トライコンへの旅 パート3

 トラピス著

 

第12章 夢の中の旅

  「さあ、用意はいい?」

  「ザーファ! よ、用意って何の?」

  「任務遂行に行くためのよ!」

  「どこに行くの?」

  「もちろん、地球よ!」

  「はあ? 何かよくわかんないな。僕は起きてるのかな? それとも眠ってるのかい? 現実に君と話してるの、それとも夢を見てるの?」

  一瞬何がなんだかわからなかった。確か、ザーファが私のために作ってくれた美しいクリスタル工芸品を眺めながらリラックスしていて、何というか眠りらしいものに落ちたはずだ。それが今、突然とても鮮明なこの夢を見ていて、ザーファが目の前で私に話しかけている。まあ、正確には私の部屋ではなく、どこか私と一緒のところだが…。これは夢とは言いがたい。夢にしては現実味がありすぎる。私の中に彼女がいるようなものなのか? 何か夢のような場所にいて、霊だけが漂っているみたいな感覚だ。

  これほど簡単にザーファに自分の最も内側の部分に入ってこられて、私は少々気恥ずかしかった。それからもう少しで大笑いしそうになった! ここと比べるなら、地球に住む私たちはいかにお互いから孤立し、プライベートな生活を送っていることか。友人を見たり、彼らと話したり触れたりはできるが、相手の精神の真っ直中に入ったりすることはない。だが、ここでは誰かがひょっこり訪ねて来る時、文字通り飛び込んで来ることもある! 相手の頭や思考に飛び込んで来るのだ。しかもきっとそこで何でも自由に見聞きできるに違いない。どんな事柄であろうと、誰かがそれを長い間秘密にしておくことなどここでは考えられない。だから思いをいつもきちんと整頓しておいた方がいい。

  最初はジャマールの家にある自分の寝室にいたと思ったのだが、その後、ふうっと浮かび上がってどこか別の場所に移ったようだ。正確にどこかはわからないが、特にどこにも位置していない場所で、ものや気を散らすものがない領域、ただ上の方にある霊界のどこかといったところだ。ただ霊だけが入っていける場所で、そこで霊達は集い、交わり、通信し、旅行する。何と説明すればいいか、夢の中にいるようで、自分自身の存在感以外は、姿も形も格好も感覚でさえ実際に存在しないのだ。なかなか爽快だよ!

  ついに場所や空間や身体といった制限から完全に解放された。あちこちにいながら、しかも特定の場所にはいないという感じなんだ。明るいとか暗いとかの実際的感覚はなく、通常感じる五感というものもない。体はほぼないようなのだが、感情や動きや感触といった何らかの感覚はある。もちろん、実を言うと、私の肉体は想像を絶するほど遠く離れた地球にある。だが現在私の霊はどこか時間のない場所か次元にいるらしい。ここに来た時の経験と少々似ているが、どうも霊的にもっと深い次元のようだ。言っていることがわかってもらえるだろうか。まるで、どんなものや人の中にでも入り、通り抜け、包み込むことが出来、動くことも出来る、生きて考えるエネルギー体になったようなものだ。

  熱い風呂に浸かって心身共にリラックスしながらうとうとまどろんでくる、あの感じに似ていなくはない。実に心地いいので、かつて自分がいた憶えのある現実、つまり地球にも私の新しい我が家にも急いで戻るつもりはなかった。それなのに、ザーファが地球への旅に私を連れていこうと私の霊を引っ張っているようだ。この霊的次元もしくは霊的経路を通って地球に向かっているらしい。

  奇妙ながら素晴らしい次元にある、この夢のような霊的状態にいるという体験は、筆舌に尽くしがたい。地上の狭くて一時的な段階を越えた目に見えない霊の世界には、他にも様々なレベルや次元があるであろうことがわかった。この真新しい次元に入ったことで、全く新しいものの見方と生き方を知った。何となく高層ビルのエレベーターに乗るようなものだ。ビルの一階が私達のよく知っている物質の世界で、霊によって上に移動すると、物質レベルを越えた別の階を見つけることができる。おそらく階下も存在するのだろう。神の大いなる「エレベーター」あるいはシャトルサービス(往復運転)である御霊が様々な存在レベルに私達を連れて行ってくれる。各階はそれぞれに異なっていて、実際、階によって感じも違うし、その人自身変わるようなのだ。

  今私達がいるこの広大で形のない場所がどこであろうと、これだけははっきりとしていた。ここにいる間、私は肉的な人間というより霊的な生き物に近かったということだ。そこで肉的、物質的に確認できるものはゼロだ。まるですごい夢の中にいるようで、何もかもが目新しく不思議だった。それで一緒にいたザーファに(いや、ザーファの存在といったほうがいいのかな)もう一度聞いてみた。「僕は夢をみているのかい? それとも何だい?」

  「うーん、そうね、まあ、夢を見ているようなものよ。でも地球での夢とはちょっと違うの」 そう言ってから、ザーファは話すのをやめて少し考え込み、それからまたこう言った。「でも、やっばり同じようなものね」

  そう、きっと夢なんだ! ジャマールの部屋で眠っているはずなのに、今こうして夢のような次元にいて、地球に戻る準備をしているなんて。しかも地球と言えば私の体が今この瞬間に実際にある場所じゃないか。このことを理解しようとしても無理だし、試みること自体私には無謀なことであり、ますます混乱するだけなのは目に見えている。常識的な理屈というものはこの想像を越えた霊の次元ではまるで通用しないようだ。それでも、答えを知りたいというより、ただ会話を続けるために聞いてみた。「夢って何なんだい?」

  「夢って何か、ウーン…」 それは難しい質問で、ザーファが即答できる類のものではなかった。「夢は霊の次元に入ることかな。夢の次元に入るのは、身体が眠っている時のように、霊を邪魔するものが少ない時の方が簡単ね。自分自身が完全に静まっていると、霊はもっと自由に動いて探検しに行けるのよ。活発に動き回っている間に私たちはいろんな事をして学ぶんだけど、休息の時間になると、多くの人は霊の内のより深い所というか、霊の次元に入るの。霊の内ではもっと自由に動き回れるのよ。そしてどこかへ行って特別な事をしたり、あちこち行って通信したり、地球にいる人々の霊を助けることさえできるようになるわ。地球で夢を見るといろんなことがもっと制限なくできるでしょう。ここでも、霊の内に深くなるともっと自由になれるのよ」

  彼女は私を見つめながら質問してきた。「時々夢の中で飛んだり、普通の身体では出来ないことが出来るといった、素敵な夢を見ることがあるでしょう?」

  「あるよ」

  「つまりね、眠っている時は霊が頭や身体の活動から解放されて自由になっているのよ。地球では人々は夢をみるし、ここ天界でも夢をみるけど、私たちの場合はこの霊の内にいる特別な時を使って特別なことをするの。私たちは休息なんて別に必要ないんだけど、毎日霊の深みに入るためにクワイエットタイムを取るのは本当に素晴らしいことだからね」

  「でもちょっと飲み込めないことがあるな。今僕たちがいる場所は霊の場所か霊的な次元だろう? これって神御自身の霊の内に存在しているの、それとも僕たちは神とは別個の別に創造された霊的次元にいるのかい?」 私がこれを尋ねたのは、宮で神の聖霊によって上げられた時と感じが違ったからだ。ここでも神の大いなる霊の存在を感じられるのは感じられるのだが、この霊元を動き回っていると神御自身の霊を通っているというよりも、神の創造物の一部を通っているような印象を受ける。これは神以外には答えるのが不可能な質問だが、結構分析的になってきていることで少し悪い気がした。

  「あなたが聞きたいのは、神がどこから始まって神の創造物はどこまで続いているのかってことかしら? そうなら、答えは簡単。私にはわからないってこと。神はどこにでもおられるし、神は霊でしょ。そして万物の土台は物的創造物を含めて霊的なものなのよ。正確に『霊』とは何でどう作用しているかは知らないの。私も発見し始めたばっかりよ。それは永遠をかけて解く謎ね。でも今わかっているのは、神が存在され、霊が存在し、それがうまく作用するからただそれを使うってことだけ。たった今私とあなたはより深い霊の状態にあるのよ。お互いと会ったり、通信したり、わくわくするような事が出来るわ。たとえばこうして地球へ派遣されるとかね」

  それから彼女は、睡眠中は霊の内に入れるので、他の事で忙しい時に出来なかった事がいろいろと出来るのだと話してくれた。「このクワイエットタイムの間は特別なことをするの。例えば地球にいた時は助けられなかった人を助けたりね。霊の内でなら正しくないことを正そうとすることができるのよ。私と一緒に来る許可がもらえてうれしくないの?」

  「もちろん嬉しいよ! でもこの特別な霊の次元がどうなっているのかとか、ここで何ができるのか、もっと教えてほしいんだ。この霊の状態でこの霊の水準に達しているときには、例えば誰かの思考や夢に影響を与えたり出来るのかい?」

  ザーファは面白がっているようだ。「当然よ! いつもやっていることだわ! 人が静かに考えたり休んだり夢を見ている時が、重要な考えやメッセージで彼らの人生に働きかける最高の時間なのよ」

  「でもこんなに深い霊の状態にいながらどうやって他の場所に行くんだい?」

  「あのね、霊の次元では物質的次元よりも簡単に移動できるの。地球はとても物質的な場所だから、移動にも物質的な乗り物を使うわね。でも霊の世界、特にこの特殊な霊の領域では、こうして深く入るとどこにでも素早く移動できるのよ。この霊の特殊な場所に深く入り込めば入り込むほど、自分の自身のことや自分のいる場所や時間にもっと無感覚になるの。そこでは、ちょっと考えるだけで自分のいたい場所や行きたい場所に行けるってわけ」

  「何てこった!」とため息をつく。「僕にはちょっと難しすぎるな。まだ一度に一ヶ所にいるほうに慣れてるよ」

  ザーファが笑って言った。「それでいいのよ。地球の空間と時間に入ったら居心地良く感じるでしょうからね」

  「地球に行って何をするんだい?」

  「悩みを抱えた人達がいて、その人達を助けたいの。一緒に行ってあなたに私の生活のこの部分を見てもらったら、もっと私を理解してもらえると思ったのよ。それにもしかしたら助けてもらえるかも知れないし…」

  “人助けか”一人で思いめぐらしてみる。“彼女が誰かを助けるって?”

  あたかも私が言葉に出して話したかのように思いを見抜いて、ザーファが答えた。「そう、人助けをするのよ。よくこの特別な時に、人々の助けになろうとして霊の旅行をするの。特に私の助けが必要な愛する人達のためにね」

  「愛する人達って?」 謎を解くかのように聞き返す。

  「たとえば父や母のような人達ね。今から行くのもそうよ。私の母のところなの」

  ザーファが近寄ってきて、一瞬、二人の霊がビビビと触れ合った。胸躍る冒険の予感がしてくる。別の次元から目に見えない霊となって地球に戻ろうとしているのだ。だがすべてを取り囲む、温かくて、くつろぎと平安に満ちたこの素晴らしい場所を離れたいとは思わなかった。ここでは何もかも静止しているようだが、それでいて、いつ何が起こってもおかしくない雰囲気なのだ。

  「それで、行き方は?」

  「今回は私があなたの案内人ね。最初に私の母親を訪ねて行くんだけど、そのためには母のことを考えて祈り始めるの。霊の内で彼女に手を伸ばし始めるのね。この状態の時にそうすると私達は移動し始めるのよ。彼女がいる場所に霊の内で移動するの。じゃ、手をつないで目を閉じて。私の言っている意味がわかるから。ただ私の真似をしてみて」

  この時点で自分に手があるのか目があるのかさえわからない状態だったが、とにかく彼女の言う通りにした。どんな仕組みかはわからないが、とにかくうまくいったようだ。彼女が母親に神経を集中させ、私は彼女の手を握っていると、突然とても軽くなって移動し始めたのだ。うまく説明できないが、体がなくなったようになって、空間にも時間にも縛られていない場所を通って移動したのだが、それでも動いているという感覚はあった。すぐに内心たまらなくうきうきしていた。いわばワイルドで刺激的な新しいサーカスの乗り物にでも乗っているような感じか。その時まで、今自分が霊であることを意識していなかった。霊になって霊の次元から地球に戻るとはどんな感じだろう? 幽霊にでもなるのかな。そうでなければ何になるのだろう?

  ザーファと私は思考の塊(かたまり)にケが生えたような二つの生命体になって移動していった。私達を創造し命を与えられたあの偉大なる神が、霊界をあまねく旅する自由と力と許可を下さった。考えられるところでは、行きたいところなら創造の内外どこでも行けるのだ。想像されたことすらない世界の数々に行くこともできそうだった! それから段々と物的な存在感を周辺一帯に感じ始めた。どうやら途方もない距離を一瞬のうちに移動したらしい。はっきりとはわからないが。

  霊の道や場所においては、時間というのはもはや重要ではなく、測ることすらできないようだ。どんな所もこの場にある。どこもかしこもつながっているからだ。霊においてはただ一つの場所に存在するということはなく、どこか特定の方角に旅行するということもない。どこでもあらゆる場所を通って即座に行くことができる。それは、何百室もある大きな家に隠された秘密の通路にいるようなものだ。この近道を使えば、どの部屋にでもほとんど一瞬にして行ける。目的地につくためにドアをいくつもくぐり抜けて通路や廊下を歩いたり、階段を上ったり降りたりしながら長い経路を通らなくていいのである。

  時間と空間の中にあるその場所まで、私達は即座に移動した。ザーファが行こうとしていた場所、つまり彼女の母親のアパートである。霊から一時的な空間に入るのは、何となく飛行機で着陸するのに似ている。雲の上から降りてくると突然に家並みや空港が見え、その後車輪が滑走路に着いてエンジンが逆噴射するのを感じる、あの感じだ。物質的次元に入ると、目に見えないバリアによって霊の次元に閉じこめられてしまうような気がした。説明しづらいが、私たちには、完全に物質的世界に入って物質としての姿を表すのに十分な素材がないかのようだった。だが、一度物質的次元に入ってからは、ただ単に霊を感じるだけという状態ではなく、ザーファの姿を見ることが出来た。霊に関していえば、より物質的になってはいたものの、十分肉的になっていたわけでもなく、人々の思いと霊に影響する以外には余り他のことはできそうにもなかった。

  少々霊の次元に閉じこめられ、観察するかちょっと人々を感化するくらいしかできそうになかったが、それはそれで悪くなかった。霊の次元であれ経路であれ、とにかく私たちがおれる場所においては、何らかの必要な保護が供給されるらしい。地球社会に入ってきたとき直感したのは、そこが敵のなわばりだってことだった。ここは神と戦争している霊達がいる場所だ。完全な人間の形をとって完全な力を伴って本当にそこに「存在し」、色んな事ができるためには、もっと多くの力とより強い「人」としての存在が要求され、今この時点の私ではだめだ。というわけで私は通過中の旅行者のようで、ただ空港の窓から外を見るだけで、まだ入国することはできずにいた。

  それでも私は霊の次元からの参観者であるこの時を単純に喜んでいた。霊から見る世界は随分と違って見える。何だかマジックミラーの裏側にいるみたいだ。こっちからは人々を見たり聞いたりできるが、あっちからはこっちが見えない。たまに人々の考えを感じ取ったりもできた。思考は実に霊的なものなのだ。人生は、実際その中に入りきるのと観察するのではずいぶん違う。時間や空間や自分自身に完全に縛られていないというのはいいものだ。霊の目でみる人生観はもっと深いし広く明瞭だ。人生は魂を試す場であり、決断の場であり、永遠への出発点である。

 

第13章 霊の助け手たち

  広い並木街路に私達はやって来た。木々は手入れされておらず、家々は古くてぼろぼろで、昔の住宅だと一目でわかる。みすぼらしいらせん階段を登って、薄暗く生気のないアパートに入っていく。一人の女性が台所のテーブルに向かい、垂れた頭を腕に乗せている。髪はザーファとまったく同じ明るい赤茶色だ。ザーファが私をその人のそばに連れていく。女性は私達の存在には気づいていない。もっとも、この時点ではほとんど何に対してもさほど気にかけていないみたいだ。ザーファは激しく心を動かされているようだったが、やがて温かく言った。「これが私の母よ」 そして霊の内で優しく母親の髪をなでた。

  「お母さんは君の声を聞いたり君のことを感じたりできるのかな?」

  何となく微笑みながら肩をすくませてザーファが答える。「多分、少しはね。特に今みたいに静かにしている時なんかは」

  ほとんど空の酒瓶と空っぽのグラスがテーブルの上にある。明らかに酒を飲んでいたようだ。私はザーファの方を見る。「君のお母さん大丈夫かい?」

  「実は、母は自分を責めて人生を投げ出してしまったのよ。私が助けようとしているのは、母がそれを克服することなの」 今、以前には気づかなかったザーファの一面を見た。非常に奥深く、成熟した、愛と思いやりに満ちた女性像だ。この時彼女は本当に成熟した女性のようだったが、それでも十代の女の子であることには変わりがなかった。ザーファの家族で助けが必要なのは母親だけではないらしい。この静かな時を使って霊の旅をするとき、ザーファは他にどんな友達や親しい人達を訪問しているのだろうか。

  ザーファは祈りながら母親を励ますことに集中しているみたいだ。霊の内で、何かより深いレベルでのコミュニケーションが行われているようだ。それを感じることができる。温かさと喜びと慰めを感じることができるのだ。ザーファには素晴らしいいやしの才覚がある。美的感覚の鋭いザーファの魂はどこをとってみても、芸術作品にみられる美と同じくらい、霊の内の美を創り出すことにも熟練している。

  か細いすすり泣きがザーファのお母さんから聞こえてくる。「ああ、母はとても悪いことをしたと感じているわ。あれは母のせいじゃないのに。そうじゃないって伝えようとしているんだけど、母は自分を責め続けてやめようとしないのよ。何とかわかってくれないものかしら」

  どういうわけか「あれ」というのはザーファの死とそれ以上のことに関係があるのだとわかった。おそらくは結婚生活の破綻か、何であれこの哀れな女性が経験した何らかの問題に違いない。ザーファは腕を回して母親を包み込み、しっかりと抱擁している。女性はふと目覚めて頭をもたげた。何かの違いを感じたようだ。ずっと泣いていたらしく、顔には涙の後がついており、目は赤くはれあがっている。白いハンカチを手に持っていて、眠ってしまう前にそれで涙を拭いていたらしい。「もういいのよ、母さん。そのことは気にしないで!」 ザーファが安心させるように言う。それから私に向かってこう言った。「何か元気づけることをしないとね。ずっとここに座ってくよくよ悩んでばかりいるから、憂うつになりすぎているわ。気晴らしに外へ連れ出さなくちゃ」

  照明がついておらず、カーテンが少し引いてあるのでアパートはかなり薄暗いが、外は太陽が雲間から輝き始めた。きっと明るく、ウキウキするような午後になるだろう。

  ザーファのお母さんは、ウェイトレスっぽいエプロンのポケットを手探りすると、たばこのパッケージを取り出した。エプロンの下はピンクの制服を着たままである。やっとのことでたばこを口にくわえると火を付けた。目が覚めた今は、さっきよりも距離ができて影響も及ぼしにくくなったようだ。ザーファの母親がこんな惨めな状態にあるとは悲しいかぎりである。親がひどい状態にある時、子供はよくそれを他人に知られるのを恥じるものだが、素晴らしいことに、微妙な場面においてザーファは完全にオープンで愛情深く、恥じたりもせず、まったく批判的でもない。母親は非常に困難な時期を経験しているが、ザーファはただ変わらぬ愛で母を心から愛している。そして私をここに連れてきてそんな状態の母親を見せることに少しも恥辱を抱いていないのだ。

  問題を抱えている人達に対するザーファの前向きな態度を見て、私は深く反省した。私だったら体裁や友達からどう思われるかの方を心配してしまうだろうが、ザーファの性格にはそんな弱点などかけらも見られないし、体裁を取り繕ったり見栄を張っている感じもまるでない。この女性は自分の母であり、心から母を愛している。深く愛する母が悩んでいるので助けるためにここにいる、ただそれだけのことだ。そこにあるのは愛だけであり、愛こそがあらゆる良きことの裏にある原動力となっている。愛はいやし、一切を結んでくれる。人生の基盤は神の愛であり、まさに主の霊の息吹である。

  いきなりものすごいハンサムな青年が壁を通り抜けて部屋の中に歩いてきた。「ああ、来たのね! どこにいるのかと思っていたのよ! 今日の母さんの様子はどう?」ザーファが言う。

  「いやあ、なかなか大変だったよ。でも僕たちで力を合わせれば切り抜けさせられると思う」

  これにはちょっと驚いた。この長身で格好のよい若者はだいたい23歳くらいといったところで、ザーファとはとても親しいらしい。

  「あっ、そうそう。私の兄さんよ。前はフランクという名前だったわ。私はジョーンと呼ばれていたの」 ザーファは兄の腕を取り、私のびっくりした顔を見て笑っている。彼らはお互いとの交わりを本当に楽しんでいるみたいだ。

  フランクはどちらかと言えばもっと守護者か保護者のように見える。母親を見守るようにと特別に任命されたような感じだ。私達のような夢の中の旅人ではなく、実際にここに存在しているように思える。霊の名前は聞かなかったが、フランクで十分だろう。見たところ霊の内では年上で、地球に決まった仕事があるようだ。その一部が母親を見守ることらしい。ザーファはもっと最近になって霊の世界に来たようで、まだ訓練生であり物事のやり方を学んでいるのだ。とはいえ、こういった事柄においては私の遙か先を行っているのだが。

  私にとって何もかもがまったく新しい。どうやって霊の世界に入り込んだのかもいまだにわからない。死んだわけでもないし…少なくとも私は死んだ覚えがないのだが。私が住んでいるのと同じ世界、悩みと心配の一切を背負い込んで暮らしているこの女性がいる世界、それを取り巻いている更に大いなる世界に今こうしているのだ。どうやってここにいることになったのか? 何故だろう? 何だかわからないが、何らかの理由があってここにいて、別の側からザーファと兄の母親への大きな愛と思いやりと理解を目の当たりにしている。彼女が悲しみ気の毒に思っているまさにその当人達が、彼女を助け、守り、導き、励まそうとしているのだ。

  いつか目覚めて地上に戻るとき、行ってこの女性を見つけ出し、自分がこの全ストーリーを伝えるようになるのだろうか? それとも、他の傷ついた人々も読んで慰めを受けられるように、このすべてを書き記すのかもしれない。亡くなった愛する人達はピンピンしていて、地上を越えたもっと素晴らしい世界で神に世話されていると知ってもらえるように。

  どうしてもこの世の悲しみで心が痛まずにはおられない。この素晴らしい快活な若者達、とても温かくて才能にあふれた二人が、この悲しく孤独な女性の他界した子供達なのだ。こんなに落ち込んでいる姿を見るのは忍びない。彼女がこれを理解できたなら。でもどうやってそれができるというんだ? 彼女の観点からすれば二人は逝ってしまったのであり、どこに逝ったかなど見当のつけようもない。更に悪いことには、子供が死んだことで自分を責めているのだ。

  喜びは見えず、失ったものしか目に入らない。彼らの今ある姿を見ることは出来ず、彼らのかつての姿である古い写真を眺めることしか出来ないのだ。地球から去ってたどり着いた見事な場所で彼らがどれほど成長し、どれだけ成熟して立派な大人になっているかをその目で確かめることはできない。子供達は幸せこの上なく、唯一の悲しみが母親の悲しみを見ることだけというのに気づくことはないのだ。その時私はザーファとフランクに頭が下がった。二人はそれらの事柄について信頼と見事な平安を持っているからだ。そこにいるのは母を切り抜けさせるためであり、そうなると確信しているのである。

  「もっと外出させなくちゃね」ザーファが言う。

  「まったくだ」 フランクは私を見て微笑んだ。まるで、どこだか知らないがとにかくここに私が着いて来るのをあらかじめ知っていたかのように。ここがどこかなどと考えてもほとんど意味がない。「どこ」は大切ではないのだ。なぜかというと、この時点で「どこ」というのは、助けと励ましが必要な傷ついた魂に近い、霊的次元ということになるのだから。

  その女性はゆっくりと立ち上がると、か細く弱々しい手で髪をかき上げた。そして少々ちらかった部屋を通って、汚れた皿が山積みになった流し台のほうへ歩いていく。流しにもたれかかるとしばし思いにふけっていた。かなり具合が悪そうで、顔が青ざめている。その後バスルームの方へ行った。

  「じゃあ、行動開始と行こうか」 フランクが言う。「近くに母さんが時々行く公園があって、外はまだ晴れている。だから、彼女が出てきたらそのことに一斉に集中しよう。公園に行きたくなるように彼女の心を動かして下さいと主に祈り求めよう。今日あの公園で、母さんに特別なことが起こることになっているから、何としても公園に連れ出さなくては」

  数分後、女性が戻ってきたのでザーファとフランクは手をつなぎ、ザーファは手を延ばして私の手もとった。彼女を囲むようにして輪を作ると、フランクが祈り始めた。「愛する主よ、どうか今日母を助けて下さい。母の心を励ますのを助けて下さい。その思いと心を悲しみと悩みから遠ざけるように導き示して下さい。母がもっとあなたの光と愛と幸せに心を開けるようにです。私達がとても幸せなことを母が知ってくれますように」

  祈っていると、美しく温かい光が降りてきて部屋を満たし始めた。その時この美しい節を思い出した。「二人または三人がわたしの名によって集まっているところには、わたしもまたその中にいるのである。」 イエス御自身の温かく素晴らしい存在を感じた。主が清め、彼らの愛する母親に触れておられるのがわかる。

  何かが頭にひらめいたかのように彼女の目が突然輝いた。ただ外に出なくてはと感じたのだ。どうしてそんな気になったのか当人はわかっていないが、このスランプから抜け出ようという決意が見える。どこか心の奥でそう語りかけられ、それを受け入れたのだ。たんすの方に向かっていき、黒いコートと変わった昔風の黒い帽子を取り出した。服は彼女を引き立てているととは言えないが、少なくとも顔つきはもっと明るく、前よりも希望に満ちている。ちょっとでも何かをしようという気になったのが嬉しいようだ。スリッパを脱いで、十分に履き古された靴をはく。

  フランクがニヤッと笑った。「母さんの活動開始だ!」 兄妹が笑っている。フランクは母の肩に手を置き、ザーファが彼女と腕を組む。私は彼らについて玄関を出た。

  

第14章 接近

  まったく驚くべき外出だ。私は、悲しみと悩みと問題を抱えて自分もまた暮らしている物質界に非常に接近しながら、同時にもっと幸福な世界にも存在している。ほんのすぐそば、目と鼻の先ほども離れていない世界にいるのだ。ああ、ただこの女性に真実を教えてあげられさえすれば、間違いなく力づけてあげられるのに。でも彼女は私を見ることも聞くこともできない。彼女の目にはこの世界が見えない。この世界は信仰の目にしか見通せない。それも許可が認められた時にだけしか見えないのだ。今の彼女には、目の前にある悲しみしか見えていない。

  小さな薄暗い階段を降りると、彼女は出口を通って通りへ出た。家並みは古く、もっと景気のよかった頃に建てられた3、4階建ての安アパート街である。中にはレンガ造りのもあり、錆びた錬鉄付の大きな石段や凝った飾りのついたひさし、それにコーニスや彫刻を施した日よけがついているが、腐朽していて、今では、以前の繁栄をほのめかすだけだった。

  一陣の冷たい風が吹いてきて、彼女はコートの襟をしっかりとつかんだ。通りを歩いていく彼女を見ながら、私は突然その名前がルースだと感じた。公園に向かう歩道はやけに寂しい。回収のために朝方並べられたゴミ箱はまだいっぱいだ。中には倒れたりひっくり返ったのもあって、中身が道路や歩道に散らばっている。ちょっと危険な地域のようだな。通りに駐車された車はそれほど新しくなく、放置されて錆びてしまったものもある。壁や柵には若いギャングたちが書いた落書きがあって、白と黒でスプレーされてある。黄色の奇妙な模様が私の目を引いた。そうだな、確かにここは地球だ。

  守護天使のように彼女をつけていく感じはとてもじゃないけど言い表せない。歩いているようでさえなく、霊のあぶくの中で漂っているような感じで、別の次元から彼女を見ている。フランクは明らかにもっと簡単に動き回っている。この領分において、彼には沢山の権威と力があるらしい。ザーファはここではフランクよりも出来ることが限られており、言うまでもなく私は三人の内で一番能力が低い。まるでこの女性の人生に焦点を当てて開かれた霊の世界にあるトンネルを通って来たようなものだった。そして私たちの任務がおもに彼女の人生に集中しているため、周りで起こっている他の物事に波長を合わせられなかった。そのおかげでもっと専心できるんだろう。あまり見ることは出来なかったが、周りで色んなことが起こっているのは感じたから。

  少しそういったものを見てみたいという興味もあった。違う霊のレベルで起こっている霊的な出来事、よい霊と悪い霊が人間の霊と思いと心を勝ち取ろうと悪戦苦闘している場面をである。草の根レベルでの霊の戦いをのぞいてみたいという好奇心はあったが、同時にそういったものが見られないことで多少ホッとしていた。護られていてよかったと思う。あたかも神の造られたバリヤで囲まれ、それが盾となって自分がいる特有の範囲を安全に護ってくれているようだ。目に見えない霊的な活動が行われている世界が周辺至る所に存在しているのはやはり感じるのだが、今はこの一人の人物に焦点が定められている。

  エリシャの僕がより大いなる霊の世界と彼の周辺で起こっている霊の戦争に突然目を開かれた時、どんな気持ちだったか何となく理解できる気がする。いつの日か神が突如として私たちの知覚を曇らせているベールを取りのける時、私たちも再びはっきりと見るようになるだろう。もしかしたらアダムとエバは、天地創造当時は霊の目で物事を見られたのかもしれないが、とにかく罪によって見えなくなってしまったのだ。聖パウロは、今私たちは霊的な事柄を鏡に映してみるようにおぼろげに見ているが、その時には完全に知るようになるだろう、と言っている。

  霊というのは、何と豊かで深く素晴らしいのだろう。まるで大きくよどみなく流れている大河のようだ。エゼキエルが見た川のようである。天使が測ってエゼキエルを渡らせ、彼は深すぎてそれ以上進めなくなるまで入って行った(旧約聖書エゼキエル書47章1-5節参照)。霊の水というのは、万物の中を流れ、宇宙全体の中をも流れている素晴らしい命の川のようだ。その川の中には万物の偉大な創造者の素晴らしい存在があり、その水の中で私たちは流れ、移動し、神の偉大なる生ける川によって護られ導かれている。霊はまったくもって素晴らしい! それは神の御座から流れ出ている命の川の一部なのだろうか? 流れに乗せて私たちを運び、心を希望と喜びで満たしてくれる生ける水だ。

  ザーファとフランクの後に従っていたのだが、少々自分の思いに捕らわれている内に、二人は母親についてずっと先に行ってしまった。彼らは話し合って計画を立て、母親にこの困難な時期を乗り越えてもらうのにどんな助けが出来るかを考えて詳細を練っている。ところで私はあまり関心を払っておらず、自分がしているべき程、物質世界のことに波長を合わせてはいなかった。今自分は安全な場所にいるが、そこに住む人々にとっては時には危険な場所となる。

  ルースは自分の思いに没頭して、安全確認もせずにいきなり道路を横切ろうとした。駐車中の車の間から、すごいスピードでやってくる大型の黒い車の前に飛び出したのだった。運転手はその時注意散漫になって、後部座席にいる誰かと話しており、前を見ていない。運転手はルースが目の前に飛び出してきたことに気づいていないし、ルースもぼうっとしていてよく見ていない。私は迫っている危険に気づかなかったが、フランクにはわかっていた。もしフランクがよく注意していなかったなら女は跳ねられていただろう。フランクみたいに素早く動くものを見たことがない。さっき母親の後ろに立っていたかと思うと、次の瞬間にはとっさに判断して光速で移動してしまった。

  フランクはハンドルのところに瞬間移動したみたいだ。運転手は何か危険を感じ取ってビクッと身を引き、女が飛び出しているのを見てよけた。フランクはハンドルを切って母親にぶつからないように運転手をガイドすることさえできたようで、その間にザーファは間一髪のところで母親がさっと後ろに飛び退くのを助けていた。キーという急ブレーキの音がして、車はルースをわずかにかすめて突っ走っていった。

  後部座席の同乗者が「ちゃんと前を見てなきゃダメじゃないか」と運転手に言ったので、自分の次元に戻ったフランクは「アーメン!」と相づちを打った。

  瞬く間にフランクは私達の所に戻ってきた。ヒュー! 一体どうやってやったんだろう。目の動きよりも思考速度よりも速いのだ。神はまたすごい人を保護者に選ばれたものだ。思考速度で動き、必要なら多分それ以上のスピードが出せる人物。見かけは若くてリラックスしているが仕事にかけては確かに腕が立つ。車が来ていることも知っていたみたいだ。もっと俊敏で注意深くならないと、私にはこんな責任は任せてもらえないな。

  若い頃に安全確認しないで道路を横切ろうとして車に跳ねられた時のことを思い出した。その時だって私の守護天使が奇跡的に救出してくれたに違いない。運転手は私のことに気づいてさえいなかったのに、天使が車を止めさせて運転手を車から下ろし、セーターが金属に引っかかったまま車の下で意識不明になっている私を見つけさせたのだ。私たちを見守ってくれている目に見えない助け手や守護者達にどれほど依存していることだろう。そして全員に世話をしてくれる者達を割り当ててくれるとは、一人一人に対する神の愛は実に素晴らしい。

  フランクが見上げて私の目を見た。私がこの出来事についてどう思っているか懸念しているようだった。「車は殺人を犯し得る。僕は車の事故で死んだからよくわかるんだ。だからこういったことにはちょっと敏感でね」 そう言って微笑むと、もう済んだこととして忘れたみたいだった。

  フランクとザーファは母親の方にまた注意を向ける。かなりショックを受けているようだ。「やっぱり公園なんて行かないほうがいいのかも知れない」と真剣に考えている。フランクはルースの肩に手を置くと、はっきりと聞こえることはないだろうが、こう話しかけた。「どうってことないよ、母さん。敵がちょっと脅かそうとしただけさ。さあ、行って楽しもう」

  公園は広々としていて女はかなりここが気に入っているようだ。あのむさ苦しいアパートから出て新鮮な空気を吸うのはいいことだ。都会の空気が新鮮かどうかは知らないが、そんなに汚染されているようでもないし、春のきざしもあちこちに見え始めている。花壇の中では新芽が顔を出し、新しい春の訪れに向けて背を伸ばしている。女は少し立ち止まると、ベンチに腰掛けた。コートの中を手探りでごそごそやるとチョコレートバーを見つけたので、それを折って食べ始めた。最近はそれくらいしか口にしておらず、食事もろくに取っていないようだ。すぐそばにある花壇を見つめながらぼそぼそとチョコレートをかじる。

  突然、彼女の考えが見え始めた。白い家に小さな花壇。そこには彼女が植えた球根とバラがあって…。幸せだった昔を思い出して目が涙で潤みはじめている。バラの花とその花のなかでも彼女にとって最も愛しい、小さな赤毛のジョーンがまだ庭の中にいてすぐ側で遊んでいたときの記憶だ。とてもきれいなバラがいくつか咲いており、少女はその中でも特にきれいな花をうっとりと眺めている。ザーファがくれたクリスタルの中に埋め込まれてあるバラにそっくりだな。とてもすてきな思い出だよ。母と娘が庭で過ごした心地よい一場面か。母親が娘を温かく抱きしめ、一緒にバラを切り取って家に持って入る。

  不意に犬のほえる声がして美しい思い出の回想はかき消された。どうやらリスが飼い主と一緒にこの公園に来ていた犬の関心を引いたらしく、犬は興奮して吠えまくっている。ルースが顔を上げると、犬の飼い主である年配の男性が微笑みかけたので彼女も微笑み返した。

  「あら、トム。調子はどう?」 ルースは明るく、というか、少なくとも出来る限り明るく装って声をかけた。何となく彼女の性格がよくわかった気がする。この男とは顔なじみのようだ。

  「ああ、なかなかのもんだよ。一段落してきたってとこかな。家はガランと静まり返っているがね」 男はそう言って遠くの方を見つめる。ルース同様、内にある痛みを隠しきれないみたいだ。それから振り向いて言った。「だが君になら、愛する者を失った時の気持ちがわかるだろう」

  「ええ、かなり辛いものよ」

  「まあ、少なくともそれ程長く苦しまずに逝ってくれたがね」 この老紳士はつい最近妻を亡くしたのだった。「35年も一緒だったよ。いることが当たり前のようになっていたから、突然いなくなるとそれはもう恋しくてね」

  「メアリーは素敵な女性だったわ。ええ、本当に素晴らしい人だった。今はもっと幸せになっているはずよ」

  「そう思うよ。悔いのない人生だったことだろう」

  それからその場の悲しい雰囲気を変えようとして、またザーファの激励に霊感されて男が言った。「ルース、お茶でも飲みに行かないか?」

  ルースが微笑む。「ええ、是非とも。是非お願いするわ」 それから立ち上がって男と一緒に連れ立って行った。二人とも同じような年代らしい。

  フランクが妹にウインクしておかしな顔をして見せる。「ホホーッ! いい感じだねー」 子供たちが母親のために舞台裏で密かにキューピット役を演じているのを見ると、かわいいなと思った。二人は、母が幸せと喜びを見出して人生をもっと楽しみ、周りで困っている他の人達への助けや祝福になれるようにするのに、ものすごく一生懸命なのだ。ここに妻メアリーという伴侶を亡くして助けが必要な人がいるのだから。ガンか何かが原因らしいが、憐れみを受けて、長い闘病生活を送らずに逝ったようだ。

  男はかなり裕福そうで、明らかにルースのことをよく知っているみたいだ。多分彼女が働いているコーヒーショップかレストランにちょくちょく出向いている内に顔見知りになったのだろう。明らかにルースの過去や悩みについてよく承知しているようだし、ルースも彼や生前の妻をよく知っているようだ。

  この偶然の出会いで彼女の顔つきは明るくなり、足取りも少し軽くなったようだ。「もっときちんと髪をとかしてくればよかった」 という彼女の思いが伝わってくる。それからルースはもう少し魅力的に見えるよう髪を整えた。公園で誰かに会うなんて思ってもいなかったのだが、実際に会ったのだ。だが人生のしがらみや外見など気にならない程二人の間は十分親しく、よく知り合っていた。彼は理解し、手を差し伸べて彼女の腕を優しく取った。白い子犬が嬉しそうに彼らの前をちょこちょこと走っている。

  トムは立派な身なりをしていた。上等の手袋に帽子、トップコートを羽織り、まだかなり冷え冷えとする気候に合わせて温かく着こなしている。銀行家か地元の実業家といったところだ。二人の出会いを見ていて心が温かくなった。孤独な人達がお互いを慰め合っているのを見るのは気持ちのいいものだ。神がどうやら二人を一緒にさせたようだ。多分誰かの祈りへの答え、もしかすると彼ら自身のか、子供達の祈りによるのかもしれない。

  「フランクのこと、何か聞いたかい?」トムがルースに尋ねる。

  「いいえ、彼がしばらく入院してたってことは聞いたわ。退役軍人病院よ。でも、彼には年金や何かもあるから」

   この会話からして、息子に同じ名前を付けたザーファの父親は、まだ生きているらしい。トムは彼とも知り合いだったようだ。昔一緒に仕事をしたか何かなのだろう。彼らの家への融資がきっかけで、この家族の親しい友人や助力者になったのかもしれない。人生には様々な道や方法や選択があり、ありとあらゆる可能性がある。それでも、神を愛する者達にとっては、すべてが素晴らしい結末へと導いてくれる。たとえその道がどんなに困難で入り組んでいるように思えたとしても。

  おかしな思いが頭をよぎった。もしこのカップルが陽気に彼らの周りをつきまとっている私達を見たらどんなにびっくりすることだろうか。母親の人生におけるこの新しい展開にフランクとザーファは大喜びの様子だ。こんな狂った世の中でも、問題があれば答えて下さる神に感謝した。神の存在を確信するのと同じくらい、私はルースの先行きもどうにかなると確信していた。

  突然、私は消え始めた。何もかもがだ。夢の旅を始めたあの場所に戻り始めたのだ。目覚めると、私はザーファがくれたクリスタルのバラを見つめていた。バラが放つ暖かい光を見ているとホッとする。すべての意味がもう少しよくわかった。だけど、あれはただの夢だったのか? それとも本当にどこかに行ってきたのか? 霊の内にどこか遠くに行っていたのは確かなようだが。何と奇妙で不思議に満ちた世界なのだろう。いつの日かここで永遠に住むようになるのだ。私は目を閉じると、再び静かにまどろんでいった。

 

第15章 ラムダ・ワン  

  素晴らしき新世界の中で、柔らかく温かい黄金の輝きをかもす朝を迎える。空気は今日一段と活気づいており、すごい興奮と期待でほとんど電撃的とも言える。遠くの方で音楽が聞こえてくる。歌とも言えないし行進曲でもない。むしろ多数のトランペットが何千もの異なるメロディーと音調を奏でながら、それにもかかわらず天使のように美しく混ざり合った、ものすごいとどろきとでも言えようか。

  ジャマールが部屋に駆け込んできたが、私はまだ寝ぼけている。彼の顔は興奮で燃え立つように輝いており、うれしさが溢れ出ている。

  「待ちに待った日が来たぞ!」 ジャマールはほとんど叫んでいる。「さあ、さあ! トラビス、これを逃すことなんてできないぞ!」

  いつもは落ちつき払っている友人の情熱と熱の入れように好奇心が沸き立ってくる。ベッドからさっと飛び起きると彼についてバルコニーへと出て行った。遠くの空が黄金色にちらちらと明るく輝いている。

  「僕たちを迎えに来るんだ! ついにこの日がやってきた! ああ、君も絶対に気に入るよ! 君がここであれを見て経験できるなんて本当によかった!」 そう言って腕を肩にまわして熱烈なハグをくれる。「こんなビッグイベント、君も絶対気に入るに決まってるよ!」

  下を見下ろすと、ジョイアスがせっせと家と庭を片付けている。まるで旅に出る直前か何かのようだ。

  「母さん、もうすぐ終わりそうかい?」 ジャマールが声をかけた。

  「ええ」といって彼女が明るく答える。「次の人に渡す準備はできたと思うわ」

  もう知りたくてたまらなくなってきた。生まれてこのかた見たことも聞いたこともない大事件が起こりつつあるらしい。ジャマールが私の方を向いてまじまじと見つめるので、私も彼の目の奥をじっとのぞき込んだ。神秘的で美しい焦げ茶色の二つの瞳が、内なる光と驚異と興奮の輝きを放っている。

  「ついにその日が来たんだ」ジャマールがまた同じ言葉を繰り返す。「今日、ラムダワンが僕たちを乗せて大いなる都に連れて行ってくれる。それだけじゃない。今日は平和の君が催す大フェスティバルの日でもあるんだ! 待ちきれないな!」

  すぐには彼の言った事が理解できなかった。「つまり、大いなる光の都に行けるのかい? 今日行くって?」

  「そうだよ!」 はじけるように答えながら、またハグをくれる。「今日、都にある家に戻るんだよ! 新しい勤務期間が始まるから、僕たちのここ開拓前線での勤務はこれで終わりなんだ。この家は次の番の人に任せて、僕たちは帰郷するってわけさ!」

  「都にある家? だってこれが君の家だろう?」

  「この家はここにいる間の仮の住まいだよ。本当の家は光の都にあるのさ!」深く息を吸って、ジャマールは前よりももっと黄金の輝きを増している向こうの空を眺めた。とても巨大だが私の限られた理解力では識別しにくい物体がトライコンに向かって来ている。とてつもないものが接近しているのは感じられるのだが、まだ見えない。この驚異的な次元で一緒に住んでいる人達ほど霊の目が肥えていないのだ。私には見えないが、彼らにはきっと様々な驚異が辺り一帯に見えるんだろう。私に見えたものでさえも、どんな夢や期待をもはるかに上回っていたが。

  「ところで、ラムダワンって何なの?」

  「船隊の中でも最大級の貨物客船さ」

  「ふね、なの?」 間もなく現れる乗り物の本質がまったくわかっていない。

  「つまり、交通手段だよ! それが僕たちを都に連れて行ってくれるのさ!」

  時々ここにいると疑問が次から次へと浮かんできてごちゃごちゃになるので、最初にどれを聞けばいいのかわからなくなってしまう。本当に学ぶべきことはたくさんあって、何かを理解したと思っても、あっと言う間に状況が変わって、すぐにただ理解し始めただけに過ぎなかったのだと気付くのだ。

  「ここにいる人達はみんな行くのかい?」 ついに何か質問してみる。

  「いや、違うよ。ただ交替勤務が終わった人達だけが行くんだ。大半がそうだよ。フェスティバルに参加しに行くだけの人もいるけどね」

  「はあ? 何かよくわからないな。つまり君と君の家族は辺境地を守るためにしばらくの間だけここに送られたってことなのかい?」

  「送られたってわけじゃないよ。自分たちで交代制の国境防衛に志願したんだ。トライコンは国境都市だろう。エキサイティングだし、いろんな場所に行っていろんなことが出来る。それに、堕落した天使達に対する大戦争に勝つ手助けをしていると実感できるんだ」

  「だけど君の父さんはどうなるのさ? あの立派な馬の群れはどうなってしまうんだい?」 次々に質問が飛び出しはじめた。

  ジャマールが笑う。「ああ、馬達なら父さんと一緒に来るさ。都では盛大なお祝いを催す予定だし、そこで馬達は花形スターだからね。きっと荘厳な眺めになるぞ!」

  「で、でも…」 このラムダワンと呼ばれる謎の乗り物がどれほどすごいのかと考えて、どもってしまった。現実に馬の群れ全部、プラス大群衆を乗せていけるのか? それを想像すると動揺してしまうが、ジャマールは日常のこととして受け入れている。バスに乗るのと同じような感覚なのだ。だがこの乗り物は、私の知っているどんなバスとも違うらしい。一体どんなものなのだろう?

  「さあ、来たぞ!」 威勢よく下にいる母に呼びかけるジャマール。「準備して! すぐそこまで来てるよ!」

  「準備万端よ!」 元気よくジョイアスが答える。

  私もそれを感じ始めていた。だが、周りを見渡して、目一杯地平線のかなたまで探してみたが、何も乗り物らしきものは見あたらない。違いを生じているのは空だけで、光が強烈になっている。そしてついに尋ねた。「どこから来るの? どうやって現れるんだい?」

  「そこだよ! そこ!」 ジャマールの語気が強くなる。ひときわ発光している空の部分を指さす。「もういつ出現してもおかしくないぞ!」

  次の瞬間にこの目で見たものを正確に言い表すことはできないだろう。地球では光の理論があって、どのうように作用するか、どうやって物体を反射するか、どうやって作られて、どんな動き方をするのか理屈でわかる。だが、ここにある光は地上で見てきたどんな類の光にも相当しない。よりよい言葉が見つからないので、光と記述するしかないが、それは生きていて個性や特質を備えているのだ。この光は活気に溢れており、それを反映して空も息づいている。

  どんどん空が明るくなり、まもなく光で出来た巨大な航空機が頭上に現れた。上空を覆い尽くし、その長く宇宙船のような形は地平線に向かって果てしなく伸びており、一方の空はそれしか見えないくらいだ。頭上に見えるこの巨大な乗り物の裏側には、大きな丸い門状の窓がいくつもあった。

  突然、天国的な音楽がどっと鳴り響く。一千もの神々しいトランペットが美しい和音を奏でて船の到来を告げ知らせているかのようだった。天国の調べがさざ波のように魂の随まで鳴り響き、私という存在をこの上ないエクスタシーと高揚で満たす。大いなる歓喜の声がトライコンからわき上がった。ジャマールの家から見渡せる道路を見てみると、どの通りも喝采したり上を指さしたりしながら嬉しそうに手を振っている人々の群れでいっぱいだった。ラムダワンの到着だ!

  この瞬間の興奮度を伝えたジャマールの言葉は、誇張などでは決してなかった。むしろ控えめ過ぎたほどだ。これを描写するのに思いつく言葉は「ラプチャーの狂喜」しかない。とてつもない天国の乗り物が頭上に出現しており、見るからに、それは並外れた光で出来ていた。生きていて、それ自体が素晴らしい存在感を持つ光である。壮大で荘厳な眺めだ。

  降りてきて私達を乗船させる手間もいらない。光そのものが私達を吸い上げてくれるからだ。明るい銀色の喜ばしい光の泉が、船体の裏側に飛び散りながらトライコンの街とその住人の上に雨のように降り注ぎ、みんなの顔は喜びで輝く。

  ジャマールが私の手を取って言う。「さあ、準備はいいかい? いよいよだぞ! 出発だ!」

  図書館で浮かび上がった時の不思議な体験も、今私が感じている圧倒されるような感覚と比べるとちゃちっぽく感じられる。生きた喜びのエネルギーという小川が体を流れ抜け、私は一瞬の内に変容した。頼りになるジャマールの手を握りしめながら上昇している。周りの人達も同じようだ。上へ上へと昇りながら、この天国の驚異にすっぽりと包まれるべく突入していく。荘厳で名状しがたい大型船にどんどん引き寄せられていくのだった。見下ろすと、街の至る所で数え切れないほどの人々が引き上げられているのが見える。老若男女、ついでにかわいらしいペットまでも一緒に、目の届く限り遠くまで船体の裏側に並んだ光り輝く入り口から中に進入しているのだ。

  ラムダワンの表玄関は、トライコンの中心近くにあった大図書館のちらちら光る光のドアに多少似ている。

  船内に入って再び足がフロアに着くと、ジャマールに聞いてみた。「ジャールと馬達の姿が見えないね?」

  「すぐに会えるわよ」と私達のすぐ後ろにいたジョイアスが答えた。「ずっと後ろにある大型貨物エリアのどこかで馬を積み込んでいるはずよ。動物用の畜舎があるから。」 それからジョイアスは乗船したばかりの友達の所へ行って、彼らと話し始めた。

  「こんな船はもっとたくさんあるのかい?」

  「もちろん、もちろん、もちろんだとも!」 そう答えるジャマールは半分面白がっている。「ほかにも色んな大きさの様々な種類の船があるよ。個人で乗る移動用の船舶もあれば戦艦だってあるし、豪華客船やこれみたいな輸送船だってたくさんある。もちろん主の専用宇宙船や王の公式船舶もあるよ。ほら、エゼキエルが一度見たやつだよ。あれはなかなかワイルドだね!」

  「でもどうして乗り物なんか必要なんだい? こんなにばかでかい船がどうして必要なのかな?」 疑問に思っていたことがそのまま口から出てきた。

  「そうだね。この船はこういった時には役立つし、開拓前線や開拓事業にはもってこいなんだ。新しい境域や新世界を探検する時なんかにものすごく効果的にできるんだよ。ものすごい数の人々や莫大な荷物を運んだり、必要に応じて街をそっくりそのまま運んで行くことだってあるんだ」

  何かのまちがいだろう? 「新世界」だって、本当にそう言ったのか? そのトピックを今追求する気にはなれなかった。今私が理解して飲み込めるようなものではないと思ったからだ。霊的存在になっても、一度に取り入れるインプットの量には限りがある。しかも私はその中で確かに最も小さき者であり、霊的な事柄については最も未熟者なのだ。この時にはもう最大限の限界まで来ていたのであり、その上探検だの開拓だの新世界に植民地を建設するなどといった話題に首を突っ込む余裕などなかった。それにしてもここ霊の次元において、第一居住者であるこの神々しい者達が探索していない未踏の地がまだ存在するなんて、何だか考えられないことだった。

 

第16章 乗船!  

  「あそこだ!」そう声を張り上げながら、ジャマールが下方にある草原を指さす。船底にある大きな出入り口の一つから、ずっと下の方に白いすじが見える。ものすごい群れが集まっている。先頭にいるのがジャールで、偉大な雄馬、ヘリオスに堂々とまたがっている。片手をさっと一振りすると、ヘリオスが地面を蹴って上昇し、残りの群れもそれに従って上空に勢いよく駆け昇っていった。何とパワフルなんだろう。とびっきりすばらしい訓練を受けていて、目にも美しい。威厳をもって、まるで白い鳥の群れのように昇ってくるが、むろん混雑したり羽をばたばたさせることはない。空中を駆け上がってくる時には、あたかも地上と同じ固い地面の上を蹴っているようだ。風の翼にのって、何にも妨げられることなしに疾駆し、どんどんこっちに向かってくる。

  「天国の馬には翼がはえていると思ったんだがなあ。ほら、伝説に出てくる翼のついた馬、ペガサスみたいに」

  それを聞いたジャマールはこんなおかしいことはないとばかりに大笑いしている。「伝説なんかじゃないよ!」 笑いながら話すジャマール。「天使みたいに馬達も翼を備えているさ。ただいつも見せてるわけではないけどね。そうしたいか、そうする必要がある時に見せるんだ。ふつうは翼が見えないけど、見ようと思えば見えるよ」

  私には見えなかった。私のがっかりした様子に気付くと、ジャマールは私の頭の右と左をそれぞれの手で覆い、こめかみのところを指圧した。するととたんにもっと鮮明に見えるようになった。「翼があるぞ!」 感嘆して叫ぶ。「大きい翼だ!」 少なくとも瞬間的に全く新しい次元からこの馬達を見ることができた。息をのむほどすごい眺めだった。

  「ほら! 翼が見たかったんだろう!」 ジャマールはまだ面白がっている。私は愕然として立ちすくみ、大きな翼を持った動物がラムダワンの別のセクションから乗船していくのをじっと見ていた。

  「動物達がみんな乗船して落ち着いたら、父さんもすぐに来るはずだよ」

  「船が発進してから馬を見に畜舎に行けるかな?」 この信じがたい宇宙船の中もできればちょっと探索したいものだと考えていた。何しろSF小説が空想したものをゆうに超越しているのだから。

  「行けるさ」 私の思いを見抜いたかのようにジャマールが付け足す。「それに船内の一部を案内してあげてもいいよ」

  なぜジャマールが「船内の一部」と言ったのかは理解できる。小さな区画以上のところを案内して回ろうとするなら、それは明らかにとんでもない大仕事になってしまうからだ。率直に言って、天の王国がこれ程も大規模で十分に装備されているとは想像していなかった。それに主の軍勢がここまですごいとも思っていなかった。

  「こんなすごいテクノロジーがあれば、」別に深く考えもしないで私が話す。「神は全宇宙とそこにある全てのものを運営できるね」

  「そうさ!」 少しそっけなく答えたかと思うと、ジャマールがぷっと吹きだした。「創造物総司令公記録本部に比べればこの船なんかまるで子供のおもちゃだよ」

  「総司令本部に天界公記録保管所だって?つまり、天国にはすべてを司っているものすごいコンピューターを備えている場所があって、そこに神の書籍とか公記録を保管しているってことかい? てっきり神の頭の中に全部詰まっていると思っていたのに!」 私は驚いて言った。

  「神御自身ですべてなさることだってできるよ。それに必要なら介入されることもある。でも主は天使や他の者達に帳簿をつけさせたり、創造物の世話をさせることを好まれるんだよ。神は仕事や責任を出来るだけ他の者に分担するのを好まれるんだ。そうするならみんなにとって、人生がもっと面白くてチャレンジに満ちて報いがあるものになるからね。もし神が一から十まで何もかも自分でなさるなら、僕たちはあまり愛されているとも必要とされているとも感じなくなって、かなり退屈な人生になってしまうだろう」

  「でも、主の特別な助けや承認が必要な、特別な事をして下さいって神に頼むことは出来るんだろう? 例えばエリヤが神に雨を3年半の間降らせないように求めたり、ヨシュアが何時間か太陽の動きを止めるようお願いしたり、ヘゼキアが太陽の軌道を戻すように頼んだりした時のようにさ」(イザヤ38章1-8節)

  うなずいて答えるジャマール。「もちろん神は望まれる時にはいつだって、ご自分の機械やコントロールセンターを自由に無効にして、ご自分で操作することがお出来になるよ」

  聞きたいことはまだ山とある。「でも悪魔はどうなんだい? 地球に対してはかなり支配力があるんじゃないのかい? 聖書では『空中の権を持つ君』と書かれているくらいだし」(エペソ2章2節)

  ジャマールがため息をつく。「そう、残念ながらね。奴や奴の追随者達は、規則正しい創造の仕組みを妨害し破壊するためなら何だってする。目下地球の人間達は堕落した状態にあり、悪魔と堕ちた天使たちの影響下にあるので、地上はまったくめちゃくちゃだ。霊的な軍勢を邪悪な方法で使うと、霊的な事だけじゃなくて物理的にも多大な影響を及ぼし得るし、実際に及ぼしている。でもほら、敵がどんなに反抗的であっても、神の許可がなければ創造物や地上の人々にどんなひどい事や破壊的なことも出来ないよね。ところがもし人々がものすごく悪くなるなら、神が祝福や保護を与えることができなくなる。すると敵が殺到して多くの危害を加えることができるんだ」

  「ああ、ヨブの時みたいにだろ。悪魔はヨブの人生を破滅させるのに神の許可を受ける必要があったね。ヨブは悪くはなかったけれど、悪魔が彼の財産をことごとく盗み去り、すごい風を送って家を壊して子供を殺し、体中腫れ物だらけにするのを許されたのは神だった」(ヨブ1章8-22節,2章1-7節)

  「そう。神は僕たちの保護者だ。たとえ何かの理由があって破壊する者が触れるのを許されたとしても、しがみつき続け、神が敵の魔手から救い出して下さると信頼しなくてはならない! もし光の子と闇の子の戦いの記録を勉強したらわかると思うけど、僕たちにとって『万事休す』と思える時は何度もあった。でもそれから神は形勢を一転させて、しばしば小さくて取るに足らない、ほとんど愚者ともいえるものを使って敵の裏をかかせたりしたんだよ」

  彼の話しぶりから、天界の戦争について書かれたすごい本をむさぼり読んでいるジャマールが目に浮かぶ。実際、神の公文書大保管所には驚くような本や記録が数知れずあるに違いない。それらの本が開かれる日ときたらすごいな! 誰かがキリストの大いなる裁きの御座で、他の人達に対して私が生前にしてきた事や影響を与えた事のすべてを読み上げられると思うと、ちょっと気になったりもするが。何回となく罪や間違いを繰り返してきたのを知っているし、愛情深く親切である代わりに利己的になってきた時々のことを思うとちょっと心配だ。したこと、考えたこと、言ったことが全部記録されているなんてこわいな。唯一の望みは、イエスの偉大なる愛と憐れみだけだ。それにイエスが十字架の上で死ぬことによって私の罪の代価をすべて支払ってくれたという事実を知っていること。私はただ主と主のゆるしと永遠の命という贈り物を受け取るだけだ。自分の名前が小羊の書に記されており、何ものもそれを覆すことがないというのは本当にうれしい。

  こうしたジャマールとのちょっとした会話からよく大きな影響を受ける。彼はたくさんの質問に答えてくれるし、彼の手本を見ると、私ももっと立派な人になり、イエスのためにもっと強い兵士になりたいと思う。現代の人々、今の世代、私の属する神の国と王は闇の勢力との戦争に従事しており、地球上にいようが霊の世界にいようが、各自が自分の分を果たさなければならない。ジャマールは普通の12歳の少年ではないし、私もそうなのだが、何らかの理由で神は私たち二人をこの年齢で引き合わせられたのだ。

  飛行船の窓から、地球では想像することしかできない世界をずっと眺め続けた。それからジャマールの方を向いて言った。「神がなぜすべてをこんなにバラエティー豊かで、広大で、見ることすること事欠かないように創られたかがわかってきたよ。創造物は、実は神が御自分の子供達のために造られた巨大な遊び場なんだ」

  「あれっ! 何だか僕の話し方がうつってきたようだね!」 ジャマールが笑った。「君の言うとおりだ。神はご自分のために世界を造られたわけじゃない。そして知ってたかい? 神ご自身、創造物に入られる時、あるいはそれをご覧になる時ですら、そのためにご自分の身を大いに低めなくてはいけないんだよ。詩篇113:6には、神は『身を低くして天と地をご覧になる。』と書いてある。でもそれもこれも僕たちのためなんだ。主は僕たちをとても愛しておられ、主と共にいることが僕たちにとってものすごい喜びだと知っておられるからなんだよ。僕たちが感謝の気持ちを表し、して下さったすべての事でほめたたえることを主は望んでおられる。感謝を示されるのを好まれるんだ。万物をそんなにまで大きく造らなくてもよかったのにそうされたんだよ。すごいだろう! 主はたった一種類の果物を造るだけでもよかったのに、それだと僕たちにとってあまり楽しくないと思ってそうされなかったんだ! ただご自分のためにだけ、君たちが『宇宙都市』と呼んでいる光の都を建てる必要もなかった。でも僕たちのために建ててくださったんだ。主と共に過ごせて主を楽しむことが出来るように、また主ご自身もそこで僕たちを楽しむことが出来るようにね! 主は僕たちのことを愛しているので、何もかも素晴らしく、完璧で愉快なものにして下さった。僕たちに本当に幸せになって欲しいんだよ」

  ジャマールは神を愛するあまり、神やイエスのことを話す時はいつも顔全体が喜びと霊感で輝いてくる。神に関するこうした深い会話は実に面白く、大いに楽しませてもらった。

  「でも、この広漠な宇宙全部とそこにある全てのものを造られたのが、ただ僕たちを楽しませるためだなんて、何だか信じがたいなあ」

  「でも、実際そうなんだよ!」 ジャマールが断言する。「神は僕たちのことをものすごく愛しておられて、僕たちに楽しんでもらいたいんだ。それに神御自身も一緒になって満喫するのがお好きなんだよ」

  「本当かい?」

  「本当だとも! それに、永遠というのは長い長い時間だろう? そして神は、子供が色んなことをやりたがることもご存じだ。だからきっと主の思いがけない贈り物がどっさりあるよ」

  多分ちょっとびっくりした顔をしていたに違いない。私は言った。「神がおかしいことが好きで、そんな愉快な父親だなんてちょっと考えられないよ。神はすべてについて真剣でまじめな感じの人だと思っていたのに」

  「ああ、神は愉快になることも、まじめにもなることもあるさ。主次第だよ。とどのつまり僕たちは神のイメージにそって造られたわけだから、すでにかなり主のようであるんだ。よく考えてごらん。君は色んなことをしてみたいし、好きな人達や気の合う友達と楽しむのが好きだろう? 様々な場所に出かけて色んなものを探検したり、一緒に冒険したり、何かをあげたり、プレゼントを渡してあっと驚かせたりしたいと思うだろう? つまりだね、それが神なんだよ!」

  偏った見方にならないように、ジャマールが後から付け足して話してくれた。「とは言っても、なぜ物事がそうあるのかというのには、実際的で実用的な隠された理由がある。例えばこの船の必要性や、神が宇宙都市をそれ程までに美しく、それでいて頑丈に造られた理由などだ。それらのものがそうであるのにはすべて理由がある。説明が少し難しいものもあれば、まだ理解できないものもあるけどね。でもね、理由があって神がそうしておられるのは知っているし、最終的にはそれが僕たちの益になることや、神が僕たちをとても愛してくれているからだとわかるようになるんだよ」

 

第17章 空飛ぶ円盤と世界間の戦争

  宇宙都市について不可解な疑問が頭の中に浮かんできたので、さっそくジャマールに尋ねてみた。「宇宙都市に着くのはそんなに簡単じゃないっていう印象を受けるんだけど、正確にはどこにあるんだい? それにどうやっていくのかな? 初めてこの世界に到着した時に、どこか遠くの方に『光の都』がぼんやりと見えたのは覚えているんだけど、霊の内ではどういうわけか違う方角のようだね。それに、霊の世界にはありとあらゆる階層や次元があるらしくて、今自分がどこにいるかもよくわからないんだ。ここからどの方角に宇宙都市があるかなんてわかるはずがない。『大いなる都』っていうのは、霊界の上階層にあるのかい? それとも下方の物質的次元にあるのかい?」

  ジャマールは、一つ深呼吸をしてから答えてくれた。私が混乱しているのを見、簡単に答えるには少し考える時間が必要なのを心得ているからだ。「ごめんね。もっと上手に説明するべきだったよ。僕は生まれてからずっとこの世界しか知らないから、外から来た君にはここの物事が理解しづらいんだってことを時々忘れてしまうんだ。なるべく簡単に説明するようにするけど、いつも上手に出来るわけじゃないんだよ。

  たった今僕たちは霊界に属する主要な創造階層の一つにいる。君も気づいていると思うけど、この階層はかなり『物質的』で、地球に非常によく似ている。陸や水や植物があって、動物がいるし、家や街や森林もある。その上には、広大な霊の空間が広がっていて、僕たちがまだ見たことも探索したこともない未知の場所や不思議な事物が五万とあるんだ。もっと深い所、あるいはもっと上、まあ、どんなふうに言っても構わないんだけど、とにかくそこにまた別の霊界の階層がいくつもある。上級階層がどんなのかは少し経験したね。トライコンの宮にいた時や、別の霊的階層からザーファと地球に戻って行った時にさ。あの段階では、霊においてすべての創造物が互いにしっかり連結するのを発見しただろう?」

  「ああ」うなずいてから、さらに質問を付け足した。「ということは、僕はつまり実際そこに行ったんだね?」

  例の物知り謎めきスマイルを見せながらジャマールが話し続ける。「地球で生活してるんだから、その霊的レベルにいるのがどんなのかはもう知ってるよね。とても物質的で時間的だけど、それでなおかつ霊的なんだ」 目を輝かせながら微笑むと、またもや興味をそそる注釈を付け加えた。「地球は、今霊界で低いレベルにある。少なくとも、神が地球に引っ越されるまではね!」 ジャマールが続けて話す。「この世界から君の世界に行くと随分違っただろう? 現時点では地球の状況はこことはかなりかけ離れている。でもどうしてだと思う?」ここでちょっと言葉を止めて、尋ねた。「これまでは理解できてるかい?」

  「うん、まあね」 私は自分が理解しているものと望みながら答えた。

  「たった今君はほぼ完全に霊の内にいて、肉体から解放されている。だけど、肉体の中に住まわっているときに君の霊がどう感じるかちょっと考えてみてごらん。それか、君の霊が上げられる時、肉体にどんな影響と変化があるかでもいいよ」

 笑って私は答えた。「そうだな、一つには、霊がより高いレベルに上げられると、もっと幸せに感じるし、外見も幸せそうに見えるよね。そして多分、霊が下がっていくにつれて、もっと『物質的』になっていくと思う。地球ではもっと重くて肉体に制限されているように感じるんだ。出来る事や行ける場所や方法が限られている。光や熱や重力といった、物理的な力にもっと左右されているように感じる。でも、霊の内に上げられるともっと自由に感じる。飛べたり、何だって出来そうな気がするんだ。もちろん、霊の内にここまで来ると、実際に飛べるんだけどね!」

  ジャマールが会話を続ける。「要は、霊と肉体とが結合すると、お互い大いに影響し合うってことなんだ。レベルの上下に関係なく、霊の内で動くと体に変化が現れる。理解しなければならないのは、もし十分な力が与えられるなら、霊は肉を異なった次元に動かせるってことだ。この節を覚えているかい?『ただ聖霊があなたがたに下るとき、あなたがたは力を受けるであろう』(使徒行伝1章8節) それにこんな節もある。『しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである』(ヨハネ1章12節) 言っとくけど、それにはすごい力が必要なんだよ! そしてほんの少しでも霊の内に上るなら、それは目と顔に現れてくる。上に行けば行くほど、輝きは増してくるんだ。

  使徒行伝の中で、ステパノが投石されてイエスを見たとき、彼の顔は光沢を放っていただろう?(使徒行伝6章15節)それにシナイ山から降りてきたモーセの顔を人々は覆わなくてはならなかった。主と会見してその顔があまりにもまばゆく輝いていたからだよ。 (出エジプト34章30,33節) もし霊的にパワーを受け、十分に力が与えられるなら、肉体ごと霊の高いレベルにまで引き上げられることが可能なんだ。周りからは君が消えてしまったように見える。使徒行伝の中でピリポに起こったのがそれだ。霊にさらわれて、一時的に完全に消えてしまったんだよ。(使徒8章39,40節)エノクは神と歩くまでに、あまりにも霊の世界に入り込んでしまったので、身体ごと転移してしまった。イエスが地上での仕事を終えられた時、地上からどんどん上へ昇り、ついには見えなくなってしまった。(使徒1章9-11節) とにかく、物質的な世界に出入りする秘訣は、十分な霊力を持つことなんだよ」

  ジャマールは私をじっと見て言った。「こういった事は、体験するのは簡単なんだけど、それを説明しようとすると複雑になってしまう。この事については、後でまた話そう。ちょっと窓の方へ行ってみないか。出発の時が迫っている。君にこれを見てもらいたいんだ」

  私は、ジャマールの後について、床の出入り口付近にある大きな窓の方へ向かった。彼は私が出入り口の縁を歩いているのを見て笑いながら言った。「大丈夫だからその上を歩いてごらん。落ちることを心配しているなら、それは無用だよ。透けて見えるけどとっても頑丈だからね。本当だよ」

  出入り口の上に乗るのは勇気がいる。透明で足場などないように見えるし、地上からは相当高いところにあるのだから。地球では、高いところから下を見下ろすと決まってドキドキしたものだ。乗船した時にそれがどれだけ頑丈かを足の下に感じたので、入り口の上を歩いても平気だろうとは思っていた。とは言いつつも、高さのことを考えずにはおられない。どうしても、床にぽっかりと空いた穴の上を気楽に歩く気にはなれないのだ。

  ついに恐れをなんとか克服し、極めて慎重にではあるが、出入り口の所に足を踏み入れた。目には見えないが、申し分なくしっかりとした足場である。下方にはトライコンの街と周辺が見える。再びこの場所を見るのはいつになることだろう。ザーファはこの船のどこかに乗っているのだろうか。それともまだトライコンにいるのか。霊の内に地球に連れて行ってくれたことでお礼がいいたいものだ。それにしても何から何まであっという間の出来事だったな。さっきまでベッドにいたと思ったらもう宇宙船に乗っており、今にも宇宙空間に突入しようとしているのだ。

  「敵にも似たような宇宙船があるのかい?」

  「小型飛行船と小型航空機が幾つかね。性能は僕たちのと比べ物にならないが、人間を混乱させたりだましたり、僕たちを悩ませるには十分な役目を果たしているよ。今までの所は、それらの乗り物をはびこらせたり、地球に住む人々に大いなるしるしと不思議を誇示することは、主の御手が防いでいるんだ。でも最終の戦いが近づくにつれて、『しるし』はもっと現れることになっている。空には数知れずしるしが現れるだろう。霊界が全面戦争に従事すると、地球は直ぐさまその波紋を感じて、変遷と大変動を体験することになるからね。それが時のしるしだ!」

  「でも、何で奴らが降伏しないのかどうしてもわからないな。神には2倍もの天使の軍勢がいて、勝てる見込みなんてあるわけないのに!」

  「神の天使達の他にも忘れちゃいけないものがある。大いなる対決の直前には、無数の僕たちも主の軍勢に加わっている。しかも天使と同じ力を備えた、新しく超自然的な、復活した永遠の身体でね」

  「だったらなおのこと、どうして奴らはあきらめないんだい? 勝ち目がないのがわからないのかな?」

  「恐らくは、プライドのゆえだろう。奴らのリーダーは、プライドの子供達全員の頭であり王だ。だから、そう、戦ってくるんだ。死ぬまで戦う気だよ。それもこれもすべてプライドのためにね。そして奴らは敗北する。現にもう敗北したんだ!」

  そう言いながら、ジャマールが手招きして、向こうの壁にかけてあるイエスの肖像画の方を向いた。それは美しく光り輝き、生きているかのようで、今私達がいる受付の場所にある。奇妙なことに、乗船時は気が付かなかったのに、今はそれが生きているようだ。安らぎと祈りと感謝を捧げるちょっとした瞬間に主の御顔を見つめるのは素晴らしく、ほっとする。それはただ単なるイエスの肖像だったのか、それとも私達を励ますために、一瞬御自分を現されたのかは定かではない。だが実にリアルで生きているようにさえ見えた。私の魂の奥底まで見つめる目は理解に満ちており、主の御霊は、完全なる純潔と、謙虚さと、あらゆる徳に満ち満ちている。ただ主を見るだけで、完全なエクスタシーを少し味わった気分だ。

  目はまだイエスに釘付けになったままで、私は言った。「わかった! わかったぞ! 何故、プライドは勝つことができなくて、イエスが負けることがないのかが。主は愛情深くて何でもお与えになる。それに対して、プライドは利己的で何でも手に入れようとする。神と正反対だ。プライドは自分自身を養うために他から奪い取るが、いくら手に入れても満足することがない。ところが、本当の幸せとは、神を愛し、他の人の為に生きることのみから来る」

  ジャマールが同意して言う。「悪魔の最悪の敵とは奴自身なんだ。プライドは最後には自滅するからね。自分本位で利己的だとすぐに、愛されておらず、幸せでなく、満たされていない状態になってしまう。自分の存在や生きていくことに対して、永続的な目的も建設的な理由もなくなってしまうんだ。もし憎しみと破壊しかできないなら、まもなくすべてが無に帰してしまうだろう。まあ、とにかく、主の軍隊は勝ち続け、悪魔は霊界と地球の外へ追いやられているってわけさ。だけどそこより居心地のよい場所は残ってないから、奴らは怒ってただでは出て行かないと決心しているんだ」

  「えっ、ということは、堕落した者達がいるのは地球だけじゃないってことなのかい?」

  ジャマールがちょっとびっくりしている。「君は預言者ダビデの書を読んだことがないのかい? 火星に生き物がいなかったことで、人々がとてもがっかりした時の話だよ。『占星学体である以外に宇宙の惑星が何のためにあるのかは、神のみぞ知る。もう生命体がひしめいている惑星があるかも知れない。ただ、人間が求めているような類のものではないかもしれないが!』 この件に関してダビデは正しかった。確かに、悪鬼どもがひしめいている惑星もあるんだ!」

  この話にはちょっとびっくりだ。「だったら、『エイリアン』に連れ去られたとか、あんな事やこんな事をしたとか言っている地球人の話の中には、本当に起こった事もあるのかな?」

  「もし堕落した者達が、彼らのチャンネルにオープンになっている者を使うなら、霊のトリップはあり得るね。だけど、体ごとであれ霊の内であれ、あの連中と一緒にトリップするのは、危険な霊の世界に足を踏み入れることになる。利用されたり、虐待されたりするし、全部の真実は絶対に教えてもらえないからね。望むなら同じくらいの喜びと冒険をイエスと一緒に行く霊のトリップで味わえるというのに、悲しい話だよね。本当に残念だよ!

  とにかく、戦争は激化していて、サタンとその勢力は霊界から追い立てられ、物質のレベルに閉じ込められている。もっぱら地球という惑星にね。実際、哀れな地球は霊の大収容所になりつつあって、あらゆる種類の汚れた霊でいっぱいなんだ。ここにいる僕たちにとってはうれしいニュースだけど、まだ地球にいる人達にとっては悪いニュースだよね。でも、サタンがついにこの領域から落とされて世界大のリーダーに乗り移る時、いよいよ最終決戦が始まるんだ」

  「だけどだよ、僕たちがやっつけた後は、奴らはどこに逃げるんだい?」

  「奴らの行ける場所は地の底以外まったくなくなるね。聖書には、天の軍勢を従えて主が来られる時、奴らは山が上に落ちてきてでも小羊の怒りから隠れることを望むようになる、と書いてある。と言うわけで、奴らは地球の地下にある刑務所に行くんだ。あの底なしの穴、つまり連中みたいな輩(やから)向けの神の留置場に拘束されるってわけさ。奴らのリーダーである悪魔は、千年の間鎖でつながれることになっているが、僕の知る限りでは、そこの刑務所暮らしは生易しいものではないらしい。他の収容者は優しいとは言えないから、相当厳しくなるだろう」

  この話はとても面白くてエキサイティングだが、今のところは話を戻して、ヘブンリー・シティーが実際にどこにあるのかを説明してもらいたかった。

  「つかまって! 今から突入するぞ!」 ジャマールの声が聞こえた。

 

 

地球の衛星である月と同じ位置にあるような気がしてきた。何か書いてあったが、変わった数学的な記号で書いてあったので解読できなかった。おそらく天使の言葉か何かだろう。わかりきったことを尋ねてみた。「それじゃあ、終わりの時の預言者ダビデが言ったことは正しかったわけだね。聖なる都が通って出現し降りてくる霊界からの入り口とは、月のそのものかもしれない。」  

  「その通り!」 ジャマールがまた笑っている。「よくわかったね! その通りだよ。都を包む物的形状として神が造り、選ばれたのが月なんだ。そして物質界への玄関、あるいは出入り口と呼ぶ方を好むならそれでもいいけど、とにかくそこを通って大いなる都が最初に現れるのさ。結構急に出てくるから、全世界はあっと驚くだろうね。夜中に忍び込む泥棒のようなものさ。じゃじゃーん! ものすごい泥棒がやってくる夜になるぞ!(1テサロニケ5章2節、2ペテロ3章10節) 僕たちの家、都市、僕たちの首都、史上最強の母船また宇宙船、天国の戦艦が、あたかも月から抜け出たように出現し、地球に接近するんだ。月を選ぶなんて、さすが主だと思わない? 最高の象徴だと思わないかい? イエスは僕たちの太陽で、僕たちはイエスの光を反射している月というわけさ。(黙示録21章1節、詩篇98篇36,37節)

  一瞬の沈黙のあと、私の方を振り向く。「あとはもう知ってるよね。全部聖書に書いてあるから。」

  「ちょ、ちょっと待って! ここで止めないでくれよ!」

  「第七番目のラッパ、つまり最後のラッパが鳴り響くと、地上にいたイエスを信じる者達が、生きた者もこの復活の時まで死んでいた者も霊の内で集う。そして死んでいた者たちは、土でできた以前の身体の塵(ちり)から神の息吹そのものによって造りかえられた、新しい復活した超自然的な身体をまとうんだ。ただ今回は完璧な永遠の身体になるけどね! その時まで地上に残っている信仰の人達は、使徒パウロが言っているように、神によって変貌させられるだろう。『終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。』(1コリント15章51節)僕たちは大いなる歓喜に満ちた御霊の動きに乗って天に昇る。共に集い、主の忠実な天使の手によって集められてね。それからイエスは意気揚々と、僕たちと共に天の都に入られる。そこで僕たちは最後の戦いに備えるんだ。」(黙示録19章)

  どうしても聞きたい質問がまだあった。「聖書では『人の子のしるし』が天に現れると書いてあるけど、天の都が隠れ家から出てきて人々に見られる時、それがそのしるしになるのかい?」

  ジャマールはこの話題について実によく知っている。「戦争が激化するにつれて、空には他のしるしや不思議もたくさん現れるよ。かの大いなる日が近づくにつれ、神の偉大なる霊の王国のあちこちからこれみたいな巨大な宇宙船がぞくぞくと到着し始める。乗客は皆、大いなる戦いに加わり、小羊の婚宴に列席し、神の怒りが敵の頭上に注がれるのを見るためにやってくるんだよ。だから、宇宙では奇妙なことが起こり、それを見た地球の人達は終わりが間近だということを知るようになるだろうね。だけど、最終的な終わりのしるしは、聖なる都を見せるようにとイエスが指示される時となるだろう。都が霊の領域から物質界へと完全に移ると、誰もの目にも見えるようになり、人類は嘆き悲しむことだろう。」

  「みんな宇宙船で来るのかい?」

  「いいや、僕は父さんや他の勇士達と一緒に馬に乗って陸地から突撃したいね。血沸き肉踊る興奮に満ちた時となるだろう。堕落した天使共や悪魔の軍勢に伴う地球の全軍隊と、神の全軍と主の人々が、最後の決着を賭けてハルマゲドンの戦いに集結するんだよ。僕たちが都から突撃し、空から駆け下りていく時の奴らの顔を見るのが待ちきれないな!」

  「その時、都は地球に着陸するのかい?」

  「いいや、地上に生き残った者達が都を見て、しばらくは悪さをしたくないと思うに十分なだけ近づくんだ。それに奪取した後は、都を近くに置いておいた方が便利なんだ。よく監視できるし、順番で地球にいて外の交替勤務をやパトロールをするのにもいい。」

  「もし核ミサイルを都に打ち込まれたらどうなるんだい?」

  「奴らはやってみるかも知れないね。だけど都は悪魔や人間のどんな兵器からもダメージを受けることはない。神が青い球状の保護膜ですっぼりと都を包んでいるから、どんな物理的攻撃にも耐えられるんだ。至福千年の終わりに起こる、ゴクとマゴクの最終大決戦の猛威もへっちゃらだよ。その最終戦争の後で、神は地球の全表面を炎で一掃し、大気圏を完全に取り替えてしまわれる。その時は主が外壁をそんなにも強力にしてくださったことにかなり感謝するだろうね。これは覚えておいたら役に立つと思うんだけど、イエスと都の何百万という住民は、この戦争のためにもうずいぶん長いこと備えてきているんだ。それに地球時間の2千年にあたる歳月をかけて都を整備している。だから地球の兵器がいくつか打ち込まれても、天国が破壊される心配など無用ってわけさ。