ヘブンズ・ライブラリー Vol.22

 子供から大人まで楽しめる

 天国の図書館からのストーリー集

 

はじめに

  やあ、みんな! 子供から大人まで、みんなにすっごい知らせがあるんだ! 僕はママじゃなければ、ピーターでもないし、グランパでもない。 実際、誰も僕のことを聞いたことはないはずだ。なぜって、僕は幽霊だから! 神に遣(つか)わされる良い霊の一人で、みんなに最新のニュースを伝えにきたんだ。

  みんな、ストーリーが好きなんだって?! ママが、若い人たちのためにもっとストーリーが欲しいって言ってきたんだよ。ママが祈ってイエスに尋ねたら、主はすぐさまこう言われた。「なぁ、幽霊たち、霊たち、他界したみんな、ママとファミリーを助けたくないか? 彼らはストーリーが必要なんだ! これまでに聞いた中で最高のストーリーを、彼らに聞かせてやってくれないか?」 それで僕たちは何と答えたと思う? 「最高!」

  もし君が退屈に感じていて、本当に満足するものを読みたいと思っていたなら、もう探さなくていいんだ。ここにあるからね! 一緒に来なよ、みんなに今までで最高にわくわくする、冒険でいっぱいの、すっごいストーリーを聞かせてあげるから! 全くすっ飛んでるよ! 奇妙なのや、単純なの、おかしいのや、少々ジーンとくるのもある。さあ、つかまって! 天の冒険の始まりだ!

  みんなが考えつくジャンルは何でもあるよ。動物の話や、冒険ものや、スパイもの、宇宙について、歴史の真相(しんそう)や、未来の話なんかもある。何でも来いだ! ここ、天国にいるいろんな人の個人的なレッスンやテスティモニーだってあるよ。老いも若きも、どんな年齢の人にもぴったりなのがある。みんなに注ぎ出そうとしているところなんだ! リクエストがあれば、どんなタイプの話がいいか教えてくれたら、できるだけ速く送るようにするよ。君を通して送るかもね!

  今、多分こう思ってるだろう。「何? 幽霊だって? それに天国からのストーリーだって?霊の世界から送って来るってことかい? どうしたらそんなことができるんだ? 本当かな?」 そう、その通りなんだよ。僕が言った通りさ! まず理解しようとしないことだ。これは奇跡以外の何物でもないんだから。神の十八番(おはこ)ってワケ。超自然的なことさ! 霊たち、人々、幽霊たち、天国にいるもの全員がストーリーを君たちに伝えられるようにと、神様がうまく取りはからって下さったんだ。神はみんなのことを愛してくれているからね!

  起こったことをそのまま伝えた実話もあるし、実際の出来事に詳細を加えたものもある。寓話やたとえ話もね。種類は豊富にあるよ。言ったとおり、全ての人のためだからね。この最初の本に載ってる話が期待通りじゃなくても、待っててごらんよ。もっともっと来るから! 今は準備運動を始めたってところさ。

  ここ天国では、自分のストーリーを伝えようと、大勢が待ちかまえている。そして君たちと同様、僕たちも、表現の仕方は様々だ。作家もいれば、詩人もいるし、優れた語り手だっている。自分に起きたことを、自分の言葉で伝えたがっている普通の人たちもいる。

  どう、すごいだろう? うれしいかい? そう願ってるよ。感想を教えてくれよ。気に入ってもらえたなら、もっと送り続けるからね!

 

 

奇跡のチーズバーガー

  美しく澄んだ、星の散りばむきらめく夜も、荘厳な朝やけにゆっくりと場所を譲っていった。まばゆい光を放つ日の出、さわやかな早朝の空気が、人生を希望で満たし、楽天的な思いにさせてくれるかのようだ。チャック・ベケットはその朝の空気を深くゆっくりと吸い込むと、小さな農場を後に、一人、ほこりっぽい道を町に向かって歩き始めた。

  今は不況の時。不安と失望が人々の心を捕らえている。しかしチャックは違う。彼の足取りは堅く、決意に満ちている。すでに勝ち取った報酬に手を延ばして取ろうとしているかのように、断固として進んでいた。目に見えぬものを信じ、地球の裏側までも、約束された「祝福」を受け取りに行く者のように…。今のこの貧困の時に、「祝福」とはことさらに手にするのが難しいしろものだ。チャックにもそのことはわかっていた。だがそんな思いは振り払い、彼は「奇跡」を追い求めていた。

  簡素ながらも頑丈な作りの農家、それがチャックの住まいだ。祖父が1800年代の中頃、初めてニューイングランドに渡ってきた時に建てたものである。床は木造で、オークでできた梁(はり)がどっしりと天井を横切り、頑丈で良質のれんがが建物全体を組み立てている。チャックはここに愛する妻アルマ・ベケットと住んでいるわけだが、二人の愛が、この小さな家を暖かい家庭へと変えていた。

  さて、町中に入る手前で、チャックは六人のわが子のために、小さな祈りを主に捧げた。今朝は早く家を出たので、子供達はまだ寝ていたはずだ。それと同時に昨晩のことを思い出していた。子供達が寝静まってからのアルマとの会話と祈りのことだ。

 「チャック、もう食べるものがないわ。今あるのはお米が少しと、ウインクラーさんがくださったチキン、それにまだ成長しきっていない野菜が庭にあるだけよ。多分明日の夜までには完全に底をついてしまうわ。何とかしないと…。簡単に物が手に入る時代じゃないのはわかっているけど、神は絶対に私達が飢えるのを望んでおられないはずよ!」

 「わかっているよ、アルマ。それにこうなったのは、僕のせいだ。」

 「そんな、やめて。」

アルマがさえぎった。

 「あなたは最善を尽くしてくれているわ。」

 「それはそうだけどね。でも何の役にもたっていないんだ。かつて誰も見たことがないような美しい花の種を栽培したっていうのに、誰も買いたがらない。たった一社でいいんだ。町の大会社が種に投資してくれれば、うちの家計だってずっと楽になるっていうのに! アルマ、これは本当にいい種なんだよ。きっとこの種が今の困難な時を乗り越えさせてくれる。だから僕はこの花を『天の香り』って名づけたんだ!」

  そう言い終わってチャックは沈黙していたが、まもなくため息をついて話を続けた。

 「どうやら今の時勢、誰も庭師など雇ってくれそうにない。ましてや種を買うなんて。でも、とにかく明日もう一度町に行ってみるよ。どんな仕事でも収入になりそうなものを見つけないとね。」

 「そうね。ところで、あなた、まだ話さなければならない大事なことがあるの。食べ物のことみたいに差し迫ってなくても、とっても大切なことよ。実は、子供達同士の態度のことなの。どんなに言い聞かせても全然聞かないし、お互いにもっと愛と尊敬を持つようにって聖書から教えても、まるでだめなのよ。兄弟同士の馴れ合いのせいで、愛の欠如はひどくなるばかり。私達、できることはみんなしたと思うし、後は神様に、どうにかして子供達の心を変えてくださるよう頼る他ないのね。まだ幼いし、不可能じゃないと思うの。きっと、お互いに対してもっと思いやりを持つようになってくれると信じているわ。」

  ろうそくの光がダイニングルームの壁を優しく照らし、暖炉の炎がゆらめく中で、子供達と絶望的な経済状態のために祈るチャックとアルマの祈る声が響いた。二人は堅く眼を閉じ、深い瞑想の内に入る。この静けさの中で信仰は強められ、明日には主が奇跡を行ってくださるという確信と確証を得た。二人とも、一体どうやって神が供給して下さるのかなど見当もつかなかったが、このことだけは確信していた。「神は以前に一度たりとも自分達を失望させたことはなかったし、今回も失望させることは決してない」と。

 

  町に着き、時が経つにつれ、チャックは、朝には確信に満ちていた自分の足取りが次第に弱々しくなっていくのを感じた。彼や彼が持ってきた種に興味を示す人もなければ、仕事をくれようとする人もいない。考えつくことは全部試してみたが、何一つうまくいかない。あらゆるドアを叩いてみた。が、返ってくるのは断りの言い訳ばかり。雇えないというもっともな理由なのかもしれないが、彼には言い訳にしか聞こえなかった。二つの大手の花会社のオーナーは、出張中で会えなかった。種を渡す絶好の相手だったが、チャックは彼らの帰りをのんびり待ってなどいられなかった。妻と六人の子供が、今晩の食糧を持って帰るのを期待して待っているのだ。

 (神は確かに供給したいと思っておられるはずなのに、なぜ何も起こらないんだろう? 一生懸命祈ったし、主は約束されたのに!) 家路につくチャックの脳裏を様々な思いが駆け巡った。打ちのめされ、絶望の縁に立たされた気分だ。落胆という影が今日という一日を覆う。あと少しというところで、指の間から滑り落ちるように祝福をつかみそこなう。だがどういう訳か、この全てにもかかわらず、小さな火が心の中で燃え続けていた。様々な障害にもかかわらず、心の中の楽観主義がなぜか頑固にもあきらめるのを拒んでいたのだ。心の奥底で、神はまだ仕事を終えられていないという声がし続けていた。一日は、かなり過ぎたものの、まだ終わってはいなかった。

 「誰か! 誰か助けてくれ! お願いだ、誰か!」

  突然の声にチャックは驚いて、ふと我に返った。声は小さな家の庭にある垣根の向こう側から聞こえてくる。チャックは今までこの家があることにさえ気づかなかったが、とにかく、素早くすきまをくぐり抜けて生け垣の中に入ると、声の主を探した。男はすぐに見つかった。両膝をついて、悲壮な顔つきで庭の真ん中の丸く掘り返された土を見つめている。両手には土を握っていた。無言のままチャックは男の後ろに立った。男は振り向きもしないが、誰かが聞いていると知っているかのように話し続けている。

 「わしの花、わしの大切な花が、誰かに盗まれてしまった! 一番上等のやつを! 娘に何と言えばいいんだ! 誰かが庭に入ってきて、一番きれいな花を持ち去ったなんて、娘が納得するわけがない。あぁ、きっと傷ついてしまうだろう!」

  こう言い終わると、途端に男は立ち上がり、チャックの方へ向き直ると言った。

 「何とかして助けてくれんかね?」

 「いや…しかし、その…私にはどうしようもありません。盗まれた花とあなたの娘さんのことはお気の毒ですが、一体私に何ができると言うんですか。」

 「あなたの種を下さらんか。そうすれば新しい花を植えられる。それなら出来るじゃろう?」

  見ず知らずの男からの不意を突かれた問いに、チャックは一瞬とまどい、まるで信じられないといった顔つきで聞き返した。

 「種だって? ちょっと待ってくれ! 種をくれって、一体どういうことなんだ?」

 (自分を一体何様だと思っているんだ? もしかするとこの男、私が種を売っているのをどこかで耳にしたのかも知れない。私から種をだまし取って、一儲けするつもりなんだ! もしかしたらこいつ、盗人じゃないか? それにしてもこの男、やけに誠実そうだが…)

  チャックは少々困惑したが、少し考えてから会話を続けた。

 「申し訳ないとは思いますが、私はあなたのことを何も、名前すら知りません。ですから…」

 「みんなはわしのことをゲイブと呼んでるだ。」

  チャックの目を真っすぐに見ながら、男は答えた。男の目はきらきらと輝いており、心から微笑んでいるように見える。窮地に立たされているはずなのに、人生に起こることすべてを楽しんでいるかのようだ。

 「あの、だんなさん。私は…」

 「『だんな』なんて。わしもあんたと同じただの使用人さ。」

 「まあ、とにかく、ゲイブ。どうしてあなたが私の種のことを知っているのかはわかりませんが、この種はわりと値が張るものですし…」

 「すまないがチャック、わしは金を払う気はない。」

  思いがけない返答に、チャックはぎょっとした。

 「金を払う気はないだって?…それに、ちょっと待ってくれ! どうして私の名前を知っているんだ?」

  腹も立ったが、同時に面食らって、何をどう考えればいいのかわからない。それとも、自分は夢でも見ているのだろうか?

  そんなチャックを後目(しりめ)に、老人は話し続けている。

 「どうやってあんたの名前を知ったかなんてことはどうでもいい。重要なのは、娘の為にきれいな花が必要だってことだ。さあ、どうかね。助けてもらえんか?」

  この年寄りの言うことを信じるべきか? はたまた同情や憐れみを感じてやるべきなのだろうか? チャックはしばらくの間思いを巡らせていたが、ついに首を振って言った。

 「悪いが…その、ゲイブ。私には妻と六人の子供達が待っていて、家計がかなり苦しいんだ。」

 「チャック、今が大変な時だってことは百も承知だよ。だから取引といこうじゃないか! わしの持っているものとあんたの種とを交換しよう。」

  ゲイブはついにチャックの関心を引くことに成功した。チャックは興味深げに男の次の言葉を待っている。

 「チャック、あんたに必要なのは、金以上のものだ。金は問題の半分に過ぎない。あんたが考えている以上の、もっと違った祝福が必要なんだよ。」

  チャックは男の言わんとすることが理解できずに、少々いら立った。そして懐疑的な口調で尋ね返した。

 「もっと具体的に言ってもらえませんか?」

  すると男は、ていねいに包んだ茶色の紙包みを、どこからともなくサッと取り出した。

 「これだよ! このチーズバーガーを、あんたの大切な花の種と交換しよう!」

 「チ、チーズバーガーって…冗談だろ?!」

  チャックは自分の耳を疑った。

 「どうやらあなたは私の言っていることを理解していないようですね。いいですか、私には六人の妻と子供がいて、今晩の食事の為にお腹を空かせて待っているんですよ。私だって今日一日何も口にしてないんです。それを、チーズバーガーだなんて。そんなの家族全員はもちろん、私一人にだって十分じゃない! それにこの種は唯一の見本なんです!」

 「チャック。」

  ゲイブは懇願し続けた。

 「わしにはあんたの種がどうしても必要なんだ。それがあんたにとってどれ程大切なのかはわかっているが、何とかわしに譲ってくれ。」

  この男がしつこく種を渡すよう強いてくることに、チャックはいら立ちの色を隠せなかった。特にゲイブに誠実さが感じられるがゆえに、何と答えていいかわからなかったのだ。(だが、チーズバーガーなんかと取り替えるなんて!!) ついに、チャックのいらだちは頂点に達した。無造作にショルダーバッグに手を突っ込むと、小さな紙の包みを取り出して言った。

 「ほら! この種が欲しいんだろ? それなら持って行くがいい! 私が持っていても何の役にも立たないんだ。もうどうでもいい!」

  ゲイブは黙って差し出された包みを見つめていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

 「すまない、チャック。だがこんな形では受け取れないよ。わしにはこれが必要だから尋ねているというのがわかっていないようだね。困っている人と分け合えるというのは、喜ぶべきことじゃないか。チャック、聖書で神が何と言われているかは知っているだろう? 神は喜んで与える者を愛されるんだ。」

  一瞬チャックの気が静まった。ゲイブに耳を傾けていて、突然何かを悟ったようにチャックの顔付きは変わり、呵責の念が表情に表れた。ゲイブは続ける。

 「大変な一日だったのはわかるよ。その上何も口にしていない。さあ、こいつをちょいと食ってみな。」

  こう言うと、ためらうチャックの手に包みを置いた。百グラムはあるだろうか?しかもかなり温かい。

 「何だい?」

  チャックは落胆した目で包みを見つめながら尋ねた。

 「言っただろう? チーズバーガーだよ。もうお前さんのだ。こいつが祝福となるだろう。」

 「それは困る。わたしは見知らぬ人から物をもらったりはしないよ。」

 「ただであげているわけじゃないさ! ほら、交換だよ。あんたの種とね。」

  こう言うと少し間を置いて、ゲイブが続けた。

 「チャック、わしはお前さんにこのサンドイッチのことを話さねばならんだろう。これはそんじょそこらにあるものとはワケが違う。お前さんと家族に送られた天からの祝福なんだよ。もし正しく扱うなら、いつまでも祝福でいてくれるだろう。そう、この祝福は分け合われなくてはならない。他の人もそれにあずかれるようにな。そうすれば、もっともっと受け取り続けることができる。まだ何のことだかさっぱりわからんだろう? そうだな、じゃあ、こう言えばわかるかな。決して最後の一口を食べてはならない。もし喜んで分け与えるなら、それはお前さんの目の前で再び満たされるだろう! そして覚えておきなさい。『神は喜んで施す物を愛される』んだ。」

  チャックは老人が言った事に対して、どう考えたらいいかわからなかった。理解し難い事だったが、チャックは手渡されたチーズバーガーをショルダーバッグにしまった。そして無言のまま、再び家路についた。もう空腹は感じなくなっていたが、歩いていると、どんどんチャックの気持ちが沈んできた。仕事も見つからず、夢も粉々に砕かれた。おまけに自分の信仰を表すものといえば、チーズバーガー1個だけ。その上、種まで失ったのだ。

 「種! そうだ、種を渡すのを忘れた!」

  ポケットの小さな包みに手が触れて、チャックは突然気がついた。

 「何てことだ! 種を渡さずにチーズバーガーだけ持ってきてしまった!」

  さっそくチャックは向きを変えて、数分前に立ち去った家を目指して、いそいそと歩き出した。ところが、思わずギョッとして立ちすくんでしまった。背筋に寒気が走る。さっきまであった家が…ない! チャックはショックで開いた口がふさがらないまま、辺りを見回した。垣根はあるが、ゲイブも庭も、跡形なく消えていたのだ。

 (夢でも見ていたのだろうか? 一体どうなってるんだ? ついさっきまで、ここに家があって、老人がいて、庭があって、種の話をして…。そうだ! チーズバーガーだ!) 急いでカバンの中から包みを取り出してみた。間違いない。ゲイブからもらったものだ。しかも渡された時と同じ温かみがある。一連の出来事とのつながりはこれだけだ。だが実際にここに、チャックの手の中にある…。チャックは何度も何度も周りを探した。消えた家、ゲイブと名乗った老人、そしてこのチーズバーガー。何とかつじつまを合わせようと努めたが…。ついにあきらめ、チーズバーガーの包みを持ったまま、チャックは再びほこりっぽい道を家に向かって歩き出した。

  ぼう然とした無表情のチャック。事実、彼の頭の中もぼうっとしていた。数分歩いたところで、何となくチーズバーガーの包みを開いてみた。驚いたのはその新鮮さだった。出来立てのほやほやだ。肉はグリルから取り出したばかりのようにジュージューと音をたて、チーズがふんわりとその上でとろけている。みずみずしく新鮮なレタスと、パリッとしたピクルスがその上にのっかっていて、甘くておいしそうなケチャップがかかっている。それを挟むゴマつきのパンはふかふかで見事に焼けている。

  ゴクリ、思わず唾をのむ。かじらずにはいられない。ガブリ、味は最高だ! こんなにおいしいチーズバーガーは食べたことがない! 一口、二口、三口と、次々にほおばる。そして四口目を口にしようとした瞬間、聞こえてきた声にびっくりした。

  あまりに夢中になっていたので、道ばたにいた乞食の男に気が付かなかったのだ。

 「ああ、友よ! そのおいしそうなにおいの食べ物を持っているお方! どうかお恵みを! わたしは貧しく目が見えません。もう三日も、何も口にしていないのです。どうかその食べ物を、この哀れな男と分け合っては下さいませんか? お願いです。死ぬほどお腹がすいているのです!」

  チャックはこの目の見えない乞食の前に立ち止まり、一瞬、何とか素通りできないものかと考えてみた。もし仮にこの男に分けてしまったら、自分の家族の分がなくなってしまうじゃないか。だから、立ち去ったとしても仕方ないだろう? だが男を見ると、チャックは心から気の毒に感じた。そこでチーズバーガーを乞食に渡してやった。

  チャックは乞食がチーズバーガーを受け取るのを見ていたが、思わず叫び声をあげそうになって口を押さえた。チーズバーガーがもとに戻ったのだ!乞食が食べかけのパンを手にした途端、「シュワッ」というような軽い音を立てて、食べる前の形に完全に復元されたのだった!

  焼きたての肉、やわらかいパン、とろけたチーズ、新鮮な野菜と、まるで出来立てほやほやだ! 驚いて目を丸くしているチャックの目の前で、チーズバーガーから湯気がゆっくりと立ちのぼる。チャックは今、奇跡を目にしたのだ。

  たった今起こった奇跡の事など知るよしもなく、乞食はチャックに感謝し始めた。

 「親愛なる方、お礼の言いようもありません。どうか神の祝福が、あなたとご家族のうえに限りなくありますように! 一口も口にされていない出来立てのパンを下さったのですね! あなたの心に祝福を!」

  半分以上食べても、まだ乞食が食べるのをやめそうにないのを見て、チャックは幾らか残りを家族に持って帰りたいと思っていることを告げた。

 「ああ、どうかゆるして下さい。空腹のあまり、あなたのことをすっかり忘れていました。さあ、どうぞ。わたしの謝罪と一緒に受け取って下さい。旅路を神が祝福されますように。」

  チャックが乞食から、半分程食べられたチーズバーガーを受け取ると、驚くことにまた起こった! 「シュワッ」というあの軽い音と共に、完全に復元したのだ。包みにも食べくず一つ付いていない。彼はこの「復活したチーズバーガー」をまじまじと見つめると、またかじらずにはいられなくなった。ガブリ。最初に口にした時と同じだ。新鮮で柔らかく温かい。出来立ての様においしい。二口ほど食べて、チャックはゆっくりと包み直すと、大事そうにバッグにしまった。

v

  しばらくして、家のかなり近くまで来たが、チャックはまだ、ことの始終をつかめないでいた。一体全体これは何のしるしなのか? 明らかに神の御手を見ることはできる。このパンが復元し続けるなら、家族を養うのは問題ない。いつまで続くのかは、神のみぞ知るところだが…。そう、神は確かにチャックとアルマの祈りに、変わった方法で答えられていた。しかし、奇跡はこれだけではなかった。

  道路をまたぐ程の大きな樫の木、それはベケット家のすぐ近くにあった。心ここにあらずのチャックがそこを通りかかった時、突然ハアハアと息を切らした二人の子供が駆けつけてきて、それぞれ彼の右と左に倒れ込んだ。ハリーとマーク、チャックの10歳と8歳の息子だ。一瞬ギクっとして、心臓が高鳴り、夢から現実へと引き戻された。

 「お帰りなさい、父さん!」

  そう言ったのはマーク、弟の方だ。

 「ずっと待ってたよ。町はどうだった? 仕事は見つかったの? 食べ物はどこ?」

 「おい、落ち着けよ!」

  兄のハリーがたしなめた。

 「帰ってきたばかりの父さんに、息つくひまもない程話しやがって。お前は目が見えないのか? 袋なんてどこにも持ってないだろう? 食べ物はないんだよ。」

 「わかってるさ!」、マークが兄をにらみつけて言い返した。「だだ聞いてみただけだよ、間抜け!」

 「こら!」 チャックはけんかっ早い息子たちを止めた。「それが兄弟の会話かい? とても兄と弟が接するべき態度とは思えないな。ののしり合うなんてもってのほかだ!」

  ハリーとマークは家に向かう残りの道中、ずっと静かだった。チャックは歩きながら今日の出来事を二人に話している。残念ながら種は売れなかったし、仕事にもありつけなかったこと。けれども、食べ物は持っていて、喜んで二人に食べさせてあげたいと思っていることを。

 「最初は足りないと思うかもしれないが…」 

  そう言いながら、ショルダーバッグに手を入れた。

 「…多分、十分だと思うよ!」

  チャックが話している間に、二人の息子は押し合いへし合いを始めた。腕をつかみ、相手を押しのけて、我先(われさき)に父さんから何かもらおうとしている。弟のマークが何とか父親のそばに来たが、ハリーは弟のシャツの袖をつかんでいた。けれどもマークのもう一方の腕がおみやげをもらおうと伸びており、手でそれをつかもうとしている。しかし目は兄のハリーをにらみつけていた。袖をつかんだ腕を振り払おうと必死なのだ。

  チャックがマークの手に例のチーズバーガーを置いた時、それがどうなったかを見たのはハリーだけだった。「シュワッ!」

  チャックはハリーの表情に大笑いした。目をまんまると開き、口をぽかんと開けて、思わず押さえていた弟の腕を放したのだ。弟は何でまた急に兄が放してくれたのか不思議に思ったが、チーズバーガーがあまりにもおいしそうなのを見て、「ありがとう、父さん」と言うと、兄のことはまるで気にもとめずに思いっきりかぶりついた。ハリーはまだショックが冷めやらぬ様子で、微笑む父親の顔をぼう然と見つめている。この驚くべき事態への説明を求めて、あるいは今自分が見たことが、本当に起こったのだということを確認してもらいたがっている風に。

 「父さん…何? 何なの? どうして?」

  その間、弟はひたすらムシャムシャと食べ続けている。

 「父さん、これすごくおいしいよ! ありがとう! あれ? 何でそんな顔で見てるの?」 やっと二人の様子に気づくマーク。

  「マーク、少なくとも半分は兄さんのために取っておくんだぞ。いいかい?」

  一方、ハリーはまだ要点を得ず、父に再び尋ねている。「父さん、どうやってやったの?」

  「何もしていないさ。ただ喜んで与える気持ちだよ!」

  この時点で、マークはすでに半分を食べ終えていたが、まだやめる気配がないのを見て、チャックは優しく注意した。

  「マーク、そろそろチーズバーガーを兄さんにあげたらどうだい?」

  「でも、まだお腹が空いてるんだ。それに、あげる気はしないな。」

  「マーク!」

  チャックは厳しい口調で叱りつける。

  「ハンバーガーをハリーに渡しなさい。今すぐだ!」

  そう言われると、マークは気の進まないまま兄の前に進み出て、食べかけのチーズバーガーを渡した。ハリーは手にしたハンバーガーをまじまじと見つめながら、さっき起こったように、再び元通りになるのを待った。しかし…復元しない! ハリーはがっかりし、チャックは驚いた。だがチーズバーガーは、半分食べかけで冷えたまま変わらない。

  何も言わずに、チャックはハリーの手から食べかけの冷えたハンバーガーを取ると、マークに向かって言った。

  「マーク、兄弟で食べ物を分け合う時、そんな態度じゃだめだ。父さんにもわかっている。今はみんな大変な時だし、食べ物は以前あった程豊富にはない。だがな、それでも神は日毎の糧を供給して下さっている。例えそれが米と野菜だけだったとしてもだ。もう夕飯の時は過ぎているし、お前もお腹が空いていることだろう。だが兄さんも同じなんだ。兄弟でけんかすることも時にはあるだろうが、こと食べ物のこととなると、喜んで分け合うべきじゃないのか?」

  それからチーズバーガーをそっとマークの手に戻し、こう言って励ました。

 「さあ、どうやってこのチーズバーガーを分け合いたいかい? よく一緒に遊んでくれる兄さんだろう?」

  話の間中うつむいていたマークは、二度目のチャンスが与えられた事を喜び、感謝し、微笑んだ目で父を見上げた。父さんが正しいのは分かっていた。そして今どうすべきかも。顔に満円の笑顔を浮かべて、マークはハリーの前に立つと、完全に冷え切ってしまったチーズバーガーを渡した。

  すると…そう、また起こった! 「シュワッ!」 驚愕しているマークの目前で、グリルから出てきたばかりのようにほかほかのチーズバーガーが復活したのだ。マークとハリーは一体どうなっているのか知りたくて、矢のように質問をあびせた。チャックは笑いながら、その一瞬一瞬を楽しんでいた。それから三人は家へと向かい、チャックは二人の息子にゲイブとの出会いや、彼からチーズバーガーを受け取ったこと、そしてそれが常に復活するための条件について話した。

  チャックはまた、このチーズバーガーはアルマと二人で昨晩祈った祈りへの答だということも話した。祈りの内容は教えなかったが、子供たちは供給のための祈りだろうと単純に解釈した。しかしながら、もう一つの祈りも答えられていることに、チャックは気づき始めていた。

  長い一日も終わりに近づき、ようやく我が家にたどり着いた。玄関で、愛する妻アルマにキスで迎えられる。アルマの後ろには三人の娘がいて、11歳になる娘のジョアンナが、まだ赤ん坊の弟をだっこしている。

  ハリーとマークは仲良く三人の姉妹を裏庭へ連れていくと、もう押さえきれないといったように、さっき目の当たりにしたエキサイティングな出来事を話し始めた。

 「信じられないことが起こったんだ!」

  そう大声で言ったのはマークだ。そして、ハリーが入る余地もないくらい早口でまくし立て始めた。ところが、すぐにハッとして、このニュースを話すのを兄に譲ることにした。

 「兄さん、兄さんが話してよ!」

  そこで兄は姉妹にその一部始終を告げた。チャックも、アルマに今日起こった全てのこと、それから今後自分達の家庭で確かに神が行なってくださる奇跡の数々について話していた。心から喜んでいなければ、喜んで与える者にはなり得ない。というわけで、このチーズバーガーをきっかけに、ベケット家の子供たちは仲の良い、愛に満ちた兄弟姉妹へと成長していった。利他的に与え気遣うことが習慣となっていったのだ。

  チャールズが仕事に就くまでにはしばらくかかったが、彼は愛情深い夫かつ父親であり続けた。チーズバーガー? それは相手を思いやる優しい心を持ち続ける限り、ずっと復元し続けた。そしてベケット家の人々は愛情深く、快く与え続けたということだ!