トライコンへの旅 パート1

 トラピス著

 

イエス様による前書き

  この物語はわたしが手渡す贈り物だ。これを読むとわが霊の機能をかいま見、霊の働きが断片的に見えることだろう。それにベールの向こうにある現実の世界がもっと理解できるはずだ。その世界は日ごとにあなたの生活の一部となり、より現実味を帯びてくるだろう。

  これは一人の人間が体験した霊界での物語だ。一人の人が天界へ霊の旅をした。それは彼が求めたからであり、肉の領域を越えたところにあるものを見て感じて触れることを願ったために、わたしがそれを許したのである。わたしはこの経路をすばらしい霊的体験をもって祝福したが、これが限界という意味でもなければ、これが体験できるすべてだという意味でもない。霊界には一兆年かけても体験しきれない程のものがある! この者が見て体験したものは一部分に過ぎない。あなたにはこれがすべての様で、考えたり想像できる範囲をはるかに越えていると思えるだろう。しかしわたしは言う、これは素晴らしき現実と霊界への巨大な扉という祝福の冒頭部分にすぎないのだ。

  中には奇妙で一風変わっていて、受け入れたり信じたりするのが難しいものもあるかもしれないが、そのことは心配しなくてもいい。頭で理解しようとしたり、断片をつなぎ合わせようとしたりしないことだ。霊の世界の出来事を分析したり分類したり、霊的な意味を考えだそうとしたりして、肉の理解力に当てはめることはできないのだよ。この物語と体験談をわたしからの愛の贈り物として受け取り、あなたの信仰を拡大させて自分を奮起させ、まだ明かされていないより大きな真理を受け入れて信じる助けとしなさい。霊の世界には、今はあなたが完全に理解できないことがたくさんあるが、信仰を保ち続けなさい。不信仰によって敵に報酬と祝福をかすめ取られてはいけないよ。

  ここに来たとしても、すべてが一度に解き明かされるわけではない。一人の人が見るにはあまりにも多くのものがありすぎるからね。時間もかかるし、学び、慣れなくてはならない。霊の世界の神秘というのは、多くがあなたの信仰と見たいという願いと、あなたが見るものへの受容性にかかっているということだ。ここに来るとみんながみんな同じものを見たり体験するわけではない。各自の願望と飢えと信仰に従って与えられるのだ。経路となってくれたこの親愛なる人は、彼が信仰を持っていたものを受け取り、見た。彼の目にぼやけていたりあまり鮮明でなかったものもある。しかしわたし達が顔と顔とをあわせるその日には、すべてのものが明らかにされるであろう。

  その時まではあなたの目をいっそう開いておきなさい。この「トライコンへの旅」の物語を読んで、霊の世界の不可思議に酔いしれなさい。もっと強く求め、もっと受け取り、もっと信じ、もっと体験し、他の人にもっと多くの真理を与えられるように自分を奮い立たせなさい。それを心と霊のかがり火とし、やがて地球に起ころうとしている畏るべき出来事と新世界への信仰をかき立てるようにしなさい。

  美しくきらめくクリスタル・ダイヤモンドに例えて考えみるといい。よく磨かれ、百万ものカットが施してあり、それぞれの面がそれぞれ異なって光を反射しているダイヤモンドだ。中をのぞき込むと美しい輝きが見られるが、ダイヤモンドを動かす度に輝きは変わっていく。別の角度から別の面を見るごとにダイヤモンドの表情は多様に変化し、色々な側面が見られる。私の霊界もこれと同じだ。この物語の詳細を読んで、いつもいつもこうでなくてはならないと考えるようになってはだめだよ。それはただ、きらめき、変化し、永遠に新しい、百万もの刻面を持つダイヤモンドのほんの一面にすぎないのだから!

  恐れずに飛び込み、あなたの住む三次元の世界という境界の向こう側をかいま見てごらん。さあ、おいで! 自分の思いと考えから抜け出して、別の思考に入っていこう! この者の喜びを味わい、彼の体験から学び、自由を満喫しなさい! 愛しているよ。(イエスからのメッセージの終わり)

 

 

第一章 到着

  何の気なしに目を閉じるともうそこに到着していた。一瞬にして、思考と同じ速度で、私は時空を越えて地上の感覚をはるかに超越した世界に突入していた。それから突如として、いまだかつて知られていない、ハッと息を飲むような全景が目の前に現れたのだった。永遠が見渡す限りの概観を征服し、人間の目がいまだ見たことのない虹色の色彩が空を覆っている。

  何とすばらしい世界なのだろう。その眺望はあまりにも多彩、あまりにもミステリアスで驚くばかりだ。何という霊性、何という神秘なのだろう。大きさ、神秘性、不思議、そのどれをとってみても一度に理解することは難しい。そこにほら、土と霊とでできた地上の子、つまり私が俗界から永遠が取り囲む霊の広大な領域へとポンと引き抜かれてやってきたのだった。地上に住む人々がこの想像を絶する世界と常識を越えた次元を一目見ることができるなら、人生は一転することだろう。

  途方もない距離を旅したようだったが、途中ではるか向こうの方に、光の子供達の大都市からのものと思われる光が見えた。何と広大な領域なのだろう! 私はついに陸地と呼べそうなところに到達した。大平原が見渡す限り、実に驚くほどの広さで広がっている。この驚異的な情景に目を見張っていると、右やや後方に白い物陰が近づいているのを感じた。それは歳はもいかない少年だった。私にあいさつしにきたとのことだったが、ここで誰かが私のことを待ち受けていたなんてちょっと考えが及ばなかったな。着いた当初は一体自分が誰で、どこにいて、何者で、どうやってここに来たのか、おぼつかない状態だった。自分が人間の形をしていたかどうかさえわからなかった。この男の子が近づいてあいさつしてくれた時、お互いの体に流れ込んだような感じがしたからだ。

  最初、この体験には全く驚いてしまったが、大いなる安らぎに満たされ、この新しい友達といとも簡単にうちとける事ができた。外見からいって少年は12歳くらい、私もそのくらいの年齢らしい。とても友好的で安心させてくれ、何でも即答する準備ができている。少年に見えるといっても、ここで誰かに歳を聞くなんてことは少々場違いな気もする。時間や外形や外見はここでは大して重要ではなさそうだからだ。

  自分が見た物、感じた事、ここでの出来事を十分適切に、あるいは正確に言い表すなどできそうにもないが、できる限りやってみようと思う。今から話していくこの冒険を読んで、読者の皆さんが天の世界の秘密をいくつか発見できることを願っている。もっと言えば、私が来たと同じ入り口を発見して、神秘と不思議に満ちた霊の世界の冒険へとさっと入り込めるかも知れない。私達をすっぽり取り囲んでいるのにほとんど知られていない永遠の次元へと。

  「これって実話?」 そう思っている人もいるだろう。さて、私はそう信じるが、これから話していく内容については、各自がじっくり考えて決めてもらいたい。それでもし私があの世界で見たことが現実ならば、想像を絶することがこの地球上でも起ころうとしていることになる。今や永遠がまさに戸口の真ん前にまで来ていて、歓喜あふれる未来へ我々全員を送り出そうとしているのだから。

  さて、最初に思ったことや少年との会話を思い出せる限り話していくことにしよう。初めはちょっと改まっていたが、すぐに打ち解けて親友のように話し始めた。

  「僕の名前はジャマール、ジャールとジョイアスの長男だ。ここはエクロンの地だよ。空にあるあの銀色の部分の下に草原地帯があって、そこに父さんの牧場がある。創始者の長子であり、聖なる者、その名が永遠に祝福されている方の軍隊があって、父さんはそこで使われる馬を訓練し管理しているんだ。行きたいなら、明日そのりっぱな馬のいるところに連れて行ってあげるよ。どの創造物をみても、あれほど素晴らしい馬はないからね。威厳と力があふれ出ていて、群れが疾走していく時の蹄(ひずめ)の音といったら宇宙を揺り動かす程のカミナリのようだよ。群れが荒々しく風を切って走る姿は壮大で、白色の馬体が力強い筋肉と一緒にすごいパワーで躍動するんだ。後で見せてあげるね。」

  彼は少し話すのをやめて、私がまだ見たことのないものを思い描けるようにしてくれた。「そしてここからずいぶん離れたところに華麗な都トライコンがあって、その中心部にはトライコンの宮と呼ばれる珍しい建物がある。トライコンは『大いなる光の都』に比べたら小さなものだけど、興味深いものが見られるはずだ。家に戻る途中に少しそこに寄るよ。」そう言うと、振り返って遠方にある闇の領域を指さした。「向こうにある領域には一人で立ち入ることはめったにない。僕たちの偉大な軍隊はそこを光の国に取り戻そうとしているところなんだよ。でもそのことはもう知っているよね。君はそこから来たんだから。僕たちはそこを『天空の地』とか、『球形の国』とか呼んでいる。はるか向こうには大きな門口があって、君が住んでいる世界、地球と呼ばれる惑星へとつながっている。時間の内に人々が生きているところで、僕たちの王子がいずれ『大いなる光の都』を置かれる場所だ。」

  「僕もその門口を通って来たのかい?」 あっという間にどうやってここにきたのかを何とか知ろうとジャマールに尋ねてみた。

  ジャマールは微笑んだ。彼にとっては恐らくごく基本的な地理学なのだろうが、私にはまるでわからない事だらけだ。「いや、君は霊を通じて来たんだよ。君の肉体はまだ地球に残っている。つまるところ僕たちの創造主であられる方は霊だ。あらゆる霊の父であり、すべての生命の源であり本質なんだ。僕たちはその内に生き、呼吸し、存在している。父にあって、父によって、父の霊の中で、すべてのもの、すべての場所、すべての時は結び合わさっているんだ。父の霊を通して、一つの場所から別の場所へと簡単に旅ができ、どんなに離れていても通信ができ、遠くにあるものをあたかもすぐ側にあるかのように見ることができる。父の霊にいれば一つの時から別の時へも移れるし、一瞬の内に次元から次元へと移ることだってできる。神の霊は偉大なる天国のハイパーリンクのようで、それを使って僕たち神の子供達が移動したり連絡を取り合えるようにして下さっているんだよ。」

  神の霊がハイパーリンクにたとえられた時の私の反応を見て、ジャマールは微笑んだ。どうやらジャマールは世界的なコンピューターリンクアップであるインターネットのことに詳しそうだぞ。そういった用語を使ってもっと私にわかり易くしてくれているらしい。個人的には、私はスクリーン上の特定の「ホット・スポット」をクリックするだけであっという間に地球の裏側にまでつながるというインターネットに感心していたのだ。見かけは素朴な田舎の少年で通りそうなジャマールだが、彼の世界ばかりか私の世界のことまでずいぶんよく知っていそうだな。

  「君が住んでいるところでは、距離と時間はとっても大切なんだろう?」 そう言ってジャマールは地球での生活がどんなのかとちょっと思い巡らし、それからこう続けた。「それほど時間が大切な世界に住むって言うのは、奇妙なもんだろうね。」

  明らかに、ジャマールは地球での私の生活を想像しようとしているようだったが、やがて肩をすくめて言った。「うーん、ここにも時間の感覚らしきものはあると思うよ。だけどここでは変化を君たちとは違った風に計るんだ。君がいるところでは、時間はたいてい時計の針の動きや、身体の変化や、まわりにあるものの変化で計るよね。そういった変化はここでもあるけど、この領域では永遠の息吹が、生きるすべてのもの、存在する一つ一つの成分にまで行き渡っていて、君たちが知っているような実際的な時間の感覚っていうものはないんだ。それでも物事は移り変わっている。素晴らしい変化がたくさん起こっているんだけど、そのことはいずれ話すことにしようか。」

  「とにかく…」 もう一度遠くの方を指さしながらジャマールは言った。「はるか向こうが闇の戦争地帯、霊の戦争が戦われるところだ。父さんはよく、あそこで起こった戦いのことを話してくれるんだ。目を見張るような冒険や勝ち取られた勝利のことをね。すさまじい戦いがあったんだよ。父さんは王子の軍隊の兵士なんだ。僕の街の人は、僕も含めてみんなそうなんだけど、いつか全員が最後の大決戦に加わるんだ。ああ、待ちきれないよ。父さんの訓練した強力な馬にまたがって大平原を横切り、闇の国へ降りて行くんだ。闇の国では神の大軍隊が集結し、闇の勢力をうち破ってそこに光を戻す。ああ、きっとすごい日になるよ。早くその日が来ないかな!」

  そう話すジャマールの目は興奮で輝き、はるか向こうのその場所をじっと見つめている。私にはまだよくわからないが、どうやらやがて起こる、勝利に満ちた大いなる最後の戦いのことを言っているらしい。闇の支配者がついにうち倒される日のことだ。万軍の主、天の王子、創造主であられる方の一人子、イエス御自身の手によって、地が再び治められるようになるのだ。

  それから興奮した様子で私の方を振り返って言った。まだ自分の思いに酔いしれている様子だ。「この喜びがわかるかい? 君たちの世界が解放されて光が再びもたらされるんだよ! みんなその日をどんなに待ち焦がれていることか!」

  その時のことを思うだけで彼の顔は輝くようだ。それから何とか自分を現実の世界に引き戻したようだった。多分私がこれらすべての事柄と彼のいる世界の仕組みについてそれほど知らないことに気がついたのだと思う。彼の目から私を気づかっている様子がわかる。「何もかもあんなに暗くて混乱しているところに住むなんて、きっととても大変な事だろうね…」言葉尻を弱めながら、地球に住む人々の生活がどんなものかを思いめぐらしている様子だ。それから私の肩を愛情深く叩いて、明るくこう付け加えた。「でも、短い間でも君がここに来れて本当によかった!」

  歩きながら、ジャマールはこの世界についてもっと詳しく教えようとしてくれた。「この世界のことをいくらか話すことはできるけど、もちろん何もかも知っている訳じゃない。学ぶことは限りなくあるし、偉大なる父の王国にはとても多くの場所があるからね。主の御名が永遠に讃えられるように。いつの日かそういった場所を探検するようになると思うけど、それには永遠の時がかかる。そう思わない? 将来また君と会った時、一緒に探検に行くかも知れないね。まず堕落した者達が征服されるのを待たなくてはいけないけれど。」

  ジャマールの言葉にめまいがする思いだった。彼の言ったことがすべてわかったわけではなかった。ジャマールは堕落した者と聞いて私の目が輝いたのに気づいたらしい。

  「ほら、堕落した者達さ。闇の世界に追放された天使達のことだよ。あいつらは一度…」と言って、一瞬ためらった。「あまり彼らのことを話したくはないんだけどね。彼らも一度は僕たちと同じ父の王国の市民で、しもべだった。光の子供達だったんだ。とても荘厳で、特に彼らのリーダーに関しては、右に並ぶ者がなかったほどだ。彼らのかつての栄光と脅威と威厳と特権ときたら、言葉で言い表せないね。ところがそれらすべてをはねつけて、反抗するようになってしまったんだ。

  そう、神に与えられたこの素晴らしい場所にさえ問題があったんだよ。それは偉大なる創始者であられる父とその御子を悲しませたけれど、この聖なる二人は御自身の子供達全員に命の息吹を吹きこんで、選択の自由を与えて下さったんだ。僕たちは神々のようなもので、愛することや神に仕えることも選べるし、神を拒んで自分自身に仕えることも選べるってわけさ。あの偉大な天使の集まりの内、3分の1が堕落して反抗し、ある日、神の御前から出て行ってしまった。すごい戦いだった。何ともひどい背信だったよ! だが神の王子であり一人子であられる、イエスがご自身の血をもって打ち勝たれた。そしてまもなく、堕落した者達の軍隊とそのリーダーにとどめが刺されるんだ。荒涼とした闇の領域を今も苦しみながらさまよっている、不幸せな者もたくさんいるけれど、大多数は最後の戦いに備えて地上に集結しているんだよ。だけどこのことは後でもっと話してあげるね。今は楽しいことを語ろう! 今は喜びの時だから! さあ、トライコンの街を案内してあげよう! 偉大な王子の軍隊に属している人達の都市だよ。」

  私にとってジャマールは、外見は12歳位の少年だが、その話し方と目に年齢をはるかに越えた奥深い成熟さと知恵が感じられた。そして彼の霊はこの豊かで広大な時間のない世界を反映している。彼は永遠の子供だ。急いで大きくなることもない。いや、もしかするとすでに大人なのかもしれない! 実は古代の賢人か何かで、私に会うために少年の姿をして現れたのだろうか。

  ここは何もかも実に平和で、過去に戦争があったなどとは思えない。「堕落した者達」と呼ばれる堕落した創造物と天使達がここで激しく戦ったとは…。二人で話しながら歩いていると、露出した岩の端のところにまで来て、そこから美しいトライコンの街が見渡せた。このそびえ立つ峰からの光景を見て、私は思わず息をのんだ。こんな光景は千年かかっても想像すらできないだろう! この新天地と下に見える驚嘆すべき都市を見ながら、自分の世界と地球での生活はこのすべてにどうかかわっているのだろうかと思った。想像できない程にどこまでも広がる大地と、それが人類の住処であるちっぽけな惑星を取り囲み包み込んでいるという現実を越えた事実。このすごい次元の中に生きることを考えるなら、地球での生活はほとんど意味をなさないように思えてしまう。だがどう言う訳か地球がそこにある。力ある者達と神に似た者達が治め戦った、このより優れた領域にすっぽり包まれて…。

  私は自分の住む世界を虜にしている闇の勢力のことや、どれほどすぐに闇の帝国が弱まって滅ぼされるのか、それに地球の人々には隠されていて見えない天上の戦いと私達の生活にこの友好的な少年と父親がどう関わっているのか、とても知りたかった。私のいる世界が、ほとんど時の初めから天界での大戦争に関わっていたとはまったく信じがたい。学ぶことはたくさんある。私はもっともっと知りたかった。特に偉大なる王子であり、創造主の一人子、私達が仕え、信仰によって従っている方にぜひお会いしたいと願っていた。

 

 

第二章 トライコンへの宮

  街に入るのにかなり高い所から下ってきたように思われた。トライコンの建築様式は他に類を見ないもので、どの建物も街の中心に向かって湾曲しているのだ。はっきりと描写するのは難しい

が、開きかけの大きな花のようだと言えないこともない。遠くから見ると、街の建物は、あっと驚くような中心部の周りに開きつつある黄金の菊の花びらのようだ。街全体がすばらしい均衡と美しさを保っており、芸術性と実用性の両方を兼ね備えて慎重に設計されたのがよくわかる。最高の芸術作品だ。美の傑作であり、喜ばしい創造物と言えよう。まるで、限りない大地を見下ろせる、粗野ながらも壮大な高地に埋め込まれた宝石のようだ。ここからはかなり遠くまで見渡せる。地球と違って、顕著な表面の湾曲はないらしい。大地は四方八方に限りなく広がっているのだ。

  トライコンは驚くばかりの水晶の都市で、そ

の中心には、この上なく美しい建物がある。それがトライコンの宮だ。この高くそびえ立つ宮はまばゆい光で輝いており、花形の街の中心にあることから、まるで巨大な黄金のおしべのように見える。高く、形は尖塔状で、ラジオアンテナかテレビ塔にとてもよく似ているが金属製ではない。宮全体は三つの光の柱で出来ており、宝石でできた土台から上に向かって光を放っている。光の柱は街の建物のはるか上で集まり、めざましい光の頂点となっていた。まるで巨大な金色のろうそくか光の標識か大きなランプのように、その側面と先端からあふれ出る光明が街の建物とあらゆる場所を同じ美しい光で満たしているのだった。

  街にある湾曲した高い建物は、てっぺんがみんな内側を向いていて、宮からの光を効率よく受けられるようになっている。一つ一つの建物が同じ光を吸収し、また発光しているのだ。光はそれらの建物のてっぺんから入って底まで流れ落ち、それから外に出ていく。それぞれの建物の基礎が、そして実際、街の基盤そのものがその温かさでまんべんなく覆われているのだ。宮からやってくるこの驚くべき光の生命体は、街のありとあらゆる場所と通路に行き渡り、そこに住む人々を輝かせている。

  私達は円形状の通りの列を行き巡った。私は立ち止まり、どの建物も光を捕まえて放散させるよう、すばらしく巧妙に設計されているのを見てほとほと感心した。まるで明るくて喜びあふれる温室の中を歩いているようだった。すべてが生きているみたいだ! 建物の合間や階下には、公園や花の咲き乱れた生き生きとした場所が織り込まれていた。何もかもが明るくて新鮮で安らいでいる。それに花の芳香といったらすばらしい!

  この驚異の街の通りを歩きながら、ジャマールがここは王子の王国の国境にある居留地だと説明してくれた。闇の地域に接している開拓地で、闇の地域とは堕落した天使達が大規模に閉じこめられている所でもあり、地球の住人達が住んでいる所でもある。私は、自分のいる次元、つまり地球はここからだとどういう風に映るのか想像しようとして頭を悩ましていた。自分の次元につながる穴か何かがあるのかな、それとも自分達の宇宙を包む、このより大きな世界の底のくぼみにでもなっているんだろうか? ここから見た地球がどんな姿なのか、私には考えつかなかった。どっちも現実であることに変わりはないのだが、果たしてこの二つの世界はどうやって共存しているのだろう。今いるこの新世界は、私が来た世界に負けず劣らず現実的である。どうやってこの非常に異なった二つの世界が調和できるのだろう? わかっているのは、地球はどこか「あっちのほう」にあって、そこはここにいる人達から闇の領域とみなされているということだけだ。

  ジャマールは四苦八苦している私の思いをすべて見通しているみたいだ。だがここにはプライバシーの侵害というものがない。他の生活面と同様、誰かの思考に関わるというのはここではごく自然なことらしい。実にオープンだ。「知ってるかい。君の住んでいるところはもとは一番栄光ある場所だったんだよ。神の園だったんだからね。人間が不従順を犯して堕落し、結果として堕落した天使達がそこを乗っ取るようになるまでは、最高に美しい所だった。」

  もっとそのことを聞きたかったけれど、ジャマールがその時それ以上話すのを望んでいないとわかったので、私も無理に聞き出すことはしなかった。ここではすべての事に時があるようで、今はとにかく私の興味本位の質問に答える時ではないらしい。だが無数に湧いてくる疑問や質問は頭の中で止まることはなく、ありとあらゆることに興味をそそられてしまう。知らないことが、いや、今まで自分が知らないということにさえ気づいていなかったことがあまりに多い。尋ねたいことは実にたくさんある。「これはどういうことで、あれはどうなんだ?」という具合に。だが今のところは、目の前にあるこのすべてを感嘆の目で見て満足しなければならないようだ。すべての不思議と威厳をただそのまま受け取ればいいのである。この現実は私がかつて見たどんな夢をもはるかに越えている! それともこれは夢なのか?そんなこと知る由もないが、これが夢であろうとなかろうと一つ言えることは、この世界の光と光彩と美を見ると私が住んでいる世界など真っ暗な原始時代か何かのように思えてしまうということだ。ここと比べるなら、地球はまるで悩みと嘆きと混乱と悲惨の世界だ。

  ジャマールは的確に案内してくれているが、こんな友達が家に戻ったときにもいてくれたらなあとつくづく思う。賢くて頭の回転が速く、理解があって、何でもよく知っており、笑うと命そのもののように温かい。小麦色の肌に焦げ茶色の瞳、丸顔で赤毛だ。よく見るととてもいい顔立ちをしているな。

  私はふと周りを見渡してみて、希にみる装いと国際色豊かないでたちの人々、それに目をみはる生活様式に驚き、感心した。「おいでよ。」 そう言ってジャマールが袖口をぐいと引っ張った。「もっと見せたいものがあるんだ! この先を曲がれば宮全体が見られるよ。」

  そこで見たものには腰を抜かした。こんな光景は生まれて初めてだ! 夕焼けもこれ程の栄光を表すことはないし、夜明けもここまで喜びにあふれることはない! 宮と呼ばれる建物からあふれ出る生ける光。その息をのむような光景を初めて見た瞬間は、どんな経験も比べ物にならない。今まで見たことのあるどんな宮とも違う。デザインはごく単純で、3本の光の柱がぐんぐんと上に伸びて結び合わさっているだけなのだが、柱の間は様々な色のゆらめく光のベールで覆われており、この高い光のピラミッドの内側と下方はさんらんたる光の礼拝所、神々しい輝きを放つ、堂々たる聖域となっている。

  ジャマールが宮の中に少しの間だけ入ってもいいと言ったので、二人で靴を脱いで入ってみた。光以外のものは一切見あたらない。椅子も腰掛ける場所もなく、座れる場所といえば床くらいなものだ。祭壇もなければ拝む対象、つまり絵も彫像も肖像も何にもない。ああ、それにしても光のベールをくぐって聖所の内部に足を踏み入れる時、魂に流れ込んでくる素晴らしい感覚、どれだけ心が洗われることか! 命と喜びにあふれる清めの水が光となって滝のように落ちてくるみたいなんだ! 体の隅々までエクスタシーを感じる!完璧な安らぎと静寂が私の全感覚を包み込み、時と場所と思い煩いと疑問を洗い流してくれ。この光の下で私が感じた完全な平安は、地上のものとは比べようがない。

  けれども光が降りてきたとき、この宮への扉は地球に住む私達に閉ざされ隠されているものではないとわかった。神と交わるこの心安らぐ場所、宮で持ったような神との素晴らしい時は、神御自身によってすべての人の心に開放されている。神の真の宮は神の霊の内に存在するのであって、それぞれの魂はいつでもどこでも静かにそっとそこに入ることができ、休息と新たにしてくれる創造主との交わりを持てるのだ。

  私は膝をついて頭を垂れ、光に委ねて引き上げてもらい、光のより奥深くに連れて行ってもらった。私は光の都市そのものの内に連れ去られ、光の王座まで運ばれて、ついに平和の君の御腕にまで来た。愛の激流に乗って、生ける神の御霊に吹き上げられるのは、何ともすばらしい快感だった。上へ上へ、光の中へ、聖霊という純粋な永遠の火によって、神の住まわれる場所、神の胸元、神そのものの内に連れて行かれたのだ。神の永遠の腕の中で守られるというのは、何と喜ばしく素晴らしいのだろう! 私は生きていることをこの上なく感謝し、神の子供という祝福や、この特別な場所に神と共に、そして神の霊の内にいられるという祝福をものすごく感謝した。まったく素晴らしい交わりだった。万物の創始者であられる偉大な父と聖霊と、その御子であり、光の王子であり、神の一人子であり聖なる者であるイエス、私の魂の恋人であり、私に命をくれた方と共にいるのだ。

  聖パウロについて読んだのを覚えている。彼も一度御霊に引き上げられて第三の天と呼ばれるところまで行ったそうだ。彼は自分の身体の中にいたのか外にいたのか、実際にそこにいたのが自分かどうかさえもわからなかったが、その場所はとても素晴らしかったのだ。私は確かにあの次元を越えた次元、第三の天にいた。いや、もしかしたら第四か第五か第六か、多分天界の上にある天国、すなわち第七の天だったかもしれない。そこでイエスの腕の中にいたのだ。それを描写し始めることさえ出来ないほどだが、読者の皆さんも、魂の扉を神に開くあの静かな時に、すべてを包んでくれる愛と安らぎをほんの少しすでに経験していることと思う。

    まったく素晴らしいひとときだった! そこで永遠に過ごすこともできたけれど、まだその時ではなかったようだ。下りてトライコンに戻ってくるようにとジャマールが私を引っ張っているのを感じたんでね。まだ見せたり教えたりして、私に準備してほしい緊急のものが他にもありそうな様子だった。まだまだ学ぶことがあるようで、ジャマールはどうやら私がここにいる間にそれらを手引きする役を請け負っていたようだ。ジャマールはなんていい奴なんだろうね。何度でも出来る限り宮に戻っていきたいよ。心が完全に安らぎ、理解され、あるがままでイエスに受け入れてもらえるあの特別な場所にね! 素晴らしい力と休息があり、まったく新たな自分になる! 宮と呼ばれる場所に行くと、本当にすがすがしい気分になるのだ!

 

第3章 ジャマールの家

  私たちはいくつかの通りを素早く通りぬけた。ジャマールが家に連れて行ってくれるのだ。途中で人々の集団にであったが、果たして彼らのことを人と呼ぶのが正確な表現かどうか定かではない。一見かつて地球にいたようではあるが、もっと美しく、何かしら独特の、ほとんど超自然的とも言えるもの、何かこの世のものではない特質があって、普通の人とは違うのだ。もっと流れるような動きで、物事への取り組み方も違う。落ち着いていて、穏やかで、秩序があり、飾り気がない。自信に満ちているけれども最高に謙虚で思いやりがある。誰も私のことをじろじろ見たりしないし、場違いのように感じさせたり、みんなと違う服を着ていることで気まずく感じさせたりもしない。

  あらゆる人種の人達がいるようだが、最高に素晴らしい調和の内に暮らしている。誰もが皆、この街全体に充満しているのと同じ美しい光と優しい理解を放っている。私の世界とは雲泥の差だな! あの世俗界の最高の時と最高の場所でさえ、ここの喜びと不思議で満ち満ちた人生をちらっとかいま見るほどのものでしかない。私の世界がかつては神によって造られた信じがたいほどに美しい園であったという事実には通じていたが、この幸福な人達を見ていると、地球もいつかかつての栄光ある姿に復旧され、再び神の霊で満たされる日が来るのだという希望がわいてきた。

  まだ多少ぼうっとしていて、自分に起こっていることをはっきりつかめないまま、機械的にジャマールについて街の郊外に出た。何とも言えない静けさと穏やかさがその場を満たし始めている。夕暮れ時だ。空気に優しさが感じられ、そこに一種の涼しさがあり、くつろぎと安らぎが体全体に感じられる。これをいわゆる一般的な夕暮れや夜のようだと説明していいのかどうかは疑問だ。地球の夜のように実際に真っ暗になってしまうことはないようだから…。いつも柔らかで温かい光があり、ほんのりと明るい。暖炉の火が部屋を照らし出す感じにとても似ているね。しいて言えば、大いなる平安がその場一帯に訪れたとでも言えようか。ただ、ここにいる間、どんな重労働も猛烈な仕事も、激しい建設工事が行われている様子もなかったが…。一見、大して何も起こっていないようだが、私がまだ知らない方法や次元において、私の周りでいろんな事が起こっているのは確かに感じた。ここではすべてがかなり異なっているが、私が感じているこの安らぎと休息の素晴らしい感覚は確かに理解できる。涼しい風の吹く夜にバラの園を散歩でもしているような感じなのだ。

  「涼しい風の吹く夜」、そうだ、創世記にあったな。涼しい風が吹く頃というのは、エデンの園でも特別な時だった。それはイエスがアダムとエバと一緒に園を散歩する時間帯だったのだから。涼しい風の吹く頃に主と散歩するというのは、彼らにとって一日の内で特別の時だった。すばらしく安らぎと休息に満ちていたに違いない!イエスが来て御自分の最初の子供達であるアダムとエバを寝かしつけ、彼らの質問に答えたり、その日彼らが学んだことに耳を傾けるのだ。そう考えるとうれしくなってくる。

  私だってこの日にたくさんのことを学んだし、色んな出来事があった。さっきまで、私の頭は質問で爆発しそうだった。ここには私の想像をはるかに越え、尋ねることなど考えもしなかったような事柄が山のようにあるからだ。しかし今やこの安らいだ霊が全地を覆って、しばし思いを和らげてくれ、質問やここでの様々な経験の強烈さからほぐしてくれた。ああ、いかに素晴らしい時だったことか。歩いていると創造物そのものの腕の中に包み込まれ、今まで味わったことのない深い平安に満たされるのだ。これこそまさに主が私たちと共に散歩される時間だ。

  ジャマールの家は、街のはずれの、人なつっこく温かい雰囲気の田舎町にある。都市の中央に堂々とそびえ立つ、相称的なデザインの、きらめく水晶の建造物に比べるなら、彼の家は質素でとてもシンプルだ。ジャマールの父親のような要人ならもっと豪邸に住んでいるかと思ったが…。何と言っても、王子の偉大な白馬の群れの管理者であり監督者だからな。かみなりのような音をたてるひずめを持った神の軍隊の馬達なんだぞ。

  私はすぐにもその馬達を見に行きたくて仕方なかったが、ジャマールは翌朝に行くといった。「何事も適した時に、適したタイミングでね!」忍耐はここではかなりの徳のようだ。私にももっと忍耐が必要である。すべてのことには時があり、急ぐものは何もなく、すべてが適所に収まっている。

  家の敷地内に入った。二階建てだ。色は白で、なめらかに曲がった壁には一つも角がないように思える。窓も壁の輪郭に合わせて円くなっている。二階も円形になっていて、縦長い丸みのある窓がはめ込まれている。そして円形の天上にはかわいらしいアーチ状の水晶でできた屋根がかぶさっていた。近づいてみると家は非常に温かくて好感がもて、家庭的かつ実用的だ。しばらくよく考えてみて、これこそこの世界の偉人にふさわしい家だと気がついた。ここでは、地球で当たり前の事となっているような、派手な外見で偉大さを判断するようなことはない。ここでの偉大さの基準は、愛と謙虚さと忠実さ、それにその人自身の霊や、より深い意味での人格と資質なのだ。とてもオープンで愛にあふれ、謙虚で温かく親しみやすいという神の御霊に近いことこそ、偉大さの主要な尺度となっているのである。

  ジャマールの母、ジョイアスがあいさつにきた。今まで見た中でも最高に美しい女性だ。その容姿と流れるような長い純白のガウンから、まさに想像できる限り最も壮麗な女神と言うにふさわしい。こんな絶世の美女が、私の目の前に立って温かく謙虚に出迎え、友達として歓迎してくれているのだ。

  ジャマールが紹介してくれた。「僕の母だよ。」 ジョイアスはニッコリ微笑んだ。私の事は何でも知っているみたいだ。そしてジャマールが続けた。「そしてこちらが僕たちの所へ来てくれた人だよ。きょう山の上で会ったんだ。ここの事や僕に話せる事をすべて話してあげていたんだけど、ここは彼の世界とはかなり違うらしいね。」

  「かなり違います。」 私は微笑みながらそう言った。

  「楽しんでいってね。」彼女は言った。「さあ、ジャマールがお部屋に案内するわ。主人が戻ったら一緒に食事をしましょう。もうすぐ帰ってくるはずよ。」

  まるで私がここに来ることや、私の事ももう知っているみたいだった。初対面なのに私の事を知っている友達。そして、ここの人達は誰もが皆、まだ会ったことがないだけの友達のようだった。ここにいると、生まれてからずっと住んでいるような気分になる。最高に人なつっこい人達ばかりだ。もちろん、ここは地上のどんな近隣のよしみにも勝る! 犯罪など無縁のようだ。近所のいざこざや口論でさえ起こらないだろう。

  用意されていた部屋は二階正面にあった。非常に考えられたうまい造りの階段が円形状の家の外壁に沿ってぐるりと取り付けられており、私達はそこを登っていった。家の内部にもよく似た造りの階段があった。階上にあるこの部屋は、片側全部に渡って床から天井までの窓が幾つもあり、きれいな裏庭が見下ろせるようになっている。壁もまっすぐではなく、雲形定規のように緩やかに曲線を描いている。だが部屋の仕切り壁はまっすぐで、部屋の一角に直角に合わさった二つの平たい壁がある。そこにベッドがあるのだが、クリームパイの4分の1、あるいは大きくてふわふわしたマシュマロが隅っこに押し込まれたかのようなベッドだ。雲みたいに柔らかくて休めそうだぞ。窓はガラスというよりは水晶のようで、光を受けて部屋に色のシャワーを降り注いでいる。窓を開けるとバルコニーになっていて、そこにある別の階段から内庭に下りて行くことができる。

  この家は(というか、私が突然送りこまれたこの世界全体がそうなのだが)多くの面でとても神秘的で、良い意味で異なった点がたくさんある。ここは地球と違う面が多いが、中でも人々はまったく違う。彼らは全くもって解放されている。あまりにオープンなので、自分が会話を交わしているのか、ただ思いを交換しているのか分からないこともあった程だ。コミュニケートするのが実に簡単なのだ。ジャマールと最初に会った時なんかは、時折自分たちの考えや、さらには存在自体が水の流れのように通いあったものだ。

  プライバシーがほとんどないという最初のショックから立ち直った後は、ここの人達と一緒にいるのが随分楽になった。ここには隠されたものもなければ隠すものもない。何でも信じられないくらいオープンで、素晴らしく分け合われ、完全に理解されている。人生は共通の喜びであって、みんなが分かち合い、参加すべきものなのだ。前にもう話したが、時々自分が何者でどこにいるのかが分からなくなる。一個人として実際にそこにいるのか、それとも誰かの思考や生活や感覚の一部分となってそこにいるのか。ジャマールの一部となり、彼の思考や感情の一部となっているような時もあるし、私という一個人になって新しい友達のあとを着いて行っているような時もある。時にはふわふわと浮かんで新しい場所や空間や次元を出たり入ったりし、自分にとってまったく新しい人生の始まりを経験しているような時もあった。そう、確かに「浮かんでる」みたいだった。重力のとらえ方が私達とは違うからね。動き回ること自体違った感じなんだ。色んなことが実に異なっているんだよ。

  「部屋は気に入ったかい?」ジャマールが聞いてきた。

  「素晴らしいよ。」そう私は答えた。「とってもゆったりしていて明るい。こういう部屋が欲しいと思っていたんだ。夢の部屋が持てるなら、これこそそうだよ。」

  あたかも語る言葉以上の事をわきまえているかのように微笑んでいるジャマール。まだ理解し得ていない様々な事柄を私が悟り始めるのを優しく待っているようだ。彼はとても忍耐強い。

  奇妙に聞こえるかもしれないが、私はここで自分が何歳なのか明確に答えることはできない。地球ではけっこう年を取っているのだが、この世界ではどうやら少年のようだった。とは言え、年齢や外見はちっとも問題ではなかった。歳がさして問題にならず、人々が大して気にもかけないというのは実に奇妙なものだ。誰もが年齢に関係なく愛され、敬われ、よく気づかわれている。何歳であろうと、全員に特別で重要な仕事や大切な場所があるのだ。

  水晶の窓の方へ行って、きれいで気持ちよさそうなプールの水を見下ろした。

  「泳いでみたいかい?」 ジャマールが私の思いを読みとって尋ねる。

  「いいねえ。」

  ジャマールと中庭を見渡せるバルコニーに出ると、プールに通じているらせん階段を降りていった。何というプールだろう! こんなプールがあっていいのだろうか、こんな水が存在していたなんて知りもしなかった。ずっと向こうの庭の端には、はなばなしい噴水から水らしからぬ水が噴き出している。それは水というよりも光かダイヤモンドのようで、何とも言い難い。まったくもって不思議な光景だ。地上の如何なるものをも超越した安らぎがあるのだ。

  プールの水はとても気持ちよさそうで、見ていると入りたくてたまらなくなる。ふと自分が水着を持っていないことを心配した。だがここではそんなものは不要らしい。ここの人達はとても解放されていて、自分の身体に対する自意識や恥ずかしさという感覚が違うようだ。すべてがオープンで正直で純真で汚れがない。一糸まとわぬ姿というのは、木々を通り抜ける風や地面にはじける夏のにわか雨のように、ごく自然なものなのだ。他の被造物同様に、着ているものを脱ぎ捨ててザブンとプールに飛び込むのは、ただ自然で正しいことであった。

  ああ、何という驚異! この泡! 無数の泡がさざ波を立てて体中をくすぐっていく。一番驚いたのは、地球での私は少々水に対する恐れがあって、特に水中に潜って鼻や目に水が入ると怖くなり、水の中で息ができないというパニックにも似た感覚がいつもあったのだが、ここではそれを感じないということだ。今まで体感したどんな水よりも気持ちがいいので、これを水と呼ぶのがふさわしいかどうかは別として、とにかくこの「水」は、新鮮な空気のように冷たくてさわやかなのだ。そして極めつけは、息が詰まったり、ハアハアとあえぐこともなく、水の中で自由に息ができるのを発見したことだった。水面上であろうと水面下であろうと関係なく、同じように息が出来る。このプールの中で好きなだけ泳げるんだ!ああ、本当に自由で楽しかった。ついにイルカや魚達のような、自由で機敏な海の生物になりきれたんだ!

  一日で、いやもしかするとほんの一瞬で、様々な新体験をした。まったくすばらしかった!水の中という完全な無重力と平安の中、泳ごうと思えば何時間でも泳いでいられたけれど、今行くべき時だと感じたんだ。何であれジャマール達が私のために用意してくれているものに遅れたくなかったからね。水から顔を出すと、ジャマールがプールサイドに座っていて、私にニッコリと微笑んだ。プールから出ながら、タオルが要るなと考えていると、びっくりすることに水滴が身体から素早く流れ落ちて、一瞬の内に乾いてしまった。ジャマールは白いチュニカ*のような服を手渡してくれ、着方も教えてくれた。サイズもぴったりだし、楽しくて自由に感じられ、着心地もとてもいい。新しい神秘の地で着る新しい服…さて次は何が待っているのだろう?

  *チュニカ 《古代ギリシア・ローマで用いた 2 枚の布を使い肩口と両わきとを縫い合わせたひざ丈の着衣》

 

第4章 ヘリオス−−炎の馬

  「こっちだよ! 父さんがもう着く頃だ。迎えに行こう!」 ジャマールは勇んで庭の横門に向かって行った。門は美しい田舎の小道へとつながっている。道の脇には青々と茂った緑の草原と木立が広がり、向こうの方には小さな丘がいくつも見える。辺りはほのかに薄暗くなってきている。とは言っても、地球で見るような太陽やその類の光源というのはどこにも見あたらないが。どうやら昼間は空全体が光の源となっているらしい。そして夕暮れやいわゆる「夜」の間は、被造物が柔らかい光のマントにすっぽりと包まれて、ほんのりと琥珀色に輝く。ちょうど、興奮に満ちた長い一日の終わりに、暖かい暖炉のそばでソファに丸まってまどろむような心地よさだ。

  はるか彼方に、大きな白い馬に乗っている人の姿が見えた。「あれが大いなる軍馬の群れの一頭かい?」

  ジャマールの目がキラリと光った。「そうさ! 父さんの馬だよ! あれはヘリオスだな。父さんの大切な種馬の王者だ! 父さんはあの馬に乗って幾度となく出陣したんだよ!」

  この柔和な人達が誰かと本当に戦争なんかするのだろうか。強いて言えばあの堕落した天使達と交戦するのだろう。「君の父さんはあの堕落した者達と戦ったことがあるのかい?」

  「ああ、もちろんだよ。」とジャマール。「たぶん今夜、その冒険談の一つでも話してくれると思うよ。」

  こんなすごい馬は今までお目にかかったことがない。地面はひづめの下で揺れ動き、映画のスローモーションシーンでしか観たことないような威厳にあふれた動きをする。なんと力強いことか! これ以上ダイナミックな生き物などいるとは思えない。全力疾走に近づくにつれ鼻孔が大きく開き、白いたてがみが風に乱れ、白色の長い尻尾はすい星の尾のごとく後ろに流れる。その背には、この領域特有の光の服を身にまとった、長身で筋骨隆々で無骨でハンサムな男が乗っている。何だかほとんど天使みたいだぞ。近づいてくると褐色の広い肩とたくましい顔つきと、深く刺し通すような目が見えた。

  これがジャマールの父親ジャールか。驚いたことにあまりジャマールに似ていない。髪はブロンドだし、肌は鮮やかな褐色ではあるもののずっと淡いし、目なんかは濃い青色だ。額には細くて平らな青いバンドが巻いてある。きっと階級か地位を表すものだろう。

  父親に走り寄って迎えるジャマール。馬から降りて息子を抱き締める父親。男は息子に愛情深く温かい。「父さん、」 私の方を見ながらジャマールが言った。「僕の友達を紹介するよ。こちらが闇の領域にある球体の地から僕たちに会いに来た人だよ。彼は地球という物質的次元からきたんだ。」

  男は大きな風格のある笑みをたたえて私の方へあいさつにきた。この人の温かみが伝わってくる。「いらっしゃい!」 そう言った彼の声はまるで雷鳴のようだ。「よく来てくれたね。大歓迎だよ。さあ、二人とも、中へ入ろう。母さんがおいしい食事を用意してくれているはずだから。」

  ここでは誰もお腹が空くことも、食べなくちゃいけないなんてこともないらしい。飢えなどというものは論外というところだ。食べることはむしろ楽しみであって、共に座っておいしいものを味わい、リラックスして交流を楽しむことなのだ。

  ジャールは、すぐ側に忠実に立って主人の命令を待っている立派な馬の方を向いた。こんな強力な動物にくつわや手綱らしきものが見あたらないのはびっくりだが、主人に忠誠で従順だからそういったものは必要ないらしい。圧倒されるほど力強いものの、自分を完全に委ねて、ジャールに愛をもって仕えることに満足しているようだ。「ヘリオス、朝迎えにきておくれ。我が友よ、今は行って自由にするがいい。」 巨大な馬はうなずくとすぐさま従って向きを変えた。後ろ足で立ってあいさつすると牧草地の方へと疾走していった。おそれいって、姿が見えなくなるまで馬の姿を追っていたのだが、あまりにも速くて、地上で計るとどれくらいの速度になるのか見当がつかないくらいだった。

  「さあ、おいで!」 私の肩を温かくつかんでジャールが言った。私のようなよそ者をとてもよく受け入れてくれている。簡単に彼の息子にでもなれそうな感じだった。そしてその時私は、自分がジャマールの年頃に見えるのだとはっきり気づいた。でもそんなことは気にしない。若返るというのも愉快なものだよ。ただここにいることができ、とても愛され、この温かく素晴らしい家族の一員になれるということがすばらしかった。

  しばらくして気がついたのだが、郊外の家々は一般的に簡素で、それぞれの住人の趣味や主張が濃く表れている。トライコン市内の非常に秩序正しく慎重に設計された幾分相称的な建築物は、むしろ仕事中の効率と霊感を重視した結果であった。街の住民に最高の環境条件を保証するには、建物全部が調和する必要があった。均等に光をとらえて拡散させるだけではなく、コンパクトで便利で実用的で快適であるためである。それと感じたことなのだが、このトライコン特有の変わったデザインは、単に住民に能率と美を提供するだけでなく、何らかの大諜報装置の役割を果たしているのかも知れない。そして攻撃を受けるような事があれば、瞬時にして巨大な兵器に変貌することすらあり得るのだろう! 何と言っても、トライコンは戦争地帯の前線に設置された軍事的居留地なのだから。

 

第五章 夕食時の会話

  ダイニングルームにみんなでこぞって入る。とても明るくて陽気な部屋で、大きな丸いローテーブルがあった。テーブルの上にはジャマールの母ジョイアスがバラエティー豊かに料理を並べていて、そのほとんどが見たことも口にしたこともない面白いフルーツと野菜だった。私たちはテーブルを囲んでクッションに座り、リラックスした。

  ジャールが賛美して導き、私たちは輪になって手をつなぎ、頭を垂れ、神の良き業と奇跡と降り注がれるたくさんの祝福を感謝した。温かい家庭に住むこの素晴らしい家族に、私は大いに親しみを感じた。

  ジョイアスの美しさは尋常ではなく、まじまじと彼女を見つめずにはおれなくなってしまう。彼女は実に生き生きと輝いており、その目は愛と理解で輝いている。きわだった寛容と優しさのオーラが彼女を取り巻いており、時折どうしても彼女を見つめてしまう。彼女にはどんなライフストーリーがあるのだろう? 以前に地上で暮らしたことがあるのかな? ここにくる以前に「生きて」いたことがあるかとは何だか尋ねにくい。地球でのどんな人生だって、ここ以上に「生命にあふれる」ことなどできるはずもないからね。この場所は生命そのものなのだから。これこそ命が開花する場所であって、地上での人生なんて苗木か、この素晴らしい現実の影にすぎない。でもついに勇気をふりしぼって、地球で暮らしたことがあるかどうか彼女に聞いてみた。

  すぐに彼女は質問の意図がわかったようで、理解に満ちた笑顔で微笑んだ。

  「母さん、話してあげたら! 地上にいた時の話をしてあげてよ。」 ジャマールが声を上げる。

  どの話をするのが適当か祈り深く思案しているかのように、彼女はちょっと間をおいている。どうやら彼女の素性は並大抵のものではないらしいな。でも、ここでは、過去のつらい経験が現在における障害になることなどないようだ。特にお互いとてもオープンな意思の疎通ができるのだから。私は、ここにいる人達が過去に起きたひどく辛い嫌な事に対してさえも健全な態度をもっていることを教わった。もっと感心したのは、どんな形であれ助けになるのなら、自分の人生を他の人に開けっぴろげにするのを意に介さないということだった。もし愛の内に成されるならどんなことだって話し合われるみたいだ。地上では、失礼だとか詮索しすぎだとかプライバシーの侵害だと見なされたり、つらいので答えたくないといった質問が数多くあるが、ここでは人生におけるつらく苦い経験は喜びに取って代わられ、神の霊によって洗い流されてしまうのだった。

  「ええとね、私の人生は全部いい話ばかりではないのだけれど…。」ジョイアスが語り始めた。「でもごらんの通り、最後は幸福な結末になっているのよ。」

  「その通り。」ジャマールが言う。

  「そう、とても幸福な結末だ。」 お互いの目を見つめ合いながら、ジャールは愛情深くジョイアスの手を握るとそう付け加えた。

  ラブストーリーなのかな?

  「実は、随分前の事だけどフェニキアという小さな村の近くに住んでいたことがあるの。子供の頃、裸足でいるのが大好きで、一人で丘を歩き回っては心の中で神様に話しかけていたわ。村や村周辺の子供達とはかなり異なっていたの。よくいじめられたわ。私が何となくみんなと違っていたからね。村の人達はモレクの神を拝んでいたの。モレクは堕ちた天使達の一人ね。村人は全員その宗教を信奉するか、そうするよう強制されていた。でも私は全然好きじゃなかったわ。何か間違ってると思ったし、とんでもないと思えるようなひどい事をいくつもやっていたから。毎年、ある時期になると、彼らの内幾人かは自分の赤ん坊や子供を恐ろしいモレクの偶像にいけにえとして捧げたりするのよ。子供を焼き殺す恐ろしい儀式だったわ。偶像の口の中に炉があって、ごうごうと炎が燃え盛るその中に幼い子供達を投げ込むのよ。

  本当にひどい宗教だったわ。子供の滅亡を求める邪悪な宗教よ。私が16歳だった時、無理やり儀式に参加させられたことがあったんだけど、その時に6〜7人の男が私の上に乗ってきて、数ヶ月後には妊娠してることを知ったの。すぐに他のみんなも気がついたわ。でも私には夫がいなかったでしょう。だからみんなは、この子はモレクのものだからモレクにいけにえとして捧げるべきだと言ったのよ。でも私は『いいえ、この子は唯一の真の神、万物の創造主のものだから、この子を生んで主のために育てます。』と言ったの。

  すると人々は容赦しなくなってきた。お腹が大きくなるにつれて、生まれたらすぐに赤ん坊を引き渡せと圧力をかけてきたの。年輩の女達は私が通ると石を投げてののしったわ。『おまえは不敬で邪悪な女だ。おまえのせいでモレクの呪いが村に降りかかってしまう。もし服従しないならモレクが雨を止めてしまい、作物がだめになってしまう。』ってね。利己的で人を愛さない人間だとも言われた。でも彼らの言うことには従わなかったわ。私の内にある声が慰めてくれ、彼らのしていることこそ間違っていると教えてくれたのよ。私の父親でさえ人々を恐れて、あらゆる手を尽くして私に従わせようとしたわ。

  そして村に災難が続いていたある日、モレクの宮の祭司が怒り狂った暴徒を引き連れて家に押し掛けてきたの。服従してお腹の子供をモレクに与えると約束しないなら、母子共々生きたままで偶像の猛火の中に投げ込むぞとおどしたのよ。彼らは、これ以外に方法はない、私は問題の種で、私が強情だからモレクの憤りを招いていると言ったわ。父は、彼らの言い分に折れて子供をモレクに与えると約束してくれって私に頼み込んたけれども、私はキッパリと拒んでこう言ってやったの。モレクに与えるくらいなら赤ん坊と一緒に死んだ方がましだって。

  『この強情なきかん坊め、なんで死のうとするんだ!』 彼らがそう言ったので、言い返してやったわ。『私は死にません。赤ん坊だってそう。私たちは生き続けるのよ。』ってね。

  それが最後の言葉だった。私はすぐさま連れて行かれ、生きたまま火の中に投げ入れられた。痛みは全然なかったわ。最初に感じたのは二本の強く愛情深い手が私を抱きかかえてどこか遠くへ運んで行ってくれたことよ。私を抱えてくれた人、それが神から遣わされた私の愛しい守護者ジャールだったの。」

  彼女は夫の方を向いて微笑んだ。私は感動でぼうっとなっている。堕ちた天使どもの悪意から弱者を守る、この崇高な武人は彼女の守護天使だったのか。目に涙が浮かんでくる。感動的な愛の物語だな。

  「ジャールはずーっと私のことを見守りながら深く愛してくれていたのよ。私を世話するよう任命されていたの。そして天の偉大な王子のいるところに私を連れて行くと、王子は私を引き立てて下さったのよ。悪に対する私の闘志が義とされたのね。心の中で真理を探し求めていたから…。それからジャールのところで一緒に住むようになって、すぐに赤ちゃんを産んだの。この家で産んだのよ。」

  「それが僕!」 ジャマールがニコリと笑った。

  「そう、それがあなただったのよ。」彼女が私の方を向いた。「つまりジャマールは地上で生まれたことはないの。霊から生まれた子供ってわけね。」 ジャマールが笑い、両親も優しく微笑んで一緒に笑っている。

  なるほど、だからジャマールはあまりジャールに似ていないのか。でもこの偉大な人がジャマールの真の父親であることに違いはない。しかし本当に驚いたのは次の事に気づいた時だった。もしその赤ん坊がこの明朗なジャマールと同一人物であるというのなら……ギョギョギョ! 地上でいうなら彼は3千歳にもなるじゃないか! 私が心底ショックを受けているのを見て、彼らの間からどっと笑いが起こった。私もつられて笑った。「何てこった! 自分こそここでの外見よりずっと年を取ってると思ってたのに、3千歳とは恐れ入ったな!」

  ジャマールはもっと話をしてもらいたがっている。「父さん、堕落した天使達と対決した時の話を聞かせてよ。」

  ジャールはどこかを見つめながら、遠い過去の出来事を深く回顧している様子だ。「そうだな、随分と戦ったものだな。かなり危険な戦いもあった。そういう時は万軍の主自ら軍隊を率いて出陣し、地上の神の子供達や預言者達に敵対する邪悪な霊力を投げ倒したり、鎮圧したり、悪どい陰謀を未然に防いだりするのだ。お前の母さんがこの家に来てからすぐのことだった。お前がまだちっちゃな赤ん坊だった頃の事だよ。神の預言者の一人が大変な目にあっていて、彼を護るために主が軍隊を送ったんだ。」

  その出来事を思い出してジャールが声をあげて笑った。「まったくすごい日だったよ! その時、私たちは壮大な戦車に組になった馬をつないだ。馬を扱う兵士達が王国中の馬屋からやってきて大平原に集まったんだ。王子自ら軍を導いて闇の領域へ突撃だ。もちろん、王子が戦いにやってきては、それに刃向かえる者などいない。天と地において、すべての力は主に与えられているからね。馬のひづめの音は雷鳴のごとく響き渡り、壮大な戦車の車輪の音が被造物全体と時の領域に轟いた。

  闇の勢力は震え上がって逃げていったよ。『これは主の恐るべき日だ! 主が地を裁くためにやって来られる!』と泣き叫ぶ者たちもいた。奴らは必死で逃げて、地球のほら穴や洞くつや暗い場所に何とか隠れた。山に向かって『我らの上に崩れ落ち、主の御顔から我らを覆い隠してくれ!』と叫ぶ声もした。必死で隠れようとする奴らの顔を見せたかったよ。抵抗してきた闇の勢力もいたが、すぐに打ち負かされて退散していった。

  事の次第はこうだ。すなわち悪の勢力下にあるシリアの王が神の預言者に対して怒り狂い、彼を殺そうと決意した。預言者エリシャだよ。シリアの王が怒り狂っていたのは、イスラエルを攻めるどんな計画も、当時神の民を治めていたイスラエルの王にエリシャが事前に知らせてしまうために、何をやってもうまくいかなかったからなんだ。奇襲もかけられなければ攻勢に回ることもできない。エリシャのせいでシリアの全計画がぶち壊しになっていたってわけだ。

  怒り狂ったシリアの王は大軍を集め、スパイを送ってエリシャの居所を正確に探らせた。スパイ達はドタンの街にエリシャを見つけた。そしてシリア軍は夜の内に進軍してドタンの街を包囲したのだ。当然私たちのメッセンジャーは先手を打ってエリシャに事の次第を告げ、神の軍隊が派遣されている最中だから恐れることはないと話しておいた。

  朝になるとシリア軍は街を完全包囲しており、エリシャを直ちに引き渡すようにと要求したのだ。街の人々は非常に恐れた。エリシャの若い僕も例外ではなかった。目に映る光景といったら街を囲っているシリア軍の軍馬と戦車、 それに槍と敵軍の恐ろしい顔だけなのだから。若い僕はエリシャに泣きつき、一体どうなるのかと叫びまくった。今にも殺されると思ったからだ。そしてちょうどその時、私たちがそこに到着したのだ!」

  当時の光景を思い浮かべてジャールはまた笑った。「あー、あれは最高だった! 私たちは馬に乗って大平原を矢のように駆け抜け、あの領域に下りて行くところだった。戦車は地響きを立ててあの領域に入り、ドタンを囲む丘やその周辺全部を埋め尽くして、シリア軍を完全に包囲したんだ。

  もちろん、私たちは一つ上の次元にいるので、普通の人には見たり聞いたりすることはできない。でもエリシャにはできた。神の霊と波長があっているからね。そして空を見上げ、私たちがやってきているのを見て、笑ったんだ。主が共にいてくださると知っていたからだ。

  見事だったさ! 主を前にして、堕落した天使どもの勢力は後退し、シリアの王には成す術(すべ)がなかった。それで主はエリシャに呼びかけた。『この者達をどうしたらよいか?』

  エリシャはおかしな小男だ。頭ははげかかっていて、捕まえるのに軍隊が総出で行かなくてはならないような荒々しく危険な人物には到底見えない。敵軍の誰が見ても、まったく無害そのものだった。だが、彼は神の預言者であり神の民への主の声だった。そのために神は彼を守っておられたのだ。そこでこの小男が主に祈って、『目をくらまして下さい!』と言うと、シリアの全軍隊は神によってめくらにされたのだった。

  するとエリシャは出ていってシリアの兵士達に話しかけ、彼らは間違った街にきているから正しい場所に連れていってあげようと説得した。そしてエリシャはシリア軍をサマリヤの街に向けて出発したのだ。サマリヤには武装したサマリヤ兵がわんさかいて、シリア軍を待ち構えていた。盲目の全シリヤ軍は殺そうとした相手に導かれ、その罠に直行していった。重装備をしたサマリヤのど真ん中に連れて来たシリヤ兵のためにエリシャが再び祈ると、主は彼らの目が再び見えるようにされた。そしてシリアの兵士達は突如として自分たちがサマリヤにいて捕まえられたことを知ったのだ!

  それを見たイスラエルの王はたいそう驚いて、エリシャに彼らを生かすべきか殺すべきかを尋ねた。エリシャは賢い男でこう答えた。『いえいえ、殺してはいけません。彼らに食事を与えてよく世話してやりなさい。十分もてなしてから帰してやって下さい!』 それから彼は大笑いし、私たちもみんな笑った。面白い一日だったよ! みんなが驚いていた。私はあの戦いが大好きだった。誰一人傷つかずに神が大勝利をおさめられたのだ!」

  ジャールは腹の底から大笑いしている。それから突然言い忘れたことがあるのを思い出した。「ああ、そうだ。ところで一番おもしろい部分を話し忘れていたよ。エリシャの僕が動揺しておののき、エリシャにこれから何が起こるのかを尋ねたのを覚えているかい? その時エリシャが祈ると、主は僕の目を開いて私たちの軍隊と戦車を見せられた。私たちはそこらじゅうの山々から駆け下りていた最中だった。彼にとっては驚愕する光景だっただろう。かなり驚いていたからね! 彼を取り囲んでいる霊界をかいま見た最初の一瞬だった。今君がいるこの世界を見たんだよ。だからその日はそのことで頭がいっぱいだったことだろう。」

  その話は聖書の中で読んだことがあるが、実際にそこにいた人から聞くほどリアルで生き生きとすることはない。多分ジャールが乗っていたあのすごい馬のヘリオスも、それに群れの何頭かもその戦いの場にいたんだろう。思わず聞いてしまった。「ヘリオスもそこにいたんですか?」

  「ああ、いたよ! ヘリオスは私の戦車を引っ張っていた。主のために随分と役に立ってくれたよ。」 そう言って微笑んだ。「それがヘリオスの名前の由来でもあるんだ。(訳注:ヘリオスはギリシャ神話に出てくる太陽の神)ヘリオスはまるで火から生まれた馬のように見られるのを好むし、実際そうなのかも知れない! 戦闘中のヘリオスは燃える太陽のようでね。エリシャとエリヤを隔ててエリヤを天に連れて来た、あの火の車を引いていた馬の一頭がこのヘリオスなんだ。いやいやヘリオスにまつわる話は実にたくさんあるよ。だがそれはまたの時にしようか。」

  ここでは日常茶飯事のことのように思える不思議な冒険談はいくら聞いても飽きることはない。歴史の中で最もエキサイティングな出来事がここではいくつでも簡単に学べるのだ。霊界での大戦争のことや、預言者ダニエルを通して神からのメッセージを伝える時に堕ちた天使達と戦った御使いのことなど、頭の中は聞きたいことでごちゃごちゃになっていた。知りたいことは山ほどあり、明かしたくてたまらないなぞは無数にあったが、待つ必要がありそうだった。明らかに今は安らかに床(とこ)に就く時だからだ。新世界での初日は実に長かった。

  家族全員が私の部屋まで来て、よい休息と祝福があるようにと祈ってくれた。それに長く滞在できるように、もしできなければまたいつか戻ってこられるようにと…。私はみんなの愛ともてなしにお礼を言った。かなり長い間、眠らずに今日起こった出来事を思い起こしていた。もし目を閉じてこのまま眠ったらどうなるのだろう。起きたときはまだここにいるだろうか? それとも地球に戻っているのだろうか? 窓の外からやさしい鳩の鳴き声が聞こえる…。そして私は目を閉じた。