トライコンへの旅 パート2

トラビス著

 

第6章 新しい名前

  目覚めると、それは明るく美しい日の始まりであった! まだジャマールの家にいる。ほっと安心して喜んだ。この家の屋根であり、私の部屋の天井でもある透明な水晶のドームを通して空を見上げると、頭上には美しく輝く色彩豊かな空があった。きょうはどんなにすごい出来事や冒険が待っているのだろう。そう考えていると、ふいに聞き慣れない声が思いをさえぎった。

  「おはよう。起きたみたいね!」

  少しびっくりして声の方を向くと、ベッドの近くにある窓ぎわにジャマールより若干年上に見える女の子が座っていた。髪はきれいな赤サビ色で、幸せそうな微笑みを満面にたたえた丸顔にはそばかすがついている。

  「ジャマールはお父さんと馬の所に行ったわ。起きた時に自分がいなかったら心配するかもしれないから、あなたが目覚めるまでここにいてほしいと彼から頼まれたの。それで私がここにいるってわけ!」

  見ず知らずの人、しかも女の子が自分の部屋にいて私が目覚めるのを待っていたという事実に、地上的ないわゆるばつの悪い気持ちがしてきた。多分びっくりした顔をしていたのだろう。私が不意をつかれてあわてているのを見てくすくす笑っていたから。こういった反応はかなり奇妙に映るに違いない。この上なく正直でオープンで、お互いぎこちなく感じることなど皆無の人達だからね。

  「あなた昨日ここに着いたんでしょう?」 会話を続けて私を落ち着かせようとしてくれているみたいだ。

  「そう、新入りさ」 ちょっとおどけてみたが、相手は何だろうという顔をしている。こういった表現は聞いたことがないらしく、どういう意味で言ったのかわかりかねている。

  ジャマールとはずいぶん違うな。見かけは年上だけど、あまり…うーん、何て言ったらいいのか…その、あまり細かい事まで気が回らない人のようだ。でもとても好感が持てる! 時々とんでもないことをやらかしそうな、いたずらっぽいキラキラした目をしている。

  「名前は?」

  「ザーファよ、あなたは?」

  その時、ここでまだ一度も自分の名前を使ったことがないのに気がついた。地球では名前はかなり大切だが、ここではさして重要でも必要でもないらしい。ここでは誰かと会うやいなや個人的にとても親しくなるし、今まで会った人達はもう私のことを知り尽くしているようなので、あえて名前を教える必要も全然なかったのだ。みんな生まれた時からの旧友のようなんだ。でもザーファはジャマールの家族とは少々違うみたいだな。名前を尋ねたりもするしね。ザーファに聞かれて自分の地上での名前を言いかけたが何だかピンとこない。それが本当の自分、この新しい自分にふさわしい名前とは思えなかったのだ。

  ザーファは私が困っていて、言うのをためらっているのに気づいたみたいだ。「ああ、まだ新しい名前をもらってないのね。そうでしょう?」

  「新しい名前?」

  「そうよ。ここに来た人は新しい名前をもらうことがよくあるの。着いたばかりの時は、以前の生活とかなり違うから。少なくとも、私の時はそうだったわ!」

  明らかに、ザーファは霊界生まれでないらしい。きっと地上で生まれたんだろう。とういうことは、その点ではジャマールよりもっと私に近い存在だということになるか。ジャマールは一度も地球での生活を味わったことがないからな。彼女について色々尋ねてみたいが、今は話の主題からそれない方が賢明だろう。

  「それで、新しい名前はどうやったらもらえるんだい?」

  「ああ、色んな方法があるわよ」 ザーファは笑って答えた。「行きましょう。そのことは馬屋に行く途中で考えたり祈ったりしたらいいわ。朝ごはん食べたい?」

  ジャマールからもらったチュニカを着たまま寝たのだが、しわになってないばかりかおろし立ての時と同じくらい白くてさっぱりしている。もう着替えは終わっているぞ。ベッドから飛び起きるとザーファの後をついてバルコニーに行き、カーブになった階段を降りてプールの反対側へ出ていった。

  ジョイアスが家の側面に沿った庭をせっせと手入れしていた。小さい庭だが、はっとするほどエキゾチックな花でいっぱいだ。

  「おはよう!」とにこやかにあいさつしてくれた。「何か食べたい?」

  ちょっと考えてみたが、驚くことに全然お腹が空いていない。

  「お心づかいは嬉しいんですが、今はお腹が空いてないみたいなんです」

  地球ではいつも食べるのが大好きだったのにな…。新しい自分について少々当惑した私の声の調子に気づいてか、ジョイアスがこう言ってくれた。「ここでは食べたいときには食べるし、食べたくなければ食べないのよ。そろそろ分かりかけてきたようね。だから好きにしていいのよ。空腹という問題はここではありえないから」

  「そうか、じゃあ今は食べないことにします。どれくらいもつか見てみたいから」

  ジョイアスが温かく笑っている。するとザーファが私の手をつかんで裏門の方へ引っ張って行った。引っ張られながら私がジョイアスに「またね」と手を振ると、彼女も微笑んで手を振り返してくれた。裏の小道を駆けて出ると、そこには木々や小川や丘や緑草地が広がる広い田園地帯がある。

  ザーファは天真爛漫(てんしんらんまん)で愉快な子。あれこれと悩むことなど全くないらしい。それでも不思議な雰囲気が漂っていて私の興味と好奇心をあおりたてる。

  田園はとてもきれいだ。きれいな小川が陽気な音を立てて道のそばを流れている。私はいても立ってもいられなくなり、走って行ってその新鮮できれいな水をのぞき込んだ。そこにきらきら輝くものがあって目を引いたので、手を伸ばして一つ取ってみた。小川の中には美しく輝く宝石がたくさんあった。もちろん原石のままだが、輝いていて美しい。それに何かの塊りもあるぞ。どうも純金らしいな。

  「これを見てごらんよ!」 興奮して私が言う。未加工の大きなダイヤモンドと思える石を光にかざして見た。「これは何かな?」

  「ダイヤモンドじゃないの?」 ザーファは何てことなさそうに軽く答えた。まるで、この辺りの小川でならどこでも見つかるそこら辺の石の一つであるかのように…。ダイヤモンドを見つけて私は興奮していたが、彼女にとってはただのきれいな石ころにすぎなかったようだ。

  私の思いは地球の物質価値によってまだ汚れているようである。出し抜けにこう言ってしまった。「地球に持って帰ったらどんなに高価なものになるかわかるかい?」

  不思議そうにしばし私の方を見ると、ザーファは同意せずといった面もちで宝石を私の手からとり、川の中にチャポンと投げ入れてしまった。明らかに、こういったものはここではそれほど価値がないらしい。少なくとも地球でするような変な価値のつけ方はしないのだ。地上では、人々はこんな石から飾りをこしらえ、それをどこかに隠したり秘蔵したりする。そしてごく希な機会にのみ、鼻高々になってこれ見よがしに見せびらかすのだ。こういった物質の保持によって人の価値を決めてしまうこともあるくらいなのだから、こことはまるっきり価値観が違っていることがわかるだろう。ちょうどザーファが目の前でここでの価値観を実演してくれたように。

  ここがとても気に入った。人々に妬みと不満しか残さない地球の習慣と偏屈から完全に解放される。富も力も財産も、ここでは何の意味もなく、これっぽちも重要でない。みんな同じような地位で、同じだけ所有しているようだ。といっても実にたくさん持っているのだが。みんな十分に満たされていて、誰も取りすぎるということはない。それって素晴らしいことだね。金銭らしきものはここではまるでお目にかかっていない。この素晴らしく愛情深い協力的な社会では、そんなものは存在しないし、必要でもないらしい。いい意味において、この世界は本当に地球と異なっている! 私はもうしばらくの間きらめく小川をながれる透き通った水の中をじっと見ていた。ザーファは先に進もうとしている。興味深い一つ一つの新発見から自分自身を引き離すのは実にむずかしい。いつも学ぶべきことが限りなくあるのだ。私はまるで手当たり次第に何でも体験してみようとする赤ん坊のようだった。

  「ちょっと待って!」 彼女に追いつこうと走っていく。すぐ隣りに並んでからもう一度尋ねてみた。「ええっと、それでどうやって新しい名前をもらうんだっけ?」

  「そうね、祈って主に与えて下さるようお願いしてもいいわね」

  「でもそんなことでわざわざ主に面倒をかけるのも気が引けるな――」

  「あら、大丈夫よ。主は気にされないわ。私たちが頻繁に話しかけるのを主は喜ばれるんだから」

  ちょうど私たちは大きな木陰のある木の下を通っていた。それからザーファは私の手を取ると、「ここで祈りましょう」と言って道から出て木の下にどさっと倒れ込んだ。彼女は目を開けたままだったが、微笑みながら、まるでそこにイエスがいて実際に見て話しているかのように祈り始めた。「イエス様、どうか私たちに会いに来たこの霊の旅人に新しい名前を与えて下さい」

  私は口を開きそうになったが彼女は静かにするように合図した。「耳を傾けるのよ。そうすれば主が語って下さるから」

  目を閉じて耳を傾け始める。最初は周りの音や自分の考えていることしか聞こえなかったが、落ち着いて心がイエスに向かっていくにつれ、静かで穏やかな声が自分の内側から聞こえ始めた。「どんな名前が欲しいんだい?」

  私は答えた。「ええと、僕はここでは旅人(トラベラー)だし、“トラベラー”っていう響きが何となく好きだから…。“トラビス”なんてのはどうかな」

  主は言われた。「なかなかいいね。今はどれでもあなたが一番好きな名前にしたらいい。そしてここに住むために戻って来た時には、私が新しい特別な名前をあげよう」

  「よし、トラビスで決まりだ!」 私は声に出して言った。

  「トラビス! 言い名前だわ。私たちのところへトラベル(旅)して来たって感じね。それが今のあなたよ。霊の旅人トラビスね!」

 

第7章 エンジェル パトロール

  起き上がって引き続き田舎道を歩いていく。すると突然向こうの方からカミナリのような轟(とどろ)きが聞こえてきた。

  「何だあの音は? 地面が揺れてるみたいだけど、ここに地震なんてあるのかい?」

  「ああ、あれは馬の早朝練習よ。さあ、行きましょう。すごいものが見られるから」そう言うとザーファが走り出した。丘の頂上まで来ると下の方におわん型の巨大な谷が見える。百頭ばかりの強力な白い馬の群れが演習を行っていた。ウォームアップの後、様々なジャンプやターン、横駆けや巧みに調整された動作など、高度な技術を要する大演習をしているのである。まさに動く芸術だ。馬達はいとも優美で、ゆったりと調和をもって動いている。とまどいやまごつきは微塵(みじん)もみられない。一世一代の演技のために練習している天の曲馬団みたいだ。

  明るい色の丘にぐるりと囲まれたこの立派な自然の円形競技場の中央に、背の高いジャールの姿が見えた。そのすぐ側にはジャマールがいて、馬との意思の疎通や、歩調や速度の調教の仕方をならっている。群れ全体と通信しながら、同時に一頭一頭の馬の足並みも揃えられるらしい。馬との会話に特殊言語を用いているらしいのはわかったが、それがどう作用するかについてはよくわからなかった。

  「これで馬は全部かい? それとも主はもっと馬を持っているのかな?」

  ザーファは私の質問に微笑み、もう少しで笑いそうになったが、笑っちゃいけないと気づいたようだ。「これはただの小さな群れよ。他にも主の馬を扱っている調教師や管理者はたくさんいるわ。主は優れた馬を何万頭もお持ちだけど、群れを小さくしておくことを好まれるの。管理者が一頭一頭をよく世話できるからよ。馬達は本当に賢いから、一緒に働いたり乗馬を習ったりするのは楽しいわよ」

  「馬達はジャールの言っていることがわかるみたいだね」

  「ええ、わかるわよ。100%理解できるわ。この次元の動物達はすべてお互い同士コミュニケートできるし、人間とだって同じよ」 私の世界とここがかなり違うことを、ザーファはとてもよくわきまえているらしい。

  突然、ジャマールは丘の上から演習を見ている私たちに気づくと、嬉しそうに手を振り、父親から許可をもらうとこっちに向かって走ってきた。

  「早く来ないかなと思ってたところだよ。朝の演習を見逃してほしくなかったからね」

  そう言って微笑むとザーファに軽く会釈(えしゃく)した。「ありがとう、ザーファ。彼をここまで連れてきてくれて」

  「『彼』には新しい名前があるのよ」 ザーファが笑う。「トラビスっていうの」

  「トラビス!」 ジャマールは微笑みながら私の手を取る。「来てくれてうれしいよ。今日は何をしたい? 乗馬なんてどうかな?」

  私は心臓が止まる思いだった。こんな巨大な動物に乗るっていうのか? 乗ろうにも思いっきりジャンプしてやっと背中に届くか届かないかくらいだというのに。

  「ザーファとリージェントに乗ったらいいよ。僕は自分の馬に乗るから。ほらあそこにいる! 名前はサンダーだ」 彼が指さす方向に目をやると、みごとな馬が7,8メートルもある垣をいとも容易にひょいと飛び越えているのが見えた。

  リージェントもまた立派な馬である。ジャマールが何か笛のような独特の音を出すと二頭の馬は直ちに反応した。頭をもたげてジャマールを認識すると、そこを離れることを群れにことわっているような動作をしてから稲妻のように私たちの所に疾走して来た。こんな巨大で力強い動物がどんどん迫ってくるのは冷や汗ものでぶるぶる震えそうになる。ジャールとザーファの落ち着いた自信ある態度に勇気づけられなかったら、一目さんに逃げて穴にでも隠れていたところだろう。

  今まで馬に乗ったことは数回あるかないかだ。それなのに今、あらゆる生き物の中でも最高に強力であろう馬に鞍なしでまたがろうというのだ。ちょっと気後れしそうだったが、それでもとてもエキサイティングだし、是非やってみたいと思った。

  ものすごい勢いで馬達がやって来た。あんなに大きい馬に乗れるわけないじゃないか。だがジャマールはサンダーのたてがみをつかむと器用にひょいと背中に乗った。

  「僕にはできそうにないよ」と私が言うと、ジャマールが私にはわからない何か特有の言葉でリージェントに話した。

  「ジェイ ブラッチ シャマー!」 するとリージェントは即座に反応してかがみ、その広い背中に私がよじ登れるようにしてくれた。ザーファが私の後ろに飛び乗る。どうやら彼女はこの馬達には慣れっこのようだ。よかった。ジャマールが再び指示を与えると馬が立ち上がった。思ったよりも高い。まるで動く山の頂上から世界を見渡しているような気分だ。それから主の助けと祝福を求めてジャマールが短い祈りをした。

  「イーロイ ジャ」 ジャマールがそういうと馬達が動き出した。

  私は馬のたてがみを鷲掴(わしづか)みにして、これでもかと馬体にしがみつく。振り落とされるのはごめんだよ。特にこんな高いところからはね!

  「王子の馬に乗るのにはコツがあるのよ」 ザーファが寄りかかって私の耳元にささやいた。

  「何だって?」 助けになることなら何だって大歓迎だ。

  「落ち着くのよ」 私が緊張しまくって不安がっているのはバレバレだった。「体を楽にすることを学ばなくちゃ。くつろいで馬と波長をあわせるの。意思の疎通をするようにしなくちゃだめよ」

  「意思の疎通!? この僕が? この馬達と?」 果たしてそんな技術を習得できるものだろうか。

  「そうよ。騎手と馬は一緒に働くことを学ばなくてはならないの。特に戦闘においては重要よ。あなたが初心者だってことはリージェントにもわかっているわ。それであなたを大目にみてくれているけど、上手な騎手は素早く馬と一体になるの。馬の力とスピードがあなたの手引きと兼ね合わされるとものすごい力を発揮できるようになるわ。リージェントにはあなたの考えを感じ取ることがきるし、あなたも彼と仲良くなるなら同じように感じられるようになるわよ」

  「国境近くまで行ってみようか」 ジャマールが言う。「朝方、パトロールが巡回してたな。今日は何かあったらしい」

  「何か? 何かって何?」

  「ああ、最近は堕落した者達をこの境域から完全に追い払って地に投げ落とす運動がますます盛んになってきているから、奴らは死に物狂いになっているんだ。僕たちにとってはいいことなんだけど、下にある束の間の領域にとってはやっかいなことだね。残念だけど、物事が良くなる前に下界はかなり悪くなるはずだよ」

  地に投げ落とす? 聞いたことがあるな。どこで聞いたっけ? そうだ、思い出したぞ。聖ヨハネの黙示録の中に天で戦いが起こったと書いてあった。そしてミカエルとその御使いたちとが龍と戦ったのである。龍もその使いたちも応戦したが勝てなかった。そしてもはや天には彼らのおる所がなくなった。この巨大な龍、すなわち悪魔とかサタンとか呼ばれ全世界を惑わす年を経たへびは地に投げ落とされ、その使たちもろともに投げ落とされた。サタンとその使い達とは、堕落した者達のことで、彼らは、繰り返し征服され、投げ落とされ、ついには私たちを悩ませることがなくなるのだ。

  「サタンは来ようと思えばまだここに来られるの?」 

  「主の許可があればね。でも余命幾ばくもないけれど。奴が完全に追い出されてこの地帯に進入することを完全に禁じられる日はそう遠くない。奴も追随者たちもそのことは承知しているから、怒りで腸(はらわた)が煮えくり返ってるよ。さあ、何が起こっているのか見に行こう」 暗黙の命令に反応して、リージェントとサンダーは飛び跳ねながら駆け出した。その巨大でたくましい体が突進していく。後方では地面にもうもうと砂煙が上がっている。以前に、発射されるロケットの中で宇宙飛行士の顔がゆがむのを見た事があるが、きっと今私が感じているのと同じような感じだったろう。この巨大な動物が疾走し始めた時、突然の加速という強力なスリルに、私は完全にぶっ飛んだ。

  「肩の力を抜いて」ザーファが耳元で言ってきた。「馬の動きに合わせて、霊と共に流れるの。風に乗るのと同じよ」

  言われた通りだった。緊張して体がこわばると、ますます馬の背中から振り落とされそうな気になるが、リラックスして信頼し、馬の動きに波長を合わせれば合わせるほど、その動きと一体化した。本当に自由な風のパワーに乗って動いているみたいだ。最高にワイルドなカーニバルの乗り物もジェットコースターも目じゃない。この馬こそ最高だ!

  「ほら見て! あそこ!」 ジャマールが叫ぶ。「パトロール隊だ!」

  遠くの方に5,6頭の馬が幅の狭い谷間を横切って、大峡谷にある岸壁の溝みたいなところに突撃しているのが見えた。

  「奴らを見つけたらしいぞ!」 興奮気味にジャマールが叫ぶ。

  心臓が凍り付いた。奴らを見つけたって? 奴らって誰だ? 堕落した天使達のことを言っているのか? 

  「多分うろついていただけの者か、問題を起こそうとしていたスパイ当たりだろう。最近は時間がないのを知って、奴らも必死だからな。さあ、捕獲したかどうか見に行こうよ」

  「それって危なくないかい!?」 私は声を張り上げた。

  だがジャマールの耳には届いていないみたいだ。サンダーも急加速している。リージェントも戦場の敵を感じ取ってか、かなりその気になっているようだぞ。鼻孔を大きく開いて頭を前屈みにし、敵をやっつけるチャンスを逃すまいとやる気になっているのがありありと伺える。

  パトロール隊が速度を落とした。私たちが近づいている気配を感じ取ったらしい。その時堂々たる彼らのリーダーを見た。長い金色の髪が背中にかかり、神々しいブルーのマントが風になびいている。それから騎手達は私たちの所まで来るとあいさつした。

  「あの人誰?」 あまりの感激に声が出ないほどだったが、やっとのことでザーファの耳元にささやいた。

  「ああ、彼は主の軍隊の隊長で、ミカエルよ」

  その瞬間の気持ちをどうやって表現したらいいものか。恐れが半分と歓喜と驚きで圧倒されそうな気持ちが半分、それが津波のように襲ってきた。これが天使長ミカエル、主の軍隊の長その人なのか!彼と一緒にいる人達もまた同じくらい威厳にあふれている。

  尊敬の念を込めてジャマールが敬礼する。「おはようございます、我らの民の防衛官ミカエル殿。こちらにいるのは私の友人であるトラビスとザーファです。私達は皆トライコンから来ました。父はそこにある主の軍馬訓練場の管理官です」

  ミカエルはこういったことはすでに承知しているようだったが、一般的なあいさつとジャマールに敬意を表すという意味からじっと耳を傾けていた。

  ミカエルが私の方を見た。「あなたの到着は昨日確認したよ。俗世からの出入りはすべてこちらで監視している。ここら辺は逃亡者などがうろついてるから十分用心した方がいい。主によってその偉大な力によって強くありなさい。主の霊をもって敵に抵抗しなさい。そうすれば奴は逃げ去るであろう」

  どこをとっても将軍の風格がじみ出ている。彼こそ真の軍司令官、天上の警察署長だ! その仕事に見合って真剣に任務を遂行している。

  「身を慎み、目を覚ましていなさい」 そう注意して敬礼すると、パトロール隊は向きを変えて走り去っていった。

  「すごい、天使長ミカエルの実物を見たぞ!」 声を大にして叫ぶ。「でも翼がついてなかったな」

  ジャマールがニコリと笑う。「もちろんついてるよ。ただちょっと略式の格好をしていただけさ。でもいつか完全に正装した姿を見られると思うよ。さっきも力強く立派だったけど、正装した姿は荘厳で華麗だよ。翼もたくさんついているしね」

 

第8章 敵との遭遇

  むき出しの岩山に囲まれて周りの風景がよく観察できない。下のほうにある平原もそうだ。ちょっと離れたところに、てっぺんが平たくテーブルのような形をした巨大な岩がある。

  「リージェント、あの大きい岩まで行ってくれないか。そこで降りて辺りの風景を見てみたいから」 そう馬に話しかけてみた。リージェントは少し考えてからゆっくりと岩まで歩いて行った。馬の背から飛び移るのにちょうどいい高さだ。それから上に飛び移ろうと身構えると、リージェントは「それはやめたほうがいい」と言わんばかりに首を横に振って鼻をブルルと鳴らした。

  「何をするつもりなの?」 ザーファが尋ねる。

  「ただ身体をほぐしてちょっと周りをみたいだけだよ」そう言って岩に飛びのった。岩の上に立って周りの風景を見渡してみたが、そこは何とも言えないパラダイスで、すべてが平和に見えた。

  ザーファは馬の背中に残ったまま、ジャマールも寄ってきて話をしていた。

  すると突然、下の方で低いしゃがれたうなり声が聞こえてきた。その声を聞いてここに来て始めての恐怖を感じた。私のすぐ下の岩陰に気持ち悪い生き物が潜んでいたのだ。生き物の目は憎悪と悪意で満ちている。言葉がのどに詰まって声が出てこない。下劣な生き物が私の恐怖を感じ取って害を加えようと直ちに突進してきた。と思った次の瞬間には同じ岩の上で私と向かい合っていた。そいつには真っ黒いコウモリのような羽とかぎつめに似た指がついており、裸体を覆うごわごわした黒い毛が逆立っている。ごろごろ喉を鳴らし、シューシューという音を立てて、牙をむき出し威嚇しながらこちらに近づいてくる。これほど胸が悪くなる生き物はお目にかかったことがない。思わず後ろによろめいて岩の端から落ちそうになった。

  「そいつは背教者だ!」ジャマールが大声で叫ぶ。「トラビス、抵抗するんだ! イエスの御名で阻止しろ! 奴は恐怖を餌にして強くなる! さあ、反撃するんだ!」

  あの節を思い出したぞ。「悪魔に抵抗しなさい。そうすれば悪魔は逃げ去るであろう」よし、指をつきだして大声で怒鳴りつけてやる。「汚らしい怪物め、救い主、イエスの御名でお前を叱責する!離れ去れ!」

  生き物はうめき声をあげ出した。混乱しているようだ。怒り狂ったシューシューという音を立てながら、威嚇しようと牙をむき出している。体の、特に首の辺りの毛が逆立っている。そしてついにはコウモリに似た羽を広げた。こいつが壮麗な天使のようであったことなど、本当に一瞬でもあるのか? なんと堕落したものだろう。

  「跳べ! サンダー!」 そう命令するジャマールの声が聞こえたかと思うと、瞬(またた)く間に巨大な馬は宙を舞い、岩がくだけたかと思うほどのものすごいひずめの音をさせて、私と化け物の間に降り立った。それから後ろ足で立っていななくと、巨大な蹄を上げたまま激しく揺り動かして「お前をぶっ潰してやるぞ」と敵に脅しかけた。道理で主の軍隊は戦いに出る時に馬を使うわけだ。馬達の戦闘能力は桁外れである。汚らわしい悪霊は金切り声を上げて羽をばたつかせ、怒り狂って空に飛び上がると、くるりと方向転換して広々とした区域に向かって飛び去ってしまった。おそらく闇の境域に戻るか境界線付近の中間地域にでも行こうとしたのだろう。愚かにも、私を攻撃しようとして姿を現してしまったようだ。

  ジャマールは馬から滑り降り、ザーファは岩をよじ登って、3人で悪霊の飛び去るのを見ていた。すると突如としてまばゆい閃光が地面から立ち上り、その生き物を取り囲んだ。生き物は飛びながらふらふらとよろめき、麻痺したかのように動けなくなり、それから真っ逆さまに落ちていった。するとあっという間にパトロールが現われて円陣を組み、怪物を捕獲した。

  「どうするつもりかな?」

  「それは主次第だよ。多分国境から遠く離れた幽閉地帯に送られるんじゃないかな。闇の境域に連れ戻されるってことだね。今のところ仮釈放されるか、特に邪悪な場合にはより厳しい制限が課せられることもある。例えば奈落の底で鎖に縛られて他の見せしめにされるってこともありえるね。君の世界はますますこういった不快な生き物と汚れた霊達の最後の逃れ場になってきているんだ」

  「でも今すぐ敵を一掃したらいいじゃないか。神にはできるだろう?」

  「神は実に忍耐強く憐れみに溢れておられるからだよ。すべての者が道を改めることを望んでおられるし、少なくともそのためのあらゆる機会を与えたいと思っておられるんだ」

  神の憐れみは計り知れないな。敵だというのにそれほどまでに辛抱されているとは。

  「堕落した者達はみんなあんなに醜いのかい?」 ジャマールに聞いてみる。彼はほとんど何でも知っているようだ。それもそのはず、私より3千年ばかり年上なのだから!

  「この境域では、奴らはもっぱらあるがままの姿で表れるが、君の境域では奴らが選んだ姿で現われることができるんだ。例えば、醜い悪鬼の姿で登場することもあれば、人うけのする光の天使のような格好をしたりもするし、奇跡をしてみせることもあるよ。時には普通の人となんら変わりなく見えることもある。いずれにしろ、奴らは人をだますのがとてもうまいんだ」

  「さあて、家に帰る前にもう1ヶ所僕のお気に入りの場所に連れていってあげるよ」

  そう言いながらジャマールはさっとサンダーにまたがり、サンダーは岩を蹴ると遙か彼方まで飛んで行った。まったくすごいな! 私の方はリージェントを呼んで背中に這いつくばってよじ登り、ザーファは私の後ろに飛び乗った。そしてジャマールの後を追いかけていった。

  丘も平原も山々も小川も森も、私たちのそばをビュンビュン飛び去って行くようだ。この馬の最高時速は一体どのくらいだろう? これはただ馬というよりも、必要とあらば思考速度で移動することも可能な霊的生命体とでも言った方がいい。この馬から受けた強烈な印象からすると、馬達の最大能力と比べたら今体験していることはただのお遊びにしかすぎないはずだ。

  あっという間に険しい山地に着いた。馬達は急斜面も何のその、いつもの調子で跳ね上がっていく。時々垂直に登っていったりするし、落ち着いて馬と波長を合わせながら一体となることを思い出すまでは無我夢中でリージェントのたてがみにしがみつきっぱなしだった。上へ上へと登っていき、ついに頂上までくるとそこでまた別の荘厳たる景色を拝んだ。岩だらけのごつごつした地帯ではあるが、それなりの美しさがある。ここの石はとても変わっていて、宝石みたいに見えるものが沢山ある。くすんだ石、半透明の石、完全に透明な石もある。そのどれもが心を奪われるほど美しく、反射や屈折を繰り返してキラキラ輝く色と光のダンスをしている。

  遠くの方で発掘作業か採石をしたような形跡が見える。この場所でそういった類の超重労働が行われたなんて想像しがたいが…。地球で露天掘りの鉱山によく見られるような醜い穴ではなく、この鉱山はどう見ても、開かれるのを今か今かと待っていた、壮麗に輝く宝石がぎっしり詰まった宝箱を開けたようにしか見えなかった。無数の星雲から集めたみごとな宝石や宝がそこら中に山積みになってるみたいなもんだ。

  「ここはどういう場所なんだい? きれいな宝石が採れる鉱山みたいだけど?」

  「ああ、ここは主要な採石場の一つだよ。トライコンを建設するのに使われた石もあれば、『大いなる光の都市』に使われたものもある」

  「どうして『光の都市』という名前がついたのかな?」

  「そこには夜がなくて、太陽や外からの明かりも必要ないからじゃないかな。都市自体が四六時中とどこおることなく光輝いているんだ」

  「え、とういうことは光の都市にも、トライコンにあったような光でできた宮があるってこと?」

  「いやいや、そうじゃない」 ジャマールは笑った。「光の都市に宮は一つもない。宮は要らないんだ。そこは王子御自身の都市で、王子御自身がお住みになっておられるからね。王子の存在が全都市を照らしているんだよ」

  一人の住人が街全体を明るくしているなんてどうも想像がつかないが、でもその人が神御自身だとしたら納得がいく。

  「時々そこに行ったりするのかい?」 そう聞いた私は、自分もいつかこの栄光ある都市を見に行けたらという期待が見え見えだった。

  「ああ、もちろん行くよ」と言ってジャマールはザーファに笑いかける。「トライコンじゃなくて、そっちが本当の家だからね」 それから目を輝かせて言った。「でもね、どんな所かはだいたい察しがつくだろう。君はもうそこに行ったことがあるんだから」

  「え、僕が?」

  「そうだよ、トライコンの宮に行ったときのことを覚えてるだろう? あの時行ったのは光の都市だったんだ」 

  「じゃあトライコンにあるあの宮っていうのは、光の都市への輸送機関かなんかだったの?」

  「まあ、そんなところだね。じゃあ十分満喫したと思うし、そろそろ家に帰るとしようか。ザーファは今晩の講習もあることだしね。さあ、馬に乗って帰ろう!」

 

第9章 大図書館−ザ・グレート・ライブラリー

  ジャマールが「ザーファは講習に出る」と言ったことに興味をそそられた。講習? ここに学校があるってことかな? 何の講習を受けるんだろう?ジャマールは多様な方面に渡って物知りなのは確かだが、そんなに豊富な知識を一体どうやって身につけたのだろう? 学校に行ったのかな? たまに私の頭の中を調べて、私に理解しやすいように私の使い慣れた言葉を使うことがあるようだが、それにしてもよく知っている。多分何かの授業で習ったこともあるのだろう。ここの学校や教習所はどんな風になっているのかな?

  「何の講習を受けているんだい?」 後ろに乗っているザーファに聞いてみた。

  「創造の基本原理と形質転換よ。まだ始めたばかりなの」

  創造の基本原理と形質転換か。私にはとても初心者コースには思えないが、彼女の言い草からするとまるで初歩の初歩で習うコースのように聞こえる。一体どんなことを教えているのだろう。

  「他に取っているコースはあるのかい?」

  「実は私、いやし手になりたいの。このコースは簡単な奇跡を行う準備に役立つのよ」

  奇跡を学んでいるのか!? 彼女の言い方からすると、奇跡は生活の問題に対して霊的科学の基本原理を応用しただけのこと、というように聞こえる。確かに、ここで起こっていることはほとんど何から何まで奇跡だと認めざるを得ない。ここでは、不可能だと思っていたことは可能であるばかりか、当たり前の事なのだ。ここに来る時に偉大なる御霊の力をかいまみるという経験を持つ私にとっては、人々がもっと神と神の霊に波長を合わせれば、不可能と見なされる多くのことが出来るようになると考えざるを得ない。山を動かすことも、とどのつまりそう難しいことではないのかもしれない。神が味方なら、確かに何だって出来るのだろう。

  すぐにジャマールの家に続く小道に帰ってきた。門の前でみんな馬から降り、ジャマールはサンダーの首の辺りを抱きしめて、これほども喜んで何でもしてくれ、役に立ってくれる事に対して感謝の気持ちを示した。それからジャマールが馬達と働いている者達だけが知っているあの特殊言語で二頭の馬に賞賛とほめ言葉を与えると、馬達は群れの方に駆け戻っていった。

  家に戻ると、ジョイアスがおいしいスナックを用意して待ってくれていた。まるで私たちが戻ってくる時間を予期していたかのようだ。どうやるかはよくわからないのだが、ここの人達はみんなお互いの存在を感知し合っているらしい。誰がどこにいて、いつ頃帰るか、何をするかなどもよくわかっているようなのだ。ここの人達は何らかの内部通信網を霊の深いところに張り巡らしていて、私はそれに気づきもしていないのだが、より強い通信形態を持ち合わせているという印象を受けた。いずれ私もその秘密を内々知るようになるかも知れない。今だって別に疎外感はない。ただ今はそういったことに関わったり含められたりする時ではないだけだ。まだ私は小学課程にいるのであって、それで十分なチャレンジがあるのだ。

  「講習はどこで受けるんだい?」 私たちに混じって一緒にスナックを食べているザーファにそう質問してみた。

  「センター・サークルよ」 時々ザーファはあまり意味がつかめない言い方をする。というか私がここのことをあまりよく知らない新参者だということをすっかり忘れるらしいのだ。

  「それ、どこ?」と私が聞き返す。

  「ああ、そうか」私の立場を思い出したらしく説明を加えてくれた。「ほら、トライコンの街は宮を軸にして同心円を描くように建物が並んでるでしょう。私が行こうとしているクリエーション・ビルは、宮に一番近い円上にあるの。大図書館のすぐ隣よ」

  「へえ、図書館か。古書を読みあさるのは好きなんだ」

  そう私が言うと、彼らはお互いの顔を見てクスリと笑った。どうやら何かよく理解できていないみたいだが、彼らには聞かなかった。いずれ普通の図書館とどう違うのかわかるだろうと思ったのだ。それからスナックを食べ終えてジョイアスにありがとうを言うと席を立った。まだザーファに関しては身元や両親が誰なのかや、住んでいる場所やはたまた両親がいるのかどうかも知らない。少々不思議な人物だ。だが、ジャマールの言葉を繰り返し、自分に言い聞かせた。「あせらない、あせらない! 万事適切な時にわかるようになるさ」

  再度トライコンの街に行ってみたが、これまたいかに入り組んだ構造をしていることか! 前はあまり注意して見ていなかったので、建物の珍しいデザインやその並び方に気づかなかった。上から見ると、街全体が開きかけの花びらのように内側に曲がっている。そして街の基盤と建物の屋上は、宮を軸とした巨大な衛星放送用パラボラアンテナといったところだ。街全体は大きな円形競技場のようで、建築物は応援しているファンが前のめりになって総立ちし、競技場の中心部を見ているという具合にも連想できる。いやしかし言葉で説明するのは難しい。どうしても制限されてしまうから。

  街の見取り図はこんな感じだ。まず12の大きな通りが荷馬車の車輪のように街の中心から伸びており、また均等幅の横列した通りがおよそ12本、ダーツの丸い的のように同心円の家並みの間を通っている。中央から放射線状に伸びている12の通りの内3つは幅が非常に広く、公園のような遊歩道になっていて、光の宮から街の端まで真っすぐに伸びている。同心円になっている建物の輪が中央からいくつ連なっていたかについてはあまり確かでないのだが、多分12くらいだろう。

  他に風変わりだったことと言えば、大きな皿のような形の街の地盤全体がたった一つの堅い素材で出来ているということだ。地球の街と比較するならトライコンの街はかなり小さくてコンパクトにできている。実際、巨大な住宅ユニットみたいに持ち上げて別の場所に移動できそうな気さえする。広々とした公園はたくさんあって、各区域の建物群の少なくとも一面が、公園内に青々と茂る緑樹に面するよう設置されている。建物によっては3面が公園に面しているものもある。街の外周は真ん中あたりからさらに多くの通りが伸びているので、外辺部では24本くらいの通りが街に向かっているようだ。

  花びらのような建物の屋上はどれ一つとして普通の建物のように平で空に向かってはおらず、巨大な潜望鏡のように曲がって、宮に向いている。実際、建物の湾曲した頭は、光の柱の一番明るい頂点に焦点を合わせているようだ。もし光の柱の最も明るい部分から建物の屋根々々を見渡すなら、街は大きな輝く水晶のお椀みたいに見えることだろう。まるで巨大な光学装置のように、各建物のてっぺんは宮から放射される光の最も明るい部分と一直線に並んでおり、この驚異的で、大部分が霊的な形態の光から来る力とパワーを余すところなく吸収して放散できるようになっている。まったくトライコンは驚くべき場所だ!

  公園や通りを通って、私達は一番中心に近い建物の円を目指して進んでいった。

  「じゃあ私はここで。私はクリエーション・ビルに行くわ。トラビスを図書館に連れて行ってあげたら? その後で私を迎えに来てくれたらいいわ」 ザーファは彼女が受ける授業に私が参加できない理由を説明しようとしているらしい。「この授業は結構集中力がいるから、他のことをしている余裕がないのよ。そうでなければ一緒に来てもらっても全然構わないんだけど。これが終わったら、ちょっとしたプレゼントがあるかもよ。じゃあ、バイバイ」

  「オーケー」 そう言って私は、親しみを込めて彼女の手をギュッと握りしめた。彼女の天真爛漫なところが結構好きになってきたみたいだ。

  それからジャマールが近くの建物に連れていってくれた。「これが図書館だよ。その内の一つと言った方がいいかな」

  宮の向かい側から建物の中に入っていく。入り口のドアはないようだがある。どうなっているのかはわからないが、宮に入った時みたいに光のシーツを通り抜けるような感じだ。奇妙な暖かい感触が体中に伝わってくる。宮にいた時とちょっと似ているがまったく同じではない。ここに入ると体がずっと軽く感じるし、素晴らしく高揚した気分になる。

  「どんな本が読みたいんだい?」 ジャマールが尋ねてくる。

  どう答えたらいいのかちょっと戸惑った。「未来についての本がいいな。ヨハネの黙示録がいい。わくわくするよ」

  クスクス笑いながらジャマールが言う。「そうそう、わくわくだね! よし、じゃあ未来に連れてってあげよう」

  どうも私たちは光で満たされた大きな入り口の辺りに立っているらしかったが、建物全体が内側に曲がっているのでここには天井というものがない。外壁は何十メートルもの巨大な水晶の一枚板が曲がって出来ているようだ。内側は宮と街の中心に向いていて、いくつもの部屋と階層があるようだ。何しろ宮に一番近い最内輪に建っている訳で、内面全体が宮に面していて、光がもたらす触知できる喜びと暖かさをあふれるほどに浴びている。 壁やフロアが透明なので結構いろんな所がよく見えるのだが、周りを見渡してみても階段やエレベーターなど、階上に行くための手段がどこにも見あたらない。

  「未来に関することは最上階にある」 ジャマールが言った。

  「でもどうやってそこに行くんだい?」

  目を輝かせながらジャマールが微笑んでいる。ということは、また別のびっくり玉手箱があるという印だ。

  「飛んで行くのさ」

  「飛ぶ? ここから?」

  ジャマールが笑い始めた。「聖霊が強力ならば飛ぶのは簡単さ。聖霊はここに満ち満ちている。」

  確かにそうだ。何かしら不思議なものがここにはある。聖霊もそうだし、温かくて素晴らしい体と霊の浮揚性も感じられる。

  「いつでも君の準備ができた時に行けるよ。ほら、慣れるまでちょっと手助けしてあげようか」 そう言うとジャマールは私の手を取った。「ただ御霊に自分を満たしてもらい、体の中を流れてもらうんだよ」

  ジャマールが目を閉じたので私もそれに習った。深呼吸すると、何もかもが明るく軽くなっていき、床から浮かび上がり始めた。不可思議さのあまりめまいがしそうだった。本当に飛んでいるのだろうか? そう思って何が起こっているかを確かめるために目を開けて下を見た。突然に床がずっと下の方にあるのを目の当たりにしてびっくりし、それが霊の流れを混乱させたみたいで私は真っ逆さまに落ちていった。だが私の手をしっかりと握っていたジャマールがサッとかかえてくれた。「落ち着いて! 流れ込んでくる光のほうを見上げてごらん。霊の内に戻るんだよ」 彼の声はとても穏やかで安心させてくれる。私はジャマールを信頼せざるを得ず、彼の言った通りにした。すると瞬時にしてあの完全な喜びと平安によって再び洗い清められ、私は一人で浮上し始めた。

  この体験は何にも比較できない。飛ぶことは素晴らしい感覚で、空気よりも軽くなって上昇するようなのだ。私たちはどんどん上へ上って行った。主が地上に再臨され、主を愛する死んだ者達と生きている者達が空中で会うために引き上げられてラプチャーする時もこんなのかも知れないな。私たちの体はあっという間に、瞬(またた)く間に新しい超自然的な体に変わり、主のもとへと飛んでいくのだ。何てすごい体験になることだろう! その日に経験するのもきっとこんな感じだろうな。

  どんどん上って最上階に着いた。そしてまたあの揺らめく光のパネルのようなものを通って、やや弓形になった大きな部屋に入る。部屋は宮の最頂点の一番明るい部分と一直線になっている。一番内側の輪にある建物は全部、内側全体が宮に面しているため、宮からくる光と霊のエネルギーを十二分に受けるという益にあずかっている。光はとても明るいが目は決して痛くならない。私たちの中に入り、素晴らしい安らぎで満たしてくれるのだ。

  私たちが入った部屋は細長く、宮に向かって透明な水晶で作られた弧形の長椅子がいくつか置いてある他には何も見あたらなかった。椅子の前には斜めに曲がった机らしきものがあるが、かなり幅が狭いので机と言うより手すりか手載せ台のようなものかもしれない。その前には、非常によく磨かれた透明の水晶で出来たテレビの大画面のようなものが何台かあって、金の取り付け具で天井と床にその四隅が留めてあった。座ってみると、一つ一つの水晶のスクリーンを通して光の宮の最高峰が見える。スクリーンを通して見た宮の最高峰は脈打ち、虹のように色彩豊かだ。それは地球で太陽や月を見た時に見える光の輪に何となく似ている。ただここのはもっと明るい、きらめき輝く白熱光だが。

  私はジャマールの方に振り向いた。「どういうことだい? 僕は図書館に来たと思っていたのだけれども」

  「そうだよ。ここはトライコン一の図書館さ」

  「でも本がどこにもないじゃないか」 私は肩をすくめる。

  「確か未来を見てみたいと言ったよね。未来に関する最高の本がここで見られるんだ」

  「でも、それはどこにあるんだい?」

  「座ってごらん。見せてあげるから」 嬉しそうにジャマールがにやっと笑った。彼は水晶のスクリーンの前にある長椅子に腰掛けると、隣りに座るよう私に合図した。

 

第10章 大空を駆け抜けて

  「黙示録のどの部分が一番好きなんだい?」ジャマールが尋ねてきた。

  「そうだなあ、きょう白い馬に乗ったから、同じように白い馬に乗ってイエスが神の軍隊を率いて地上大征服にやってくる第19章あたりがいいな」

  「ああ、あれは僕も大好きだよ。馬が出てくる話は特に好きなんだ。じゃあ、やり方を説明するね。まず卓上に金色の輪が埋め込んであるだろう?その上に両手を置いて」

  最初は卓上に金色の輪など見あたらなかったが、よくよく見てみるとそこに私の手よりも大きいサイズの輪が二つ並んで机の表面の水晶にぴったりとはめ込まれてあった。そこでジャマールの言う通り、手の平を下にして二つの輪の中に両手を置いてみた。

  「じゃあ、クリスタル画面を通して宮の光を見ながら、その本の部分を考え始めて」

  そう言われて、イエスが大いなる白い馬に乗っているところを思い浮かべ始めると、巨大なクリスタル画面がまるでヨハネが見たと同じ様な本物のビジョンに変化し始めた。これは本を読むよりもずっといい。あたかもそこに自分がいてそれが本当に起こっているのをこの目で見ているかのようだ! 私は聖ヨハネが実際見たのと同じものを見ながら、預言者である彼の声がこう語っているのを聞いた。「また私が見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、『忠実で真実な者』と呼ばれ、義によって裁き、また、戦うかたである」

  王子のすごい姿が見える! 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言葉」と呼ばれた。そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。

  今見ているそのまんまが起こるのか! すばらしいぞ! 私は未来の出来事を実際に起こる通りに見ているのだ。そして願わくは、すぐに現実になるはずだ! ジャールの群れの馬がいないかどうか探してみよう。馬の群れは勇壮の一言だ!

  偉大な本は読み進められていく。イエスは堂々たる王者の風格がただよっており、その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。何と畏れ多い姿か! 神の軍隊がいない場所はなく、大戦争に集結して勝ち鬨(どき)をあげるまで王の王、主の主に従おうと大平原を駆け抜けてくる者達も見られる。

  すると、地球の空そのものが破られたように開き、主の軍隊が大気圏内に突入してきた。敵の要塞を叩きつぶし、地上の人々を操っている邪悪な支配を粉砕するためである。主の口からは鋭く光るレーザー光線のような剣が出ており、主はそれを使って地上の敵を打ちのめされた。まるで全能なる神の荒々しい怒りの酒ぶねに入った葡萄のように、敵は主の御前でぐちゃぐちゃに潰された。すごい体験だぞ! 自分も馬に乗って実際にその場にいるかのようで、強力な生き物が体で感じ取れる。これはバーチャルリアリティー(仮想現実)よりもずっといい。アクチャルリアリティー(実際現実)だ! 実際にそこにいるかのようなのだ。しばらくの間、私はこの生ける図書館の中で生ける書を体感した訳だが、地球のちゃちなテクノロジーのことを思って何となく笑ってしまった。何とか神の神秘を真似しようとしているようだが、足下にも及んでいない。地球のどんなコンピュータープログラムもマルチメディアの驚異も、これほどインターアクティブ(ユーザーが参加できるプログラム)ではない! 私は実際にその場にいたのだ!

  ビジョンは更に続く。また見ていると、一人の御使が太陽の中に立っていた。彼は、大空を飛んでいるすべての鳥にむかって、大声で叫んだ、「さあ、神の大宴会に集まってこい。そして、王たちの肉、将軍の肉、全軍隊の肉をくらえ」

  これは巨大な3D、リアルタイム、リアルムービーの超大作だ。私もそのキャストの一人となっていた。なお見ていると、獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っている王子とその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。この強力な神の軍隊に対して戦いを挑んだのだ! それから戦争が始まった。何とし烈な戦いだろう! しかし、獣は捕らえられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者を惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕らえられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。敵を皆殺しにして根絶したことにより、偉大な王子とその軍隊の全面完封勝利という形で戦いの幕が閉じられた。

  また私が見ていると、一人の御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。彼は悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕らえて千年の間つなぎおき、そして、底知れぬ所に投げ込み、千年の期間が終わるまで鎖でつないでおいた。ああ、何とすばらしい勝利の日なのか! イエスが統べ治める平和に満ちた千年間の幕が開けたのだ。すべてがあまりに強烈で、私は思わず手を離してジャマールの方を向いて言った。

  「今の見た? 今の見たかい?」 驚きとショックのあまりあえいでいる。ビジョンは脈打つ光の中に消えてしまったが、その中で体験した興奮と喜びはまだ私の内に強く残っている。

  「すごい、ものすごい図書館だ。世界最高だよ。(おっと、ここは地球じゃなかったんだっけ!)…その、つまり、この世のものとは思えないってこと!」

  ジャマールが笑った。

  「まあ、僕が来た世界を遥かに超えてることは確かだ。でも今見た通りのことが起こるんだろう?」 期待に胸を膨らませながらジャマールに尋ねてみる。

  「そう、今見た通りのことがね。そして僕たちも今準備しているところさ」

  それから自分の身体を見てみた。どうも様子が変だ。「ジャマール、何だかまた身体が軽くなっているような感じだよ」

  「それは主と御霊の喜びだよ」

  「そう言えば、聖書の中で肉体ごと御霊にさらわれた人について読んだことがある。ピリポという人だよ。彼はエチオピアの高官にイエスのことを証しした後で、興奮のあまり霊の内にさらわれてしまい、証しした相手の目の前で姿を消してしまった。そしてそこからとても離れた所で降りてきたんだ」*使徒8:39

  「そう、そういうことは簡単に起こり得る。霊に満たされるとそういったことはいとも容易に起こるんだ。普通なら見たり行なったりするのが不可能なことでも、霊においてはそれが可能になる」

  「神は素晴らしい。実に素晴らしい方だよ!」

  「確かにそうだね」 ジャマールが笑顔を返してくれる。「ザーファの講習がもうそろそろ終わる頃だけど、彼女のところに今行きたいかい?」

  「そうだね。で、どうやって降りるんだい? ふわふわと降りていくのかな?」

  「うーん、もしそうしたければね。でも僕だったらすべり降りちゃうね!」

  そう言って、パッと扉を飛び出して建物の内壁づたいにさーっと滑っていったかと思うと、羽毛ベッドの上みたいにふんわりと柔らかく着地した。見ていて実に面白そうなので私もやってみることに決めた。ああ、何てすてきな世界だろう! 何から何まで刺激的だが、神の御霊の内にいることほどの興奮はない。それこそ最上で最高だ!  スリル満点、抗しがたく、超神秘的な、スーパーフリーダム。

  ジャマールと私はぶらつきながらクリエーション・ビルまで歩いて行って、中に入った。するとまた違ったスリルに満たされる。建物は、外見は皆同じだが、中はどれも独特だ。ザーファはビルの一階で講習を受けていた。大勢が忙しそうにあちこち動き回っていて、多種多様な美術工芸風のものを学習している。さっと私の前を横切って行った小さな女の子がきれいなクリスタル製の花束らしきものを抱えていた。そして入り口の所に立っているきれいな女性のところに駆けていった。「見て、ママ。これママのために作ったのよ!」

  何だって? 聞き違えたのかな? あの驚異的な創作品が子供の作品だというのか? これは確かに面白い授業だった。ザーファは部屋の反対側の、テーブルのような台のところで自分の作品を仕上げようとしている。私たちが近づいていくと、ザーファが側に立っている若い男の人と話しているのが聞こえた。「さてと、どうやら完成したみたいだわ。」 赤の細いバンドを額に巻き、淡い青色のチェニカをまとった聡明そうな若者は、満足そうに微笑みながらうなずいた。「今日は確かに上出来だね、ザーファ」

  「神が本当に助けて下さったわ」

  ザーファの前のテーブルには、大きなバラ色の水晶に埋め込まれた美しい花が置かれてある。まるで手を延ばせば中の花に触れられそうなのだが、直前で水晶の表面に指が当たってしまうのだった。作品はまさに神秘的で奇跡的だ。花は生き生きしていて今なお水晶の中で成長しているように見える。

  「それにしても、どうやって花を入れたんだい? 見たところ本物の花みたいだけど、水晶の中に入っているなんて。いったいどうやったの?」

  私にそう質問されてザーファは少し困っている。どこからどう説明したらいいのか悩んでいるみたいだった。きっと、右も左もわからないド素人が著名な数学者か科学者を相手に質問したようなものなんだろう。

  「ううんとね、これには色んな要素が絡んでいるのよ。例えば祈りとか、信仰とかビジョン。作品を作るには、それらを霊的物理学と宝石学と植物学の原理に応用して兼ね合わせるのよ」

  「それに、主の喜びもね」 若者が付け足した。

  ザーファがうきうきしている。「これ、あなたにあげるわ。部屋に飾って」 そう言うと、この上なく尊い宝物を私に手渡してくれた。

  「えっ、いいのかい? 本当にどうもありがとう!」 突然のプレゼントをもらって驚きながらお礼を言う。そして、この絶妙な工芸品をまじまじと見つめながら思った。ほとんどの生徒は年齢層が非常に低いように見えたが、幼稚園レベルの授業でこんなのが作れるなら、上級レベルだと一体どんなことが出来るのだろう…。神の霊がすべての場所に満ち満ちていて、生き生きと、御自身の愛する子供たちを導き教えているこの地では、可能性には限りがないのだ。

 

第11章 バアルゼブブとの対決

  その日の晩にジャマール宅に戻った時もストーリータイムをした。その時ある質問が頭の中をよぎっていたのだが、それをどう切り出したらいいのかわからなかった。ここに始めて到着した時、親愛なる友達のジャマールが辺境近くのこの地域のことをエクロンと呼んでいた。だが聖書の中でエクロンといえば、地球でいう大昔に非常に邪悪な街として知られていたはずではないか。というわけで、これが私を悩ませている質問である。どうしてこんなに素晴らしい場所が地球のひどい場所の名前と同じなのか。ジャールは何かすっきりしないのを感じ取ったのだろう。みんなが席につくと、この新しい地において何か私が懸念していることはないか、尋ねたい質問はあるかと聞いてくれた。

  「ええ、実は一つあるんです。僕の覚えている限り、地球にあるエクロンは聖書の中で邪悪な街として知られています。ここの地域もまたエクロンと呼ばれていますが、ここはこんなにも美しく神の霊で満たされていますよね。どうしてこういうことになったのですか?」

  「それはいい質問だね」とジャール。「いや、実にいい質問だ。それを説明するには創造の起源にまで戻らなくてはならないな。実は、地上にはここと似た名前の場所がたくさんあるが、同じ霊を象徴しているわけじゃないんだ。私達がエクロンと呼んでいるこの地には長い長い太古の歴史がある。かつて立派な天使がこの地域の管理者だったこともあるんだが、悲しいことに、その天使は神に背を向けた天使たちの長となり果ててしまった。結局彼は以前自分のものだった美しい地所から強制的に立ち退きを命じられ、地球をあちこちさまようになった」

  「えっ、ということはこの美しい土地がかつては堕落した天使たちの保護下にあったっていうことですか?」 考えるだけでもちょっとびっくりだ。

  「そうだよ。かつての壮麗なる君主だ。彼は神に仕えるひときわ美しい光の天使で、非常に豊かに祝福され、数多くの力を与えられていた。数ある特権の一つとして、彼はエクロンを治めていた。君も見ているこの美しい地のことだよ。だが背信の最中にこの領分を失い、それに伴ってこの美しい場所の支配権も失ってしまった。激怒し、恨みと嫉妬に燃えたその天使は、自分の追随者どもと連れ立って、神が地球に設けられた美しい園のような創造物を破壊しようと堅く決意したのだ。狂気と反抗心から、神を試み、主を怒らせようと決めたんだね。そして地球の歴史を通じて、たくさんの痛みと悲しみを引き起こし続けてきた。エクロンに関して言えば、若干数のペリシテ人たちを霊感して街を建設させ、その内の一つをエクロンと命名させたのも奴のしわざの一つだ。そしてその街の中央に何を作らせたかわかるかい?」

  「宮?」

  「その通り。だが神を崇拝するための宮ではなく、忌まわしい奴自身の宮だ。堕落した天使の中でも、そうやって神を冒涜する数々のわざをしたのが誰だか知っているかい? 逃げていったあの領域でバアルゼブブと名乗っているのがそうだ。というわけで、奴は人間をそそのかして街を作らせ、新しいエクロンの中に宮を建てさせて、神ではなく自分、すなわちバアルゼブブを祭らせたんだ。それもこれも、神をあざけっていやがらせをし、怒らせるためだよ。

  君にはここにある神の霊がいかにすばらしく、どれほど驚異的に私たちの間を動き作用しているかがわかるだろう。それに自分たちの中に神御自身がおられることが何という栄光と祝福であるかもね。さて、バアルゼブブもかつて神と共に楽しんだこの喜びがなくなったことを密かに残念がっており、心の中でこう言った。『神の御霊、その大いなるシェキーナ(神の御座や超自然現象における神の臨在)の栄光を力ずくでここに持ってきてこの地にいさせてやる』と。そうしてバアルゼブブは自分の民を煽動し、神が祝福し正しい道を教えようとしておられる人達を攻撃させたんだ。神はその僕モーセを使って、御自分の民に自らの存在を象徴とする契約の箱をお与えになり、そこには時折神の栄光と大いなる光が降りてきて民を霊感していた。

  そこでバアルゼブブが考えついた計画とは、契約の箱をぶんどり、神の霊に無理やり自分に仕えさせることだった。何ともひどい反抗的な創造物になってしまったものだ。問題ばかり起こしてくるんだ。間もなく神の子供たちが犯した罪のおかげで、奴は神の契約の箱を捕獲して自分のなわばりにまで持ってくる機会を得た。理解力において余りにもめくらになっていたバアルゼブブは、自分のあくどい目的を果たすために神の光輝を実際に利用できると思い込んだ。いや少なくとも、神を怒らせることが出来ると考えたんだ。奴は欺かれているにはいたが、やけに用心深い悪鬼でもあって、あっという間に天から追い出されてしまったことでいまだに神に対する恐れを幾分抱いてもいたんだよ。だから神がどう対処されるかを気にして、自分を祭ってあるエクロンの宮に直接契約の箱を持って行かずに、まずアシドドと呼ばれるペリシテ人の沿岸の街に箱を運ばせたんだ。

  アシドドには小頌栄(しょうえい)の宮であるダゴンの家があって、そこではまた別の堕落した天使をたたえており、宮の中には忌まわしいダゴンの偶像が建てられてあった。ペリシテ人は神の箱を自分たちの神、ダゴンの宮の中に持ち込み、供え物としてダゴンの偶像の前に置いた。バアルゼブブは神がこの侮辱に対して何かするだろうかと、心配しながら様子をうかがっていたのだが、もちろん、神は何かされた。翌朝人々が起きてみるとダゴンの偶像が倒れて神の箱の前にひれ伏していたのだ。ペリシテ人は像をもとに戻したものの、よく朝もまた全く同じことが起こっていた。ただ今度はダゴンの両手と頭が切断されていたんだ。その後神は恐ろしい痛々しい腫れ物の災いをもってペリシテ人を打ち始めたので、彼らの多くが死んだ。そのためアシドドの人々は恐れて叫んだ。『神の箱を私達から離れさせよ!』

  そこで民は箱を別の街、ガテに運んだ。するとそこではひどく不快な伝染病と疫病が民の上に降りかかったので、ペリシテ人はみんな神が自分たちを滅ぼされるかもしれないと思って恐れた。ガテの人々は箱が街に入ることすらいやがって言った。『いらない! いらない! 持って行ってくれ。エクロンに送ってしまえ!』 それで彼らはエクロンに向けて運び始めたのだが、箱が街に差し掛かってくるにつれて、バアルゼブブは主の刃が自分を滅ぼすためにやってきているかのようであったため、恐ろしさで震え上がった。奴の計画は裏目に出て、ニセの神になろうとしたことで自分の領地が破滅寸前になったんだ。びくびくしながら奴は行って、祭司たちの心を変え、神の箱を当時神が選ばれた民と場所に戻させた。(サムエル上5,6章)

  というわけでトラビス、とても深遠で悲しいことだが、ここにある最も美しい名前や素晴らしい場所の中には、悪魔が地球にひどい悪魔的なまがいものを作った場合もあるってことさ。聖なる神やその一人子の御名ですら地球上では乱用されまくっている始末だからね。ここの新エルサレムはいとも美しい街なのに、地球にあるエルサレムは平和のかけらもない戦争の街となっている。イエスが殺されたその街はしたたかな悪の地となっていて、私達はそこをエルサレムでなくソドムの街と呼んでいる。あの都をめぐって残酷な戦争が巻き起こってきただろう。神の敵どもはあの都に自分達の王座と宮殿を建てることを求め、あの都で神が送られた預言者たち、それに聖なる方も殺した。聖徒たちの血が流され、神の御名のもとで数多くの恐ろしいことが行なわれた。そこで新しく建てられる宮には獣が自分の偶像を設置し、地上の軍隊が集結する。だが時の終わりにはサタンはもはやそこにいなくなり、何もかもが再建されるだろう。本物の平和の都市、神の新しいエルサレムが天から下って来て、ついに平和が地に訪れるんだ。

  トラビス、これはおかしなことに聞こえるが、堕落した天使たちはありとあらゆることをひっくり返し、表裏逆転して正反対にし、善と聖なることのすべてをあざ笑おうとやっきになっているのだ。悪を善と唱え善を悪と呼び、始終聖なる方と天の軍勢をののしりばかにしている。神は実に忍耐強い方だ。しかし奴らの不義の杯が満ちた時、神の底知れない忍耐にも終わりがくる」

  ジャールがこれほど熱くなって真剣に語るのを始めて見た。部屋は静まり返っている。明らかに天の軍勢も天の王子も神の人々もみんな、堕落した天使、不敬で不浄なもの、反抗的な子供達とそれに従う者達に対する義憤をさんざん堪え忍んできたらしい。ユダの手紙のことを思い出した。これらの不信心な者たちの事が語られている。そこにはこう記されてある。「彼らは自分の恥をあらわにして出す海の荒波、さまよう星である。彼らには、まっくらな闇が永久に用意されている。アダムから七代目にあたるエノクも彼らについて預言して言った、『見よ、主は無数の聖人たちを率いてこられた。それは、すべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざと、さらに、不信心な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを攻めるためである』」(ユダ1:13,14,15)

  ジャールが続ける。「そう、奴らは自ら神と分離し、神の霊を持っていない。だが我々は自らを信仰の上に、神への聖なる信仰の上に築き上げ、聖霊によって祈らなければならない。やっかいな時勢にいるだけに、非常に近く神に留まっていなければならないんだ。それについては、トラビスも今朝がた敵と遭遇した時にたくさん学んだね?」

  「ええ、確かに」 あの醜い生き物に襲いかかられそうになった時、岩の上で感じた戦慄を思い出しながら答えた。

  ジャールは話し終えようと続ける。「今は難儀な時だ。特に我々の友人達とまだ地球に残っている神の大家族にとってはね。今は真の神の子供達が信仰を堅く築き上げ、主に近く留まって、自分を通して御霊に働いてもらう時だ。主の約束の日は間近に迫っている。どうか私たちが目を覚まして身を慎み備え、主なるイエスキリストの憐れみと永遠の命という保証を慕い求めている姿を主が御覧になられんことを」

  神は何と忍耐強い方なんだろう、と私は思った。いかに慈愛に満ちておられることか。

  「よし、この話題についてはこれで十分だろう。何かもっと楽しいことを考えよう。ジョイアス、あなたがよく知っていて、うまく歌える歌を何か歌ってくれないか?」

  「いいわよ。じゃあ『主の御声』をみんなで歌いましょうか。主に呼ばれたら立ち上がって踊りに加わるのよ」

  みんなが円になって座ると、ジョイアスは輪の真ん中に立って、すてきな歌を歌いながら踊り始めた。こんな感じだった。

 

  主の御声は私を呼ばれた 渇き干からびた地から  主の御声は私に口づけし 私の手を取り

  優しい草原が茂る みぎわに連れられる

  私はとこしえに主に従い 御霊は流れあふれる

 

  (この時点でジョイアスは踊りながらジャールの所まで行き、パンと手をたたくと「ヘイ!」と声をあげた。彼女がジャールに触れると、ジャールは飛び上がって踊り始め、歌を続けた)

 

  主の御声は私を呼ばれた 渇き干からびた地から(パン!) 

  主の御声は私を呼ばれた 渇き干からびた地から(パン!)

  主の御声は私を呼ばれた 渇き干からびた地から(パン!)(ヘイ!)     

  

  ジャールが「ヘイ!」と言ってジャマールに触れると、ジャマールは直ぐさま飛び上がって次の歌詞を歌い始めた。

 

  私は喜びをもって答えた 

『主よ ここにいます ここにいます!』

  御声に呼ばれて 私は言った

『主よ ここにいます! ここにいます!』

 

  それでジャマールが「ヘイ!」と声をあげて私とザーファに触れると、二人とも飛び上がって歌とダンスに交じった。この歌にはコーラスや歌詞がまだまだあったが覚えきれなかった。コーラス部分は、各自の人生に対して主がされた事に関するちょっとしたテスティモニーらしかった。確かザーファはこんなコーラスを歌っていたと思う。「主は御言葉を送られ 死の病から いやして下さった」 これは何か彼女の過去に関係があるのだろうか?

  本当に楽しい夜だった。活気に満ちた一日の終わりに、共に笑い、主をほめたたえたのだ。その夜私は知らぬ間に眠りに落ちていった。ザーファがくれた素敵なクリスタル工芸品が放つ柔らかいピンク色の光を見つめながら…。荒れた世界から計り知れない距離を越えて、想像を絶する別の次元へと私を連れ出し、この暖かい家庭とすてきな家族のもとに連れてきてくださったことを神に感謝します。