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音楽の鍵!  GP 326  1973年5月

 

  1.音楽は祝福ともなれるが、危険なものともなりえる! だから、正しい種類の音楽を聞くことがとても大事だ。パブロフの条件反射説によると、人の心と思いに潜んでいるものを悪人がたくみに操り、悪い目的の為に使う事が可能だろうという事が証明されている。人間の精神は、トーン・シグナルのように、特定の刺激に反応するよう条件づけることができる。電話機と似ているのだ。特定のナンバーの組み合わせをダイヤルすることによって、機械が作動し、一つの電話機から、別の電話機へとつながる。

  2.ある種の音楽は、トーンシグナルのコンビネーションと同じで、まるでダイヤルのナンバーを回すようなものだ。音符の組み合わせがぴったり合うと、その音楽は、人の心と思いに、何らかの反応を引き起こす。それはあなたに心理的、かつ霊的な影響を及ぼす。もしあなたが霊的に良く整調されているなら、ちょうど電流とかラジオ電波を拾うように直接的に、あなたに影響を及ぼす。

  3.ある種の音楽は、ある事についてあなたの心を駆り立てる。それは霊的なものだ! 今も覚えているが、私は子供の時、何時間も座り込んでクラッシック音楽に聞き入って、霊的にとても興奮したものだった。母は部屋に入って来て、私が泣いているのを見てびっくりした。その音楽が、私の心に深くふれたのだ。涙が知らず知らずの内に溢れ、泣くのを抑えることができなかった。その音楽が私を深く陶酔させ、頭が飛んで、まるで別の世界へ行くかのようだった。それは、私がその音楽を理解し、その中に入り込み、何を言わんとしているかがわかっていたようだった。

  4.音楽は、聞いている人の心と作曲者の心を結び付けるようだ。それは作曲者の霊と、あなたの霊をブレンドするのだ。作曲者は霊媒のようなものになり、彼の音楽は、占いの水晶玉のようになるのだ! その音楽を聞く時、彼と一緒にその水晶玉を見つめる。そうすると突然、二つの霊が一つになり、二人とも同じ物を見るようになる。二人が一つの映像を見るようになる。まるで、音楽はあなたの肉体から霊を吸い取り、別の世界に移してしまうかのようなものだ。突然あなたは、霊の世界のどこかに運ばれる!

  5.言っておくが、霊の世界は物質の世界よりずっと現実的である! そのような音楽は乗り物、水晶玉、麻薬のようなもの、又、ラジオの波長を合わせるような、電気整調のようなものなのだ。あなたがそれに整調されていているなら、メッセージを受信すべき時にはそれを受けることだろう!

  6.ある作曲家達は、霊感されていた! ワグナーは、時々悪魔によって霊感されていた。ヘンデルやモーツァルトは、時々主の霊感を受けていた。彼らは主か悪魔のどちらかによって、真に霊感されていたようだ。悪魔によって霊感された作曲家達は、波長が悪魔とぴったり合っている時には、悪魔のメッセージを受信した。そして、その音楽を聴いている人達が、それに波長を合わせているなら、そのメッセージを受け取ってしまうのだ!

  7.一方、主の霊感を受けた作曲家達は、神のメロディーと神のメッセージを受けた。私達が主の者であって、主のチャンネルに合わさっており、彼らも主のチャンネルにあるならば、つまり、その音楽が神の作曲家によるもので、それが神からの音楽であり、神からのメッセージであるなら、主に波長が合わさっている私達は、その音楽を聞くことによってメッセージを受け取ることができるはずである!

  8.ヘンデル、モーツァルトや他の者達のように、素晴らしく霊的で、主を信じていた者達の音楽は、本当に主から霊感されている! しかし、そのような作曲家達は、ちょうど私達と同じだ。彼らが誰のチャンネルに波長を合わせているかや、自分の気分にかかっている。信じていて、信仰に満ちた心をもっているか、それとも疑い、失意、落胆、恐れを持っていて、悪魔に耳を傾けているかのどちらかだ! 主に耳を傾けるかわりに、敵に耳を傾けたということは、誰でも経験する。私達がどうしても聞きたいと思うなら、主は、私達に悪魔の声を聞かせられる事がある。私達がその違いを見分けることができるかどうか、又、それを受け入れてしまうか拒否するかをテストするだけのためであっても。

  9.中には、私の心も思いも霊も、そして肉体までもがそれに対して拒絶し反発せずにはおれないような音楽がある! 邪悪で悪魔的だという事が明らかなそのような音楽には、激怒してしまう! それがあまりにも悪魔的な影響を及ぼすので、私の魂はそれに反発し、私はそんなのは大嫌いだ! しかし、他の種類の音楽は、私を心から感動させ、霊感し、心を昂揚させて天国的な気持ちにさせてくれ、主とコミュニケートさせてくれる。

  10.その違いの見分け方は? その音楽はあなたを、単にいい気分にさせるばかりでなく、正しい意味で良い気持ちにさせてくれるだろうか? それは良くなりたい、良い事をしたい、愛したい、愛されたいという気持ちにさせるだろうか? また、何かの役に立ち、建設的な気持ちを起こさせるだろうか? それともその音楽は、悪者になり、悪いことをしたいという気持ちにかり立てるだろうか? その音楽は、ヒットラーを霊感して破壊に向かわせたワグナーの数曲のように、反抗的で、破壊的にさせ、憎しみを抱かせるだろうか? それは建設的だろうか、それとも破壊的だろうか? 助けになるだろうか、妨げになるだろうか? あなたを高めるだろうか、それとも引き下げるだろうか?

  11.他のすべての事と同じように、音楽についても、それがあなたに与える影響によってその良し悪しを見分けることができる。それは美しいか、醜いか? さわやかなものか、不快なものか? 活気づけるものだろうか、それとも重苦しいものだろうか? それは自分の霊にどんな影響を与えるだろうか?

  12.神は、人間が神の霊によって善悪を識別できるだけの充分な分別を与えて下さっている。そして神は、善と悪、神御自身と悪魔のどちらかを選択することを人間に任せられた。神は人に、花と雑草との違いを見分ける分別を与えられた。醜いものだったら切り落としてしまい、きれいで美しいものだったら、そのままにしておくというように。

  13.きれいなものになるのか、そうならないのかの判断がつきにくいような時は、もう少しそのままにしておいて、それが花を咲かせるか、とげが生えてくるか見てみたらいい。美しい花を咲かせるか、それとも、とげとアザミが生えてくるかによって、どれを切り落とすかを決めることができる。ちょうど、主がされた、麦と毒麦の扱い方のように。「それは刈り入れの時まで茂らせておけ」と主が言われたのは、そうする事によって違いがはっきりするからだ!

  14.「その実によって彼らを見分けるのである」と主は言われた!−マタイ7:20。だから、その違いを知りたいのなら、主が言われたように判断するといいだろう。美しい花か雑草か、良い麦か毒麦か、良い行いか悪い行いか、良い実か悪い実か、良い文書か悪い文書か、よい食物か毒か、良い音楽か悪い音楽か、その判断は、それが及ぼす影響やその結果が良いか悪いか、善か悪かによって下すことができる。

  15.その音楽はあなたを霊感し、あなたを主に近づけさせ、良くさせてくれ、善を行わせ、良い実を結ばせているだろうか? あるいは、あなたをダメにし、失望させ、憂うつにし、反抗的にし、憎しみや怒りを抱かせ、破壊的にし、傷つけたり、壊したり、悪いことをしたい気持ちにさせるだろうか? それは堕落させ、違反をし、強姦し、暴力的になり、争いを起こしたい気持ちにさせるだろうか?

  16.私達の音楽が人々の心を霊感するのは、それがハッピーな音楽で、人々を幸せな気分にさせるからだ! 良い音楽だから、良くなりたいという気持ちにさせる。友好的な音楽だから、友好的でありたいという気持ちを持たせる! 神からの音楽だから、自分も神の者になりたいという気持ちを起こさせる! 救いの音楽だから、救われたいという願望を持たせる! 楽しい音楽だから、自分もその仲間に入りたいという気持ちにさせる! それは良い実を結び、良いことをしたい、良くありたいという気持ちにさせる!

  17.その反対に悪魔の音楽は、耳をつんざくようにうるさくて、人を混乱させる。破壊しようと狙っている悪魔の獣や、悪魔的な怪物のうなり声のようなものだ! それは肉体的にも、霊的にも両面に影響を及ぼす。実際に肉体的に、耳の鼓膜を破ったり、聴力を失わせる。そのビートが、邪悪な本能や悪質な欲望を刺激し、悪い反応を起こさせる。そしてあなたの霊は、悪魔のチャンネルに合わせられることになる! それによって、サタンの波長に合わせることになり、サタンのメッセージを受け取り、サタンの思い通りに事を運び、サタンの極悪な計画を実行していくのに協力することになるのだ!

  18.神の音楽は、神の御心を行いたいという気持ちをかき立て、神と神の子供達を愛する気持ちを起こさせる! 悪魔の音楽は悪魔の思うままのことを実行し、悪魔と悪魔の子らを愛し、悪を行いたい気持ちを起こさせる。どうやってその違いを見分けるのか? どのような音楽を聴くべきだろうか?

  19.ラジオやテレビをつけて聞こえてくる音楽が、確かに霊感されてはいるものの、悪に魅了されているような気持ちを味わったことがある! それは、抵抗できないほどに、ぐいぐい引きつける力を持っていて、まるで怪物の手に捕らえられ、渦に引き込まれるかのように感じた! しかし、それが悪いもの、悪魔の声、悪魔のサイレンだということがわかった。確かに霊の内に入るが、その霊は悪魔の霊なのだ!

  20.大きな影響力のある音楽というのは、人を行動に移させる力を持っている。善か悪のどちらかの行動に! それはあなたを動かす!それには感情(エモーション)があり、感情的にさせ、それによって、人は行動(モーション)にかりたてられる。善か悪のどちらかの行動に! それは、あなたをどのような気分にさせるか? 良い気持ちにさせるか、それとも悪い気分にさせるか? 神の御心を行いたい気持ちにさせるか? それとも悪魔の意志を行いたい気持ちにさせるか? その音楽は、あなたに、どんなことをしようという気持ちを起こさせるか?愛の行為、親切や、憐れみの心や、同情や、人を助けたい気持ちにさせるだろうか? それとも、憎悪、残酷、復讐心、暴力、破壊、浪費、暴行、殺人、闘争的な気持ちを起こさせるだろうか!

  21.他の種類の悪も、これに劣らず悪い。その音楽はあなたを眠りこませ、無感心、無気力の状態に誘いこみ、油断させ、怠慢にさせ、ゾンビのように無感覚にさせるだろうか? 悪魔は、人を実際に破壊行為に移らせ、残虐行為をする手下にする見込みがないとわかると、やり口を一転して、教会にそうしたように、その人を眠り込ませようとし、無行動にさせる。そうやって、少なくとも自分の邪魔をさせないようにするのだ!

  22.あなたはどんな音楽を聞いているだろうか? 誰の声に耳を傾けているだろうか? その音楽はあなたにどのような影響を及ぼし、何をしようとする気持ちにさせるか? そのために何をしようという気持ちになるか? どんな人間になり、どんなことをしたい気持ちになるか? 生命をもたらしているか、死をもたらしているか? 善をもたらすか? それとも悪をもたらすか? 生きたい気持ちにさせるか? それとも死にたい気持ちにさせるか? それはあなたを悲しく、気落ちさせ、やめたい気持ちにさせるか? それとも幸せな気持ちにさせ、霊感し、人のために生きたいという気持ちを起こさせるか? 神に使われ、同胞に奉仕するという気持ちを起こさせるか?

  23.最終的な結果、その実から違いを知ることだろう。私達の言葉や音楽が主からのものかどうかは、そうやってわかるのだ。それは良い結果を生み、良い実を実らせたので、その木が悪い木であるわけがない。−−マタイ7:18a。その木は良いはずだ! 神からのものに決まっている! その違いがわかるか、よく聞いて、見てみなさい。違いがわかるかどうか、よく見てみなさい! それはあなたをどのような気持ちにさせるか?

  24.あなたはどんな音楽を聞いているか? それは、あなたが悪魔の子であるか、神の子であるかの目安になるかもしれない! あなたは、悪魔のチャンネルに合わせて、悪魔の悪企みのサウンドを聞き、悪を行おうという気持ちになっているか? それとも神のチャンネルに合わせ、善を行うように霊感する、神の優しい愛の声を聞いているか?

  25.「あなたがたの仕える者を、今日選びなさい! もし主が神であるなら、主につかえなさい! もしバアルが神であるなら、バアルに仕えなさい! 私と私の家とは共に主に仕えます!」−−列王紀上8:56。ヨシュア24:15。