がずっと大きいけどね。全長約240キロメートル、幅40キロメートル、中心の一番分厚い所が高さ24キロメートルといったところかな。頂点から曲線を描きながら1.6キロ位まで低くなって、今僕たちがいる船のへりまでそれが続く。とは言っても、この寸法は絶対的なものではないんだ。この船は伸縮できるからね」 ジャマールの数学と測量の能力は桁外れにすごい。彼は何でも並外れているが。

  「つまり、この船は大きさや形を変えられるって言うのかい?」 びっくりして聞き返す。

  「当然! 基本的には命をもった霊的な光だからね。全部物理的な物質で造られたものよりも、はるかに順応が簡単なんだよ」

  「こりゃすごい! 僕たちが乗ってる最中に変形し始めないといいけどね」

  「ああ、それなら心配無用だよ。極度の変態が必要になったら、船が教えてくれるから。ほとんどの場合は、気づかないも同然だね」

  ラムダ・ワン、恐るべし!

 

第21章 チューブ・トラベル

  トライコンで見たのと同じ微光を放っている円い出入り口を通って、レセプション・エリアを離れることにした。ここの光は、特性や用途や能力において、地球の光よりもすぐれているようだ。ある光は時折堅い物質のようになれるみたいだし、ドアに関して言えば、特定の人や物を選んで通せるみたいだ。

  私たちはこの船の中全体を巡っている、大きな幹線輸送システムらしきものに入った。例によって光のような物質でできた大きなチューブのような導管が、人や物資を船中のあちこちに輸送するのに使われている。

  ジャールと馬の群れは、ずっと後ろの方にある特別な船荷エリアから乗船しており、ここからは何キロも離れているが、とりあえずそこに行ってみる予定だ。輸送道路網、あるいは別の呼び方があるのかも知れないが、とにかくその入り口で、ジャマールが壁のモニターに向かって話しかけた。「中央馬屋まで、よろしく!」

  突如として無重力状態になる。体が軽くなり、浮かんでいるように感じたが、何の上に、あるいは何の中にいたのかはわからない。大きなチューブの中で、目に見えない力というか流れに乗ってアッという間に押し流されていったのだ。「川のようだった」というのが唯一ぴったりくる表現だが、どんな流体も何かが動いているとほのめかすものも見られなかった。ジャマールも私も、何の努力もせずにやすやすとものすごいスピードで運ばれて行ったが、危険は全然感じなかった。大河の流れに乗って流される二つの小枝になったとでもいったところだろうか。

  船の後部に向かって何キロか進んでいくと、ある地点で急に右折れして、中心あるいは内部セクションの方へまた何キロか進んでいった。この長い通路を流れて行きながら、他に出口や交差点もなく、途中で他の場所に続いていく通路との分岐点もないなんて変だなと思った。実際はあたり一体、上下左右至る所にチューブが通っているに違いないが、私たちには閉じられていて目に見えないらしい。私たちを運んでいる中央輸送システムは、正確にどこに連れて行ったらよいのかを知っているようだし、最短で最も能率のよい道を選んでいる。船の中間部だと思われる部分に近づくと、輸送チューブが垂直にピンと上向きになっていた。

  チューブの中では移動距離を見積もるのは難しいが、船の長さと幅から判断すると、受付から白く光る馬屋の入り口までは、約100キロから120キロといったところだろう。測定が難しいのは、ものすごい速度で移動していたのと、何で出来ているのか知らないが、このチューブあるいはトンネルのまわりがずっと柔らかい白熱光で光っていたせいである。たまに標識か道しるべを見た様な気がしたが、なじみがなく訳のわからない言語で書かれていたのだ。

  ジャマールに思ったことを言ってみる。「まるで僕たちのためだけに作られた、分岐点なしの通路みだいだね! 他の誰もいないし、これ以外の通路も全然見あたらない」

  「特注の輸送機関さ!」 ジャマールが答える。「自分だけの通路だよ。そのほうがもっと効率的で安全なんだ。どこに行くのであれ、移動には通行許可が要る。もし侵入者やトラブルメーカーが船に乗っていたら、ラムダの許可なしに船内をうろつくのにさんざん苦労することだろうね。地球で地下鉄を使う時に君たちが直面しているような問題は一切ない。これはタダだし、個人用で能率的だ。列に並ぶ必要もなく、強盗やスリや酔っぱらいもいない上に、よく警備されている! ラムダの許可なにしは、どこにもいけないんだ。君のことは何でも知り尽くしているし、たった今どこにいるかも常時把握している」

  思考し、生きている船の中にいるというのは、あまり落ち着かない。「何かの生き物の内部にいるっていうのは、どうも気が進まないな」 ついに言ってみた。

  「いやかい?」ニコッと笑ってジャマールが尋ね返す。

  「まあ、例えばだよ。これが生き物の消化器官だったとして、最後にラムダのお腹に入っちゃたりなんかしないよね!」 冗談混じりで出し抜けに言ってしまった。

  ジャマールが笑っている。「安心しなよ! ラムダは君を食べたりしないから。必要なエネルギー源はすべて他の所から得ているんだ」 それから彼は話すのをやめ、目をキラキラ輝かせながら、まるで私がご馳走であるかのように見つめて言った。「でも、もしかすると…」 それで私たちは爆笑した。

  空中を真上に抜けて、円い発光した入り口まで登っていく。どうやら着いたらしい。ドアを通り抜けると、目をみはる光景に出くわした。そこには、ものすごく大きい公園のような円形広間があって、巨大な透明の傘によってふたをされている。馬屋というよりはプラネタリウムか自然公園のようだ。私たちが着いた所は脇の入り口で、かなり上のほうにあった。このクリスタルドームを通して、上にも周りにも、無数の星やこの中央展望台からあらゆる方角に広がるラムダの上部が見える。下のほうには今まで見たこともないような、最大級の鳥類飼育場、自然動物園、テラリウム(陸生動物飼養場)、ガラスドームの植物園が見える。たまげる程大規模で、何キロにも渡って連なっており、きれいな植物や木々、草原、噴水、小川、それに澄み切った水のプールのあちこちに生き物が生息している。中には初めて見るものもいた。

  本当に美しい場所だ。畜舎というよりは、壮大な自然公園といった方がぴったりだな。馬達にとっては、休息したり飛行中の時間を過ごすのに、まさに理想的なところといえる。下の方で馬の群れが休んでいるのが見える。この楽園で心からくつろいでいるようだ。横たわっているものもいれば、仲良く寄り添っているもの、また驚くべきインドア牧草地でむしゃむしゃ草を食べているものもいる。

  「すごい馬屋だね!」思わず叫んだ。そしてジャマールに向かってニッコリほほえむ。地球で動物達を飼っている場所を思い起こすと、あまりの差に身震いがした。

  「父さん!」ジャマールが下に向かって大声で呼び、熱っぽく手をふる。

  今立っている、バルコニー型のプラットフォームから下を見下ろした。下の方に、見事なナツメヤシとバナナに似た木があって、そのすぐ側にジャールが立っている。立派な一頭の馬に話しかけ、やさしくなでていた。

  「フェスティバルのために馬を備えているんだよ。着いたらどんな事が起こるのかや、ショーで何をするかを話しているんだ。かなり華々しい登場を計画しているからね。それに当然、ショーの後には大勢の子供や大人達まで馬に乗りたがるから、馬達にとっては忙しい日となるんだ」

  父親が馬を落ち着かせたり、カウンセルするのに忙しそうなのを見て、自分も熟練トレーナーであるジャマールは、こう尋ねてきた。「円形広間の一番上に行って、展望台のあたりを見てみたいかい?僕はそこを鷲(ワシ)の巣と呼んでいる。そこからならすごい景色が見渡せるんだ」

  ドームの頂点らしき所には、特別な円形の展望台があって、360度全パノラマでドームの中や外の宇宙が見渡せるようになっている。

  「そこに行くと、宇宙のすてきな景色や船の上部も見られるよ」

  見たところ、はるか上空にある天井に備え付けられた、クリスタル展望台まで登っていく方法はなさそうだ。ジャマールは壁にあるコンソール(制御盤)の方を向いたかと思うと、展望台まで連れていってくれるように、ていねいな言葉づかいでラムダに頼んだ。

  直ちに、私たちは例の目に見えない不思議な力によって、上空に運ばれていった。だがトライコンの大図書館で浮かび上がった時とはちょっと違う。これはもっと機械的で一般的だった。上へ上へとのぼっていき、大きな無色透明のプラットフォームの底をすり抜けて中に入っていった。一度中に入ると、船の入り口と同様、まだ透明ではあるけれども底はしっかりした足場になった。展望台は、公園中をすっぽり覆っているクリスタルドームの天井全体に固定されているようだ。外から見ると、この建物はきっと大きな緑色の目のようだろうな。私たちはいわばその瞳にある点々だろう。この円形型プラットフォームは2階層になっていて、私たちが今立っている一階中枢部は、のっぽの人一人分の背丈だけ天井より下に突き出している。透明な壁と床から見た公園は、まさに壮観だった。上に移動して上層部にいくと、そこは船の最高部にあたる外枠と同じ高さになっていて、そこも透明なドームで覆われていた。外を見渡すと、船の全景や回りを取り囲んでいる神秘的な宇宙を一瞥(べつ)できる。

  この展望台エリアがどうやら船の最高部になるらしい。先頭部の方を向くと、船の鼻先あたりに、よく似た別の透明な円蓋(がい)地帯が見えた。見るところ80から90キロくらいは離れていそうだ。この次元にいると、視力は格段に鋭くなる。「あそこのあれは何?」 場所を指しながら尋ねる。

  「あれは船の主要指令本部だよ」

  「中に入って見れるのかな?」

  「すぐ近くまでなら行けるよ。少なくとも観測台の中にある回廊には入れると思う。これがまたすごいんだ」

  長い長い船体が遠くの方まで続いているのが見える。展望台の窓から見ると、ラムダはまるで海に生息する巨大な発光生物、あるいは桁外れに大きい白鯨が宇宙という海を泳ぎ回っているようであった。

 

第22章 グランドツアー

  「やっと見つけたわ!」 聞き覚えのある明るい声がする。「ラムダにあなた達の居場所を教えてもらったの」

  「ザーファ!」 彼女を見て思わず叫んだ。「来てたのか!」

  「こんなチャンスを逃すわけないわ!」 ケタケタと元気よく笑いながら、ザーファが私たちの方へ上昇してくる。中に入ると、いたずらっぽい目を輝かせて、私をまじまじと見つめながら言った。「昨日はよく眠れたでしょうね」

  「ずっと夢をみてたよ」 にやっと笑って肩をすぼめると、まるで何もなかったかのように振る舞うザーファに従って、おどけて言う。「あれは最高に変わった夢だったな! ほんの数時間前に君と一緒だった夢を見たばかりだよ!」

  「そうなの!?」できる限りの驚いた表情を繕って遊んでいる。「それは不思議ね!」

  ザーファはジャマールに姉のような親しいハグとキスをし、船首の方を見ている私たちに気づいて言った。「司令本部にはもう行ったの?」

  「いいや、まだだよ」私が答える。

  「用意はいい? そこまで競争よ!」そう言って、挑戦的な目をジャマールの方に向けた。

  「望むところさ!」ジャマールにしては意外な、めったに見せない若者特有の性質が顔を出した。

  二人とも展望エリアの正面まで走って行き、何か言って手を振りかざすと、輸送チューブの入り口が現れて開いた。楽しそうにケラケラと笑いながら、真っ先に輸送チューブに乗り込むザーファ。ジャマールはこっちに来いと私に手招きしながら、ザーファを追いかけにかかる。後についてチューブに入ってみるが、私には何も起こらない。「ちょっと、待ってくれよ! 動かないぞ!」

  「ただ船に向かって、して欲しいこと言えばいいんだよ」 ジャマールが振り返って大声で私に叫ぶ。

  「君らと一緒に行きたいんだよ!」 そう私が答えるやいなや、あっと言う間にザーファとジャマールに追いついた。ものすごい速度だ。二人はこの超音速レースで、どっちが船をうまく説き伏せて先に船首までたどり着けるかを競って遊んでいるのだった。

  普段使う命令を使い尽くしたザーファは、ついに嘆願することにしたらしい。「ラムダ、どうかどうか、私を勝たせて!」しかし、頼み込めば頼み込むほど、ジャマールがどんどん追いついてくる。

  「聖書にあるだろう、先の者は後になるんだよ!」ジャマールが、からかうようにして叫ぶ。

  「あら、やだ!」ザーファはそう言って笑い出した。ジャマールと私は彼女の隣にぴったりとくっついた。ラムダはこの競争にまったく関わらないことにしたらしい。段々とゆっくりした速度になって、入り口に到着するまで横一列のままだった。

  「引き分けってところだね!」 私が言う。

  ジャマールが笑う。「まあ、そうなることは知っていたけどね。誰かが輸送チューブで遊ぶときには、ラムダ自身は参加しないし、かたよって誰かを応援することもないからね。でも…」また笑っている。「もしかしたら、いつか勝てる日がくるかも!」

  光を放つ卵形の大きな入り口を通って、ラムダの司令本部を見下ろす観覧デッキに入った。私は、スチュワーデスに連れられて飛行機の操縦席の中を見せてもらった子供のようにはしゃいでいる。ただ、この操縦席は地球のとはまるで別ものだったが! 

  「ほら、そこの部分」ジャマールが右の方を指さしながら言う。「あれが前に話した、手動操縦センターだ」

  「だけど、誰もいないじゃないか!」

  「いや、今回の便ではラファエルがこの船の操縦責任者となっている」 そう言って、背が高くて、いかにも責任者という風格の、天使のような人物の方へ身振りをした。

  「あの人は、誰?」同じ場所にきれいな女性がいる。

  「このフライトでアシスタントを務めているラチェーリだよ」 とてもきれいなラチェーリに私がありありと興味を示しているのを見て、ジャマールがニッコリと笑う。

  抜群に高性能で最高の機械であるこの航空装置を運転するのに、多くの人達がスクリーンを監視したり動き回ったりと、多様な仕事を処理していて忙しそうだ。主と天使以外は、多次元航行するのにとても精巧な設備が要るようだな。額に細くて平らな赤いバンドを巻いた人物が入ってきて、ラファエルに話しかける。やはり色違いのバンドはその人物の階級を表しているに違いない。

  「彼は一等航海士の一人だね。特別客と積荷の責任者だよ」

  「特別客って、僕みたいなの?」

  「そう、そう、君みたいなの!」そう言って笑い出す。「君の乗船手続きは彼がしたんだよ。当然、馬達の手続きもしたけどね。なかなか忙しい人だよ!」

  「あっ、見て!」そう言ったのはザーファ。画面にある黄色の円を指さしている。「物質ゾーンに近づいているわよ」

  「物質ゾーンって?」

  「ほら…」ジャマールが思い起こさせようとする。「地球の人達に僕たちが見える所さ」

  「それで、どうするつもりなんだい?」もっと情報を引き出そうと試みる。

  「ラファエルをよく見ていてごらん。すぐに、やや上の次元へ移行するための指示を船に与えるから。物質的次元から出るわけじゃないんだけど、霊の内で少しだけ高くなるんだ。そうすれば地球のレーダーでは僕たちが見えにくくなるんだよ」

  コンソールに右手を軽くかざすと、ラファエルは少し高いレベルに上がるようラムダに指示した。突然、柔らかな波動が体全体を駆け抜けた。この次元に降りてきたときと同じ様な体験だったが、ただ今回は下ではなく少しだけ上に昇ったのだ。まわりの星の見え方が少し変わったような気がする。すべてがもっと軽く、輝きと美しさを増した。霊のレベルが上がることは何ともすてきな感覚だ! 嬉しくてワクワクして爽快な気分になる! このやや上のレベルから見ると、宇宙はそんなに真っ暗ではない。全宇宙がより明るくもっと青っぽくて、前よりも楽しそうに生き生きとしている。宇宙がもっと温かく親しみやすい場所になった。

  ジャマールが説明してくれた。「今僕たちは聖なる都と同じ宇宙の次元、同じ創造物レベルを航海している。僕たちは、地球に面しているのとは反対の側から月に近づいて行くけど、この次元からだと月は見えないだろうし、地球もいつもとは少し違って見えるはずだよ」

  「到着まであとどのくらいかかるんだい?」

  「まあ、霊のレベルが高くなるだけ、時間は重要でなくなってくるし、あまり関係なくなっていくからね。長いようでもあれば短いようでもある。その人の感じ方次第だよ」

  「それなら理解できるな。地球にいた時にもそんな体験をしたことがある。どこかに行こうと急いでいたり、特別に面白いことをしようと思っている時には随分と長く感じるのに、別の時には本当に時間がたったのか不思議に思うくらいすぐに過ぎてしまう」

  「でも、少なくとも船尾に行く時間くらいは残っているわ!」ザーファが会話に割って入る。

  「砲手の旋回砲塔(せんかいほうとう)を見てみたいかい? 僕はそう呼んでいるんだけど!」

  「砲手の旋回砲塔? いいとも! 何だかコンピューターゲームみたいだね」

  「今度は競争なしよ!」 輸送チューブに再び入ろうとしながらザーファが言う。

  「でも、都が見えてきて中に入る頃にはここに戻っていたいんだけど」 そうみんなに頼み込む。

  「もしそうなら、船首の回廊に行けばいいよ。そこから見る光景が最高だからね。心配しなくとも、時間はあるよ」ジャマールが安心させてくれる。「船が速度を落としてきた。つまり僕たちは敵陣に突入しているってことさ。聖書にはこうある。『地とそこに満ちるもの、世界とその中に住む者とは主のものである』だが、今はこの地区に悪魔側の者達がやたらに増えていて、そうやすやすと撤退したりはしないだろう」

  声を大にしてザーファが叫ぶ。「悪魔と子分達が地の表から追い払われて、ほとんど力を失って閉じこめられる日が待ちきれないわ! 地球はまったく正気の沙汰ではなくなってきているのよ。トラビス、あなたが帰った後、大変だったんだから」

  輸送チューブの入り口をくぐってから、ジャマールがコンソールに向かって言った。「防衛本部へ、中速度で」

 

第23章 選択の自由

  「何があったんだい?」輸送チューブに入るなりザーファに尋ねた。

  「あなたは確か、母がトムと出会った後すぐに帰ったわよね。あの後二人がコーヒーを飲みに公園を出かかった時にね、二人の強盗が茂みから現れたの。二人とも麻薬でハイになっていて、その内の一人が銃を出して持ち物を全部よこせって言ったのよ。奴らは母のハンドバッグとトムの財布を奪って行ったわ」

  「それで、君たちは何をしたんだい? フランクは奴らを八つ裂きにしたのか?」

  「いいえ、しなかったわ。できることは限られているの。こういった事に大きく干渉するには特別許可を受けなければならないから。もちろん、母は必死で祈っていたし、トムはトムなりに祈っていたわ。トムは自分が強いって体面をつくろいたいから、あまり霊的な側面をみせたがらないんだけど、この時ばかりは必死で祈っていたわね! 死ぬのが恐かったのね。ああいう状態になるならほとんどの人は必死になるものよ。二人の祈りは助けになったし、私たちは彼らを守るための権限がもっと与えられたわ。彼らの命を守るとこまでで、持ち物まではダメだったけどね。強盗はラリっていてめちゃくちゃな状態だったし、敵にかなり影響されていたわ。人々が薬浸けになっているときは、時々良い霊も悪い霊も含めてもっと霊の世界を見始めるから、物事はとんでもない方向に進んで行くことがあるの。母を守っていたのが私で、トムはフランクが守っていたけど、彼は服装とか見るからにリッチそうだから、もっと危険な立場にいたわね」

  「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」 話に割ってはいる。「トムとか、もっと言えば強盗たちみたいな人にも、霊的な守護者がいて見守っているのかい?」

  「そうよ。でも故意に神の愛と助けの手を拒むなら、霊の内で段々と神から遠ざかって、闇の王国や堕落した天使達の領域にもっと近づいてしまうわ。神から遠く迷い出れば出るほど、堕天使達はその人に取り入って感化したり、操ったり出来るの。だから、そういった人達を見守るのはもっともっと大変になるわね。もし誤った道に行くと言って聞かないなら、シェパードの保護から離れて道に迷い、トゲトゲのやぶに引っかかって動けなくなった羊のようになってしまうってわけ」

  「君のお母さんは問題を抱えてるけど、それでも神を愛しているようだね」

  「母はフランクと私の両方を亡くしたとき、自分を責めて絶望し、混乱してしまったの。胸が張り裂ける思いだったのね。それで神に疑問を抱きはしたものの、拒むことは決してなかったわ。敵は母に嘘をさんざん吹き込んで、罪悪感と絶望感でこてんぱんに打ちのめそうとしているの。母は自分が無価値の人間だとか、神が怒っているとか、天罰を受けているとか、そんな風に感じてしまっている。トムの場合は、大した悩みもなく悠々と生きてきたのね。富と権力を手にして、今の今まで自分のやりたいようにやることに慣れていた。だから奥さんを亡くした時には、悲嘆に暮れると言うよりも、神に対して怒り、恨みを抱くようになってしまったの。

  強盗達はもちろん人生で問題を抱えてきたし、間違った決断をたくさんしてきたわ。だから今では彼らに対して敵がかなり影響を及ぼしているの。でもね、彼らが生きて決断する限りは、神の御霊が激しく戦い続けるわ。囲いに連れ戻して命を与えようと頑張り続けるの。もう完全に神に背を向けてしまった思われる人が神に立ち返る、それは神の愛と憐れみの計り知れない神秘と奇跡よね。それで天国が大祝賀会をするのよ。神にとっては魂の一つ一つが尊いの。たった一つでも失なわれてほしくない。でも、もしどうしても言うことを聞かないなら、最終的には各自の決断に任されるのよ」

  ザーファの話は続くが、声の調子がいくらか明るくなった。「まあ、とにかく、私は強盗の一人に焦点を絞って、ちょっとの間だけ現れて接触したのよ。彼は私が手を挙げて立っているのを実際に見たわ。あの時の顔といったら! 仲間にさっさとずらかろうって言い始めてね。もう一人は相棒に何が起こったのか、なぜ変なことを言い始めたのか理解できずにいたわ。警察か何かを見たんだと思ったようね。あれはかなり緊迫した状況だった。撃たれるかもしれないと思ったわ! その頃には、母とトムをどんな身体的危害からも守る権限と許可がもらえていたから、ほんと良かった」

  「もし強盗が本当に撃っていたらどうした?」

  「フランクなら銃を使えなくすることもできたし、腕を引っ張ったり目をかすませたりして狙いをはずさせるとか、色々できたわよ。許可さえ受けていれば、かなりの事ができるの」

  「何をしでかすか、事前にはわからないのかい?」

  「いつもわかるとは限らないわ。決定的な決断の間際まで、両方の側が何とかその人を説得しようとして、霊の内ですごい戦いが繰り広げられていることがよくあるの。選択の自由がある限りは、実際の行動に出るまでその人が何をするか、絶対確実にわかるということはあり得ないの。神のみぞ知るところよ。多くの場合、信仰によって行動しなくてはならないの。自分にできることをして、結果については神に信頼するの。そうは言っても、彼らが心を決めたら、思いを読むことによって大抵は次に何をするかわかるけどね。

  何にせよ、私も必死で祈っていたわ! 母はかなり動揺していたのよ。その日の内で2回目の恐怖だったもの。かわいそうに。母はそんなにお金がないから、あんな風に盗られるなんて彼女には酷なことだわ。トムも十分ショックを受けて、霊の内で方向転換するのに助けになったみたいよ。その後トムはお母さんを近くの顔見知りのレストラントに連れていって、ツケでご馳走を注文してから一緒に長いこと話したの。二人にとって、この経験から何かいいことが起こりそうよ。母には一緒にいてくれる人が必要だし、トムにも誰かが必要だから」

  「でも、君はお母さんに実のお父さんとよりを戻して欲しいと思わないのかい?」

  「それが起こったらまさに奇跡ね! でも地球に住んでいる間にはそれは起こらないと思うわ」いつものように開けっぴろげで率直に言う。「父は今重病で退役軍人の病院にいるの。彼の霊が体から解放されるのは間近よ。肺ガンで随分と苦しんできたの。父のこともあって、今回都に来たかったのよ。父が都に着く時、そこにいて迎えてあげたいから」

  父親が到着して、優しいザーファが出迎えに走っていくビジョンを見た。痛みと病気という悲痛と足かせが取れて、彼の霊は全く異なった、すばらしき新世界に向かって昇っていった。とても励まされる光景だ。

  「お父さんは主のことを知っているのかい?」

  「子供の頃は、かなり主に近かったわ。でも軍に入隊して戦争に行ったせいで、少し気むずかしくふさぎ込んだ人になってしまったの。私達が死んだ後というものは、酒とたばこに溺れていってね。もともとはとても優しい人だったのだけれど、病気がひどくなってからは愚痴ばかりこぼすようになって。そばにいるのも大変なくらいにね。でも、天に着いたら、主と愛が父の霊をいやし始められるわ。父の兄のジェリーおじさんとフランクと私とその他の人達で、父の家を準備しているのよ。シンプルだけれど、きっと気に入ってくれると思うわ」

  ザーファが話している内に、愛と家族の暖かな感覚が感じられた。悩みを抱えた地球の小さな家族だけというより、むしろ、より大きな、団結した、喜び溢れる、天国に入った人達全員からなる永遠の家族だ。まるで、ここ霊の世界にいる私達みんなが一つの大きな幸せな家族で、お互いに仕え合うために自分を捧げているかのようだった。一人の人の関心事は、みんなの関心事でもあるのだ。

  少しずつ、神の大いなる都は地球に接近している。そして間もなく、宇宙のどこかにあるあの大いなる神の都の中に、神は御自分の大家族を再び呼び集められることだろう。あの都は、あふれる希望の中心地だ。何世代にも渡るたくさんの聖徒達は、約束の地である神の大いなる都を、たとえそれが遠くからであってもそれを見ることによって、数多くの非常に困難な時と場所を切り抜けてきた。人生における試練とテストの数々によって弱り果てる時、神御自身が設計し建築された永遠の都を待ち望んだのだ。その場所こそが彼らの報酬であり、安息の地であった。

  宇宙を飛び交うこの巨大な宇宙船の中で輸送チューブに乗って移動しながら、人生とはまさに旅であり、神の都への巡礼の旅なのだと思った。神の民は時間と空間を旅する巡礼者であり寄留者であって、神のいる家へと戻る旅路にいるのだ。ザーファの父親は旅路の最終地点に間もなく差し掛かろうとしており、死の陰の谷間を降りているのだ。しかしそこを抜けると、永遠の都への扉に出くわすことだろう! 私の場合はどういうわけか、死ぬことなしにこの霊の旅をするという祝福に預かっている。少なくとも、私は死んでないと信じているのだが。

  「ようし」ジャマールの声だ。「防衛局を見渡せる観測回廊に迫ってきたぞ」その声で現実に引き戻された。ラムダに中位の速度で運行してくれるよう指示しておいてよかった。お陰でくつろぎながらいい会話ができたし、神の愛に満ちたやり方や、霊の次元の仕組みについてもうちょっと見識が深まったから。