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クリスマスに祖父母に宛てた、デービッドとテッチーからのテープ  11/92

 

  (テッチー:)ナナとパパ、こんにちは!テッチーとデービッドです。また二人とおしゃべりできてとても嬉しいわ。楽しみながら聞いて下さいね。今年は素晴らしい年でした。その幾つかを話します。じゃあ、主がこのテープを祝福して下さるよう、小さな祈りから始めます。イエスよ、感謝します! 主よ、感謝します!

  (デービッド:)イエスよ、感謝します!僕達がナナとパパのために吹き込んでいるこのテープが二人にとって祝福となり、今年僕達が学んできた事や、僕達の近況を伝えられますように。ナナ達がそれを楽しみ、そこから祝福を受けられますように。イエスの御名で。(テッチーとデービッド:)アァメン!

  (デービッド:)ナナとパパ、メリー・クリスマス! 二人が楽しいクリスマスを過ごし、今年がよい年であったよう願っています。また、ナナ達が世話をしているスイートな人達が、本当に楽しいクリスマスを過ごすように祈っています。僕達は本当に楽しいクリスマスを過ごしたよ。今年も素晴らしい年で、沢山の事を学んだし、興味深い事も沢山起こりました。そのハイライトを幾つか話したいと思います。それもたった今! じゃあ、今年した事から始めます。

 

あきらめないことに関するレッスン!

  (テッチー:)最近私は、一般教科の勉強に取り組んでいるけれど、なかなか面白いわ。特に数学は苦手だから頑張らないと。二人ともそのこと知っているでしょう。でも勉強はとても大切ね。日常生活や私達が取り組む事柄で本当によく使うから。私は新しいコンピューターのコースをとっているけれど、とても楽しいです。これも勉強法の一つなの。思いつく科目はほとんど何でもあります!

  私は今、あきらめない事を学んでいます。特に数学はそう。時々、あきらめたくなるから。最初の数分は、「ああ、こんなの難しすぎるわ。あきらめちゃおう。うまくいかないわ!」と考えて、すっかり落ち込んでしまうの。でも、頑張り続けることは大切ですね。だって、やめたら絶対に勝利もないから。ジョン・ポール・ジョーンズは、船が沈みかけ、部下のほとんどは殺され、自分の腕もほとんどもぎ取られた時に、敵が降参しろと言ったけど、こう言ったの。「とんでもない! 戦いはこれからだ!」 この物語にはいつも励まされます。

  (デービッド:)僕もです。あきらめない事について、僕もテッチーと同じような事を学んでいるよ。幾つかの事で、学び始めたのに、あきらめたくなったこともあったけど、戦い続けることを学んでいます。すると、必ず、もっと簡単になるから。

  僕が学んでいる一つの事は、電子工学。ホームの大人の一人が、それについてよく知っているので、僕に教えてくれています。ただ家の中の配線の仕方だけでなく、もっとテープレコーダーなんかを修理する方法とかで、いつか十分に学んだら、コンピューターさえ修理できるかも知れないな。最近は何でも電子工学が使われていて、どこもかしこもコンピューターがあるので、それについて知っておくととても役立つんです。

  とにかく、最初に学び始めた時は、とても難しかった。とても複雑で、沢山の事を覚えていなければならず、すべてがとても入り組んでいるので、何度か落ち込んでしまったけれど、主に感謝することに、戦い続けることを学んでいます!

  それから、同じレッスンをギターを弾くことでも学んだんだ。僕は今でもギターを練習していて、今も学んでいます。バーコードを練習し始めた時、僕にはそれが初めてだったんです。ただ練習すればいいだけで、学ぶのが難しいとかじゃないけれど、音をはっきり出して、きれいに響かせるのが難しくて、何度も落ち込んでは、「ああ、絶対にきれいな音にならない」と思ってしまったよ。でも、気を取り直して、うまくいくまで頑張り続けることに決めた途端、もっと簡単になって、もっときれいに響くようになった。後で、何曲か歌う時に、僕達のギターを披露するね。

  (テッチー:)ええ、デービッドはとても上手よ。フェローシップの時にギターを弾いてくれるから、とても楽しいわ!

 

沢山の事について、

出来るだけすべてを学ぶ!

  私はキッチンで働いていて、料理の上達法とかもっといろいろ学んでいるの。上手に料理が出来るのはとても重要だと思うの。だって誰かのために食事を作れたり、病気の時に世話が出来たら、それで愛が示せるでしょう。数学もキッチンの仕事でとても役だっています。材料を計ったり、量を2倍にしなければいけない時とか。それからキッチンでいかにうまく、早く、能率的に働いて、もっと多くの事をするかを学んでいるの。

  沢山の事について、出来るだけすべての事を学ぶのは大事だと思います。何でもかんでもすべてを学べるわけではないけど、一つの事を特に専門にやることも出来るし、沢山の事について少しずつ学ぶことも出来ると思うわ。主な仕事として、一つにしぼることも出来るけど、私は沢山の事を学ぶのに興味があるの。

  ちょっと前に、部屋にペンキを塗りました。とても楽しかった。前にあまりしたことがなかったから。少しはしたけど、最初ペンキを混ぜる時に、青を入れすぎて、濃い青になっちゃったの。紺とまではいかないけど、とにかくその色にしたくなかったんだけど…。たぶん、デービッドに来てもらって、やり方を教えてもらわなかったからね! (デービッド:)でもテッチーは上手にやったよ。(テッチー:)とにかく、楽しかったわ。

  色と言えば、フラワーアレンジングを少し学びました。とても楽しかった。神の創造物に様々な違いや、バラエティや、美を見るのは、とても興味深いし、ただ私達を愛しているから、神がそれを私達のために、本当にきれいに造って下さっていることもね。神の愛が本当によくわかります。「Coloures Are Colouring the World(色が世界をいろどっている)」という、美しい歌があります。(デービッド:)きれいな歌だよ。(テッチー:)その歌は、すべてがいかに美しいかを歌っているの。フラワーアレンジングで学ぶのは、ただ完全に対照にしてしまうんじゃなくて、もっと…(デービッド:)きちんと並べるの?(テッチー:)そうよ。でも、花の数を変えるの。例えば、ある花は奇数にして、別の花は偶数にして、いろんな色を合わせたり、とても興味深いわよ。ある意味で、科学的ね。

  (デービッド:)そうだね。花と言えば、僕は今年、それほど沢山の花を育てることは出来なかった。他にする事が沢山あったから。でも、今年も園芸は幾らか出来ました。前の年ほど沢山、あるいは多くの種類を育てなかったけど、僕が学んでいるのは、「園芸はいつも出来る」ということ! ハ! どこにいようと、何を持っていようと、いつも少なくとも2、3の植物を育てる場所はあるようです。植木鉢でも窓でも。

  とにかく、何とかトウモロコシやトマトを育てることは出来て、とてもおいしいです。それに、僕が園芸についてもっと学び続けられるから、本当に祝福です。園芸については、園芸以外の多くの事もそうだろうけれど、どれだけ学んでも、奥が深くて、生涯かけてもまだ知らない事があるようです! 僕の人生を園芸に捧げたいというのではないけど、少なくとも、絶対に飽きることはありません。いつももっと学ぶ事があるから。とにかく、僕が育てて、テッチーが台所で料理をする、というわけで、なかなかのチームですよ。ハ!

 

健康と安全!

  (テッチー:)その通り! 主よ、感謝します! イエス様は、最近、私を本当に健康に保ってくれています。話したかどうか覚えていないけれど、前はかなり頻繁に頭痛があったの。でも今はとても気分がよくて、ほとんど頭痛はないくらい。足首もずっと強くなって、走っても痛まないし、本当に祝福です。足首の色々な体操についての記事、送ってくれてありがとう。

  それから、編みぐるみのネコもありがとう。部屋に飾るととてもステキで、それを見ては、ナナやパパを思い出して、祈っています。ナナやパパを、主に感謝しています。とてもスイートだし、素晴らしい人達だから。そしてそこにいる家族みんなそうです。

  (デービッド:)そうだね。本当に優しいと思ったよ。僕も、今年、主がとても健康に保ってくれたことで感謝しています。さらには、主が僕を安全に守ってくれたことで感謝しています。ハンディマンの仕事をいろいろするから。僕達は全員、学んでいる事に応じて様々な機械のそばにいます。キッチンでも危険なものが幾つかあるし、ハンディマンでも様々な道具があるから、主が僕達を安全に守って下さることで、本当に感謝しています。祈り深くなかったり、注意深くもないために、沢山の人達が事故にあっているのをよく聞くから。とにかく、祈り深くあるだけでなく、注意深くもあることについて、僕達が学んだことすべてに、感謝しています。

  そして僕は今年それをもっと沢山学んでいるところです。つまり、祈る深くあるだけでなく、注意深くもあることを。主に協力しなければ、うまくいかないからです。両側通行のようなもので、主に世話をして下さるよう必ず求めなくちゃいけないけど、もしふざけたり、危険な事をして主を試すなら、主にはあまり僕達を守ることが出来ないんです。

 

興味深い新しいコース!

  (テッチー:)そうね。それに私達は色々なコースを取って、いろんな事を学んでいるの。例えば、速読。私はそれが大好きだし、興味深いと思ったわ。ファミリーでは沢山読むものがあるし、主の御言葉も沢山読まなくちゃいけないので、とてもインスパイヤリングだけど、もっと読めたらと思うから。それにもっとよく理解することも学べるの。ただ速く読むだけじゃなくて、よりよく理解する助けになるような、新しい読み方を。他にどんなコースを取ったかしら?

  (デービッド:)記憶法のコースも取ったね。とてもすごかったです。そのコースの全目的が、何かと関連付けて覚えることを基本にしてあるんです。テープでコースを教えている人が言うには、関連付けたものが滑稽(こっけい)だったり、奇妙だったり、おかしければおかしいほど、しっかり覚えていられるそうです。一つ例をあげると、関連づける物のリストを作ることで、覚えておく事が沢山ある時、このリストに関連づけさせるんです。そのリストの作り方は、家の中を歩き回って、色々な部屋の色々な物を選ぶ事で、「ああ、今日あの店に行くのを覚えとかなくちゃ」と思ったら、それを家の中の何かに、何か面白い方法で関連づけさせるんです。そしてその日にリストを見返すと、ずっと簡単に覚えられるというわけです。

  (テッチー:)あれはすごいと思ったわ。それから語彙(い)を増やすコースも、物事をもっとうまく表現する助けになったの。何か言おうとしても、時々うまく言葉がみつからないことがあるので、もっと言葉を知っていれば、言いたい事をもっとうまく伝えるのに役立ちます。本当に良かったわ。デービッドにとっても、興味深かった?

  (デービッド:)ああ、とても。僕は言葉の数だけでなく、文法とスペルもがんばらなくちゃいけないからね。でもこの語彙(い)の講座はためになりました。テッチーが言ったように、実際、ほとんどぴったりの言葉は知っていても、完全に自分が探している言葉ではないことがあるから。だから自分の言葉の数を増やしたり、少なくともその方法を学べたら、確かに祝福です。

  最近僕の助けになっていることの一つは、辞書で言葉を調べることです。意味を絶対に知っているような単純な言葉でも、辞書でひくと、別の意味があったり、自分が思っていたような意味でなかったりすることもあるんです。そういう言葉の意味を理解するだけじゃなくて、正しくつづる方法を学ぶためにも、役立っています。

  (テッチー:)何人かの友達と集まってそれをするのは楽しいわ。みんなでいろんなアイデアを出し合えるし、チームだともっとうまく出来るから! 余分な衣類を調べて、整頓しながら私が学んでいる中で、もう一つ興味深いことは、様々な衣類のタイプや生地、どんな人が何を着たがるかや、様々なタイプの衣類が持つ様々な利点についてです。そういう事を学ぶのも、おもしろいわ。

  (デービッド:)僕はもっとハンディマンの仕事について学んでいます。ハンディマンになるには、いわゆる「何でも屋」になる必要があると思うし、ファミリーの中ではすべき事が本当にいろいろあるので、一つの事にあまりに専門的になると、多少難しいんです。でもやっぱり、必ずしもすべての事を全部知っている必要はなくて、幾つかの事について少しでも知っていれば、何とか仕事が出来て、本当に役に立てるんです。

  だから、僕は今年、いろんな事を沢山学びました。塗装についてももっと学びました。どういう表面には、どんなペンキを塗ったらいいか、屋外あるいは屋内ではどんなペンキが長持ちするかなど、とてもおもしろいです。ペンキを塗るのは楽しいよ。きれいになるから。(テッチー:)そうね、何でもきれいになるわ。(デービッド:)少しのペンキは多くの罪をおおう、ハ!

 

新しいペット!

  (テッチー:)ハ! そうね! 最近、少し移動したりしたけれど、そこから学んだ事は、例えば動物とか、何かを手放したら、いつも新しい動物を得るという事です。主の為に幾ら手放しても、主はいつも祝福して下さるの。私達は主の子供達で、主は私達を愛して下さるので、心の願いをかなえたいと思われるから。

  というわけで、新しいネコが2匹います。1匹は、本当に面白いの。白い子ネコで、キホーテと呼んでいます。ドンキホーテみたいに。まるで風車を追っかけるみたいに走り回るから。見えないものに飛びかかったりして、面白いの。遊ぶのが大好きで、本当に楽しいネコです。スイートでアフェクションが大好きなんだけど、やんちゃです。もう1匹のネコは、トミーという名前。トムキャット(雄ネコ)みたいに。とてもスイートなの。少し年をとっているので、もっとアフェクショネイトだと思うわ。主よ、感謝します!

  (デービッド:)そう、トミーはちょっと特別だね。僕達はめったに大人になったネコは飼わないから。大抵は、子ネコを飼うんです。訓練しやすいし、そのネコが何を知っているとか、どんな悪い習慣があるとか、年をとったネコよりも知りやすいから。でもこのネコを飼ったのは、確かに主だったと思います。とてもスイートだから。

 

もっと祈りについて学ぶ!

  (テッチー:)私が本当に気に入っている事の一つは、もっと祈ることを学んでいること。祈りは本当に大切で、特に仕事をする時はそうです。デービッドが言っていたように、仕事でもっと祈り深くあると、沢山の事故を防げます。だからそれについてもっと学べるのは祝福です。

  (デービッド:)その通り。祈りについて沢山学んでいて、本当にためになります。いつも祈るという、いい習慣を身につけると、「絶えず祈りなさい」という節をもっと理解できます!−−1テサ5:17。(テッチー:)そうね。(デービッド:)それが目標だから。その目標まで到達できるかはわからないけど、今より絶対にもっと近づくことが出来ると思う。祈りはいつもしていられる事だから。考えながら歩くようなもので、主と話すことなんです。

  主が終わりをさらに近づけられ、僕達が、世界がいかに悪くなっているかを目にするにつれ、何をするにも僕達はもっと主に頼らなくちゃいけなくなるでしょう。今も安全や健康や他のいろんな事で頼ってはいますが、終わりの時にはもっとそうなると思うのです。肉的にはあまり出来なくなるので、霊的な事について、もっと主に頼らなくちゃいけなくなるでしょう。つまり、主と真のよいコミュニケーション・リンクを持たないといけないんです。だからそれについて学んでいる事すべてを心から感謝しています。

  (テッチー:)世界中のファミリーのために祈ることは、私にとって特に霊感です。彼らは素晴らしい仕事をしているし、私達の祈りがとても必要だから。みんなが互いに祈り合うのは素晴らしいと思うわ。聖書にあるように、「あなたがたのために祈ることをやめて主に罪を犯すことが、決してないように!」−−サム上12:23*(デービッド:)そうだ、その通りだね。(テッチー:)だからファミリーのために祈ることは真の霊感で、とても必要なことです。私達の祈りは力強く、素晴らしい事が出来るし、主は私達が祈ることを望んでおられるから。私達が祈らないと、主はあまり…もちろん、奇跡は起こせるけれど、主はある意味で私達の祈りとどれだけ信仰を持っているかによって、ご自分を制限しておられるから。

  (デービッド:)そうだね。僕はルターとメランクソンの話をもっと理解できるようになりました。ある日、ルターは山のようにすべき事があったので、メランクソンが祈りの時間を半分にしたらどうかと思ったんです。でもルターはそれに賛成せず、こう言いました。「いや、祈りの時間を2倍にしよう!」(テッチー:)2時間じゃなくて、4時間に!(デービッド:)前は、それを不思議に思っていたけれど、今は、祈りが僕達に出来る最小限ではなく、最大限であることがはっきりと理解出来るんです。

  (テッチー:)祈りによって、全員が主につながるので、私達は一つの帯のように引き寄せられます! とても霊感で、全員が引き上げられ、主にあって新たにされたように感じるし、祈った後はとにかくすごく気分がいいの。水曜の夜に祈りのミーティングをするんだけど、ある夜、順番に祈り合ったんです。仕事のためや、私達のするいろんな事のために。とてもスイートだと思いました。共に祈る家族は、共に留まると言うけれど、誰かにしてあげられる最も素晴らしい事は祈ることだと思います。祈りのおかげで、家族がまとまるので、とてもいいことね。

  (デービッド:)祈りの力がとてもよくわかる、僕の大好きな物語があります。正確に覚えているかどうかわからないけど、テッチーが助けてくれるでしょう。一人の少年がいて、確か不治の病だったと思います。彼は主のために何かしたかったので、主はその少年が住む小さな町の人達のために祈るというアイデアを与えられたんです。とにかく、町の酔っぱらいのために祈り始めました。町で最も乱暴で意地悪な連中の一人でしたが、毎日毎晩ひたすら祈り続けると、間もなくその人が救われました。誰もが「わあ! いったいどうなったんだ?」と言いました。少年は町の人達のために祈り続け、間もなく、町にすごい信仰復興が起こって、誰もが主をもっと愛し、とても感謝していました。でもやがて、確かその少年がイエスの元に行ったんだと思います。そして彼の枕の下から、最近救われた人達のリストが見つかったんです。彼らが救われたのは、その少年の祈りのおかげだったんです。

  (テッチー:)わあ、美しい物語ね。祈ることは本当に大切ね。(デービッド:)そうだよ。共に祈る家族は、共にとどまる。主が僕達の人生に病気や困難な状況をもたらされる理由が、よくわかり始めました。そういった事が起こるのは、僕達が主に近づき、もっと祈ることを主が望んでおられるからです。困難なテストや試練が起こると、自分達にはどうしようもなく、自分にどれだけ主が必要かがわかります。すべてが順調で、問題なく、病気にもほとんどかからず、自分達の手に負えないような事がほとんど起こらないなら、僕達には主が必要じゃなくなります。だから、僕達が、ただ自分達のためだけでなく、世界中のファミリーのために祈らなくちゃいけなかった、ファミリー内の様々な状況のおかげで、僕達はまとまり、団結し、主に近く保たれるんです。

  (テッチー:)そうね。それと私達は毎日祈りのビジルをするようにしています。私達が「ビジル(見張り)」という言葉を使うのは、兄弟達や、世界中のファミリーのために見張りをしているようなものだから。私達はそう呼んで、毎日1時間取って、何でも世界中で祈りが必要な状況のために祈るんです。それにホームのためとか、祈るべきことは沢山あるので、とにかくあらゆる事のために祈ります。実際、祈るべきことのリストを全部書き出したんだけど、本当に沢山でした!(デービッド:)そうだね!

  (テッチー:)それから、前にも言ったように、仕事をしながら祈れることもわかりました。特に肉体労働…(デービッド:)台所で果物を切ったり、庭で草抜きをしたりね。(テッチー:)そう、そういう事をしながら祈るなら、思いが迷い出ないの。祈りで頭がいっぱいだから。それに、もちろん、何をしていても祈ることは大切だし、私達は最近、祈りの重要性やいかに祈りが必要かを、もっと悟り始めています。

  (デービッド:)その通り! 今テッチーが言ったように、仕事をしながら祈るという習慣を身につけることは、僕にとって真の祝福になっています。僕のする事の多くは、それほど集中しなくても出来るので、思いがさまよい出始めることがよくあるんです。次に何をしようかといった、一見よい事を考え始めることもあるけれど、ただふらふらと、益になるわけでもないような事を空想し始めたりもします。だから自分のしている仕事についてそれほど考えなくていい時、その時間を祈る時間に使う努力をすることは、僕にとって祝福で、もっと時間を有効に使う助けになっています。

  (テッチー:)そうね。私達は、自分のする一つ一つの事に対して祈るべきだという事に気づき始めているの。「祈りましょうか?」という言葉は、「ゴッド・ブレス・ユー」とか「元気?」とかと同じくらい当り前の言葉であるべきなんです。つまり、いつも言っているべきなんです! 散歩に行くつもりなら、散歩のために祈るべきだし、部屋のそうじをするつもりなら、そのために祈るべきです。祈ると、主がすべき事についてのアイデアをくれるし、もっと祈れば、事故から守ってもらうことも出来ます。もちろん、主はいずれにしろ守ってくれるし、祈るのを忘れても主はとても憐れみ深いけど、とにかく祈ることはとても大切なんです! それが今学んでいる最大のレッスンで、その重要さを十分に強調したり、それを説明する言葉を見つけるのは難しいくらいです。私達の人生でそれほど重要なことなんです。そして主が私達を助けられんことを。それをもっともっと認識して、私達の生活の一部とし、祈らずには何もしないくらいになる必要があります。あるいは、誰かに何かが起こったと聞けば、自然とその人のために祈るくらいに。

  (デービッド:)そう、その通りだね。テッチーが祈りのリストの事を言っていたけど、いつも祈ることは沢山あって、リストは益々増えるばかりです! でもその一方で、主が答えて下さった祈りのリストも毎日増え続けています。(テッチー:)そうそう!(デービッド:)主が僕達の祈りに答えて下さった、沢山の事柄を見るとすごく励まされます。今もまだ祈り続けている事や、長い間祈っている事がいくつかあって、それを見ると「あーあ、ずっと祈り続けているのに、まだ主は答えて下さらない」と考えたくなるけど、主は最善をご存じで、最善だと知っておられる時に答えて下さいます。そして僕達が祈ったために主が答えて下さった他の様々な事柄を見ると、主がコントロールしておられることや、僕達の祈りが強力で、重要で、確かに物事を変えているんだとわかるんです!

  (テッチー:)確かにそうね! プレヤービジルで様々な祈り方も学んでいるわ。実際に生活の一部になり始めているの。前は、祈りがただの日課のようになって、残念なことに「ええっと、そろそろ祈る時間かな」と言うこともありました。そして事実上、夜、寝る前の祈りのように、祈りを覚えていて、まったく同じ事を言ったり、食べるために祈る時も、毎日同じ事を言うんです。でも私達はいろん異なる祈り方も学んでいます。(デービッド:)会話形式の祈りもその一つです。(テッチー:)「言葉かずが多ければ、聞きいれられるのではない」ことも学んだわ(マタイ6:7)。私が言おうとしたのはそれです。1つの文や1つの言葉だけで祈ることも出来るんです。かなり変わっているけど、力と祈りを一つの言葉や文に込めるようなものです。いろんな方法を試すのはとてもインスパイアリングね。そうすれば、絶対に飽きないから。(デービッド:)そうだね。

  (テッチー:)祈りと言えば、今、おじいちゃん達のために祈りたいです。イエスよ、感謝します! 主よ、感謝します! あなたが与えて下さった、すべての祝福を感謝します。それにあなたが私達にとっていかに素晴らしいかや、私達に示して下さるすべての愛も感謝します。特に、あちこちにいる私達の家族やナナやパパを、そしてそこの家族みんなや、あなたが私達に祝福として与えて下さった人達全員を感謝したいです。

  (デービッド:)イエス様、スイートなナナやパパ、それに彼らが僕達にスイートであることや、彼らが送ってくれたものを、心から感謝します。毎年クリスマスに彼らのために作るこのテープで、彼らに話せることも感謝します。これは僕達にとっても大きな祝福ですが、彼らにとってもそうでありますように。ナナとパパや、彼らの家にいるスイートな人達の世話をするという、彼らのあなたへの仕事のために祈ります。その仕事のために、彼らを強め、知恵を与え続けて下さい。善を行なうことにうみ疲れたりしませんように。そしてこの節を要求します。「主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。」−−イザヤ40:31。どうか、スイートなナナやパパを、あなたとあなたの御心に近く保って下さい。イエスの御名で。

  (テッチー:)それから、私達がもっと多くの事を学び、進歩を遂げ続けるのを助けて下さるようにも祈ります。イエス様、私達があなたに目を留め続け、天の目標を目指してビジョンを保ち続けられますように。私達はいつかあなたと顔を合わせる事が出来るのです。それこそ、この上なくインスパイヤリングなことで、私達を真に進ませ続けてくれるものです。試練やテストや何があろうと、主イエスよ、あなたはいつも私達を切り抜けさせて下さるので、その事のゆえに感謝します。また世界中のファミリー全員や、彼らのしているすべても感謝します。彼らを霊感し、証しや魂獲得において、彼らを助けて下さい。そしてイエス様、本当にあなたを愛しています! 主よ、感謝します!

  (デービッド:)イエスよ、感謝します!ファニー・クロスビーじゃなかったかな? 盲目であることについて、一番感謝しているのは、自分が生まれて初めて見るものがイエスの微笑んだ顔であることだと言ったのは? 中太明朝(テッチー:)和文書体 標準そうよ。素晴らしいわね。盲目にならないという選択があったとしても、やはり盲目を選ぶとさえ言ったと思うわ。最初に見るものがイエスであるように。それは素晴らしいことだと思います。

  私達は祈りでもっと感謝することも学んでいます。いつもいつも、「ああ、イエスよ、これとあれをして助けて下さい。これも助けて下さい」とばかり言うべきではないから。イエスが私達のためにして下さったすべてについて、感謝することも大切です。問題が起こるたびに必ず祈るけど、私達が祈って求めるのと同じくらい、必ず主に感謝すべきなんです。主は本当に沢山の事を、数え切れないくらい色々な方法で私達にして下さるので、時には私達が気づかないこともあるくらいだからです。中太明朝(デービッド:)和文書体 標準その通り!中太明朝(テッチー:)和文書体 標準祈りはイエスに直接話すことで、主がずっと遠い天国におられるというのではありません。私達は主と、友達や兄弟として親しくなることができるの。素晴らしいと思いませんか?

 

さらに他のレッスン!

  (テッチー:)最近、他のレッスンも学んでいるの。その一つは、御言葉を読むことよ。聖書を最初から最後まで読んだことがないので、全部読もうとしています。沢山読んだけど、最初から読むのは歴史や背景など知る上でもとても興味深いわ。今とても夢中になっています。

  (デービッド:)僕ももっと聖書を読んでいます。テッチーのように初めから読んでないけど、聖書の預言を読んでます。僕達は終わりの日々に生きているって心から信じているから、預言は僕にとってとても興味をそそられるよ。イエスが帰ってくるまで、そんなに長くはないでしょう。聖書には、「終わりの時に、民のうちの賢い人々は多くの人を悟りに至らせます。」とあります(ダニ11:33)。だから、前に戻って、終わりの時やアンチキリストの台頭、最後の数年間には世界はどうなるのかが書かれているダニエルやエゼキエル、一部の書簡や黙示録の章を読む時間があるのを喜んでいます。興味深いし、すごく楽しいからね!

  (テッチー:)私は人をもっと愛し、助けとなることも学んでいるの。もっと思慮深くなって、誰かを傷つけるような事を言ったかどうかに気付いて、もしそうなら、それを言わないようにするのを主が助けて下さるように祈っています。またはこれをするなら、誰かをもっと幸せにできると気づけるようにや、他の人の必要をもっと知ることができるようにです。

  それにもっと非利己的になること、自分のことばかり考えないで、他の人のことを考えることも。そしてもっとやる気を出すことも。例えば、誰かが何かをしたいですかと私に尋ねた時、「ああ、いいわよ」と言うだけなら、あまり多くの反応も感謝も示していない事になります。私が本当に感謝していて、嬉しく思っていても、時々それをあまり示さないので、他の人をがっかりさせてしまう事があるから。(デービッド:)そうだね。聖書には「すべての事に感謝しなさい」ってあるよ−1テサ5:8。(テッチー:)そうね。その通りだわ。

  (デービッド:)僕も良いレッスンを学んでいるよ。その一つはボディービルにちょっと夢中になった事です。さっき話したように僕は沢山の事をしているから、そんなに時間はないけど、それでもここそこで少しの時間があるので、ボディービルをやるようになったんだ。そして、どれだけの時間をそれにつぎ込んだかが問題ではなく、それに対する自分の気持ちが問題だってわかったんです。僕はそんなに時間は注ぎ込んでいなかったものの、心の中でボディービルにとても夢中になっていました。言うなれば、それは僕にとって「優越感にひたる」ようなものです。少しだけしかしていなくても、沢山行なっていても、ボディービルそのものが肉体に栄光を帰していて、自分自身に栄光を帰しているから! それに対して聖書は「また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。」と言っています−1コリ10:31。

  僕はこう考えて、自ら励ましていたんです。「そんなに沢山の時間を費やしているわけではないし。一日15分間ぐらいだ。だからそんなに悪くはないでしょう、主よ?」 でも、それはどれだけの時間を費やすかではなく、その中身、自分の霊が大切なんです。それにプライドの霊を僕の内に築き、本当にいやなものだった。主が僕になるように望んでおられるものとは全く逆だから。主は誇るのではなく、謙遜になってほしいです。だから、それはとても良いレッスンでした。そしてボディービルを止めた途端、気分がすごく良くなって、まるで完全に主の御心に戻り、主が好まれない事をやっていないのだと感じました。

  このレッスンを学び、ボデイービルを止める助けとなったのは、主に心から仕えたいという決意を今年したからです。何故なら、僕は本当に主に仕えたいから。説明するのは難しいけれど、時々ファミリーやどこでも自分が主に仕えている場所で、主を知り、主を愛し、主に仕えるように育てられるなら、自分の人生もそのようになっていくのと同じです。でもそれから大きくなって、自分で決断しなくてはならない。親が主に仕えているからじゃなくて、自分がそう望むから主に仕えるんだという個人的な決断をしなくてはいけません。もう親にばかり頼ってはいられない時期に来ているようなものです。ちょうどパウロが聖書でこう言っているように。これこそ自分がしたい事だと、「各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである。」(ローマ14:5) だから、僕はこれからずっと心を尽くして主に仕え、このファミリーにいるって決意しました。僕はこのファミリーにいたいし、僕達のメッセージは真実だって知っているから!

  (テッチー:)イエスよ、感謝します! 素晴らしいわ! 神の恵みによって、私もそうするわ。それに、主に委ねることは大いに関係があります。自分が正しいと知っていることに委ねることは。私も本当にそのレッスンを学ばなければならないわ。または少なくとも学ぶように努力しなくちゃ。なぜならそれが正しいと知っているのに、心からそれをしたくないか、それに従いたくない時が沢山あるからです。大人から何かするように尋ねられる時、それが正しいってわかっているのにしたくないの。「喜んでする気持ちはあるが、肉体が弱い」(マタイ26:41)時があり、自分のしたい事に反するなら、それをしたいと思わないのです。でもその事を行なうように、主に従うようにと告げているのは主です。そしてそうしないなら、とてもイエスを悲しませる事になります。

  (デービッド:)その通りだね。僕は今でもそのレッスンを学んでいるよ。僕にとって、多分他の人にとってもだけど、自分に指図しているか、注意している人を見て、「この人が僕を注意しているのは正しくない。」と考えるのは本当にたやすいから。さらには、色々な理由により、「これで注意されるのは当然だけど、受け入れたくない。」と考えることもあります。人を見て、その人のせいにしてしまいがちだけど、僕が気づかなくてはいけなかったのは、主がその人達を通して語っているということです。だから、その人達に対して不平を言っている時、それは主に不平を言っていることになります。

  それこそ、聖書の中のイスラエルの子供達が気づいた事です。彼らは自分達がモーセに対して不平を言っていると思っていたけど、実際は主に対して不平を言っていたんです。なぜなら、荒野を導いていたのはモーセではなくて、神がモーセを通して導いていたからだよ。だから、神はとても怒られました。それはモーセが間違いを犯したからではなかった。モーセも少し間違いをしたけど、神がするようにと告げたことに従っていました。だから、人々がモーセに対して不平を言った時、それはかなり悪いサインだったんです。

 

迫害からの勝利!

  (テッチー:)ファミリーのためにどうしてそんなに祈らなければならないかというと、それを聞いたかどうか知らないけど、最近ファミリーはひどい嘘によって沢山の迫害を受けているからです。本当に腹が立つわ! とても馬鹿馬鹿しいもの! 馬鹿馬鹿しすぎて、相手が訴えていること全部を理解できないほどです。例えば、ファミリーの子供達は基本的な人権も奪われ、虐待されているって主張しているけど、私達が恵まれない、虐待されている子供のように思える? 本当に憤慨しちゃうわ。私達はファミリーの子供で、私達自身がそれは嘘だって言っているのです! まるで…全く、何て言っていいかわからないわ!

  (デービッド:)時には「ファミリーのメンバーや子供達は大丈夫だが、問題はリーダーやシェパード達だ。彼らは非常に悪く、ひどく外れている。」って言うんです。それは、聖書に書かれている事と全く反対です。聖書には「あなたがたはその実によって、彼らを見分けるのである。」とあります−−マタイ7:20。僕達は僕達のリーダーやグランパの実だから、そんな非難は、全く聖書に反しています! (テッチー:)「良い木が悪い実をならせることはない!」−−マタイ7:18。(デービッド:)その通り!

  (テッチー:)でも一つとても霊感だったのは、主が沢山の勝利をそこからもたらされたことよ。今は迫害を受けていることで、ある面ではひどい敗北のように思えるけど、でも「いったいキリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな迫害を受ける」から−−2テモテ3:12。だから少なくとも、私達が正しい事をしていて、主は私達のことを喜ばれているってわかります。なぜなら、敵が戦ってきているから。そして、そこから主が益をもたらされているのを見てきました。

  ファミリーのティーンの中には証言台に立った人もいます。そのティーン達は裁判に出て、「私は両親を愛しており、私達には何の問題もありません。誰からも虐待を受けたことはありません。私達は幸せで、素晴らしいホームがあります!」と証言しました。主はとても良くして下さり、私達は最善を尽くして主に仕えています。少しの間違いをしたかもしれないけれど、人々が私達のことをよく知らないで悪いと決めつけて、私達が証ししたり、主に仕えるのを止めようとしているのです。

  (デービッド:)そうだね。もちろんその一方、ちょっとおかしいんだ。「悪魔にしたい放題させるなら、結局悪魔は自滅してしまう」からね! (テッチー:)そうよ! (デービッド:)そしてこれが現実に起っているのを、実際目にしています。悪魔はファミリーをひどく迫害しようとして、ファミリーのことが嫌いで、悪意を持っている人達をあおり立てて、できる限り僕達が証しをしたり、人々にイエスのことを伝える仕事を止めさせようとするけど、それは主の目的を達成するだけなんです。ちょうど聖書の「主は人の怒りを、ご自分への賛美にされる」という節のように(詩篇76:10*)。これは、世間は僕達にとても興味を持つようになるからです。僕達のことを今まで一度も聞いたことのない人が、メディアを通して聞くようになる。たとえそれが中傷報道だったとしても、または嘘だけだったとしても、少なくとも人々は興味を持ち、中にはそこからもっと僕達のことを知りたいと思う人も出てくる。そして僕達は、迫害を受けてなかったら出せなかった程の量のメッセージを沢山出すことができるんです。

  だからこれは、「すべての事に感謝しなさい」のもう一つの理由です。迫害はそんなに楽しい事のようには思えないし、確かにそうではないし、良いもののようにも思えない。でも最後には、主が最善を知っておられた事がいつもわかります。この迫害を通して僕達はとても沢山のレッスンを学んでいます。もっと主に近く成長して来ている。このような時にはそうせざるを得ないから。それにメッセージやイエスの愛をより多くの人々に出す事ができています。

  (テッチー:)聖書の中の賢者ガマリエルが言った言葉のようだわ。「その企てやしわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人達を滅ぼすことはできまい。」−−使徒5:38、39。つまり、私達を止めようとするなんて誰にもできないっていうことです。主が私達を喜ばれないなら、私達は栄えることができないもの。でも「あなたがたはその実によって、彼らを見分けるのである。」という節のように、私達は何十万もの人を主に勝ち取ったし、今では彼らの心の中にイエスがいて、幸せで、主に仕えています。素晴らしいわ! それが間違っているんて、誰にも言えないわ。そして私達が主からの者で、主が祝福されているって証明する事が沢山あるわ。

  (デービッド:)そうだね。中にはひどく悲しむようになる人がいるようになることが想像できます。僕達の仕事を止めようと悪魔に霊感された敵の中にもそんな人達がいることでしょう。救われて、天国で会うようになる人達でさえ、悪魔によって僕達を止めるよう欺かれ、だまされたりします。その最大の理由の一つはプライドです。そうでしょう? ファミリーにいた時に何か間違った事をして、注意され、とがめられたけれど、プライドにこたえたので、ひどく傷ついたんです。だからファミリーを離れ、自分を正当化するため、ファミリーがどんなに「悪い」かを示さなければならないと感じるんです。そのような人達が天国に入った時、とても悲しむと思います。中には永遠の恥と不名誉の内に生きなければいけない人達もいるようになるのです。ファミリー以外の場所であっても、人々にイエスのことを宣べ伝えるならそれはそれですごいと思うけど、そうする代わりに、イエスのことを人々に宣べ伝えようとしている人と戦おうとして生きているのだから。とても悲しいことです。

 

ファミリーの証しのテスティモニー!

  (テッチー:)でも、それにもかかわらずファミリーは素晴らしい奉仕をし続け、沢山の人々に証しをしています。私達はハリケーン・アンドリューの被災者達を助けている、マイアミのファミリーからのビデオを受け取ったところです。ファミリーがそこに行って、人々の身体的な世話をするだけではなく、霊的な世話もできるのはとてもインスパイアリングだし、素晴らしいと思います。特にあのような惨事の後では、人々は悲嘆にくれているように見えるもの。かわいそうに、彼らは家を失ってしまったわ。ビデオでは、ティーン達が避難所の運営やオーガナイズさえ助けています。それはファミリーの良い実を本当に示していて、素晴らしいです!

  (デービッド:)そうだね。世界中で起る災害の中には、主の御手をはっきり見ることができるのもあります。人々が一生懸命働いて得た物をすべて一瞬にして失った時に、その時、僕達ファミリーが来て、決してなくならないもの、イエスを与えることができるからです! そうしたら、主はいつも彼らと一緒にいて、これからは主がずっと彼らの世話をされる。だからこのような時は、人々は主に対してもっと心を開きます。自分達が自分の人生を都合良く進めていくことはできないのだと知るからです。

  (テッチー:)マイアミのティーン達は、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュにも証しをしました! 彼らは大統領に歌を歌い、ビデオで彼は泣いてさえいたわ。とても幸せそうで、奥さんもそこにいました。だから、それはよかったわ。彼には国全体や様々な事を治めていくという数え切れない重荷があるもの。

  (デービッド:)そうだね。僕達は北アメリカに帰ったファミリーから、最近沢山のテスティモニーを受け取っています。彼らはイエスを必死に必要としている多くの人がいる、収穫を迎えた新しい畑を見いだしたんです。おじいさん達も知っているように、かなり前、何年も前にほとんどのファミリーがアメリカを去ったけど、今、戻ってきて、イエスを受け入れる準備のできた全く新しい世代がいるのを発見したんです。世界が間違った道に進んでいるのを、その世代は見て取ることができるから。人々はどうしてもうまくやっていくことができないみたいです。彼らにはイエスの愛がないし、利己的だし、自分達の間違った選択によって、この地球を破壊しているのです。北アメリカの若者達や他の年代の人達も、自分達には他の解決策が必要なことに気づき始め、イエスに立ち返っているので、主は本当に彼らを助けています。

  (テッチー:)多くの時、私達の音楽に流れる主の霊が人々を引きつけるの。私達の音楽はとても素晴らしい音楽だからです! ファミリーのティーン達は新しいビデオを制作しました。そのビデオはほとんどティーンによって歌われ、とってもインスパイアリングです! 私はこのビデオが大好きです! 何度も繰り返し見たわ! とても楽しい音楽なの。とってもインスパイアリングで、幸せな気分にするから!それから、どこかの少年院で証ししたテスティモニーもあったんじゃあないかしら?

  (デービッド:)そうだね。ファミリーは非行少年の更生施設を回るという新しいミニストリーを始めています。そのような所も、熟れて収穫を待っている畑のようだそうです。ファミリーは訪問して、イエスのことや違った生き方について話すことができ、言うまでもなく、それによって少年達は別人のように変わりました。ある少年院で、ファミリーがそこを訪問して、約一時間ぐらい少年達と話し、歌った後で、責任者の一人はこう言ったそうです。「これは驚いた。あなた達は私が何ヵ月もかけてこの少年達にしてきたこと以上の事を、この一時間でしてしまった!」 それは本当に主です。イエスだけが、人々に新しい人生を与えることができるから!

  そうだ、もう一つ! 別の少年院で起ったテスティモニーもすごい奇跡です。主は今にも起りそうな暴動を止められたから。詳しい事は知らないけれど、非行少年達のための試験的収容ホームで起ったことだそうです。そこは施設よりももっと普通の家みたいで、そこで少年達の心にもっと通じようと努めているんです。さて、そこで少年達が好きではなかった何かの事態が起き、みんな興奮し始め、怒って、暴力をふるい始めたそうです。少年達は外に出て、大きな暴動がまさに起こりそうだった!

  さて、ファミリーはこの事が起る前に、彼らのために歌を歌うはずだったけれど、その施設を管理していた人が、「ああ、ここから逃げなさい。危ないから!」と言ったんです。でもファミリーが祈ると、主の霊によってこの状況を解決すべきだという導きを感じました。だから庭に出て行って、そこにいた暴力グループの少年達にインスピレーションをするって告げたんです! そして彼らの手をつかんで、ホームの中に引っ張り入れ、イエスの歌を歌い始めると、少年達の霊が全く変わったそうです。その後、彼らは完全に落ち着き、イエスのことをよく受け入れました。沢山の少年がその後、救われたと思う! 責任者達はファミリーが施設を救ったことで、とても感謝していました。このような事態が起ると、普通は警察に通報して、施設を閉鎖するからです。でも彼らは暴動が起きなかったこと、そして少年達の人生が変わったことで感謝したんです。(テッチー:)それはすごいわ! イエスよ、感謝します!

  (デービッド:)さてと、ナナとパパ、二人がこのテープを楽しみ、僕達の人生で起きている色々な事の一部をテープから知ることができたように望んでいます。僕達はナナ達のこと、そしてナナ達が僕達にとてもスイートにしてくれることをとても感謝しています。そして僕達の生き方や、僕達がイエスをとても愛していて、最善を尽くして主に仕えようとしている事を理解してくれているのを感謝しています。

  (テッチー:)そうね。ナナやパパがマミーにとても良い影響を与えて下さったこと、とても素晴らしいおじいちゃんとおばあちゃんであることを感謝しています。皆さんに素晴らしい一年があるよう望んでいます。そして主に仕えてとても幸せでありますように。これから歌を歌います。楽しんで聞いて下さいね。クリスマスの歌と賛美歌です。(デービッド:)だから、楽しんでね。気に入ってもらえるといいな!(テッチー:)賛美歌も歌うことに決めました。私達は賛美歌が大好きだから。イエスを愛することについての素晴らしい歌だし、歌っていると、イエスにとても近く感じるからです。中にはナナやパパが知っていて、よく歌うものもあると思います。だから、気にいってもらえると思います。

  (デービッドとテッチー:)愛してます!さようなら! 幸せなクリスマスを!

"DAVID & TECHI'S CHRISTMAS TAPE TO THEIR GRANDPARENTS"--JAPANESE

 

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ママの両親への手紙! 

マリヤ#204 DFO 2884 7/93

 

親愛なるお母さん、お父さん、ジャニス、ロザリー

  1.スイートな家族の皆さん、愛しています。そして、すべてが順調であるよう祈っています。手紙を受け取り、みんな元気でやっていると知って安心しました。もちろん主が世話して下さると知っているし、これまでもそうされてきました。恒例の一年ごとの「報告」を書かないで、ごめんなさい。でも少なくとも、子供達のテープと一緒に短い手紙は送りましたが。今年は、私の代わりに子供達に報告させたわけです。私よりも、彼らの方がずっとうまくやれると思ったのです。私は子供達のことをとても誇りに思っており、みんなもきっとそう思っていると思います。子供達に送ってくれたあのかわいい犬と猫のカレンダーはとても価値があり、実用的です。きれいなカレンダーとメモ用紙が一緒になっているのですから。あれ以上、子供達を喜ばせるプレゼントはなかったことでしょう。私へのプレゼントもどうもありがとう。心づくしのプレゼントを、とても感謝しています。

  2.私の目を心配してくれてありがとう。今のところ、視力自体はそんなに悪くなっていません。ただ目がとても痛いので、見ることができないのです。目を開けると、かなりの負担がかかり、頭痛になってしまいます。それでも主は私にとてもよくして下さり、頭痛はそれほど頻繁ではないし、それほどひどい頭痛にもなりません。でもほとんどの時、私は目を閉じていなければなりません。ディクタフォンやテープレコーダーを使って、今でも書いたり、編集したりすることができるので、仕事にはそんなに影響していません(同じ事をするのに、前よりもずっと時間がかかるということを除いては。) 主よ、これらの素晴らしい道具を感謝します!

  3.いつものように、この一年とても忙しく、私達のミニストリーはどんどん大きくなっています。以前はおもに、私達のメンバーへの御言葉と教育を与えるミニストリーでした。もちろん私達は月に何万ものポスターや他の文書を配布しましたが、その著述や制作の大部分は、何年か前に終えました。けれども、私達のメンバーを養うという仕事は毎日続けられています。メンバーの子供達やティーンのため、また、大人のための文書を制作しているのです。

  4.でも今、敵が裁判や悪い報道を使って私達を攻撃しているためメディアから注目を受けているので、私達は真理のために立ち上がり、反撃せざるを得なくなっています。だから私達のミニストリーはホーム以外の多くの人達へと広がり、直接会う人達に霊的にカウンセリングしたり、養ったりするだけではなく、私達のミニストリー、生活様式、人生、教義を世界各国の人達に説明するというものになっています。声明文や反論文、公開状などを通して、これを行なっています。

  5.スペイン、バルセロナのケースで、子供達が何人か福祉局に連れ去られ、施設に丸一年間収容されましたが、その後、ファミリー全員を無罪とした裁判官は、私達が「攻撃を受けている」グループだと発言しました。そしてそれがまさに様々な国で起こっています。私達は反カルト団体や、主と真理に背を向け、御仕事を滅ぼすために反カルト団体と共にその勢力に加わったバックスライダー達から激しい攻撃を受けています。

  6.オーストラリアでは、ファミリーが有罪であるという単なる仮定のもとに、夜明け前に家宅捜索が行なわれ、142人の子供達がホームから連れ去られました。その後、一週間拘束され、調べられ、念入りにテストされた後で、全員が解放されました。そして何ヵ月間にも渡る裁判の後で、完全無罪が証明されたのです。ベネズエラやアルゼンチンでも同様にホームが家宅捜索を受け、子供達の中には連れ去られて、検査を受けた子達もおり、大人は尋問され、取り調べを受けましたが、恨みを持つ敵や反カルトグループによってでっち上げられた訴えを立証する証拠は何も見つかりませんでした。私達は大きな資金源も援助者もあまりない小さなグループですし、この種の当局による権力の濫用から私達を守ってくれる影響力をもった友人もあまりいないので、彼らのターゲットになりやすいのです。

  7.ファミリーが何も悪い事をしていないなら、どうしてそんなに迫害を受けるのかと理解に苦しむ人もいます。それは、人々が、大きな霊の戦いが繰り広げられていることや、私達が終わりの時のメッセージや、全世界に自分を崇拝するように命じる邪悪な超独裁者を立てて世界を征服するという悪魔の計画を大々的に宣べ伝えているために、悪魔が激怒していることを理解していないからです。実際のところ、悪魔は現在、ほぼ完全にこの世界を手中に収めています。私達がただ終わりの時が「いつか」来ると宣べ伝えているだけなら、悪魔をそんなにもわずらわせないでしょうが、私達はそれが自分達が生きている間に、それもほぼ確実にこの数年の内に起こると宣べ伝えているのです。そうやって真実が少し広められすぎているので、悪魔はおちおちとはしておられず、誰でも私達に敵対することが益になりそうな人達を扇動しているのです。「私達の戦いは血肉に対するものではなく、もろもろの支配と権威と闇の世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。」

  8.「ファミリー」が成熟する過程において、幾つかの間違いを犯したことは認めます。例えば、若いリーダーに多すぎる責任を与えたり、彼らが必ずしも群れの良き羊飼いとなる素質を持っていなかった事です。それについてはすまなく思っており、改善し、誤りを正そうとしています。また私達の教義は非常に論争を呼ぶものです。ただ、これについては誤りだとは考えていませんが。中には、今は信じるだけで実行しない方がよいと認めている教義もあるものの、私達は自分達の教義が聖書に基づいており、主からのものだと信じているからです。当然ながら、この事すべてのゆえに私達が攻撃を受けやすい立場にあり、敵は確かにそれを利用しています。

  9.しかし素晴らしいのは、主は今まで以上に救いと終わりの時のメッセージを私達が出すのを助けることによって、この迫害全体を御自分の栄光と勝利のために使っておられるということです! どのケースにおいても、今のところ私達への迫害は勝利以外の何ものでもありません。私達は多くの友人やサポーターができ、また今では私達のことを非常に真剣に受けとめ、私達に喜んで耳を傾け、また導きやカウンセリングを求めさえする人々を得ました。だから主は何が最善か、何が私達に必要かをご存知です。そして私達が立ち上がり、戦い、自分達のありのままの姿や信条を示すためにこの迫害が必要であったのを知っておられたのです。さらには国会議員、司法執行役人、福祉局、社会学者、心理学者、メディアなどを含む、様々な国の影響力ある人々に主のメッセージを伝えさせるために。

  10.直接私達に会い、話した人のほとんどがその態度を変え、私達が、過去にあった嘘と曲解と誤解でいっぱいの非常に悪い報道によって築かれたイメージとは全く違うのを見るのです。実際、中には私達のことをとても恐れていた人もいます。世界中に流されてきた反カルトのひどいプロパガンダのせいで、私達に会うと、恐れで震えさえしていたのです! でも、しばらく私達と一緒にいて話し、打ち開けた会話をし、子供達やティーンと一緒に活動している私達を見ると、人々の態度は全く一転し、私達のことを尊敬し、称賛するようにさえなり、自分達の大義のために一緒に働いてほしいと誘ってきたりもします。例えば、ホームスクーリング団体、VOCAL支部(「児童虐待法による犠牲者の会」−偽りの訴えに苦しんでいる人々の団体)や他の小さな宗教団体などがそうです。

  11.たった今、フランスではホームの何件かが家宅捜索を受け、子供達の多くが施設に収容されました。ある都市の一部の子供達は解放されましたが、もう一つの都市の子供達はまだ拘束されています。フランスの反カルト団体がおもに、私達だけではなく他の小さな宗教団体に反するプロパガンダをこの国全体に広めており、私達は虚偽の訴えと残虐な警察の行為の犠牲者となりました。この家宅捜索以前に彼らは2年間私達を調査しており、それでも何の証拠もあがらなかったので、ホームを家宅捜索することに決めたのです。それからホームを9時間に渡って調べたのですが、それでも有罪と認められるものは見つかりませんでした。彼らは大人を釈放し、「ファミリー」と一緒に住んだことで何らかのダメージを受けていないかどうか調べるために、今は子供達に心理学検査を受けさせたがっています。彼らが私達に起こした訴えの長いリストには全く驚かされます。彼らは、一つの訴えがうまくいかないと、別のを試すのです。その訴えのどれもうまくいったことがないのですが、決してあきらめません!

  12.主に感謝することに、フランスでは沢山の祖父母が私達を擁護する側に回りましたが、裁判官や司法体制の支配力が強いので、彼らにできる事はあまりないようです。私達はできる限りの事をやっています。メディアに声明文を送り、世界中のフランス大使館前でピケや抗議を行なったりなどしています。私達は、主が何かの目的のためにこれを起こされたと知っています。多分、幾つかの目的があるのでしょう。そして、私達と御仕事に必要で、益となるだけの期間これが続くのを許されるのです。

  13.私達は、イエスを愛し、主のために最善を尽くしている親や子供達に残酷で乱暴な行為を行なったけだもののような者達に激怒しています。彼らはその一方で、あらゆる種類の犯罪者や虐待者を野放しにし、全く捕らえようとはしないのです! けれども当然ながら、これは私達の予想通りです。主のために生き、主のメッセージを宣べ伝えるなら迫害を受けるようになるものの、それは私達の益のためだと聖書には何度も書かれているからです。この迫害からも、他の迫害と同じように勝利が得られると知っています。子供達がこのように苦しむのを見るのは、そして彼らの尊い親達も苦しむのを見るのは、非常に心の痛むことです。でも、主は主の時に彼らに報われ、彼らの苦しみや犠牲のすべてを埋め合わせられるのです。「このしばらくの軽い患難は働いて」、後に天の御国で彼らは大いなる報酬を刈り取るようになるのです。そして、それはそんなに先の事ではありません! 主よ、感謝します!

  14.とにかく、この短い手紙の中で全部を説明することは私にはできないので、去年制作した声明文を何種類かと、反論文、プレスリリース(声明発表)、紹介文などを送ります。これをしっかり読んで下さるよう願っています。中には私が直接手を入れたものもあり、執筆者に助言して仕上げたものもあります。声明文はその扱っている主題に対して、私達が真にどう感じているかや教義が書かれています。これが、私達の活動内容や、状況、私達の目標を明確に伝えるものとなるよう祈っています。

  15.さて、様々な敗北と思われる事にもかかわらず、今年は確かに勝利に満ちた、興奮させられる年となっています。敗北と思われた事は全部、勝利となっており、主はさらに多くの勝利が来ると約束されているからです。勝利を得るには、必ず戦いが必要です。その過程で少々苦難を味わうでしょうが、そのゆえに、より良くなるのです。そして終わりが近づくにつれ、当然、状況はより厳しくなり、迫害もさらに悪意に満ちたものとなり、頻繁に起こるでしょう。しかし、このすべての暗闇の中で、光はより明るく輝き、主の真理がよりはっきりと出るようになるのです。

  16.もちろん、迫害を受けるのは私達だけではありません。かわいそうなウェコの人達はこの早い時期に殉教さえしました! それは実際、本当には「早い時期」ではないこと、時がかなり終わりに近づいていることを世界に教えるものであるべきです! ダビディアン会派を攻撃する必要があったとする数多くの弁解がなされているものの、真実は彼らは自分達の信仰のゆえに殉教したのです。デビッド・コレシュはある事柄について少し外れていたと認めましょう。彼は自分自身をイエスと比べようとし、さらにはひょっとしたら自分がイエスかもしれないと考えていたことで、確かに変人だったと言えるでしょう。その点については、デビッドが道を誤ったのがはっきりしています。でも、真相を知り、全事実を調べ、そのひどい行為を暴くなら、たとえ当局がどんな言い訳をしようとも、その言い訳には筋が通っておらず、自分達が行なった弁明の余地がないひどい行為を正当化するほどの説得力はないことがわかるでしょう。たとえあのかわいそうな人達が、どんな教義を信じていたとしてもです。

  17.この事件には多くの嘘や隠蔽(いんぺい)行為がからんでおり、全く信じられないほどです! 多くの面で、ダビディアン会派の信者達は御言葉や御言葉の原則にそって生活していたので、悪魔はそれゆえに彼らを嫌ったのです。この人権と信教の自由のはなはだしい侵害は、自分達も気をつけた方がいいというアメリカ人全員への警告となるべきです! 以前は気づいていなかったかもしれませんが、宗教迫害はすぐ戸口まで来ており、彼らの身に降りかかろうとしているのです。それはすでに始まっています。「カルト」だけでなく、多くの小さな宗派にさえ起こっているのです。

  18.中にはついに目を覚まし、クリスチャンは教義上の違いのことで争い合うのではなく、団結して、共に働き始めた方がいいと気づいている人達もいます。クリスチャンの中には今、「もったいなくも」私達と働いている人達もいます。自分達には私達が必要で、クリスチャンは全員固く団結した(hang together)方がいい、さもないとばらばらにとどめを討たれる(hang)とわかったのです。私達はちょうど、信条の違いや教義の「不一致に同意した」ところです。幾つかの「論争的な教義」にもかかわらず、私達がイエスを愛しており、真のクリスチャンであることがわかったからです。そして私達も、主に従うことにおける幾つかの失敗や不従順にもかかわらず、彼らが真のクリスチャンであることを知っています。私達は自分達が主を愛しており、終わりが近いことを知っていて、また全員がまもなく迫害を受けるので、悪に立ち向かうため一致団結した方がよいという事実の元に団結することができます。今はクリスチャンにとって危険な時です。でも最前線に出て、自分達の人生のために戦い、毎日神が素晴らしい奇跡を行なうのを目にしている私達にとっては興奮させられる時でもあります!

  19.さて、これは短い手紙のはずでしたが、私達が生きている興奮に満ちた危険な時や勇敢で献身的なファミリーについて一旦話し始めると、私は夢中になってしまうのです。私はファミリーをとても誇りに思っています! 彼らは沢山の犠牲を払っており、とても尊く、献身しています。ファミリーのティーン達は、私達の最高の見本、素晴らしい証しの一部となっています。デービッドとテッチーからのテープを聞いた後なら想像できるでしょうが、人々はティーン達にとても感心しています。できるだけ体制から離れて、御言葉の内に育てられた私達のティーン達は皆、主によってもっと使われ、私達大人と共に真の宣教師、終わりの時の預言者としての役割を果たせる大人の年齢へと達してきました。もちろん、全員がそうなったわけではありません。中にはファミリーを去って、他の職業を求めたティーンもいます。

  20.ちょうど主が自分達の人生をどう使いたいかの選択を私達全員に与えられるように、私達も子供達に選択を与えます。中にはファミリーのこの生活が犠牲的で厳しすぎると感じたティーンもおり、そういうティーン達は、ファミリーから出て、「外の世界を見て」、「楽しみ」、自分達のしたい事ばかりできるようになりたいと考え、そうすることを選びました。しかし主は、ファミリーにしがみつき、喜んで「罪のはかない歓楽にふけるよりは、むしろ神の民と共に虐待されることを選んだ」ファミリーのティーン達に大いなる事を用意されています。主は彼らに大いなるものが与えられ、また起こると約束されました。善と悪の間で行なわれる終わりの時の大きな戦いで、ティーン達はスター、偉大な輝ける証しの一部となるのです!

  21.さて、ここで私の説教はやめにしましょう! 話を聞いてくれてありがとう。そして手紙を書き、連絡を取ってくれてありがとう。皆さんのことを愛しています。そして私を正しい道に導き始め、主の御心を行なう信仰と確信を注ぎ込み、主の召しに従順であることを教えてくれた素晴らしいお父さんとお母さんは、私の心の中でいつも特別な場所を占めています。主はそれゆえにお父さん達に報われ、また、お父さん達の主への奉仕や御国に勝ち取った魂のゆえにも主は報われることでしょう。

  22.お父さん、お母さん、誕生日おめでとう。遅くなってごめんなさい。でも、心からお祝いを言いたいのです。またロザリーとジャニスにも、誕生日おめでとう。ジャニス以外は、みんな遅れてしまってごめんなさい。私の誕生日ももうすぐですが、この年になってくると、自分が何才だったか忘れてしまいたいぐらいです。霊の内では、今でも子供のように感じているからです。主は私が天の御国に入りやすいように、小さな子供のように感じさせているのでしょう。主は私の話す事や行動を非常に単純で、複雑ではないようにすることで、同じように単純な沢山の人々のことを理解できるようにしたのでしょう。イエスは普通の人々に気に入られ、彼らが喜んで主の話に耳を傾けたことを考えると慰められます。もし主がとても複雑で難解な方なら、人々は主を理解したり、そのメッセージを受け入れることなど決してなかったことでしょう。

  23.皆を心から愛しています! どうぞ、他の皆さんにもよろしく伝えて下さい。クレアおばさんに、手紙を書いて下さった事で、お礼を言っておいて下さい。とても感謝しています。特におじいさんの事が聞けて嬉しかったです。それはクレアおばさんがいとこの一人に送った手紙でしたが(どのいとこだったか忘れてしまいましたが)、前にお爺さんの事についてそんなに聞いた事はなかったと思います。それはとても興味深く、スイートでした。子供達もとても喜んでおじいさんの事を聞いていました。これで私達を応援している愛する人達が天国にいるとわかりますね! 主をほめたたえよ!彼らはきっと霊の世界から、私達を助けていると思います。神の祝福が彼らにありますように! そして主は祝福されているでしょう。

  24.私はクレアおばさんの話がとても好きでした。お母さん、あなたとおばさんがダンスに行きたかった時の事です。あなたのお父さんにその事を尋ねると、お父さんは祈ってみなさいと言いました。二人ともベッドの横にひざまずきましたが、すぐに立ち上がって、ダンスに行ったのです。でもひどく後ろめたく感じ、早く帰ってきたのでした。私の記憶は正しいかしら? とてもかわいい話でした。この話から、信仰からでない行動はすべて罪であって、結局はその事についてとてもみじめに感じてしまうことがわかります。そして、自分が何をしたいかすでに心を決めてしまうなら、主が思っておられる事に対してあまりオープンにはなれません。このような話がもっとあるなら、子供達にとっても私にとっても、それを聞くのはとても楽しいものとなるでしょう。

  25.神の祝福がありますように! 心から愛しています。そして皆さんの健康と幸せと、主の奉仕のために祈っています。ここでの生活が大変になってきたら、これが長くは続かないことを覚えていて下さい! もう少ししがみつくなら、主は「良い忠実なしもべよ、よくやった。主人と一緒に喜んでくれ。」と言って、天の故郷に迎えて下さるでしょう。

 

  沢山の愛をこめて

 

  娘より

 

"MAMA'S LETTER TO HER PARENTS!"--JAPANESE.